ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
絶体絶命であった。こいつらは無実のか弱い少年を大人数で取り押さえ、あまつさえズボンを剥ぎ取ろうとして来る。いやよいやよと抵抗をするも虚しく、ボスの非道なる大猫は嫌がる悲鳴を演奏会の様に楽し気に聞きながらチョキチョキとハサミを鳴らしていた。
そんな中だ。「待った!」そう高らかに叫び登場した灰褐色の髪の少女。リュカは場の殺伐とした雰囲気に気圧される事なく、猫親分の下した判決に真正面から立ち向かった。
俺には彼女の小さな背中がとても逞しく見えて、普段より三割増しでイケメンに思えた。きゃー格好いい。惚れてしまいそうである。
「そいつは悪くねえ。開放してやってくれ。マオから話を聞いたけど、オレの家に案内して欲しいって頼まれただけみたいなんだ」
「いや、この男の目は発情した獣そのものだった。加えマオの無知に漬け込み、お兄ちゃんのソーセージをお食べなどとほざきおって。絶対に攫う気だったわい」
「誤解だよ。それにツカサはオレの恩人なんだ。短い間だけど世話になった。とても幼女を襲うような下種じゃあ……あれ、けどオレも目が覚めた時は脱がされそうだったし、風呂にも入って来やがったな……」
嘘だよなと、リュカは半信半疑の視線で俺を見る。この野郎余計な罪状を増やしやがって。さっきの輝きは何処に行った。親分はそれ見た事かと鋏を投げつけた。股座の間で床に刺さる刃物に、さぁと血の気が引くのが分かった。
だが、狼少女の登場は間違いなく場の流れを変えたらしい。俺を組み伏せる取り巻きから、無事だったのかと安堵の声が聞こえたのだ。思えば行方不明だった少女が無事に姿を見せたのである。その反応を知れただけでもリュカを送り届けて良かったと思えた。
「まぁリュカの話ならば、とりあえず聞こうじゃねえか」
オイ、と親分の掛け声一つで体を抑えていた複数の手が離れていく。自由を得た俺は、散々殴られた痛みに悶えながらムスリと起き上がった。雰囲気からまだ解放とまでは行かないか。それでもやっと話し合いという段階にまで持って行けたようだった。
「リュカーありがとー!!」
「まったく。少し目を離しただけでよくこんな面倒を起こせるもんだな」
(カカカ。であるな)
少女は呆れ顔で肩を竦める。そして隣に座り込み怪我は大丈夫なのかとハンカチで顔の血を拭ってくれた。今もめちゃくちゃ痛むけれど活性を使っていれば傷の治りも早い。せめてもの強がりで問題なしと見栄を張った。
「で、その男が恩人ちゅうんはどういう事だ。お前何処で何してた?」
「本当はそれを伝えに来るつもりだったんだけどなぁ」
帰還の報告が弁明になってしまった。リュカは苦笑いを浮かべながら、俺との出会いを親分に伝える。要するに魔獣狩りに出たら逆に追い込まれ、川に落ちてしまったという失敗談だ。あまりに危なっかしい少女の行動に猫は娘を心配する親の様にバカ垂れと声を荒げた。
「にしても流れた着いた先はエルフ共の森か。そりゃ確かに冒険したのう。けんど、そこを助けたのがコレとは……リュカ、ちゃんと恩人は選べよ?」
「無茶言いやがる。オレだって選べたらコレは選ばねぇ」
人の事をアレだコレだと酷い言い草なのだが今は立場が弱い。ぐぬぬと耐えて反論をせずに居ると、リュカはそうだと思い出した様にポケットを弄った。見てくれと取り出したのは少女が自身の手で倒した魔獣の牙。20センチを余裕で超える立派な犬歯だ。
パッと見だけでも十分に獲物の大きさを伝える成果物。親分はほうと顎を擦り、後ろでもやるじゃないかと賞賛する声が聞こえた。リュカは母親を失い一人ぼっちだと嘆いていたけれど、なんだ愛されているじゃないかと感じる。
「こりゃチニチアの牙だな。魔力を使えないお前が、この大きさの個体を倒したのか?」
「おう。ちゃんと一人で倒したぜ。ツカサだって見てる」
「はい、確かにリュカが倒しました」
罠に嵌めての勝利だけど一騎打ちをしたのは事実。親分猫は、そうかこれでお前も立派な戦士だなと少女の勇気を褒めた。尻尾が生えていたらパタパタと振っているのだろうなと思うくらいにリュカは露骨に表情を緩める。
「じゃあさ、じゃあさ。オレの親父の居場所を教えてくれよ。ちゃんと戦士に成ったんだって会って報告をしたいんだ」
「馬鹿垂れい。お前の父親はワシじゃと、何べん言わすか!!」
「そりゃあ猫族のみんなは好きだけど……母ちゃんはいつか魔力を貰いに行けって」
俺は後ろで話を聞きながら、おやおやと思っていた。いつからか話は俺の沙汰では無く、リュカの親子問題に発展していたからだ。このまま有耶無耶になるかも知れないから黙っているけどね。
