ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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313 閑話 泣いた大虎

 

 

 食卓では虎が泣き崩れていた。さして酒に強くもない癖に今日は良い日だからと飲み過ぎたのだ。普段は見上げる程に大きな虎男。けれど、背中を丸めて小さくなる姿にはどうにも愛嬌があって、僕は笑いが込み上げる。

 

「ティグ。そろそろ休んだ方がいいんじゃないのかい。今日はもう泊まって行きな」

 

「馬鹿言っちゃいけねえよ。俺はまだー飲むぞ。樽だって飲み干すぞぉ!」

 

「君じゃ瓶がせいぜいだろう」

 

 なにせ葡萄酒3杯でここまで出来上がっているのだ。それでもティグは酒を寄越せと杯を突き出してくる。僕はやれやれと思いながら水を注ぐと、気付く事もなく飲み干した。

 

「お前も飲めよルーラン。聞いただろう。ツカサの奴、頑張ったんだ!」

 

「そうだねぇ。本当に彼にはいつも驚かされるねぇ」

 

「ふふふ。私も詩を聞きたかったわ」

 

 夕飯を作ってくれていた妻が机に料理を運んでくれた。話に混ぜてと席に着いたので、僕は勿論さと彼女の杯に食前酒を注ぐ。

 

 ティグがこの様になるまで飲むのは、シャルラ様のお客人として町を訪れたエーニイという少女が発端だった。街頭で吟遊詩人の様に隣国での出来事を弾き語ってくれたのだ。

 

 どこか拙い楽器の音色。けれど言葉選びは絶妙で、彼女の語る英雄譚はついつい聞き入る程に魅力的であった。

 

 僕は吟遊詩人というものに慣れている。酒の席で余興を務める彼らは、人に面白可笑しく聞かせるのが仕事であり、興味を惹く為なら何処までも話を盛る奴らだ。正直内容は話半分と思っていいだろう。

 

 でも素直なティグはお話にすっかり感情移入をしたようだった。いや、内容が友人の話だったというのも大きいのか。

 

「一度店番をしている時に来てくれたのよ。まさかあの若い子達が勇者一行様だったとは思わなかったけれど」

 

「そうだね。僕も彼に初めて会った時は想像もしなかったよ」

 

 初対面の時の、気弱そうで、けれど真面目そうな少年の顔を思い出す。

 王都レースの開始日間際になって護衛を頼んでいたガリラ氏が急遽断りを入れて来たのだ。小鬼を高値で引き取るとお触れが出たので自分の稼ぎを優先したのである。

 

 とんでもない野郎だ。でも信用出来ない護衛なんて付けたくも無い。じゃあ代わりを紹介してくれと言ったら、連れて来られたのがツカサくんであった。

 

「本当に、英雄なんて想像も出来ないくらいに優しい子さ」

 

 王都に店を開きたいという僕の夢を笑わないでくれた。それどころか徹夜の進行に嫌な顔を見せずに付き合ってくれて、最後は諦めるなと発破まで掛けてくれた。

 

 結果、ラルキルド領に腰を下ろす事にはなったが、あの時の出会いが無ければ、この今も存在しないのだろう。

 

「そんな子が魔王軍の幹部と一騎打ち。ティグ君が心配するのも無理ないわ」

 

「僕だって気持ちはぐちゃぐちゃだよ」

 

 伝え聞いた話はこうだ。シュバールの大都市ラメールを襲う、万を超えた魔獣の群れ。在中する騎士団と魔導師団、そして居合わせた勇者一行による激しい防衛戦。赤鬼のキトは、そんな中で絶望を強めるように空から襲い来た。

 

 強く勇敢なる勇者一行は、魔獣との戦いの後だというのに赤鬼の足止めを買って出る。目撃者が居ない戦い、されど町に残された深く大きな傷跡が死闘であったのだと想像をさせたとか。

 

 程なくして救護室に運ばれて来た勇者達。その姿は現場で戦う者に多くの不安を与えた。だが聞けば、一人の戦士が残り赤鬼を食い止めていると言うではないか。

 

 それがツカサ君だった。勇者一行の全員で挑んでも敵わない怪物を、たった一人で足止めしてみせたのだ。その後、担ぎ込まれた少年の姿は、生きているのが不思議なくらいに無残なものだったそうだ。

