ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
「リュカ!」
牢屋の中で思わぬ人物と再会をした俺は、身体の拘束も忘れて鉄柵に顔を近づけた。当然に鎖が張って反動が襲う。衝撃はへし折れた脚によく響き、痛ててと苦痛に蹲った。
「何してんだよ。って……もしかしてその脚、折れてるのか?」
「へへ、ちょっとドジッたんだ。相手が強いからね。いや腕に自信があるから参加するんだろうけど」
「ドジったってお前……」
加え容赦が無い。関節を極めたら即折りに来るから。しかしそこは殺し合いだ。多少の怪我はあれど、こうして息をしているだけ御の字と考えるべきだった。少女を安心させようと痩せ我慢をしてニヘリと笑顔を見せる。
「で、リュカは何をしたんだ。まさか誰か殺っちまったのか?」
「ちげえよ。お前を助けに来たに決まってるだろ!」
2度も助けられたのだから今度はこちらが助ける番だ。狼少女は俺の眼を真っ直ぐに見つめてそう言った。やだイケメン。思わず心の乙女がキュンとしてしまった。
そこまで言うのだから何か考えがあるんだねと聞くと、彼女は自信満々にこう答える。
「明後日は満月なんだ。その日は戦士がお役目を果たす日って聞いてな」
「へぇ役目」
「ああ。毎月の行事らしいけど、その時なら警備も多少手薄になるはずさ」
もうちょい詳しくと補足を聞けば、最強の戦士が始獣と戦う日なのだとか。ジグが定期的に殺してリセットしているのだろうと補足に補足をくれた。
つまりジャバくんに注目が集まるので、脱獄をするならばその時がチャンスというのがリュカのプランであった。
「なるほど。それで、牢屋を出たらどうするんだ?」
「出たら?」
リュカは何故だかキョトンとした顔をしながら首を傾げる。この時点で凄く嫌な予感がした。まさか考え無しじゃないだろうな。
ぶっちゃけ檻から出るだけならば難しい話では無いのだ。こちらには黒豹さんという見方も居るし、最終兵器ジグルベインもあった。それでも脱獄をしない理由は一つ。必ず後を追われて見つけ出されるから。
人狼という容疑のせいだ。この町の住民は心に不安の種を持っている。人狼の一族を卑怯な手段で殺した自覚があって。どこかに血族が残っている事を恐れているのだった。面倒な疑惑を掛けられたものである。
「いやぁ、とりあえずツカサに会おうと思ってさ。出た後の事なんて考えて無かったぜ」
(何しに来たんじゃコイツ)
「まぁ気持ちは嬉しいよ」
薄っすらと感じていたのだけどリュカはわりと勢いで生きている節がある。初対面の時は魔獣に追われて遭難したとの事だが、この調子で山に入ったのならば案外順当な出来事だったのではないだろうか。自由は淡い夢だったと諦めて、彼女が檻に入るまでの経緯を聞いてみる事にした。
「オレはツカサに会う目的で観客で暴れただけだ。早ければ今日にでも開放されると思う。まぁ大都に来るまでの方が大変だったな。お前が突然消えたから一悶着あったんだよ」
「檻から居なくなった訳だしな」
人狼と間違えられて犬に攫われたのだけど、猫族がそれを知る故は無い。当初は逃げたと騒ぎになった様だが、逃げる理由が無い事に思い至って犯人捜しが始まったそうだ。
犬のお巡りさんは各地でこの場所に運ぶ罪人を集めているらしく。あの役人が捜査線上に浮上するのは時間が掛からなくて。
「でさ、犯人は直ぐに見つかったんだけど、親分が怒って居場所を聞く前に殺しちまった。一応ツカサを客人として扱う気はあったらしいな」
「幾らなんでも手が早すぎる!」
怖い猫ちゃんである。金玉が無事で本当に良かったと思う。それで行方不明になった俺の身柄だが、運んだのであれば、この大都だろうと見当を付けた様だ。既に猫親分の手下が情報収集に駆け回っているとか。いきなりボスが動いたら戦争だものね。
「オレも探しに行くって言ったんだけど、駄目だって止められてさ。意外に過保護なんだよなぁ」
「ん? じゃあ何で居るの」
「そりゃ独断だからよ。ボガ達の力を借りたんだ」
誰だと思ったのだが、どうやら行きに出会った馬と鹿のコンビらしい。ははん。確かに大都に向かうと言っていたか。町に入る前に別れたけれど、その後で彼らも猫の町に滞在をしていたようだ。だからリュカは運よく合流出来たと。
「よく手を貸してくれたな」
「口じゃあツカサは金ヅルになるとか言ってたけど、商売相手として見てくれたのが嬉しかったらしいぜ」
この国では真面目に商売をしても力で奪われる事もあるからと。俺は手間に対し料金を払うという普通の行動をしただけだ。本来獣人は義理堅いのだと告げた黒豹の言葉を思い出し、嬉しいやら悲しいやら分からなくなった。
