ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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324 獣たちの鎮魂歌

 

 

「あークソ」

 

 試合の後、俺は怪我の治療を受ける事もなく牢屋の床に転がされた。所詮は囚人、奴らにとっては別に死んでも構わない存在なのだとヒシヒシと伝わってくる。

 

 冷たい石の床は晴れた顔に心地良い。だけどそれも少しの間。すぐに頭から流れる鮮血が頬を生暖かく濡らして気持ちが悪くなる。仕方ないので早く塞がれと念を込めながら大活性で治癒力を押し上げた。

 

「おみゃー生き残ったのか。本当に凄い奴だ」

 

「やあ、お爺ちゃん。元気?」

 

 壁越しに訛りの強い言葉が聞こえて来た。多くの敵意に晒されていただけに、こんな些細なやり取りでさえ気が安らぐ思いだ。

 

「なんか空の牢屋が増えてたけど、アイツ等どうしたの?」

 

「ああ。沙汰が来たんだわ」

 

 俺が戦わされる事になったように、他の奴らの罰も決まったようだ。猿の一行は山賊である。俺と同じ様に殺し合いへと参加させられたらしい。帰って来ていないという事は、そういう事なのだろうか。唯一、盗みの別件で捕まった奴だけが労働を課せられたそうだ。

 

「あれ、じゃあお爺ちゃんは?」

 

「勘ちぎゃーしてかん。俺は檻の中の方が安全なんだ」

 

(生きるの諦めてたくらいじゃしな)

 

 この国では猫の親分の様な連中が縄張りという形で土地を管理しているそうな。貴族というほど大げさなものでなく、豪族とでも言うべき存在だろうか。

 

 お爺さんはそんなボスの奥さんに手を出したらしい。奴らに捕まれば死なんて可愛らしいくらい惨たらしい目に合うだろうと語る声は震えていた。

 

 なので老体では戦いはおろか労働力にもならないと解放されそうになったのに、自分から暫く収容してくれと頼み込んだそうだ。

 

「まぁ命があったなら良かったね」

 

「おたぎゃーにな」

 

 

「元気ですかー!?」

 

「「「早くやられちまえー!!」」」

 

「あっコラ、石を投げるんじゃねぇ!」

 

 早くも2日目。ご機嫌取りに手を振ってみれば、声援どころか石が飛んでくる始末だった。人狼を恐れているのは主に犬族という話なのだけど、ブルドックが支配するこの町では、その犬族が多いのである。困った事だ。

 

 昨日の試合の甲斐無く、登場と共に巻き起こるブーイング。俺はポリポリと頭を掻きながら、はぁーと大きな溜息を溢した。

 

「人気取れとか、黒豹さんも無茶言ってくれるよね」

 

(代わってやろかや?)

 

「却下だ」

 

(であるかー)

 

 単純にプロレスがやりたい魔王と違い、俺のテンションは不完全燃焼を起こしていた。それと言うのも、結局夜になっても檻に戻ってくる人は誰も居なかった。

 

 俺たち囚人は獣闘士というプロレスラー同士の戦いの合間に、おつまみ感覚で消費されているのである。怪我の治療も無く連戦では、俺とていつまで耐えられるかと憂鬱だ。

 

「奴らの声など気にするな。昨日は見事な戦いぶりだった。こちらも戦士として全力で答えさせて貰おう」

 

「そりゃどーも」

 

 どうやら今日の対戦相手が入場して来たらしい。蜥蜴さんだった。熊さんは如何にもレスラーというでっぷりとした体型をしていたものだが、こちらは長身ながらもスリムな体つき。

 

 外見ではあまり強そうという印象は受けないのだけど、その筆頭こそ自分だろう。魔力は俺の様な細いインテリ少年を獣に変えるのだ。油断は出来ぬと魔力を張り巡らせる。

 

「ちなみ試合の相手ってどうやって決まってるんですか?」

 

「くじ引きだ。死闘は人気だからお前と当たって運が良かったと思っている」

 

「人の命をなんだと思っていやがるんだ」

 

(おつまみじゃろ)

 

 まぁ普通の試合では流石に命のやり取りは無いらしいしね。戦士として合法的な殺し合い(ガチバトル)を望んでいるという事なのだろう。じゃあ死ぬ覚悟は出来ているなと凄めば、相手は当然と舌舐めずりをして。

 

「速っ……!?」

 

 蜥蜴は驚異的な速度で間合いを詰めて来る。癖でうっかり黒剣を引き抜きそうになった。それを堪え、迎撃すべく防御を固めて腰を落とす。

 

 交差の瞬間、鋭い貫き手が首を狙う。首を捻り交わしてカウンター気味の裏拳。頭を下げて躱された。次には同時に拳が走り、二人揃って空を振る。何度かそんな無意味な攻防が行われた。

 

「やはり強いなぁ!」

 

「速い奴には慣れているんでねぇ!」

 

 ヴァンはもっと速いし手数も倍なのだった。とは言え獣闘士のレベルの高さに舌を巻く。大活性に纏まで使いこなしているのであれば、もはや正騎士と同じ魔力練度はありそうだ。そこに獣人の身体能力まで加わると手強いという感想しか出てこない。

 

「隙あり、しゃー!」

 

「しまっ……」

 

 打撃の応戦の隙に低い姿勢からのタックルで足にしがみつかれた。覚える違和感に相手の戦闘スタイルの想像に誤差があった事を知る。コイツ、速度型ではなく技術型か。

 

 体当たりでずらされた重心。更には足を取られ傾けられれば、バランスは一気に傾いて。安定を崩した物は容易く転倒をする。

 

