ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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310 パーフェクトな計算

 

 

「あ~~~」

 

 ぬるめのお湯に肩まで浸かると気持ち良さから自然にそんな声が出た。

 ふと落ち葉が湯舟に浮かぶのに気付く。ほんのり黄色に染まる葉を見て、何んとなしに視線を上に向ける。

 

 青い空からの眩しい日差し。木々が作りだす緑の天幕は光に透けて輝いていて、まるでエメラルドでも覗き込んでいるようだ。もう少し秋が深まり赤や黄に紅葉する景色も見てみたいものだと思った。

 

 暖かいお湯と広がる絶景。これだけでも魂が洗われる心地なのだけど、気を休める要素がもう一つあって。

 

 香りだ。周囲は森林。浴槽も木材で作られていて、木の優しい匂いに包まれれば身体が自然と一体化した様な感覚さえ味わう。森林の露天風呂。とても贅沢で素晴らしいものである。

 

 溶ける思考の中でイグニスにも体験して貰いたいなと思った。けれど血行を促進するからと禁酒を申し付けられた彼女。ならばお風呂に入れるのはもう少し先だろうか。

 

(お前さん、現実逃避が上手くなったのう)

 

「だろう。慣れたものさ」

 

 色々辛い体験をして来たからね。

 けれど黙ってお湯に浸かっていては前進しないのも事実。俺は現実を見るかとクワッと目を見開いて、首と顔は微動だにしないままに全力で眼球を端へ振る。それはもう、飛び出せ視界とばかりに。

 

 目的は勿論リュカという中性的な奴の性別確認。この目で胸の膨らみを確認するまでは女だなんて認めるものか。だというのに目に映ったのは月の様な金色の瞳で冷たくこちらを睨む魔王様だった。

 

(誰も胸を見ろとは言っとらん)

 

「ですよね」

 

 俺とリュカは広い湯舟の端と端に座っている。離れているので正面さえ見ていれば互いに視認は出来ない。けれども狼少年が実は狼少女だと発覚して物凄く気まずかった。女の子だと知っていれば俺も一緒にお風呂に入ろうなんて考えないし、目の前でブランブランもさせなかったのに。

 

 やらかした後だけに、なんて声を掛ければいいのだろうと躊躇っていると、意外にもリュカの方から語りかけて来た。

 

 なお、俺が男だと勘違いしていた事実をリュカは知らない。彼女の視点からは異性の入浴中に全裸で特攻してくるヤバイ男が俺だった。死にたい。

 

「それで……オレに話ってなんだよ?」

 

「とりあえず町に着いただろう。リュカはこれからどうするのかなって思って」

 

「あー」

 

 崖から落ちた事でシュバールまで流され迷子になった少女。発見した俺はその場で放置するのも気が引けて、近くの町に送り届けるという約束をした。つまり一応はこれで責任を果たしたという事になる。

 

 だからこそリュカが故郷への帰還の手段をどう考えているのか確認をしたかった。俺の様に帰り方が分からない訳ではないが国境は超えなければならないのだ。護衛を雇うにしても金と交渉が必要だろう。

 

「どうする……かなぁ」

 

「掛かる費用くらいは貸すよ」

 

「いや、お前。貸して貰ったって近くに居なきゃ返せないじゃねえかよ」

 

 ジャブリと湯面が波立つ音が聞こえた。きっとこちらに振り向いたのだろう。だが俺が見返した所で間にはジグルベインが挟まっているので知らぬ振りをした。

 

 リュカの疑問はもっともである。旅する者には返したくても返せまい。これは貸すという言葉を使った施しであり、恩の押し売りだ。

 

 怒るかなとは思った。けれど荷物一つ持たない身では生活費を稼ぐのも大変だろう。更に護衛費まで貯めるにはそれなの年月が必要なのではないだろうか。

 

「お前は最初からそうだよな。オレなんて助けたって何の得にもならねえのによ」

 

 なんでそんなに良くしてくれるんだ。ずっと警戒を続けてきた狼は、いよいよ言葉にして善意の理由を問うてくる。チラリと視線を動かす。俺にはジグが見えるのだが、その先に少女はどんな顔をしているのだろうか。

 

「俺も迷子なんだよ。だからリュカには無事に家に帰って貰いたい」

 

 ただの自己満足だ。そう弁解をすれば、リュカは納得したのか、しないのか。暫し沈黙が過ぎる。チャプチャプとお湯の遊ぶ音だけが聞こえた。

 

