ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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 宿に戻ってきたイグニスは外套はおろか帽子を脱ぐ事もなく詰め寄ってきた。

 こちらとしても話しておくべきだと思うのだけれども、はてさて一体何から話したものか。

 

 取りあえずはお茶を入れるから着替えてしまえと宥めれば、少女は自分の恰好を一瞥すると渋々と帽子を取って赤毛を晒す。その時の瞳の色は筆舌に尽くしがたく、もしや命拾いしたのではないかと思うほどに狂わしい。いかんこれは怒ってらっしゃる。

 

 スタンドへと雑に外套を投げ捨てて帽子だけはやたらと丁寧に引っ掛けて、ドカッとベッドに座り込む頃には多少頭も冷えたのか、お茶を手渡せばありがとうと返ってくるくらいには理性を見せていて。俺は今だと切り込んだ。

 

 始まりは魔獣狩り。この近辺では珍しい大型魔獣の痕跡を見つけた事からだ。

 ハンターの技術もあり追跡により発見したのは鹿の魔獣で。その餌になっていた生物こそ今回の事件の発端ゴブリンだった。

 

 一匹でも繁殖の可能性はあるが見つけたのは死体だ。そこで鹿の胃の中を確認した俺達。

 胃袋に収められていた無数の小鬼にこれを繁殖爆発だと確定した。

 

「最初は俺が町に向かう予定だったんだけど、ジグが転移陣があるかもって教えてくれて」

 

 そう。突然すぎるゴブリンの出現。間の良すぎる襲撃に俺は悪意を疑った。

 ウルガさんが町に襲撃を知らせに行っている間に、俺は獣人の村の安全確認に走ったのだ。だが俺が村に辿り着いた時には既に千近くの群れが襲撃していたのである。

 

「…………それで?」

 

「かなりの数を斬ったけど、余り減ってる感じがしなかった。だからまだ増えている事を疑った」

 

 村は中にゴブリンが侵入した様で対応に追われていた。なので俺は外を対応していたが、数が一向に減る気配が無かったのだ。食事で増える小鬼の様子を見て、これ以上の繁殖はマズいと感じた俺は転移陣の確認を急いだ。

 

「それで鉱山なわけだね」

 

「うん」

 

 場所を考えはしたが、ゴブリンを追っていけば出どころは明白である。しかしそこは獣人の仕事場。襲われた痛々しい痕跡に俺は生き残りの救助を優先した。

 捜索の甲斐あって高所に上り避難していた人達を見つけることができて。

 

「そこで一緒に引き上げるという選択肢は?」

 

「……あったかも知れない」

 

 転移陣の場所は明白。救助者もいた。なら確かにあそこが分岐点だった。

 しかし、それは後の祭りで。俺の選択は自らを囮にして、その隙に逃げて貰うことだった。いやぁ大量に引き連れてからの爆破は気持ち良かった。

 

「でまぁ転移陣は見つけたんだけど、そこには鬼人がいて魔石を集めていた」

 

「魔族……」

 

 出会うや否や転移陣からゴブリンクイーンを呼んだ魔族。思い返せば俺が陣を破壊する前にアレをこちらに送りたかったのだろう。

 巨大なゴブリンは繁殖に特化していて、単純な戦闘能力よりも余程恐ろしい相手だった。

 

「結局はジグのお陰で何とかなったんだけどね」

 

 増える様子に耐え兼ねて巨鬼から撃破を試みたのが悪かった。その場に留まる小鬼の制御が消えて暴走寸前。しかもそれを止めようと思っても前には赤鬼が立ちはだかっていて何とも絶望的な状況だった。

 

「そうそう、鬼は【軍勢】っていう勢力だった。魔石と交換で繁殖爆発をさせる役を引き受けたみたい」

 

 俺は鬼を超えられず力尽きた。なのでここからはジグルベインの成果である。

 俺の倒せなかった赤鬼を圧倒する強さを見せつけて尋問したのだ。その後残りのゴブリンに対し魔法を使って一掃しようとしたところでジグの魔力が尽きて。

 

「後はイグニスの知ってる通り。鎧さんが魔法陣壊してお終いだよ」

 

 何とか今回の一件は終わったものの裏にはやはり【深淵】がいて【軍勢】という新たな名前も出て来た。もはや黒幕を倒さない限りは、後手に回るしかない。もう自分の関わる話ではないかも知れないが早く平穏が欲しいものだ。

 

「ああ、なるほど。随分なお手柄だね。じゃあ歯を食いしばりなさい」

 

 うん?と思っているうちにも平手が振りかぶられた。叩かれると分かっていても目を瞑る習性はとっくに消えている。だから見てしまう。当たる直前に握りこまれたその拳を。

 

「グーだふっ!?」

 

 昨日赤鬼に顔面を陥没させられたばかりである。それに比べればイグニスの打撃など等身大の少女のもので、痛くも痒くも痛い。

 

「ホラ見ろ! やっぱり無茶をしているじゃないか! あのゴブリンの他にクイーンと鬼人だって? あのなぁ、そんな事じゃ君、本当にすぐ死んでしまうんだからな」

 

 真っ赤な瞳がじわりと滲みルビーの様に輝いて。頬から流れ落ちる雫が形良い輪郭を撫でると、ぽたりとシーツに染みを作って。

 