どういう繋がりかは知らないが、猫の親分はリュカの事を子供の様に可愛がり育てていたらしい。舎弟の皆も姿が消えた少女を心配していた辺り、かなり深い関係にあるのだろう。
それでもリュカは。狼の獣人だと自称する少女は、血の繋がる本当の親を求めていた。たぶんこの世界では親子関係というのが俺が思っているよりもう少し複雑なのだ。
御霊分け。俺はジグルベインから魔力を貰い、己の魔力の流れを知覚した。これは本来、極めて血の近い近親者同士でしか成立しないものだと聞いた覚えがある。
ならばだ、この御霊分けという行為はDNA鑑定に近い役割も持っているのではないか。変態の代表が王子共だったので忘れがちだが、そう考えれば貴族の貞操観念が妙に高いのも頷ける話だ。
要するに魔力を与えるというのは血の繋がる証明になりえる。リュカは魔力にややコンプレックスを持っていたけれど、魔力を貰う事により、父親に自分の子だと認めて貰いたいのだろう。
「じゃあもういいよ! バーカ!」
「あ、おいリュカ」
少女は罵倒を吐き捨てて部屋を飛び出して行った。お前何をしに来たんだ。若干にそう思わなくもないが、去り際に頬を濡らす雫を見ては文句も出て来なかった。
俺は事情を何も知らない。それでもリュカが頑張っていた事だけは知っているので、何友達を泣かしていやがると大猫を睨みつける。
「父親の事を何か知っているなら、意地悪せずに教えてあげればいいじゃないか」
「若いな。真実なんて知らない方がいい時もあるだにゃー」
この猫親父は言った。リュカの母親は、外見が完全な人間である少女を生んでしまったが故に不貞の疑惑を押し付けられて迫害されたのだと。だから魔力を求めるのはむしろ母親の願い。リュカが父親に認められる事で、自身の潔白を証明したかったのである。
声も出ない。それでは母親の一人相撲だ。このままでは狼少女が戦士に成ったと会いに行った所で、家族として認めて貰うことは難しいのであろう。
「わかったろ。あいつは知らん方がええ。だが自分が違うというのは、子供ながらに分かっちまうんだろうな」
如何に愛情を注ごうと、ここは獣人の国。どこか孤独を感じる故に、血という繋がりを求めるのだろうと大猫は解釈をしていた。その言葉を聞いて一人ぼっちと言っていた意味を俺も思う。リュカは姿の近い俺たちやエルフ達に会い、どう感じたのだろうと。
「そうか、とりあえず俺はリュカを追う」
ご機嫌ようと立ち上がる。そうはさせんとばかり、扉の前を人で固められた。ちっ、駄目か。どさくさに紛れて逃げようと思ったんだけどな。
「もういいじゃん、許してよ!」
「ガハハ。リュカを送ってくれた事には感謝してる。だから股間は許してやろう。だがワシにも面目ちゅうんがあるでな、まぁ一晩牢屋に泊まっていけや」
簡単に許したら舐められるという奴か。言い分は理解出来たので、五体満足で帰れるなら一晩くらいとお縄に付くことに。身体を鉄糸でグルグル巻きにされ、こっちだと引っ張られる。
◆
「はっ!?」
(おお。やっと気付いたか、お前さん)
気付いたらガタゴトと馬車に揺られていた。ジグ曰く、寝ている間に運び込まれたそうだ。牢屋に放り込まれたのまでは覚えているのだが、恐らく飯に睡眠薬でも盛られたのだろう。僅かに頭に気持ち悪さが残る。
見れば服も荷物も身に着けてはいるが、牢屋に入れられた時と同じで鉄糸に巻かれていた。腕も足も使えず、幼虫の様に床に這いつくばっているのが現状だ。
「エルフの町に送ってくれてる、なんて待遇じゃなさそうだよね」
(そりゃどうみてもな)
それでも無理やり馬車に乗せられているにも関わらず、どこか俺の心は穏やかだった。何故だか妙に既視感があり、移動しているという現実を受け入れているのだ。この感じは何処でと探り、一つの答えを見つけ出す。
「そうか、冒険者ギルドの馬車!」
(まさか拉致慣れをしているとは。いよいよブラックじゃのうあの会社)
とはいえ奴隷も強制労働もごめんだ。こんな束縛引き千切って逃げ出してやろうと、闘気を纏い力を籠める。次の瞬間、痛いと悲鳴が漏れた。ピアノ線の様に細い鉄糸なので無理に暴れると肉に食い込むのである。
ははあと感心をした。魔力使いならば鎖程度は簡単に壊すだろう。では犯罪者をどう拘束するのかという答えがこれ。力を出す程に襲う痛みで無力化するのだ。
「起きたか。もう諦めろよ。お前は大都で公開処刑されるんだ」
「ふざけんなー!?」
小さな窓からこちらを覗く男は、人狼めと呟いて小窓をパタンと閉める。その姿は猫ではなく犬だった。俺が何をしたって言うんだよ。