ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
「見えて来たぜ兄貴。あれがゴルベ村っすよ」
「だってよリュカ。良かったね」
遠目に見え始めた町を馬車の荷台からリュカと二人で眺める。アレが故郷なんだ。そう声を掛けると、中性的な顔をした少女は照れ臭さそうに、けれど誇らしげに、そうだと頷いた。
面白い形状をした町だ。ベルモアという国は過去に流星群が降り注いだらしく、道中でも多くの凹んだ土地を見たが。このゴルベ村というのは、その隕石のクレーターに寄り添う形で存在した。
穴の真ん中には水場が見える。きっと隕石が岩盤を砕いて水が湧いたのだと思う。この町の住人はクレーターの底に出来た湖を生活の水源にして暮らしているようだ。
「ベルモアだと、どこもこんな感じの町なの?」
「まさかですよ。ここは偶々に水が湧いただけで、他はただの穴ぼこですからね」
御者台で気怠げに手綱を握る鹿が答えてくれる。出会いこそ山賊紛いの事をしてきた彼らだが、その後は驚く程に大人しい。馬面の獣人なんて兄貴と呼んでくるほどだ。
ジグルベイン曰く、格付けが決まったとの事だった。まぁお陰で馬車で楽に移動する事が出来た。よければ帰り道もお願いしたいくらいだ。
「じゃあ、ハイ」
「ハイ?」
俺は財布から小金貨を1枚取り出してボガという鹿の獣人に差し出した。彼は視界が広いのか、ほとんど振り返る事もなく、何故と口にする。
「そういう約束でしょ。ちゃんと町に着けたんだから、少ないけど受け取ってよ」
「お前なぁ。助けて貰ったオレが言うことじゃないけど、ちょっと人が良すぎんぜ」
隣でリュカが文句を言った。でも馬は暴力に訴えようとしたけれど、この人は一応取引相手として見てくれていたではないか。騙す気はあったかも知れないが、まだ騙されてもなく。そしてこちらの都合でルートを変えさせた。ならば俺は対価を払ってもいいと考える。
「元々バルガ村を通る予定だったとは考えないのですか。私は大都に向かっていたんです。ついでですよ、ついで」
「そっか。でも助かったよ、ありがとう」
「…………ふん」
馬鹿共とは町の入り口であっさりと別れた。故郷への帰還を果たした狼少女は両手を上げ、誰に言うでもなく帰ってきたぞと叫んでいる。俺はそんな様子を微笑ましく思いながら、チラチラと通行人の様子を盗み見た。おお、本当に獣人だけしか居ない。
「ツカサ。お前はすぐに帰るって言ってたけど、少しくらいは時間あるんだろう?」
「うーん。そうだね」
エルフの町を出て早4日。もうどう考えても5日で戻るという約束は果たせない。
ゆっくり観光をしている余裕は無いが、お茶の一杯くらいならば状況はさして変わらないだろう。家に寄っていけという少女の誘いに乗ろうと考える。
やはり地元だけの事はあるのだろう。リュカの足取りに迷いは無く、こっちこっちと早足に進んでいく。まるで元気の良い子犬の散歩でもしている気分だ。
「へへへ。オレは普段は配達屋やってんだ。この町ならちょっと詳しいぜ」
「どうりで足腰が強い」
俺はてきとうに相槌を打ちながら町を見渡していた。左右に大きな壁があり、大通りが湖に通じているという事から、町の全体図は扇型なのだと想像がつく。きっと今立っている場所はクレーターの縁を切り崩して、なだらかな坂道へと工事をしたのだろう。
住居は木造の平屋が多いか。大通りこそそれなりに発展しているのだけど、好奇心で路地を覗き込めば、ボロを纏い道に寝転ぶ人の姿まで見えた。
「……あんまり人間の町だと見ない光景だね」
(まったく無いという事は無いのじゃろうがな)
市場を冷やかすのが趣味なジグルベインは少し見渡しただけで生活の水準を見抜いていた。繁盛している店はあるが、同時に活気の無い店が多いとのことだ。互いに助け合うギルドというものが存在しないのだろうと考える。
この国では商売もまた弱肉強食なのだ。好き勝手に商売が出来るといえば聞こえは良いが、ルールが無ければ店は乱立し、いずれ潰し合いが始まるのだった。
