ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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317 ネコと和解せよ

 

 

 子猫ちゃんの誘惑の負けて耳をモフモフしていたら親猫に見つかってしまった。しかも都合の悪い事にリュカの家に案内して貰おうと思っていた所なので、誘拐未遂の罪状まで付いてしまう。

 

「そいつを逃がすな!」

 

「ごめんなさーい!」

 

 本来ならば誠意を込めて謝罪をするべきなのだろうが、捕まれば殺される未来しか見えず。一目散に人垣を掻き分け逃げ出して。見たくないなぁと思いながら、チラリと背後を振り返る。

 

「「「ぶっ殺してやる!!」」」

 

「うわぁ」

 

 大人気であった。いやこの場合は猫親分の人気になるのだろうか。手下とは思えない通行人までもが事情を知っては追いかけてくる。まるで磁石に集う砂鉄のように、あっという間に背後は獣の群れだ。

 

「おっと」

 

 頭上をブンと拳が空振る。どうやら追われる俺を見て、前の人達も異常に感づいたらしい。正義感溢れる通りすがりの攻撃にあった。邪魔この上ないのだが流石に反撃は出来ない。このままでは囲まれるのも時間の問題か。

 

 ならばと俺は脇道に駆け込む。大活性の最大速について来られる人数は僅かだろう。右左右また右からの左。薄汚い路地をやたらめっちゃらに曲がってやった。姿は完全に見失ったはずだ。

 

「ふぅ。危ない危ない」

 

(カカカ。お前さん、建前ではなく猫耳を楽しみにしておったのだな)

 

「当たり前だ。ロマンの為なら、たとえ火の中水の中さ」

 

(そしてあの子のスカートの中まで手を出してしまったと)

 

 まだ未遂である。けれども正直、尻尾にも物凄く興味があるので強く否定出来ない自分が居た。別に悪戯をしたい訳じゃないんだよ、本当だよ。

 

 取り合えず撒けただろうか。まぁ裏路地を随分深くまで走ったので暫くは見つかるまい。さて、これからどうしよう。壁に背を預けて、やや途方に暮れながら空を見上げた。

 

 すると耳が「こっちだ」と荒々しく叫ぶ声を拾うではないか。俺は目を見開き何故バレたと眉をしかめて訝しむ。

 

「そうか匂い」

 

 リュカが大森林で見せた嗅覚を思い出す。ここは獣人の町だ。鼻の優れた種族は豊富なことだろう。一息付いたばかりだったのだが、クソと悪態を吐きながら再び路地裏の深くへと潜ることに。

 

「そっちが鼻ならこっちは目だ。ジグ頼む」

 

(しゃーないか。先行しちゃる)

 

 いつもの定番ジグレーダーである。魔王の優れた視力と反射神経からなる危険感知も優れものだが、真の真価はやはり霊体にあるだろう。なんて言ったって壁抜けも出来るので一方的に情報収集が出来るのだった。

 

(あー駄目じゃ。この道は挟まれるぞ)

 

「あいあい」

 

「くそ、匂いは間違いなくこっちなのに、なんで見つからないんだ!」

 

 そうして裏路地を舞台にした鬼ごっこは続いたのだが、敗因を上げるならば土地勘だった。ジグが前から来ていると言うので一つ手前を曲がったら袋小路だったのである。行く手は壁に阻まれ、背後からは足音。どうする。屋根に飛ぶか。いや。

 

「追い詰めたぞ、幼女趣味の変態野郎が!」

 

「カカカ。生憎人違いじゃな」

 

「……ここに黒い髪の男が来なかったか?」

 

「見ての通り誰もおらん。儂は行くので好きに探せい」

 

(あっぶねー)

 

 ジグルベインとの交代が間に合った。いくら獣人の嗅覚が優れていても匂いはおろか外見まで別人になってしまえば追いようがあるまい。それが証拠に変装ならぬ変身は見破られる事も無く、魔王は包囲網を正面から堂々と突破してみせる。

 

「せっかくの肉体じゃが、こんな湿気た市場にゃ興味も出んしなぁ。このまま町を出てしまうかや?」

 

(うーん。リュカには悪いけど、そのほうが無難かな)

 

 ジグが適当に進むと、最初に居たと思わしき大通りに戻ってくる。見覚えの無い場所なので市場よりもっと先の方だと思う。そこには人垣が出来ていて、ガヤガヤザワザワと人が何かに集っていた。魔王は興味が出たのか、どれと身を割り込ませる。

 

 どうやら張り出し物があったようだ。発見した時は声を揃えてあれまと言ってしまった。仕事が早いことに手配書が出回っていた。もちろん似顔絵には黒髪の美少年が描かれている。

 

「ちょっと目を離した隙になんでこんな事になってんだぁ!?」

 

「むむ」

 

 ジグの隣には人相書きを見て困惑する狼少女の姿があった。リュカは俺と逸れた後に探してくれていたのだろう。まさに寝耳に水というやつだったに違いない。まぁ猫耳のミスなんですけどね。

 

「おい、あの大猫は偉いのか?」

 

「ああん? 大猫って親分の事か。そりゃこの町はあの人のシマだからな」

 

「カカカ。であるか」

 

 よりによってその愛娘に手を出した馬鹿が居るらしい。誰だろうね。ジグルベインは気を利かせたのか、リュカに向かい伝言を預かっているとソッと耳元に口を近づけてくれる。

 

(騒がせてごめんね。俺は帰るから元気でなって伝えて)

 

「帰るから元気でな、じゃと」

 

「っおい!?」

 

 咄嗟なのかリュカはジグの肩を掴んで引き留めようとした。しかしもう用事は済んだとばかりに手を払うと、早足に雑踏に身を紛らせる。こんな別れで本当にすまない。

 

 変身を解いたのは町を完全に出てからだった。入口が封鎖はされていなかったので、外に出た所で俺がもういいだろうと判断した。

 

(いかん!)

