ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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329 怪獣大決戦

 

 

「ベルモアの赤い雨。なんてな」

 

 魔王は冗談めいて言うも、顔へヒタヒタと赤色の液体が降りかかっていた。空から落ちる雨粒では無い。ヴォルフガングの胸元がバッサリと切られて血を撒き散らしているのだ。

 

「ぐぉお!?」

 

 狼男は血が派手に噴出し、ようやっとに己の異常に気付く。凶器は闘気を纏った右手の手刀で。ジグはまるで悪役にでもなったかの様に赤く染まった指先をペロリと舐めた。

 

 俺は内心で同情した。幾ら英雄と呼ばれる男だろうと、目の前の少年がいきなり女に変身すれば困惑もするだろう。今、彼の頭の中には沢山の何故が詰まっているはずだと想像をする。

 

 そして俺にも一つ分からない事があった。ジグルベインが初手で狼を狙った理由だ。何せ周りではスライムが進化したスライム山椒魚とジャバウオックの巨大怪獣対戦が行われている。唯一の味方を潰す意味が不明ではないか。

 

(そりゃ暴れようって言ったけどさ、普通わざわざ味方から潰すか?)

 

「うむ、それには深い理由があってな。実は魔王48の殺人技を披露したくてウズウズしておったのだ」

 

(つまりプロレスがやりたかっただけ!?)

 

 脳内シュミレーションは既にバッチリと親指を立てるジグ。こいつはここ最近の俺の死闘をどんな感情で眺めていたのだろうか。

 

「銀髪。人狼を疑われた理由はそれか。なんて禍々しい気配だ」

 

 狼もやはり強者。ジグルベインの実力を肌で感じるも、瞳の闘志は一切の鈍りを見せなかった。魔王を敵と認知して毛を逆立てながらに戦闘の構えをとる。空気は既に一触即発の緊張感を帯びていた。

 

「よっしゃ、まずはカオスドライバーから見せたるか」

 

 不意の一撃は見事に決まったが果たしてジグはこの男に勝てるのだろうか。そんな疑問が頭を過った。両者に実力の底が見えないのだけど、本人が楽しそうだしいいかと楽観的に考える事にする。

 

 俺の目的はジグに暴れて貰う事だけ。地獄に落とされた舞台は観客席から遠く、傍から見れば黒髪の男が銀髪に変化した様にしか思えないだろう。それこそ件の人狼のように。

 

 それでいい。リュカが人狼の血を引いていると聞いてしまった以上、悪名は全部引き受けてやろうと決めたのだった。

 

「ぬ!?」

 

 ジグがいざ飛び掛かろうとした瞬間、彼女は前では無く後ろに退いた。映えを意識しているのか無駄にバク宙でクルクルと回っている。着地をして見れば、元居た場所には太い尻尾が落ちて来ていた。

 

「貴様ー、儂の楽しみの邪魔をするか!」

 

 蛇馬魚鬼だ。登場してからずっとスライムを食べる事に集中していた彼だが、突然にジグルベインへと標的を変えて襲って来た。

 

 ジャバウォックは蛇の様に長い首をしならせて牙を突き立てようとしてくる。避けても止まらない猛攻は、まるで餓えた獣の群れに放り込まれた気分だった。馬の様な下半身で前進をし間合いを詰めるものだから連続で噛みついて来れるのだ。

 

「ならば先に死ねい」

 

 嵐のような連撃に業を煮やすジグ。彼女は激しい攻撃にも怯まず前に出る。鬼面の噛みつきを紙一重で受け流すと、そのまま首を腋で絞めながら捻りこみ。

 

 強制的に晒される喉元。自身は回転により勢いを付けて、顎へと踵落としを放った。魔王は地面に頭を埋めるジャバくんに上から一言投げつける。これがカカカ落としだと。何というか本当にプロレスがやりたかったのだなと思った。

 

(ねぇジグ、今なんか)

 

「おお。触れた瞬間に魔力を吸われたな」

 

