ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
「あばばばばば」
拉致され早三日、馬車は目的地である大都やらに着いてしまったらしい。このままでは俺は投獄され、公開処刑となるそうだった。どうしてこうなった。
(だからあの時、儂と交代しておけば良かったものを)
「うーん。いや、けどなぁ」
拘束が解けず藻掻いている俺にジグルベインは笑顔で交代を迫って来た。けれども魔王から不穏な空気を感じて提案を拒否している。
馬車の御者人を務める犬の獣人は、どうやら俺をスコップでぶん殴った奴と同一人物の様なのだ。あの場で交代をしていたらジグは拘束を解くと同時に斬り殺していたのではないか。
そして仮に殺さなくても、きっと立場は良くならない。何故なら俺には魔族だという容疑が掛かっている。交代から戻る瞬間を目撃されたせいだ。疑惑を確信に変えられて今度は国に指名手配されてはたまらない。というのが当時の考えだった。
「そもそもジグの手を借りなくても、実は外せたんだ」
(であろうな。しかしこの様であろう。決断が遅いわ)
「ぐうの音も出ねえ」
身体を縛っているのは鉄糸だった。力むと自傷する拘束は身体能力の高い獣人や魔力使いに実に有効だと思う。けれど、それは一般的な、の話である。
騎士レベルの魔力操作が出来れば鉄糸程度では傷も付かない。何より俺には黒剣があった。いつでも虚無から取り出せるのだから、そりゃ縄抜けなんて楽ちんだよね。
だが余裕を持っていたのが運の尽き。逃げ出すタイミングを計っていたら、町を出てすぐに乗り換えさせられたのだ。護送車に。おかげで怖い顔した山賊の皆さんと同じ檻に詰め込まれるし、四人の武装した護衛に睨まれる日々だった。脱走とか無理。
けれどお陰で情報得る事も出来た。結果を言えば、裏切ったのは猫の親分ではない。というのも御者をしていたあの犬、どうにも国の役人くさいのだ。俺の身柄を渡す時にそんな話をしていた。
だからこれは身から出た錆。運が悪かったのだと諦めて、多少気分は前を向いている。これからどうしましょうね。
(しかし、この国は昔とあまり変わらんのぅ)
「ジグは来た事あるんだね」
(カカカ。そりゃあるわ。この大陸は儂の支配域だったのじゃぞ)
それもそうか。まぁ入国した時にもベルモアには地獄があるのだと言っていたのだから驚くことではなかった。
馬車は既に大都の門を潜り、メインストリートをゆっくりと直進している。檻に捕らわれ、いかにもこれから裁かれる犯罪者ですと晒し者になっていた。見物人から侮蔑と哀れみの視線を受けながら、俺も同時に町を見渡す。
風で砂埃の舞う乾いた大地。住人が多いのか建物は上に伸びてまるでビル群の様相だ。しかし作りは良いとはいえず、石を重ね積み上げられた塔の様な建物は、斜めっていたり継ぎ接ぎだったりで見ていて少し不安になる。
町の規模に対して通りはどことなく寂れていて。ふとリュカを送ったゴルベ村でも感じていた違和感の正体に気付く。この国に来てから、いやシュバールを出てから三柱教の鐘の音をまだ聞いていないのだ。
ともするならば、魔法があまり住人の暮らしに浸透していない。もしくは上層に独占されているのかもなんて、薄暗い街を見ながら思った。
「いやだー!! 反省するから地獄だけは勘弁してくれ!」
「ふざけるな、俺は盗みだけだぞ。あんまりだ!」
「うるさ」
町の奥に向かうにつれ囚人達は叫び懇願を始めた。盗人Aくんはともかく、殺した数を自慢していた猿くんまでキーキーと喚いている。どうやらこの馬車は地獄に向かっている様だった。
結局来ることになってしまったかと思いながら、どんな場所だろうと進路の先を覗き込んで見る。しかし、見えるのは円形のドームの様な建物ではないか。俺は余りの期待外れにあれが地獄かとジグに確認する。
(外見は儂が知っている時と違うが、大事なのは上より下よ。あそこで育った世界樹が今は大森林の中にあるはずじゃ)
「なんで突然世界樹が出てくるの?」
(おお。世界樹とは名の通りに世界を跨ぐ樹。彼方より飛来した種がベルモアを穴だらけにした正体だ。世界樹はこの星に魔力を齎したが、同時に厄介な生物も付いて来てしまってな)
