ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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328 正体見たり

 

 

 地獄の蓋が開いた事で、ひょっこりと顔を覗かせるジャバウォッくん。その姿は4日前に戦った時から大幅に変化をしていた。

 

 魚に似ていた背ビレが今は刃物でも纏っているかの如く鋭利になっている。透明で、透き通り、さながらガラスの鎧を着こんでいるようだ。俺はそんな彼を見て、まるでステゴサウルスの様だなと感じとる。

 

 一体どんな進化をしたらあんな外見になるのだろう。変わり果てた始獣の姿には狼男も同じく面を食らったらしく、その一瞬の隙で舞台から這い上がるのを許してしまう。

 

「うわぁ」

 

 ジャバウォックは長い首を伸ばして山椒魚の足を捉えた。ゼラチン質の柔らかな表皮を剣の様なヒレでズタズタに切り裂く。漏れ出すスライムの体液は岩さえ煙を上げる強力な酸なのに、飛沫を嫌がる素振りの一つも見せず。

 

 ある意味は単純明快な答えだった。スライムと同じ檻に入っていた以上、適応する物は一つなのだ。

 

 グジュリと体を咀嚼されるスライムを見て、なんで奴が舞台装置の下にへばり付いていたのかを理解する。こんな化け物なのに、完全に適応されてしまったが故、もはやジャバウォックから逃げる事しか出来なかったのだと。

 

「こいつ……実はヤバイんじゃないのか?」

 

(まぁの)

 

 俺は始獣という生物を完全に見誤っていたのだと感じた。不死身というだけでも扱いに困るが、本当に危険なのはこの適応力である。仮にコイツが野に放たれ、強敵に出会う毎に進化を続けたのならば。

 

 やがて地上からこの魔獣を倒す術が無くなるのでは。そう思わずにはいられなかったのである。

 

「それをさせない為に俺が居る!」

 

 狼は怪獣大決戦を繰り広げる化け物達に果敢に飛び込んで行った。スライム山椒魚の顔へと飛び蹴りを加えると、内包する液体がドプリと暴れる。大質量が移動する反動により、スライム諸共、ジャバウオックも降りた稼働床にまで落下をした。

 

「ヴォルフガングよ、人手は居るか!?」

 

「冗談だろう。俺一人ではお役目を果たせぬと言いたいのか!」

 

「よろしい。それでこそ英雄だ」

 

 男の決断に観客席が沸く。俺は素直に増援を回して貰った方が良いのではと思うのだが、プライドがそれを許さないようだ。狼は地獄に吊るされた舞台の上で、怪物二匹を相手に大立ち回りを演じる事になる。

 

(案外正解ではある。原初の敵と戦うならば、必要なのは人数よりも一撃で殺しきる火力なのさ)

 

「そういうもんか」

 

 生半可な攻撃は、むしろ進化を誘うだけだと。まぁジグルベインがそう言うのであれば、そうなのだろう。 

 

「一度殺せばリセットされるんだっけ?」

 

(あそこまで行くと一度では足りんかな。奴は進化は続けるが、魂には起点がある。そこに戻るまで殺し続ければいい)

 

 例えば奴を灰にした時、肉体はどの様に復活するのか。灰をかき集めるのではなく、まずは魂が復元し骨や肉を作り出していくそうだ。つまり魂の姿こそ彼のオリジナルらしい。

 

 肉体は環境により如何様にでも変化をしていくが、魂の成長は微々なもので。今は最初に見た蛇馬魚鬼の姿が起点なのだろうと。

 

(恐らくだがな。最初はアイツ、呼吸も出来なかったのではなかろうか)

 

 異星という、あまりに環境が違う場所からの来報者。酸素が毒で、重力に負け、水すらも合わない。しかし不死故に死ぬことも出来ず、苦しい苦しいとただ生きる事にすら藻掻きながら環境に適応する力を身に着けたのではないか。

 

 魔王の解釈に、俺はおやと首を捻った。俺も同じ異世界の住人なのだ。言葉や常識が違うのは仕方ないと受け入れたが、そう言えば環境はどうだろう。

 

 問題無く暮らせるという偶然を奇跡の様に思いながら、空に薄っすらと登り始める月を見た。もはや見慣れた異世界の月は、手が届きそうなくらいに大きく輝いていた。

 

「うおっと!」

 

 黄昏ている場合では無かった。いまだすぐ近くで怪獣共が暴れているのである。弾け飛ぶスライムの体液が靴に掛かりブスブスと溶けてしまった。

 

「アイツ、勝てるかな」

 

(ふぅん。押してはいるが……)

 