 ジグの感覚を共有している俺だから分かるが正確には闘気として放出していた分になる。まるで大きな水の流れに飲まれる小川の様に、纏っていた魔力を攫われたのだ。

 

 原因はやはり、始獣も纏う魔力の鎧だろう。鋭利な棘を生やすだけではない。物理的に酸を防ぐ強度も持ち合わせた厄介な技である。

 

「ふぅむ。闘気とは少し違うな。この感触は、まるで魔王同士で行う領域の奪い合い……」

 

 ジグルベインの攻撃は一撃でジャバウォクの頭蓋を粉砕した。普通の生物であるのならば、既に絶命。しかしそこは不死身の怪物か。頭が破裂したままに鎌首をもたげ、暴力に屈さぬよう、より強固な姿に再生をしていく。

 

「馬鹿な。もう進化をしている。この速度は異常だ!」

 

 このままでは手が付けられなくなる。そう判断したか、狼はジグを無視して始獣を止めに駆け出した。そうか。一度殺せば進化はリセットされるという話だった。

 

 それがどうだ。進化に進化を重ね、魔力鎧の下にも固く尖った鱗を装着する。もう素手では、殴る事はおろか、触る事も難しそうだ。

 

「ぬぐっ。この野郎」

 

 狼は忌々し気に振り返った。ジャバウォックがジグを狙う事で、山椒魚が自由になったのである。蜥蜴の様な姿をしているが元はスライム。両手をデロデロと伸ばし、捕食に掛かる。

 

 恐らくエネルギーを補給したいのだろう。体の欠損を補えるとは言え、それは無限では無い。必ず何かしらを消費しているはずだった。故に腹が減ったと舞台上の餌を消化しようとしている。

 

(ああ、もう。滅茶苦茶だな)

 

 まさに怪獣大決戦である。俺は正直、交代していて良かったと安堵をした。こんな化け物共が入り乱れる場所に居ては命が幾つあっても足りないだろう。

 

「AaRRs……!!」

 

 始獣がガラスを引っ掻く様な不快な声で鳴く。その音はアリスと聞こえ、何故この獣がそんな可愛らしい名前で呼ばれているのか理由を知った。

 

 そしてジグルベインは、狼も山椒魚も一切を視界に入れず、ただアリスを眺める。全身を棘で覆った怪物は、怯える様に魔王へと威嚇をしている。

 

「……ベルモアの個体には初めて会ったはずだが、もしや儂を知っているのか?」

 

(え?)

 

「繋がっている。いや、違うな。さては分体。何処かに大本が居るのか」

 

 それが不死身の理由だろうと、ジグはズゥと目を細めて原初の敵の正体を見極めようとする。俺はその言葉が引っ掛かり、ねえと質問をした。

 

(他の個体には恨まれるような事をしたの?)

 

「どこまで蘇るか実験した事がある。ブラックホールに投げ込んだら流石に出て来なかったぞ」

 

 そりゃ恨まれるよお前。なお魔力を使いすぎて特異点になってしまったので、勇者ファルスが破壊すると同時に開放されたらしい。ジグルベインがやけに生態に詳しいと思ったが、本格的に敵対していた過去があるようだ。

 

(まぁこんな生物が居たら無視は出来ないか)

 

「カカカ。そういう事じゃ。ちなみにコレは勇者の力でも滅びなかったよ」

 

 さてどうしたものかとジグはジャバウォックを見上げる。今の相性は最悪と言えた。なにせ接触すれば闘気の魔力を吸い上げてしまう上、物理的にも頑丈なのだ。

 

 彼女ならまだ一度や二度なら容易く殺せるだろうが、そこは不死。これ以上進化を重ねられては、いずれ本当に倒せなくなる事だろう。

 

「ぬおっ?」

 

 そんな時、地面がグラリと傾いた。何事だと視線を動かすと最悪の状況が目に飛び込んで来る。ジグルベインも思わず阿呆と叫んでいた。

 

 狼男がスライム山椒魚を破壊したのだ。倒すつもりで大技を放ったのだろう。山椒魚は水風船の様にパンと破裂し、中の体液を散らす。それが不味かった。

 

