ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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311 閑話 置き手紙

 

 

 イグニスへ。体調はどうでしょう。きっと貴女がこの手紙を読んでいる頃には、もう俺はこの町に居ないと思います。それというのも猫耳。いや、ちょっとリュカを故郷へ送ってあげる事にしました。

 

 相談無くこの様な行動を取ってごめんなさい。とても申し訳ないと思っているのですが、猫ちゃんが俺を呼んで、いえ。リュカの帰りを待ち侘びる人が居ると考えたら、居ても立っても居られなくなったのです。

 

 何も心配は要りません。イグニスは体力の回復に時間が必要ですね。その休養期間の間に帰って来ようと思っています。具体的には2日掛けて到着し、1日を猫耳美少女を撫で撫でクンカクンカするのに費やし、また2日掛けて戻ってくるという、計5日の日程です。

 

 大変な時に傍に居られない事が心苦しいですが、イグニスの分まで尻尾をモフってきますし、お土産も買ってきます。だから気にせず安静に過ごしていて下さい。

 

 ツカサより。追伸、リュカが女の子だって知ってた?

 

「一体何処から突っ込んだものやら」

 

 私は彼の置いていった手紙を読み終わった。なんだか怒りを通り越して呆れてしまった。頭が痛いのは熱のせいだけではないはずだ。

 

「夕飯の声を掛けに行ったら部屋に置いてあったんだ」

 

「申し訳ない。帰って来たら必ず謝罪をさせますので」

 

 寝台の上からではあるが体を起こして頭を下げる。夕飯にしてもそうだが、私達の為に食材を買い込んでいたらしかった。ツカサは私に内緒にする事に一杯でそこまで気が回らなかったようだ。

 

「いや、別に食材はいいのだが。どうしよう、既に日は傾き始めている。彼らを追い掛けるべきだろうか」

 

「ああ。放って置いて大丈夫ですよ。彼は旅に慣れています。行って帰って来るだけで済むならば、まぁ問題は無いでしょう」

 

 そもそも目的地が不明だ。とりあえずベルモア国のある北に向かったのだろうけれど、手紙からでは町の名前も分からないではないか。追い掛けて探すのも一苦労な以上、今は怒りを飲み込むしかあるまい。

 

 まったくと溜息が出る。これは恐らく私の真似だ。実行すると決めたなら相談して怒られるのは無駄だ。後で纏めて怒られた方が効率が良いのであった。人の悪い所ばかり真似るのだから。

 

「こう言っては何だが、私には到底正気には思えないな。なんだ猫耳に会いに行くって」

 

 セレシエという薄桃色の髪をしたエルフは理解出来ないとばかりに頭を抱えていた。リュカがベルモアから迷い込んだという状況を含め、一言相談が欲しかったと嘆いている。

 

 同意しよう。私が怒っている理由も相談が無かったからだ。

 だが、私には文字越しにツカサの表情が見える様であった。ふざけた文面ではあるが至って真面目な表情で書いたに違いない。

 

 そもそもに、猫の件は文章から省ける。口では失言もするかも知れないが、手紙ならば推敲が出来るのだから。では何故残したか。自分が暴走をしているのだ。悪いのは俺だとリュカを庇っているのだ。

 

 ベルモアは危険だと忠告はしている。それでも行くと決めたのならば、リュカが女の子だったというのが決め手だろうか。というか知らなかったのだな。

 

「一応聞いておきたいのですが、ベルモアにある町まで二日で行けるものですかね」

 

「まさか。徒歩で出て行った事を考えると二日では森を抜けられるかも怪しいな」

 

「ふっ。そんな事だろうとは思いました」

 

 猫耳美少女と遊ぶという戯言を含めて予定が希望でしかなかった。だいたい何処から二日という数字が出て来たんだ。倍の日数は待つようになりそうだな。

 

「セレシエさん。世話になっているついでに一つ頼み事をしたいのです。シシア殿との面会の予定を取り次いで貰いたい」

 

「……残念だが、それは私の一存ではな」

 

「またまた、ご冗談を」

 

 瞬間、人当たりの柔らかい女性の顔からスゥと表情が消え失せる。それ以上踏み込むなという警告だった。私は体が今だ重く、孤立無援。セレシエさんが生命線とも言える状況で敵に回すのはあまりに賢くないか。