「しかしツカサも人狼なんかと間違われるなんてな。結局、無事に出るには無実を証明しないといけないわけか」
「そうだね」
どうやったら証明出来るんだと、頭を使うのが苦手な少女はくしゃみでも我慢していそうな複雑な顔をする。実際その通りだった。既に2戦を終えたが、観客の反応は芳しくない。
というか、バスガスと言う偉いブルドックは疑惑を晴らすつもりも無いと思う。疑わしきは罰せよのスタンスなのだ。人狼だと指を指された時点で運が無かったのだろう。
「そもそも人狼ってどんな見た目なんだろう」
(もうこの国では誰も本物を見たことが無いのだろうな。見た目はほとんど狼の獣人だが、奴らは夜に力が増し、体毛を銀色に変えるのだ)
俺はスンと真顔になった。都市伝説レベルの話だったのに、ジグとの交代は見事に人狼の再来を演じたのだろう。違うんだよ、俺が変身したのは魔王なんだよ。余計悪いか。
「しゃーねえな。オレが助けたかったんだけど、親分を待つのが一番早そうだ。あの人ならきっとすぐに出してくれるさ」
「案外それが一番なのかもね」
権力という圧力は確かにあるだろう。俺なんかが無実を叫ぶより余程有効な手段に思えた。助けを待つという結論に至るのだけど、元気な顔を見れて良かったと、心底安堵するリュカの顔にはとても救われた気がする。頑張って生き残らないとね。
「おみゃー、その子はリュカと言うのか?」
「え、うん。そうだけど」
狼少女との会話がひと段落した時、隣の檻からこっそりと声がする。俺が肯定をすると、お爺さんはそうかとだけ呟いて、その後に言葉は続かなかった。なんだったんだろう。
◆
そうして三日目の朝が来た。リュカは早々に牢屋を追い出されて、去り際に死ぬんじゃないぞと応援をくれる。
正直、居なくなってくれて良かったと思った。彼女が死闘に参加させられない事も嬉しいのだけど、それ以上に自分の醜態を見られたく無かったのである。
(脚は治りきらんかったか)
「ずっと大活性は使っていたんだけど、流石にね」
これでも多少はくっついた。辛うじて動くだけでも驚異的な速度と言えるだろう。けれどそれだけ。折れた膝は罅だらけの陶器の様に脆く、軽く地に足が付くだけでも激しい痛みが襲う。舞台に出るまでの短い廊下を歩いただけで、額は脂汗でびっしょりだった。
「おやまぁ。随分と顔色が悪いご様子」
「優しくしてくれると嬉しいんですけど」
「境遇には同情します。人狼の噂などと下らない。二人の闘士を破った事には敬意を表します。人間ながらに貴方は素晴らしい戦士です」
今日の相手は象さんだった。大きな耳と長い鼻がキュートだ。こんな種族もいるのだなと関心を抱きつつ、内心で舌打ちをする。
「何か含みのある言い方ですね」
「ええ。闘士を生かしましたね。あれは良くありません。死闘の舞台に上がり、負けても生きて帰れるのだと勘違いをする輩が出たら困るのです」
像は大きな円らな瞳で、さも優しげな声で、自分に勝ったらちゃんと殺して欲しいと懇願をしてきた。まったく、どの口で言うのだろう。コイツはその死闘を何十と繰り返してきた猛者だった。
優しそうな顔つきとは逆に、全身の皮膚には過去の激闘を感じさせる傷痕が数多く残っている。屠り、屠り、今日また俺を屠るつもりなのは言うまでも無い。
「俺も運が無いなぁ」
(ギブアップは早めにな。儂とて死んでからでは助けられんぞ)
ジグルベインも意見を同じにする。昨日の蜥蜴は初日の熊より弱かった。ならばこの像は言えば、圧倒的に格上だった。対峙した時の圧が全然違う。恐らくは剛活性に到達し、騎士で言えば上級騎士と呼ばれるだけの実力を兼ね備えている事だろう。
「痛って!」
どうしたものかなと思慮に耽っていると、ガシャンと頭に何かが当たる。もう魔力を活性させているので実は痛くはないけれど、反射でついそんな言葉が出た。
降って来たのは陶器だろうか。中には液体が入っていた様で、頭からびしょ濡れになってしまう。マナーの悪い観客がいたものだと頭上を睨めつければ、微かに三人組が大手を振っているのが見て取れた。
「その匂い、回復薬ですか。しかし随分薄い粗悪品ですね。残念ながら効果は期待出来ないでしょう」
リュカの奴、俺の怪我が治りきっていないのを知っていて、檻から出たら直ぐに手に入れに走ってくれたのだ。きっと高かっただろう。ぼったくられただろう。そんな価値のある物を投げて、外したらどうするんだ考え無しめ。
「何言ってるかな、全快したよ!」
(カカカ!)
行くぞオラと一歩を踏み出せば、脚から脳みそまで激しい信号がビリビリと流れる。不意に涙がポロリと落ちてしまうのだけど、全然痛くなんて無かったね。