ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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322 地獄に垂れる糸

 

 

「お前は勇者一行のツカサ・サガミだな?」

 

「どちら様です?」

 

 その男は音も無く現れては、まるで内緒話でもするかの様に小声で話しかけてきた。まさかこんな場所でその呼ばれ方をするとは思わない俺。床からむくりと身体を起こして質問に質問を被せてしまう。

 

 牢屋では窓があるのは廊下だけだ。薄暗い中で相手の顔を見ようと目を凝らすのだけど、何故だか柵の前は暗闇で。はて、陰鬱な気分だった俺はとうとう幻聴でも聞いたのだろうかと首を捻る。

 

(いやいや、おるよ。顔ここじゃ)

 

「うおっ!?」

 

 ジグルベインが注目とばかりに闇を指差す。凝視するとそこにはギラリと光を反射する瞳が浮かび上がっていた。見え辛いはずである。声の主は黒い体毛をしている為に闇と同化していたのだ。輪郭的にネコ科。さては黒豹の獣人だろうか。

 

「あまり大きな声を出すな。質問に答えるんだ」

 

「……そうですけど」

 

「くぅ。まさかとは思ったが、やはりそうなのか。一体何がどうしてこんな事態になっているんだ」

 

「それはこっちが聞きたいんですけどねぇ」

 

 世の中に絶望したとばかりに天を仰ぐお兄さん。元気出しなよ。突然の訪問で名前も身分も明かさない相手なのだけど、黒豹さんはポロリと、とても興味を引く言葉を漏らした。

 

 ツカサ・サガミはイグニスと一緒に大森林に向かったのではないのかと。俺が勇者一行として活動している事実を含め、この国の人間が知っている事にはとても思えなかった。

 

 もしかしてシュバールで会ったのだろうか。記憶には無いので確認をすると、初対面ではあると、やや含んだ言い回しをされる。

 

「君だから明かすが俺はランデレシア王国の所属だ。内密に頼む」

 

 なんと騎士団長の命令で潜入している密偵らしかった。スパイ活動とかなにそれ恰好良い。思い返してみれば深淵の事件の時も影で暗躍していた人が居たそうだ。そういう部隊が存在するのであればベルモア国に潜伏しているなんて当然か。

 

 味方である事が確定したので、駄目元で檻から出してとお願いをしてみる。何処か怒りに満ちた表情で、こんな大事じゃければ出していると返された。

 

「助けに来てくれたんじゃないんですか」

 

「賄賂で解決出来れば良かったのだがな。もはや君が檻から消えたならば大問題になるだろう」

 

 必ず探し出されて殺されると。俺は人狼と呼ばれた時の観衆の怯え具合を思い出す。市民が敵に回り、なおかつ獣人の追跡能力は高い。確かに逃げ切るのは容易では無さそうだ。

 

「そしてベルモア相手ではランデレシアも動けない。本来は君と接触する事も団の規定的には違反なのだ」

 

 これだけ好き勝手をするベルモア国が周辺国に潰されない理由。それがあの始獣という存在なのだった。殺せない存在の管理なんて面倒だし、この国をあまり追い詰めて解放されたくないらしい。

 

 厄介だろうが俺でも倒せれるレベルなのになと思う。どうやら地獄に居る間はあれでもまだ大人しいそうだ。先の戦争でも使用された過去があり、凄まじい速度で進化し耐性を付けていく化け物らしい。

 

(一度殺せばある程度リセットされるがな。あれは氷漬けにしたりしても熱持ったりして対応してくる。拘束し続けるのも楽ではない)

 

「あんまり関わりたくないんですね」

 

「そうだ。バスガス・バークンハーツを見たな。勇者一行には特権があるが、通用するのはあくまで常識を持っている相手だけ。交渉の席に着けるかも怪しいだろう」

 

 忘れもしない、自分こそ法だと言い切った馬鹿犬の姿。奴が勇者一行という人質を得たら無茶を言うのは想像に容易い。国に話を持ち込み戦争の火種になるのは御免である。俺の為に争わないで。

 

 助けを期待するなと見捨てられたのだけど、そういう事ならばしょうがないと頷いた。ついでだ、このままだと俺はどうなるのかと聞いてみる。黒豹は静かに告げた。処刑場の舞台で戦わされる事になると。やはりそうなってしまうのか。

 

「だが絶望するな。これは好機でもある。この国では強さが正義。戦いで観客を魅了するんだ。人狼という疑惑さえ晴れれば案外あっさりと解放されるかも知れない」

 