 

 だが体が戻った直後、ガツンと大きな音を聞く。脳みそに直接放り込まれたかのような鈍い音だった。あっと漏れる声。揺れる足元。なんだよと後頭部に手をやり、真っ赤に染まる事で鈍器で殴られたのだと思い至る。

 

 振り向けば、犬の獣人が血塗れのスコップを片手に震えていた。待ち伏せ。街道に出る所を狙われたようだ。

 

「こっちだ、こっちに居たぞー!!」

 

「ぐっ、やめっ!?」

 

 不意の一撃がきつかった。魔力の防御も間に合わず生身だったのだ。体勢を整えようとするも、相手は興奮状態にあるのかガンガンとむやみやたらに凶器を振りかざしてくる。

 

 散々暴力を振るい、時には命まで奪ってきた俺だが、最後の一線としてどうしても市民には手を出したく無かった。止めてくれ。精一杯に言葉で抵抗をしながら身体を丸めて頭部を守る。そうしている間に増援が来たか、手数が増え暴力が増していく。

 

「でかしたじゃないか。マオちゃんに手を出されて逃げられたらとんだ恥だった」

 

「あ、違……。俺見ちまった。さっきこいつ銀髪だった。そしたら怖くて」

 

「銀髪に変身したって、お前今どき人狼の伝説なんて信じてるのかよ」

 

 痛いみに慣れるのも困ったもので、これしきの怪我では気絶は出来ないらしい。地に伏し無抵抗になった俺の頭上ではそんな会話が行われていた。

 

(しくじった。すまぬ)

 

「いいよ。ジグのせいじゃないさ」

 

 完全に俺の油断だ。全身をボコボコにされ、縄でグルグルに巻かれ。まるで見せしめの様にズリズリと市街を引き回される。その後は手当なんて施されることも無く、大きな屋敷へと運び込まれて。

 

「おう、ワシんシマで随分と舐めたことしてくれたのう」

 

 出迎えたのは当然親猫だった。これだけ痛めつけられたのだし、もう許してくれよ思う。どうせならば頬ずりをして匂いも嗅いでおくべきだったか。

 

 その猫の獣人は、親分という言葉に相応しく貫禄に溢れている。具体的には縦にも横にもデカく、とても存在感のある猫ちゃんだ。だが、希望の犯人の身柄を抑えたにも関わらず、本人はこちらを一瞥もせずに何かをじぃと見つめていた。

 

「うーむ」

 

「あの?」

 

 手には鋏を持ち、藁人形のような物にご執心だ。さながら盆栽を剪定する時に最初の一太刀を悩むかの様に、鋏の刃先を躊躇わせる。

 

 やがて、やはりここかとチョキンと切り込みを入れた。ポトリと落ちたのは藁人形の股間についていた突起物である。瞬間に察して、思わず股を締めた。こいつ、俺の身体の切断する場所で悩んでやがったのだ。

 

「そこは嫌なのー!」

 

「ガハハ。だからこそ去勢したるわ」

 

 親分は悩める顔が嘘なくらい晴れ晴れとした笑顔を浮かべる。ふざけるな。まだ一度も使っていないんだぞ。さよならバイバイするには早すぎるだろ。

 

 俺は考えた。幼女趣味の変態野郎と思われているからこそ、この様な仕打ちを受けるのだろうと。いまこそ誤解を解き、ネコと和解をするのだ。

 

「か、勘違いをしてますよ、親分さん」

 

「ああん? ワシが何を勘違いしてるってんじゃい」

 

「俺は別に幼い子が好きってわけじゃない。なんなら親分のような大きい身体も好物さ。その猫耳興奮しちゃうね」

 

「ワ、ワシまで範囲内だと言うのか!?」

 

 周囲の手下達に動揺が走り、大猫はそんな目で見るなと、まるで乙女の様に腕で胸元を隠した。はて。誤解が解けたというより深まった気配に何故だろうと首を傾げる。

 

「ねえジグ。俺はいまなんて言った?」

 

(ふぅん。訳すれば、俺はノンケでも平気で食えちゃう男だぜと言ったところかの)

 

 思いを伝えるって難しいものだね。人は何故争うのだろうかと世を嘆いていると、性獣はいますぐ去勢だとチョキチョキと鳴らされた。取り巻きがズボンを下ろそうとしてくるので、いやいやと必死に身を捩り抵抗をする。

 

「ゴルベの旦那、待った。オレの話を聞いてくれよ!」

 

「おん? リュカか。おお、無事帰ってきたんかわれ!」 

 

 これを間一髪というのだろう。リュカの助けがあったのはズボンが半分下ろされた所だった。来るならもっと早く来てよね。でもありがとう。

 

 

 

 

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