 

 今ならばまだ忘れてくれる。この人はきっとツカサが帰って来る日まで甲斐甲斐しく看病をしてくれることだろう。

 

 だがそれだけ。なんの進展も無いのである。だからこそ、この人には私の手足になって貰わなければ困るのだ。有効な手札はこの辺りかなと、首から金板を外して布団の上に置く。

 

「これは?」

 

「ランデレシア王国、ラルキルド領が領主。シャルラ・ラルキルド伯爵より預かりし友情の証です」

 

「誰だい?」

 

「ああ。詳しくは伝わってませんか。【黒妖】シエル・ストレーガが腰を置いている場所ですよ。そしてシャルラ殿は同じく混沌四天王の【影縫い】を襲名しています」

 

 それを紹介状の代わりにして欲しいと頼み込む。信用の形に家紋を預けるのはシュバール国でもある文化だ。その意味をする所はすぐに伝わったらしい。

 

 同時に視線の圧が少しばかり強まった。まるで私を敵か味方か見定める様な探りを入れる顔だった。

 

「だから私は君たちの看病を任された下っ端だ。最長老への伝手など無い」

 

「そうですかね。なら別に上に頼んで貰っても構わないのですが、勘では要らないと思うのですよ」

 

 そう言い、二つの指を立てた。一つはこの屋敷の豪華さ。窓から見える他の家と比べれば明らかに大きい。私はこの部屋しか知らないけれど、調度品の質を見ても貴族階級の暮らしなのは明らかだった。それにツカサからは露天風呂まであると聞いている。

 

 二つ目は私達を任された事。女性だからと抜擢されたらしいが勘違いだろう。勇者一行として認知されているのならば、客人を迎えるに相応しい家柄と判断されたと考えるべきてあった。

 

「ついでに世話という名目で観察し、追い出す権限も持っていると考えています」

 

「なるほど。下っ端という設定は無理があったか。しかし観察とは穏やかではない。私は別に行動を制限してはいないぞ」

 

「しかし見られたくないものがある。それは貴女にではなく、町の規模でだ」

 

 如何に国境付近だろうと警戒が過ぎるのである。交流を一部に制限し、森の入り口に防壁を仕掛けるなんて隠し事があると言っている様なものだ。そして何を隠しているかというのは、シエルの息子が居るという情報で確信をした。

 

「例えば魔族を匿っているというのならば安心して欲しい。手は出さないし、黙っていろと言うならば黙秘しよう。なにせラルキルド領も魔族と共存する町でしたので」

 

「ほう。なぜそういう答えになるのか興味があるな」

 

「簡単。シュバール国の一員として交流するから、混沌軍の残党であるシシアを隠したい。ついでにキトを匿っていたように、当時この森へ逃げ込んだ種族も居るだろうと」

 

「木人などの魔族も居るが、自然にしか生きられない精霊や妖精も僅かに暮らしている。彼らをどうかそっとしておいておくれ」

 

 降参とばかりにセレシエは肩を竦めた。精霊まで暮らすと告白されて人間を入れたくない理由に納得をする。思えばタルグルント湖も大森林の南側、エルフの暮らす領域にあるのであった。

 

 清らかで濃い魔力は稀に意思を持つ。それが精霊だ。近年ではあまり存在を見なくなったと聞く。人が木を倒し森を拓いてきたのとは逆に、エルフは木を植え変わらぬ自然を保って来たのだろう。

 

「なんだか疑ってた自分が恥ずかしい」

 

「そう思ってくれるだけで十分だよ」

 

 セレシエさんはラルキルド領の金板を手に取り、初めてようこそと言ってくれた。第一関門は何とか合格と言った所か。私が回復してからの話だが、シシアに面会の伺いを立ててくれるとも約束してくれた。

 

「ちなみに私の立場はどのくらいだと思っていたんだ?」

 

「うーん。勇者一行の情報が無くて、警備隊に参加していた事を考慮すると、良くて町長の娘くらいかな」

 

「当たりだ。凄いな、お前は魔女か!?」

 

 ははは。こんな可愛い女の子に向かって魔女とは失礼な。

 この様子ではキトを探るにもエルフからの信頼は必要だろう。適当に上手くやっておくから、無事に帰ってくるんだぞツカサ。

 

 

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