「なら、お前がオレを雇ってくれよ。荷物持ちでも何でもするからさ」

 

「なるほど……」

 

 労働と報酬。ただで金は受け取れないから仕事をくれと。筋の通った提案だとは思う。けれど俺はそれを駄目だと一蹴。

 

「なんで!?」

 

「この町が一番リュカの故郷に近いはずだろ。俺について来たって遠くなるだけじゃないか。早く帰った方がいい」

 

 娘が狩りに出たまま帰って来ないのだ、親御さんはさぞ心配しているだろう。目的だった魔獣だって倒せたのだから安心させてあげなよ。言葉を尽くし少女を説得する。

 

「外の世界なんて考えた事無かったからさ。昨日お前の冒険譚を聞いて、オレはすげえワクワクしたんだよ」

 

 けれども伝わらぬ思い。勇者一行の冒険は吟遊詩人が題材にするほどに華あるものだ。少女は戦士を目指すからこそ、英雄の話に憧れを持ってしまったらしい。

 

 少しばかり冷めた声で、そうかと返事をした。冒険に出たければ勝手に出ればいい。それは俺の関与する所では無かった。

 

「とにかく、一緒に行くのだけは駄目だ」

 

 せめて別れる時に金貨の1枚でも握らせよう。俺に出来るのはここまでだなと諦めた。

 彼女がもし、本気で帰りたいと願ったならば、金は出すしエレシエさんに頭を下げる覚悟もあったのだけど。

 

「母さんは去年、病気で死んだ。親父にも会った事が無い。立派な戦士になって会いに行こうとは思うけど、認められなかったらオレは一人ぼっちだ……」

 

 だからその時は町を出たい。普段強気に話す少女は、それこそ乙女の様に喉を震わせて語った。俺は何も言い返せない。魔力を貰ってないと聞いて複雑な家庭環境を想像したが、まさか母親を失っていたとは。

 

「じゃあ、今は町に帰ってもリュカは一人なの?」

 

「ああ。山猫の親分が面倒を見てくれてるから、なんとか生活は出来ているけどな」

 

 俺はその言葉を聞いてザパリと立ち上がった。リュカが隠せと吠るがそれどころではないのだ。これだけは確認しとかなければならない。

 

「山猫と言ったな。もしかして、その町には猫耳が居るんじゃないのか?」

 

「ああ。猫族は猫面から猫耳までいるけど、それが……」

 

「よし、ベルモア行く。大丈夫だよリュカ、俺が送る」

 

(……お前さん?)

 

 俺は脳みそをスーパーコンピューター並みに超速起動させて計算をした。

 ここから2日でリュカの町に行く。1日を猫耳美少女と戯れるのに費やす。2日掛けて帰ってくる。合計5日。イグニスが毒から全快するのも4~5日と言っていた。パーフェクトだ。

 

「いや、その。送ってくれるのは助かるけど、いいのかよ」

 

「地球人の代表としてやらないといけない事があるんだよ。これもまたノーブレスオブルージュだね」

 

 俺は異世界に来る前にはメイド喫茶に憧れていたものだ。だがこの世界では現職の本物のメイドにお茶を淹えて貰えた。ふふ、ジト子さんにドジ子さん。ありがとう。

 

 ならば次に追う(ロマン)はやはり猫耳だろう。獣人の、カチューシャなんかじゃない本物の耳と尻尾を、なでなでしてやろう。イグニスだって分かってくれるはずだった。

 

「という訳だから。風呂上がったら出発する準備しといて」

 

「はあ!? 今日これから出るのか!?」

 

「当然だ、イグニスにバレたら怒られるだろ!」

 

(そこは理解しとるんじゃな)

 

 分かったよと、狼少女は湯舟を飛び出して行った。ジグガードで胸は最後まで隠されていたが扉を開ける背が目に入る。なるほど。腰つきとプリプリなお尻は確かに女の子のものだった。良い脚しているではないか。

 

(どうでもいいが、演技下手じゃぞ)

 

「ごめん。でも、一人でも心配してくれる人が居るなら帰らないと」

 

(カカカ。好きにせい。そもそもお前さんは、別にイグニスの手下でも無いのだしな)

 

 けれども大事な仲間である。さてどう言い包めるかと考えて、やはり手紙を置いて行くのが一番摩擦が無いだろうと結論を出す。内容はこうだ。家出します探さないで下さい。……間違えた。

 

 

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