 

 その勇気がラメールを救った。稼いだ時間により騎士団は放たれた魔獣を駆除しきり、町の中心に向かう赤鬼へ残りの全兵力を集中する事が出来たのだと。

 

 僕とティグは、なんて無茶をするのだと呆れながら、ツカサ君が生き残ったという知らせに涙をした。

 

「ルーラン。それにトゥーリ。少し俺の話を聞いてくれないかな」

 

「うん、なんだい」

 

 食事を摂りながら、妻とツカサ君の話で盛り上がっていた。すると黙り込んでいた虎男は身体をフラフラさせながらも、言わなければならないのだと強い意志を持ち僕を見る。

 

「俺は最初、ツカサを殺そうとした。それくらい、あいつが憎たらしくて仕方なかったもんだ」

 

「なんだって?」

 

 穏やかではない話の切り口。ティグが語るのは僕がラルキルド領に来る前の話で。悪魔という存在に心魅せられた友人の話だった。

 

 名はゴウト。山羊の獣人であり、ティグと同い年の青年だったらしい。活発なティグとは反対で文字や計算を好んでいたとか。

 

 そんな彼の人生を変えたのは一人の行商人だったようだ。奥深い山中にあるラルキルド領では商人が迷い込む事も少ないそうだが、その珍しい存在と出会ったのだ。

 

「以前のこの町は物々交換、なんなら欲しいと言えば物が貰えたんだ。それでもゴウトは、皆の欲しがる物を仕入れて売るという行為に利益を見出した」

 

 暫くは町で廃材を集めて、お店ごっこをしていたゴウト。けれど憧れは大きくなり、周囲の反対を押し切って商人になると町を出たらしい。

 

 そうして伝えられる彼の結末。ツカサ君達に計画を暴かれ、シャルラ様の手により息を引き取ったと。

 

「なぁルーラン。もし、もしだよ。アイツは悪魔となんて関わらなければ、ちゃんと商人に成れたのかなぁ」

 

「今ならばともかく、以前は無理だっただろうね」

 

 お金が流通していなかった、というのもある。知恵が働けば影市場でお店ごっこ程度の事は続けられただろうとも思う。

 

 それでも店は無理だ。行商人は無理だ。他の町には既に人脈という物がある。その中で仕入れ先と卸先を見つけるのは、なんと言っても信用だった。

 

 ちゃんとお金を払い商品を買う。ちゃんと数と質を揃えて売る。そんなのは当然の事なのだけど、予期せぬ事故により契約が果たせない場合も出る。特に行商人は危険も多く、契約不履行になる可能性も多い。

 

 その最低限の信用を作るのがギルドだ。何かあった時は保証人なってくれるからこそ、組合に登録する意味があるのだ。シャルラ様はそれを理解し、なら保証人には私がなると言ってくれた。

 

「だよなぁ。俺もお前と付き合って、薄っすら理解はしてきたさ。それでも考えちまう。あの時、俺に勇気があって。一緒に付いて行ってやれていたらと」

 

「それはティグのせいじゃないだろ」

 

 虎は淋しそうに、ありがとうと笑った。机の下で、妻の手が僕の手を握る。

 ティグはツカサ君に護衛を託されただけでは無いのだ。僕の事を商人の友人と重ね見ていたのだろう。

 

「アンタ、ティグ君を泣かしたら承知しないよ」

 

「分かっているよ。僕の相棒だぜ」

 

 ティグは言いたい事を言って、いよいよ限界だったのか机に伏してしまった。そんな彼の肩に毛布をそっと乗せる。魔獣という驚異がありながら町を移動する行商人にとって、護衛というのはまさしく生命線だ。

 

 ティグは知らないだろう。君が僕にとってどれだけ有難い存在かを。道中を魔獣に怯えず楽しく過ごせるのは勿論。ラルキルド領でも友人として居場所をくれた大事な存在だった。

 

「いつか、町の皆が成りたい者に成れる日が来たらいいね。頑張らなきゃ」

 

「ええ。私もこの町がとても好きよ」

 

 様々な出会いに感謝をしながら僕も酒を煽る。今日は良い日だ。頑張る友人に向け、杯を乾した。

 

 

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