ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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320 蛇馬魚鬼

 

 

 地の獄に閉じ込められていた不思議生物ジャバウォッくん。魔王曰く、世界樹に紛れて付いて来た異世界からの来訪者だと言うが。正直、今はそんな事どうでもよくて。

 

「うぁあああ! 頼む、殺さないでくれー!」

 

「止めろ、俺なんて食っても美味しくないぞー!?」

 

 そう、問題は彼が処刑者であり、こちらは受刑者という所。俺たちは猛獣の檻に放り込まれた餌なのだった。ジャバくんは食事にありつくべく大きな顎を目一杯に開き、ガジガジと格子に噛り付いていた。

 

 一緒に居る山賊達は蛇馬魚鬼の登場により既に半狂乱状態だった。あるものは体を拘束する鉄糸を力づくで解こうとして血塗れに。あるものは出せ出せと叫びながら鉄の格子に体当たる。出たら食べられちゃうぞ。

 

「でもそうだよなぁ。檻に入ったまま処刑なんて出来ないか」

 

 ましてや上はコロシアム。怯える者を見るのも楽しかろうが、メインはやはり動物への餌やりだろう。このままではヤバイと直感が告げる。だが、檻の外に出ようと宙に吊られた舞台では逃げ場は無い。むざむざ食べられるだけだ。

 

 一体どう行動するのが正解なのか。千切った鉄糸をポイと捨てながら考えていると、ふとその老人が目に入る。老け込んだ犬は他の混乱する囚人を他所に、檻の真ん中に静かに座り込んでいたのだ。

 

「お爺さんは慌てないんだね」

 

「意味がにゃーがね」

 

「……へぇ」

 

 犬なのにニャー。いや注目するのはそこではないか。絶体絶命の窮地だと言うのに慌てる事に意味が無いと言い切る冷静さだ。俺はお爺さんの態度に強者の余裕すら感じ取り、何をして捕まったのかを聞いてみた。さぞ大きな事をしでかしたのだろう。

 

「フィーシー親分の奥さんに手を出いてまった。もう町におる場所はにゃーんだ」

 

「生きるの諦めてただけだった!」

 

(カカカ。ある意味大きな事はしてるがな)

 

 所詮は犯罪者。屑の集まりであったか。犬のくせに猫より猫らしく喋りやがってからに。ちなみに俺は冤罪だよ。親分の娘に手を出した件はもう済んでるんだもん。

 

(お前さん、そろそろ)

 

「あ、やっぱり駄目か」

 

 格子は牢屋に使われているだけあり太くて頑丈そうな物だった。けれど鬼頭の魔獣は顎の力により鋼鉄を歪ませて、とうとうに食い千切ってしまった。その穴から蛇の様に長い首を使い、ニョロリと頭部が侵入して来る。

 

「しょうがないか」

 

 お腹を空かせていたならごめんよ。今日の餌は少しばかり狂暴なのさ。勢いよく顔面を蹴りつけるとジャバくんは首を大きくしならせて、それでも殺しきれない衝撃に胴体がたたらを踏んだ。

 

 本気でやったのに固い。けれどダメージはあったのだろう。敵認定をされたようで鎌首をもたげジャーと威嚇してくる。対峙する圧力は蛇どころか竜とでも向き合っている気分である。

 

「お、おみゃー!?」

 

 俺は黒剣を引き抜いて犬爺の束縛を解いた。そして他の奴らも開放してやってくれと剣を握らせる。時間ならば稼ごうじゃないか。食い破られた穴から躍りだし魔獣へと身を晒した。

 

(えーお前さん、こんな奴らまで助ける気か)

 

「無い無い。殺した人数自慢する奴とか死ねばいいと思う」

 

 けれど。それはそれとして。無抵抗の人間が目の前で殺される様を眺める趣味も無い。他所でやってくれ。さぁ勝負だ蛇馬魚鬼。腕を鳴らしながら獣へと近づいて行くと、ドスドスと鋼の雨が無数に降り注いできた。

 

 何事だと思えば、地面には剣が槍が斧が鎌が刺さっている。俺への攻撃では無いのだろう。挑むのならばこれで戦えと。勇気を出した者を戦士と認め、大上段から殺し合えと囃し立てているのだ。

 

「武術大会思い出すね。懐かしい」

 

 黒剣を貸しているので、ありがたく武器は拝借する事にした。自然と手が伸びたのは一振りの鉄塊。何というか、それは剣と言うには、あまりに大きすぎた。大きく、ぶ厚く、重く、そして大雑把すぎた。それは正に鉄塊だった。

 

 いつか大剣使ってみたかったのよね。100キロくらいありそうな凶器を片手で肩に担ぐ。さてあのヘンテコ生物は一体どうやって戦うのか。見合っていると早速に敵は動き出す。

 

 左から尻尾の薙ぎ払い。いや、右から頭部での噛み付き。いやいや胴体も鋭いかぎ爪で襲ってくるぞ。一人三位一体攻撃とは洒落た事をする。対してこちらは、ただ振るう。剣の長さに物言わせ、重量と面積により眼前の空間を思い切りに殴りつけた。

 

 長い首があだになったな。ジャバくんは衝撃により身体を畳むようにして吹き飛んだ。けれども手応えに違和感がある。降り終わった後に大剣を見てみれば、刃がジュウと音を立てて溶け出しているではないか。

 

「あれぇ!?」

 

(強酸か。スライムでも食っていたのだろう)

 

 どうにも首を殴った時に吐瀉物が掛かったようだ。一体全体どんな生物なのだと魔王を問い質すと、何とも言い辛そうにある答えを口にする。

 