「昨日の戦いは非常に興味深かった。お前のバスターという技。倒れる衝撃で関節を破壊するのだろう。我ら関節技同好会はそれは盛り上がったものだ」

 

「お前らの同好会なぞ知るかー!!」

 

「みなで徹夜で編み出した技を是非体験して欲しい」

 

「いーやー!!」

 

 ニコリと笑う蜥蜴は後ろに倒れそうな俺の身体に乗って来た。腹部に体重を掛けられ、膝は極められている。このまま転倒しては悲惨な未来しか見えない。

 

 俺は地に残る左足に全力で力を込めて姿勢を維持した。ほんの数秒保てばいい。その間に空いた両手で蜥蜴を振り払おうと。だがその左足がぬるりと絡め取られた。馬鹿なと思うではないか。迂闊であった。獣人には尻尾という第三の足が存在するのである。

 

「ちっくしょー!?」

 

「これが蜥蜴バスターだ!」

 

 背が地面に落ちると同時、突き付け立てられていた膝が腹にめり込んだ。ぐふと口から空気が漏れ出し、途中から悲鳴に変わる。ブチブチゴキュと聴きたくない音が響けば、俺の膝はあらぬ方向へとねじ切られていた。

 

「っぁぁああ~~!!」

 

(あらー) 

 

 獣闘士のわりに関節技なんて地味な事をすると。掛けられた時は思った。しかしこの耐え難い苦痛はどうだ。舞台に絶叫が響き渡り、いいぞいいぞと歓声が降る。

 

 元から叫ばせるのが目的だったのだろう。観客が盛り上がるから。それでも絵面が地味なのは事実で、俺の筋●バスターは彼らに革命的な閃きを与えてしまったらしい。そうだ、関節技も派手にやればいいじゃないと。それにしても痛い。熊さんごめんよ。

 

「あっ……ああ……」

 

「良い声だったぞ。お前の存在は我々が語り継ごう」

 

「余計なお世話……だよ」

 

 蜥蜴と関節技の組み合わせは俺の中の記憶を刺激した。タルグルント湖で岩蜥蜴を締め上げた僧侶の姿である。

 

「ぐあっ!?」

 

「駄目だよ、勝負が終わってないのに油断しちゃあ」

 

 俺は残る左足で足払いをして相手を転倒させる。持ち込むのは寝技。おぶさる様に相手の背に張り付き、首元に腕を通した。

 

 足を壊された以上、ここで決めると全力で腕に力を籠める。首を絞められる蜥蜴は勿論全力で振りほどこうと抵抗をしてくるが。

 

「うぐぐ、離れろぉー!!」

 

「いやだ」

 

 後頭部での頭突き、腹部への肘内。しかし人間は背後への直接的な攻撃手段に乏しく、俺は暴れ馬にでもしがみつく気持ちで押さえ付けた。

 

 実のところ、俺はカノンさんに関節技の指南を頼んだ事がある。胸が当たるかもとか、腋に挟まれたいとか、太ももで死ぬなら本望とか、そんな下心は一切無かったと言っておこう。純粋な好奇心と向上心なのだ。

 

 あの時の感覚は筆舌に尽くしがたい。四肢に絡みつく僧侶の肌は実に柔らかいものだったのだ。さながら肉布団に包まれた心地。極上の筋肉というのは、しなやかさを合わせ持つのだと初めて知った。

 

 だが、天国だったかと言えばそれは否。一度力めば乙女の柔肌は鋼をも超える強度へと一転したのだ。けれど後悔は無いね。太もも、いや、正しい人体の壊し方は大変参考になりました。

 

 その時に同時に学んだのが絞め技で。人だろうと魔獣だろうと、血が流れていて呼吸をする生物だ。それは身体の構造であり必要な事なのである。

 

「や……めぉ……」

 

 ならば奪ったらどうなるのか。肺に酸素を取り込ませない。頭に血液を循環させない。首を抑えるという事は、命を握る行為に等しかった。聖職者K・Hさんは語る。『息をしているなら神様だって絞め落とせるわ』と。

 

「フェヌア流、空蛇(からへび)。人間にも体術の研鑽を積む人達は居るよ」

 

 ガクリと気を飛ばす蜥蜴さん。動かぬ彼を死んだと誤解したか、今日は殺せコールは響かない。俺は捻じれた脚を戻しながら、ふぅと空を仰いだ。その折、大勢の観客が目に入り、昨日お爺さんから聞いた獣闘士の話を思い出す。

 

 ベルモア国は魔族の支配から逃れる為、自由を得ようと人狼を討った。だから、この国には代わりの英雄が必要だったのである。

 

 それは単純な強さだけでは駄目で。素人にも分かりやすい映えある動き、ド派手な技こそ人々を魅了した。そうしてウテリアという格闘技が出来上がったという。

 

 その話を聞いて、俺はまるで鎮魂歌の様だと思った。かつて人狼が君臨したこの場所で、英雄よ安らかに眠れと、獣はこぞって狼に成ろうとしているのだ。

 

「強いわけだよな」

 

(儂は虎になるべきだと思うのだが)

 

 かくして試合に勝利し、例により牢屋にぶち込まれた。脚痛いよぉと床で悶えていると、目の前の檻から「よう」と聞き覚えのある声が掛けられる。

 

 誰じゃいと。それどころじゃないのが見て分からないのかボケと睨みつければ、灰褐色の髪をした少女が得意気な顔で縛られているではないか。

 

「リュカー!?」

 

「へへ、助けに来たぜ」

 

 

 

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