「っは!?」
そして気づけば足を止めて市場を堪能していた。そろ~と首を回し周囲を見渡すのだけど、牽引していた狼少女の姿はもはや何処にも見当たらない。
「まったく、逸れるなんてリュカったらはしゃぎすぎだろう」
(忘れてた。今は手を握るイグニスがおらなんだな)
「主にジグのせいだからな」
まぁどちらが悪いにせよ合流はしないと不味いだろう。見失った少女の背を見つけるべく駆け出そうとして。視界に影が過る。足は勝手にぎゅいんと180度方向を変えていた。
(どうした、そっちじゃなかろう)
「いや、見つけたんだ!」
勘は間違っていなかった。そのお尻からはヒョロンと長細い尻尾が生えて、こっちこっちと誘っている……様に見えた。俺の腰ほどまでも身長の無い幼女は買い物でもしに来たのか、通りの出店を見上げてキョロキョロと頭を動かしている。
その頭頂部には可愛らしい三角形が二つ乗っていて、まるで飾りでは無いと主張するようにピコピコと動いてるではないか。
「猫耳だー!!」
俺は幼女の前にしゃがみ込み、目の高さを合わせながら喋りかけた。それはもうキリリとした表情で、「どうしたんだいお嬢ちゃん」と。
「だ、だぁれ?」
警戒されているのか、なんだコイツと不審者を見る様な懐疑的な目を向けられた。いきなり耳を触られて下さいと言っても困るだろう。従い俺は心の距離を詰めるべく行動を開始する。
「お兄ちゃん、実は道に迷っちゃってね。この街に住んでるリュカって子を知らないかなぁ」
「リュカねえのお友達なの!」
幼女の興味を引く事に成功した。でかしたぞリュカ。今ほどお前と出会って良かったと思った瞬間は無い。お家に案内してくれるかなと聞けば、良いよと明るい返事が聞こえた。
「あ、でもー」
「お願いお願い。そしたらお兄ちゃんのソーセージをあげるからさぁー」
エルフの町を出る時にごっそりと買ったソーセージを猫じゃらしの様に振った。わーいと飛びついてくる幼女に腸詰を与え、じゃあ行こうかと、その小さな手を握る。
「ねえ、君お名前は。もしよかったら耳触ってもいい?」
獣人の耳議論について、非常に重要な要素がある。頭頂部に動物の耳が付いているタイプは、人間の耳がある場所はどうなっているかだ。俺はその秘密に迫るべく、幼女の頬にすっと手を伸ばした。
指先の感触が告げる。人の耳は付いていなかった。なるほど機能はやはり猫耳に集約されているのだなと、やや感激しながら幼女のコリコリとした耳を撫でまわした。
「ん……くすぐったいよぉ」
「おうテメェ。うちのマオに何しとるんじゃぁ?」
しばし夢中になっていると、ずいと影が降ってきて。俺は嫌な予感がしつつもグギギと頭を持ち上げる。身長2メートルはありそうな大猫が、怒りはちきんとばかりに毛を逆立て睨んでいる。
はぁん、なるほどね。マオちゃんはお父さんと買い物の途中だったのかぁ。だから市場を離れるの渋ったんだね。
「か、可愛いお子さんですね」
「おう。その可愛い子に手を出したんじゃい。命いらんのじゃろう人間」
大猫は不気味にニコリと笑った。さながら、どう痛めつけてやろうかと言わんばかりの加虐的な笑み。これはまずいと判断した俺は咄嗟にごめんなさいと頭を下げるのだけど、どうやら事態は言葉では収まりを見せないらしい。
「ぶち殺したるわー!」
放たれる蹴り。何ていう威力だ。腹に刺さる足の衝撃で意識が持っていかれそうになった。蹴飛ばされること十数メートル。地面で悶えていたら、そいつを殺せと号令が。町行く人からギラリギラリと獲物を見るような視線が集まる。
俺はリュカの言葉を思い出していた。「山猫の親分に面倒を見て貰っているんだ」親分というのは何の比喩でもなく、この町を仕切る顔役という意味だったのではないか。
「くそう、最初から罠だったんだ!」
(誰のだ)
猫耳に手を出すという事は、猫族の頭を怒らせると同義だった。怒りに狂う親分と手柄を立てようという住人が、死ねとばかり牙を剥く。俺はひーと悲鳴を漏らしながら、必死に足に魔力を込めて、鼠の様に街を駆け回る事になった。