 あの気丈なイグニスが、目つきも態度も性格も悪い魔女が、ポトリと大粒の涙を落とす姿に酷く困惑した。同時に、女の子を泣かせてしまったという事実に衝撃を受ける。こんな時一体どうすればいいんだだだだ。

 

「や、ほら。約束を破ったのは悪かったけど、いやごめん。ごめんってぇ」

 

「なにがごめんだ! ちっとも反省なんてしてない癖に!」

 

 涙でもその視線の鋭さは鈍ることなく、赤は真っすぐに射抜いてくる。

 そうだ。何に怒っているのかは分かるけれど、正直なところ何故そこまで怒っているのかは理解出来ない。や、また殴られるから言わないが。

 

「鉱山で君を見た時、心臓が止まりそうだった。そのくらい酷い怪我だった」

 

 それでも俺に駆け寄る事なく抑えたのは、まずは全部終わらせなければ頑張りが無駄になるからだと言う。俺もそれを望んでいたし、イグニスらしい合理的な判断だと思う。

 そんな彼女だからこそ安心して後を任せられるというものだろう。

 

「なんでだ。なんで君はそこまで行ってしまう。死にかけてからまだ十日と経っていないんだぞ」

 

 成り行き、などと言えるはずもなく。フイと視線を外すと少女はベットの上から身を乗り出して両手で頬を挟んでくる。

 

 今なお潤う赤眼。眉間に深い皺を寄せ、口を一文字に結び、分かりやすい怒りの顔はまるで聞き分けのない子供を見る母親のようだ。

 

「当てよう。君はこの世界で一人ぼっちだと、そう思っているんだろう?」

 

 死んでも悲しむ者がいないと思うから無茶をするのではないか。そう突きつけられて、いやいやそんなと否定をしたかったけれど、追い打ちの様に言葉は重ねられる。

 

「自分を理解出来る者は誰も居ないと思っているんだろう?」

 

 思わず目を閉じてしまった。心を丸裸にされてしまうと思ったから。触れてほしくない聖域を侵されてしまいそうだったから。

 

 寂しい。認めて欲しい。褒めて欲しい。居場所が欲しい。

 そうだ。蓋を開ければ俺の行動原理なんて醜い承認欲求に溢れている。

 

 そして、そんな孤独を分かち合えるのはジグルベインに他ならない。

 俺にとって唯一の地球の名残だ。異なる世界に渡る孤独を知る人だ。魂の片割れだ。

 彼女の手を掴むためならば俺は地獄の果てまででも突き進むだろう。言ってしまえば俺の世界は二人で完結しているのだ。

 

「君はこの世界に未練なんてものがないんだ。違うかい?」

 

 心臓をナイフでぐさりと刺された様な痛さと、隠していたエロ本が見つかったかの様な気恥ずかしさ。この魔女にはとっくに自分の歪さなんて見抜かれていたようで。

 

「頼むよイグニス。これ以上いじめないでくれ」

 

 ぎゅうと一層に手に力を込められて。ちゃんと目を開けなさいと、鼻づまりでいつも以上にハスキーな声が聞こえる。言葉の通りに薄目を開ければ、何とか口元だけでも笑みを作ろうとした不細工な顔が。

 

「君の名前は?」

 

 意味の分からない質問に呆然としていると、不細工な笑いは不気味な笑いへと変化して早く答えろと圧をかけてくる。

 おかしい。泣いていたのを宥めていたはずなのにコチラが泣かされそうだ。

 

「相模、司?」

 

「うん。ツカサ、私はイグニス・エルツィオーネだ。少し遅れたけれど、私と友達になってはくれないかな」

 

 そういえば、初めて会った時は言葉が上手く喋れなくて自己紹介はジグルベインの翻訳で何となく済ませたのだったか。

 

 それから色々あって、なあなあで旅をする事になって。しかし彼女との関係はと問われると答えに詰まる。仲間とまでは大袈裟で、顔見知りというには大切な人。

 

「ふふ、本当に今更だね。一緒に旅をしてて、同じ部屋に泊まってるのに」

 

「私がふしだらみたいな言い方はやめなさい。こっちはとっくに友達だと思っていたさ。それでも君には言葉にしないと伝わらないじゃないか。一人ぼっちなんて悲しい事は言わないで。ジグだけじゃなく私の事も少しは頼りなさい」

 

「あい」

 

 そこでようやっと顔を放してくれたイグニスは今までの不出来な笑いが嘘の様にフフフとほほ笑んで、次にやったら燃やすからなと恐怖の宣言をした。

 そして最後に良く頑張ったねとぶっきらぼうに呟いた言葉が、何より俺の胸を満たしたのだった。

 

 一段落ついてそろそろ夕飯の時間だと言う事になり、身支度をするからと部屋を追い出された。

 

 出掛けに、ふとスタンドに掛けられた外套に目が行って。その胸元には俺がプレゼントした赤いブローチが輝いていた。

 

 どうして俺なんかに優しくしてくれるのか、なんて質問をしたら彼女はまた怒るのだろうか。まあ理由なんてどうでもいい。

 死にかけたら悲しいと言ってくれる人がいるのだから、今度からは死にかけないレベルで頑張ろうと思う。

 

 イグニスの支度が終わるまでの間を、扉の前で友達という言葉を反芻しながらニヨニヨと待ったのであった。

 

「うお、何だよ気持ち悪いなぁ」

 

「え!?」

 

(カー! 青い青い。やってられんわ。カー!)

 

 

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