 この舞台は太い四つのワイヤーで吊るされている。ジャバウォックを閉じ込める地獄へと降りる為の稼働床なのだ。だがスライムの体液は強い酸性であり、強力な腐食性能は鉄をも溶かすらしい。

 

 何度も飛び散る酸。舞台の重量。その上で繰り広げられる激闘。全ての要素が合わさり、命綱の一本が耐え切れなくなっていた。

 

 下はジャバウォックの巣であり、底知れぬ大穴だ。落ちたら救助が無ければ脱出はほぼ不可能。ジグと狼はここに来てやっと、今は協力しようと視線を交わした。

 

「おい狼、こいつ等を上にぶん投げろ!」

 

「上にだと。そんな事をして闘技場に逃げられたらどうする。下に落とすべきだろう!」

 

「いいや、殺して進化を剥ぎ取る。一撃で仕留めてやろう」

 

 下に突き落とす案は言わば逃げだ。ここまで進化したスライムとジャバウォックを放置する事になる。魔法で一掃すると謳う魔王の提案に、狼男は渋々と首を縦に振った。

 

(けど魔法だと吸収されちゃうんじゃ?)

 

「カカカ。伏線は既に張られていたのよ」

 

 ジグはそう言いながら、傾いた地面から滑り落ちないようにしゃがみ込む。その視線は始獣のある一点を凝視していた。尻尾の下にある小さな窄みである。鱗まで強化された今だが、生物としてどうしても残る排泄器官であった。

 

(お前……まさか!?)

 

「【千年の停滞を照らす一筋の明かり】【残光飲み込む闇の渦潮】【滅び栄えてまた滅び、幾重に残骸積み立てて】【その歴史は黒や白か、果て無き未来ぞそれは知る】

 

「行くぞ!」

 

 狼は吠えて、渾身の力技を披露する。ブクブクと元に戻りつつある山椒魚を、酸にその身を晒しながら上空まで蹴り上げた。そしてジャバウォックの尻尾に張り付くや、針のような鱗を気にする事もなく掴みかかる。

 

 まさに注文通りだ。始獣の巨体を腕力だけで投げ飛ばすという英雄の面目躍如を果たし。詠唱を終えた魔王はよくやったと労いを掛けた。

 

「今度は尻穴も鍛えてくるんじゃなぁ! 魔銃肛殺法ー!」

 

(やっぱりー!?)

 

 魔銃は俺の発案であり、俺の光属性とジグリベインの闇属性の魔力が必要だった。しかしそれは未熟な場合の話。二重の属性変化を単独でこなす魔王は、本家以上の破壊力を備えて魔法で再現する。

 

 迸る黒い光は凄まじい質量を持って、ズムリとジャバウォックの尻穴を穿った。聞いている方が切なくなるような悲鳴が上がる。

 

 やはり魔力鎧に妨げられるのか、強大な魔力の塊は背中の刃をグングンと成長とさせた。だが、それも無意味な程に衝撃は大きい様だ。まるで風船だった。空気穴から注ぎ込まれる衝撃はジャバウォックを内部からズタズタにするも、頑丈になりすぎた表皮は弾ける事も出来ずにただ膨れていく。

 

 それもやがて限界を超えたか。最後は打ち上げ花火の様に飛び散っては、魔銃の光に紛れて破片さえも消滅した。

 

(汚い花火じゃ)

 

「本当にな。って。あ、体が戻ってる」

 

 今ので魔力を消費しきったのだろう。ジグルベインは霊体に戻っていた。

 俺は上空でバラバラになった始獣を見つめながら、まだ滅んでいないという事実に寒気を抱いた。

 

 とは言え、復元には時間が掛かるだろう。当面の危機は去り、ヴォルフガングが舞台を引き上げろと指示を飛ばす。巻き上げられるまでの時間を、何とも居心地悪く過ごすのだけど、地上に戻れば今度は武装した兵士がお出迎えをしてくれた。

 

 

 

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