 狼男の身体能力は圧倒的であった。大柄な怪獣が相手であろうと、むしろ勝るだけの出力を持っている。それでも押し切れない。巨大スライムの存在が想像以上に邪魔なのである。

 

 俯瞰する事で倒す順番だなと想像がついた。先に始獣を倒してしまうと、死骸をまた食べられてしまう。これ以上変な進化をされては目も当てられないと、狼は率先して山椒魚を狙うのだが。

 

 足場は巨大怪獣共のせいで狭かった。下手に攻撃し酸を撒くと自滅をしかねない。しかし始獣はそんな事など露知らず、スライムを切り刻んでは捕食する。舞台に振る酸の雨に、流石の英雄も苦々しい顔をしていた。

 

(減らぬな)

 

「ああ」

 

 違和感はそれか。そう体積が減っていないのである。山椒魚は既に何度も体液を溢していると言うのに、大した萎んだ様子が見られなかった。回復能力、あるいは自己増殖能力こそ、あのスライムが進化で獲得した力なのではないだろうか。

 

 戦局を変えるのであれば、一撃で倒せる様な魔法や魔剣技による大規模な攻撃が欲しい所だ。俺がそう考えるのだから、実際に戦っている狼男も似た事を考えるようで。

 

「なっ!?」

 

 一際大きな魔力を纏った攻撃だった。それこそ山椒魚を一撃で消し飛ばすくらいの破壊力が籠っていたのではないか。だが、その拳はジャバウォックに邪魔をされてしまう。

 

 驚愕すべきはジャバウォックの反応だ。狼男の必殺の技を受けるや体表が光った。まるで魔力を糧にしているとばかり、背びれの棘はメキメキと成長をし、やがてポップコーンでも弾ける様に四方八方に硬質な破片が飛び散ったのである。

 

(いかん。あの体表は魔力を結晶化させておるのか)

 

 魔王の呟きになんだよそれと目を見開いた。魔力を垂れ流して鎧を着込むだなんて、その発想は、まるで闘気ではないか。

 

「俺との戦いで学習したってのかよ」

 

 俺より頭良いんじゃないのかと冗談を仄めかすと何故かジグは大爆笑する。否定してくれてもいいんだよ。そして少しばかり真面目な顔した魔王は目だなと解答を導き出した。俺はその観察眼になるほどと頷くばかりである。

 

 普段は光の無い地獄に閉じ込められているジャバウォックだ。視力は退化をしていてもおかしくはない。ならば何で獲物を判断しているのか。それこそ蛇の様に熱を感知する器官や、魔力を感知する器官があっても不思議では無い。要するに、俺は真似をしやすかったのだろう。

 

「よし決めた。ジグ、いっちょ大暴れしようか」

 

(……後の考えはあるのか?)

 

「いーや、無い」

 

(カカカ。であるか!)

 

 あるのは反省だけだ。ジャバウォックを殺したせいでスライムが進化した。戦い方を真似され進化された。それが無ければ、あの英雄は今頃始獣を瞬殺していた事だろう。

 

 そして、人狼の騒ぎにしてもそう。俺が紛らわしい事をしなければ、伝説はきっと眠り続けて、思い出す人も居なかったのだと思う。お爺さんはリュカに疑いが向く前に疑惑を抱えて死ねと言ったけれど。案外それは間違っていなくて。

 

「今日は満月だ。狼が出るぞ!」

 

 俺はワオンと夕空に吠えて、舞台の降りる地獄へとダイブした。今日は下まで降りきってはいないが、それでも数十メートルの落差はあるか。

 

 魔力を必死に固め、目指すはスライム山椒魚の真上だ。ズドンと着地の激しい衝撃で、液体を内包した軟体はトランポリンの様に沈み込んだ。その感触はまさにウォーターベッド。中身が酸でなかったら昼寝をしてみたいね。

 

「ああ、ズボンが溶けてる。お尻出てない!?」

 

「人間。お前何をしに」

 

「苦戦しているみたいだから、お届けに参りました」

 

 何をと困惑する狼の顔は存外に愛嬌があるものであった。

 結局だ、中途半端がいけなかった。悪役を気取るならば最後まで悪役で無ければならなかったのだろう。人狼だと騒がれて、疑心暗鬼の気持ちを残したまま逃げるなんてしては駄目だった。

 

 幽霊の正体見たり枯れ尾花。これがお前たちが見間違えた正体さ。黒と白の魔力が同等に注がれて。狼よりも余程質の悪い伝説が息を吹き返す。

 

「カカカ。ジグル便です。あ、ハンコくださーい」

 

(いらないよねぇ!?)

 

 

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