(アレは【永遠】なのだよ。死という概念を乗り越え、灰にしても続いていく。故に檻に囚われておる)

 

「ええ、じゃあ倒せないってこと」

 

(まぁそうさな。しかし、殺せば暫く動かんよ)

 

 詳しい事は後で話すから今はとりあえず首でも落としてしまえと。簡単に言うねぇ。全力の一撃を食らわせても平気で起き上がってくる生物を見ながら、俺はギアを上げて闘気を纏う。

 

 だが、脇でギャーと悲鳴が聞こえた。何事だと顔を向けたら、檻の外に犬爺と他3名の囚人が放り出されていたのだ。

 

「言う通りに縄を切ったら、剣を奪われてまって」

 

「さっさと食われてしまえ。俺はなんとしても生き残るんだ」

 

「本当にクズだな」

 

 檻の中では猿の獣人が黒剣を握りしめて立て籠もっていた。破られた瞬間を見ただろうに、少しでも安全な場所を確保しようというのだろう。そういうの映画だと死亡フラグだよ。

 

 まぁ出てきたものは仕方が無い。爺さん達に武器でも握りしめておけてと助言をして、俺は再びジャバくんと戦おうとする。けれど視線を戻した時には、舞台の上から魔獣の姿は綺麗さっぱり消えていた。

 

「あれ、どこ行った?」

 

(上じゃ。あ、なんか嫌な予感がする)

 

 アイツ飛べたのか。いや、姿を確認すればヒレを広げて飛び魚の様に宙を滑空していた。時折尻尾や足で大穴の壁を蹴る当たり、完全な飛行能力までは無さそうだ。

 

「お爺ちゃん、早くこっちに!」

 

 俺は爺さんを引き寄せて、ジャバくんに黒剣を投擲した。突然手元から剣が消えた猿が喚くが、知った事ではない。

 

 空を飛ぶ姿がドラゴンに見えたのだ。そう思った時、上を取った理由も同時に理解する。

 攻撃範囲だ。敵が複数になった事で、ぶちまけるなら空の方が効率が良いと考えたのだろう。

 

 黒剣は胴体へ深く刺さった。しかし飛翔するものを撃墜するには威力が足りず、蛇馬魚鬼の長い首は、まるで獲物を丸呑みした蛇の様に膨れ上がり。

 

「うぉおお!?」

 

 消防車の放水の様な勢いで吐き出されたのは魔力でも炎でも無く液体だった。けれど咄嗟に大剣を傘にして防いだのが功を奏す。強酸。先ほど刃を溶かした液体を上空から降らしやがったのである。

 

「ぎゃあぁ、熱い熱い!!」

 

「溶ける~!!」

 

 舞台に阿鼻叫喚が響き渡る。魔法を使えない俺では流石に全員は救えなかった。液体がスライム由来というジグの予想は当たっていたようで、動物の脂肪をふんだんに含む酸は、舞台の篝火により燃え広がって。それが一層に地獄的な光景を作り上げる。

 

「お爺ちゃん、他の人達の事を頼むよ」

 

「お、おみゃーは?」

 

 獣人は毛深いので、酸や火を浴びせられてもすぐに皮膚はやられまい。救援は人に任せて、俺は魔獣を撃退する事にした。大剣を担ぎなおして言う。

 

「ヴォーパルを見せてやるよ」

 

 やはり滞空は出来ないのだろう。酸を撒き散らしたジャバウォックは、グライダーの様にスウゥと宙を滑りながら降りてきた。俺は着地の瞬間を狙い弾丸の様に飛び出す。

 

「ギャーオ!」

 

 形容に困る、甲高く不愉快な鳴き声。学習能力は高いようで二度も狙われた長い首を振り回す事は無く、馬の胴体活かして地を駆ける。チーターは太い尻尾で荷重を移動しバランスと取ると聞いた事があるけれど、こいつはそれ以上に尻尾を上手く使いこなしていた。

 

 尻尾が地を叩き加速する。魚の尾びれは船の帆の様な役割を果たすのか、まるで地面を泳ぐかの様に滑らかに移動をしていた。

 

「今日からお前の銘はドラゴンキラーだ!……折れたぁ!?」

 

 蛇行の軌道を捉え、胴体を両断するつもりで大剣を振るった。鉄塊と呼べる程に分厚い刀身なのだが、先ほどの酸の雨で脆くなっていたのだろう。闘気の出力と相手の硬さにより、ゴキンと90度に曲がり果てた。

 

 だがダメージは甚大。鱗が砕け肉が飛び散る。胴体の上半分を失ったジャバくんは、舞台を転がりながら痛みに悶えて。グワッと畳んでいた首を伸ばし、最後の足掻きに出た。

 

「もう終わってるんだよ」

 

 巨大な顔を裏拳で殴りつけて払う。そして俺は胴体に組み付く様に飛び掛かった。そこには先ほど投げつけた黒剣が深々と刺さり込んでいる。握りしめ、力任せに振り切れば、魔獣はスパンと二つに分かれ、陸に上がった魚の様にビチビチと悶え、止まった。

 

「あの少年、本当にアリスを倒してしまった!!」

 

「へへ、やるもんだろ」

 

 振り返り爺にバチンとウインクをする。ジグの情報が正しければ、相手はこれでも死なないらしいけど、当面の危機は去ったという訳だ。後はどう脱出するかなと上を眺めると、ズズンと舞台が揺れて、ゆっくり上に上がって行く。どうやら死刑に生き残ったらしい。

 

「ジグ、結局なんなのあの生物」

 

(んむ。分かり易く言えば、魔族や魔獣の祖。我らの偉大なる母だな) 

 

 やーいお前の母ちゃん蛇馬魚鬼ー!まじか。

 

 

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