ソレを閉じ込めていたのが地獄という名の由来らしい。一体どんな生物なのだと聞けば、魔王は此処まで来たら見たほうが早いとカラカラと笑った。説明し辛いのだそうだ。到着したら処刑されるんだけどな。
それよりも俺は世界を渡るという単語の方が気になった。ジグは悪びれもせずに帰る方法とは関係無いと言い放つ。知っていたら教えない理由が無いと。確かにその通りだった。
(まぁちょっと嫌な予感はあるが。そもそも儂ですら世界樹が育ちきった所など見たこと無いしの)
「ジグが関係無いって言うならそうなんだろね」
そうこうしている間にも処刑場に到着してしまったらしい。少し意外だったのは、建物に近づくと聞こえてくる歓声である。とても似合わないものなのだが、空を裂く悲鳴にも似た嬌声は、耳を塞ぎたくなるほどに大音量で響き渡っていた。
ドーム状の建物、高い壁、そして観客。ここまで情報が揃えば、嫌でも中で何が行われているか想像が付くではないか。コロシアム。なんて趣味の悪い事だ。犯罪者を集めて殺し合いをさせているのだろう。
「って何でだー!!」
結局脱出をする機会は無かった。というのも通路が大きく、俺と山賊達は檻に入れらたまま馬車で運ばれたのだ。
俺は想像をした。きっと中では噂の生物と犯罪者が見るも無惨な死闘を行っているのだろうと。獣人達は飛び散る血に興奮し、殺せ殺せと参加者の死を望んでいるのだろうと。
(カカカのカ。なーにをやっとるんじゃコイツ等は)
そこで行われていたのはプロレスだった。大穴に吊るされた、浮かぶ足場を舞台に、ムチムチの男達が競い合っている。鱗が生えた男の華麗なる空中殺法、受けるは牛の獣人か。分厚い胸板で蹴りを止めるや、脚を掴み組技に持ち込んだ。またや歓声が上がる。
「お、俺は一体何をやらされるっていうんだ!?」
恐怖する。いっそのこと殺せという気分だった。部族の未知なる儀式に巻き込まれた様な困惑を味わうも、俺には拒否権も選択権もありはしない。無駄に白熱する試合が続き、とうとうその時は来てしまう。
「バスガス・バークンハーツであーる! 皆の者、今日もここに新たな贄が届いたぞ。愚か者の末路をよく噛み締め、聖獣様に感謝を捧げよ!」
高い場所から偉そうな男が演説を始めた。ブルドックに似た犬の獣人だ。自分は贅沢な暮らしをしているとばかりに脂肪を蓄えた体。きっと態度の大きさくらいに地位も上なのだろうと想像をさせて。
(あれは……)
むしろ目を引くのは隣に立つ男であった。聖獣と紹介された大柄な人物。椅子に座るデブとは比較にならない程に鍛え抜かれた肉体だ。眼光や立ち振る舞いだけでも強者なのだと理解が出来るが、勘違いでなければ彼もまた狼なのであった。
「さあ地獄の蓋を開け。罪人に聖獣の加護は無い」
「なんだなんだ?」
俺たちは檻に入ったまま舞台の真ん中に置き去りにされていた。運搬していた馬車が通路に避けると、足場が微かに揺れ始める。この感覚には覚えがあった。エレベーターだ。
見れば端ではよいせよいせと大きな滑車を手動で回していて。まさか舞台ごと地獄に落ろす気なのかと視線を上に向ける。予想通りに観客席との距離はゆっくりと開いていった。
「ジグちゃん、アレなぁに」
(正式名称は知らん。儂らは
ふぅん、そうなのね。ゆっくりと、されど深く深く。地の獄へ。
周囲はすっかり闇に包まれるのだけど、あくまで見世物。四隅で焚かれる篝火によりなんとか視界は確保出来ていた。ありがたい気遣いだね、反吐が出る。
体感50メートル程は降ろされたか。まだ下まで降り切らないようだが、これが下限なのだろう。舞台の下降は止まる。もう構うまい。ガクガクと震える山賊共を尻目に鉄糸をコッソリと外し始めた時だった。その生物は現れた。
確かに形容に困る外見である。四足歩行。胴体はネコ科の様な、しなやか体型をしつつ、馬が持つような躍動を感じる長い脚。しかし足先は、蹄でも肉球でも非ず、鳥を思わせる
されど蛇の如くに長い首と尾を蠢かせ、身を覆う鱗はぬらりと炎の光を反射する。いやいや、生える背ビレと尾は、もしや魚類なのであろうか。
頭部は額より伸びる立派な二本角があった。顔自体はともかく大きな顎に鋭い牙を持つ、鬼の様な形相をした何か。鰐にも見えて、虎にも見える。言えるのは間違いなく獰猛な肉食獣という事。
(な、説明難しかろ)
「確かにこれはね。でも俺ならこう呼ぶかな、
こんな出鱈目な外見だというのに、不思議と