 君ならば必ず出来る。確信した顔で言われるも、俺は一撃KOされたばかりだった。少しばかり投げやりに頑張りますと返す。

 

 すると檻の隙間から手を入れて来て、ちょいちょいと招かれた。重い鎖を引き摺りながら近づけば、何かを首に巻かれる。慣れた感触を不思議に思い視線を落とした。チャリと胸元で揺れるのは没収されていたはずの俺の首飾りであった。

 

「あ……」

 

「囚人の私物なんてすぐに横流しされるからな。俺が手に入れて置いた。当然他の荷物も預かっているよ」

 

 こちらは金で解決出来るからなと黒豹は照れ臭そうに笑う。言葉が出切らず戸惑った。違う。違うのだ。告げたかったのはありがとうの一言だった。

 

 まるで誇りを取り戻した気分だった。勇者一行の印が。エルツィオーネの家紋が。ラルキルド領の金板が。情けない姿を晒すなと全身に活を入れてくる。

 

「ありがとうございます。これはとても大事な物だったんです」

 

「なに。ありがとうを言うのはこちらさ。君は同胞の恩人だ。この国の奴らを見ていたら信じないられないかも知れないけれど、本来獣人は義理堅い生き物なんだぜ」

 

 黒豹はニカリと牙を剥き出す。そうか、タマサイの獣人村の件。村長からお守りを渡された時に困っていたら獣人が力になってくれるだろうと言われたけれど、思わぬ所で助けられてしまったものだ。

 

 顔も名前も知らない人が何故そこまで俺に良くしてくれるのか疑問だった。内偵と自分で明かすのは不味かろう。牢屋なんかで俺と接触するのもリスクを孕むだけ。それでも、お兄さんは全てを承知で駆けつけてくれて。

 

「俺に出来る事は少ないが、必ず君の力に成る。諦めずに頑張れ」

 

「はい」

 

 俺はもう一度、心からのお礼を口にした。ベルモアに来てからというもの周囲全てが敵だらけ。いや自業自得の部分もあるのだけど、いきなり攫われて処刑とか、正直気が滅入りそうであった。それでも、地獄でも救いはあるのだと、一筋の光明が見えた気分だ。

 

 

「おい、時間だ。出ろ」

 

「人間を獣闘士にするなどヴォルフガング様は何を考えているのか。まぁ今日を生き残る事は無いだろう」

 

 翌朝、二人の男が俺を連れ出しにやって来た。ご飯は床に置かれた皿を犬の様に食べ、トイレは溝に垂れ流し。最低のホテルだ。早くチェックアウトしたいものである。

 

 活性を使っても重い鉄球をズリズリと引き摺りながら廊下を歩かされた。そう長くない距離で朝日がパァと降り注ぐ。ははん。牢屋は処刑場と繋がっているのね。

 

「死ねー!」

 

「殺せ、殺せ!」

 

 ジャバウォックと戦っている時はあれ程声援が飛んできたというのに、掌を返したブーイングの嵐。誰かに死を望まれるというのは存外嫌な気分になるもので、俺はむっすりと唇を尖らせる。

 

(こんなん可愛いもんじゃ。儂なんて恐らく全人類に死を望まれておったぞ)

 

「そりゃお前が悪いんだよ、魔王この野郎」

 

 世界を滅ぼそうとしたくせに。やはりジグはカカカと笑い飛ばすもので、俺も置かれた状況を吹き飛ばす様にカカカと笑ってみせた。

 

「随分と嫌われたものだな人間。まぁこっちは逆に気分がいいけどね」

 

 俺が入ってきた入り口とは正反対の位置にある扉が開き、そこから大柄な獣人が姿を現した。ずんぐりむっくりとした体形の熊の獣人だ。こちらにヘイトがある分か、倒してしまえと声援を背に受けている。

 

「俺がお前を処刑してやるよ、犯罪者」

 

「カカカ。悪役(ヒール)上等じゃねえか。暴力を魅せてやるよ」

 

 昨日の俺なら心が折れていたかも。でも今は、救出すべく動いてくれている味方が居る事を知っていた。これが避けられぬ戦いであり試練だと言うのならば。やってやろう。

 

 ちょうど壁にぶつかり行き詰っていた所である。もっと強くなるには。大活性を超えて剛活性に至るには、実践経験も悪くない。お前ら俺の経験値にしてやるぜ。

 

「「掛かって来いやー!!」」

 

 

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