ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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330 散歩にでも見えるか?

 

 

 地獄に降りていた舞台がゆっくりと処刑場に戻っていく。普段であれば真ん中の抜けたドーナツ状の天井にピタリとハマる稼働床。けれど今はスライムが酸を撒いたお陰で4本あるワイヤーの内の1本が切れている。

 

 バランスを欠いた舞台は定位置に戻れど、地獄直通のすべり台でも出来たかの様に傾いていた。俺は落ちないようにソロッと四つん這いで稼働床から降りる。

 

 外は月明かりが眩しかった。そうか、今日は満月だったか。こんな日は夜空を眺めながら月見バーガーでも食べたいなぁ。などと思考を飛ばす暇も無く。

 

「抵抗をしたければ好きにしろ、だがここで必ず仕留めてやるぞ。人狼よ!」

 

 俺の姿を見るやベルモアの王は沸騰したヤカンの様にピーピーとがなり立てる。ブルドックはもう余興で殺し合いをさせる気も無いようだ。舞台が引き揚げられるまでの間に武装した兵士により周囲はすっかり囲まれていた。

 

「まぁ、そう来るよね」

 

 ジグルベインと交代する瞬間を見せつけたのだから反応は予想出来た事だ。どの道あの狼男と一騎打ちをさせられても勝てるとは思えないので後悔は無い。俺は静かに手を握りしめて身体の調子を確かめる。

 

 良好。交代による反動はほとんど無し。短期決戦が功を奏したのだろう。あのまま魔王にプロレスを楽しまれていたらと考えると恐ろしい。

 

「聞けバスガス。俺は間近で見たが、この男は人狼では無い」

 

「構わん。あの力はどう見ても魔族に由来するものだった。殺れ!」

 

 一応にヴォルフガングが人狼説を否定してくれるのだけど、バスガス・バークンハーツは無慈悲に処刑の号令を掛ける。待機をしていた兵士達は待っていましたとばかりに、槍の矛先をこちらに向けて一斉に動き出した。

 

「うぉお!」

 

(む?)

 

 一人の兵士が急接近をしてくる。陣形を乱す行為ではあるのだが、その速度は目を張るものだ。恐らく俺より実力は上。強敵が多いねまったく。

 

 ジグルベインとの交代は魔力を大量に取り込むせいで戦闘に使えるのは1日一回が限度である。つまり俺はもう切り札を手放していて。ならば後はせいぜい暴れるだけだ。虚無より黒剣をゾルゾルと引き抜き、やってやるぜと応戦する姿勢を示した。

 

「貴様、兵士ならば隊列を乱すな」

 

「うごっ!?」

 

 だが、意外や意外。暴走する兵士を止めたのは狼男であった。その技のなんと流麗な事。槍の穂先を掴むや下段の蹴りで体勢を崩し、投げに持ち込み。腕を捻りながらへし折った。

 

 大怪獣との戦いでは困惑しているイメージが強かったのだけれど、あの混戦を切り抜けたのは実力だ。並みの戦士であれば、この通りに一捻りという訳か。

 

(って、お前さん。その男をよく見てみろ)

 

「あるぇ!?」

 

 足元に転がって来たのは黒豹の獣人であった。ランデレシア王国の密偵であり、詰まる所、味方だ。牢屋を自由に動いているとは思ったが兵士に紛れ込んでいたのである。

 

「ツカサ・サガミぃ。これは一体どういう事だぁ!」

 

 黒豹さんは折れた右腕を抱えながら泣きそうな瞳で睨んでくる。コレというのは言うまでもなくジグの力を指すのだろう。俺は言ってなかったねとペロリと舌を出す。相手はその様子を見て、何か言いたそうにプルプルと打ち震えていた。

 

「君は何故大人しく出来ない。今日助ける予定だと言うのは伝えただろう」

 

「聞いてませんけど!?」

 

「馬鹿な。あの少女は何をしていた!?」

 

 お互いに話が噛み合わない。二人でどういう事と絶叫した。犯人はまぁリュカだろう。あの狼少女は今日の祭りの話をしていて、けれで肝心の計画を細部まで伝えていないのだった。

 

(儂、アイツはもう駄犬と呼ぶわ)

 

 ちょっぴり賛成しかけた。思い返せば色々繋がる節があるのだ。大都に来たばかりの彼女が、やたら催事に詳しかったり。都合よく目の前の牢屋に来たり。すぐ出たり。アイツ、黒豹さんのメッセンジャーだったのか。

 

「なるほど。何か悪巧みがあったか。さてはお前、この国の者ではないな」

 

「…………」

 

 沈黙は肯定である。しかし「ハイ、スパイです」などと言えるはずも無く、黒豹は狼の鋭い視線を浴びながらも不言を貫いた。言葉は無くとも、俺を守るのだと抱え込む様に肩に手を置かれる。

 

「舐められたものだ。俺が居ながら無事に逃げられると本気で思ったのか?」

 

「お前とだけは戦いたく無かったから、本来はアリスを殺し続けるお役目の日を狙ったのだが……」

 

 誰かさんのせいで滅茶苦茶だ。黒豹は参ったねと言わんばかりポリポリと頭を掻いた。俺を攫うつもりだったのだろうが英雄に止められ、周囲では後続の兵士が槍を向けながら円陣を組んでいる。計画は何もかもが思い通りに行かないようだ。

 

「俺のせいでごめんなさい」

 

「気にするな。予定は狂ったが、もう止まるものでもない」

 

 この人は一体何をしたのだろう。そう思った時、背後から大きな衝撃音が響いた。爆発の様な派手な音ではなく、バキメキと軋む破壊音だった。

 

 俺からは兵士に囲まれていて何も見えない。ただ、方向から牢屋の方だなと思っていると、大勢の叫び声が聞こえて。少しづつ兵士の人垣が減って行って。

 

「……貴様!?」

 

「へへ。元々俺だけで助けられるなんて思い上がっちゃいないさ」

 

 援軍だ。黒豹さんは兵士の立場を利用し、牢屋を抜け道として使える様に仕組んだのだろう。なら何を招き入れたのか。それには心当たりがあった。俺を助けにくる勢力で、リュカとも接触しているならば、答えは一つと言ってもいいだろう。

 

「ゴルベー!! 何をしているのか理解しているのかー!?」

 

「ガハハ。散歩にでも見えるかバスガスよ。おんどりゃワシの客に手を出しおってからに。落とし前はキッチリつけて貰うで」

 

「親分ー!」

 

 巨猫は悠々と処刑場の真ん中を歩く。犬の罵声も何するものか。文句があるならば降りて来いと堂々と胸を張る姿は、どちらが王か見違う程であった。

 

「良く見るんだ。それだけじゃないぞ」

 

 猫親分を止めようと兵士は当然制圧に向かう。子分達が必至に守ろうとするが、やはり鍛えられた戦闘職は手強い様で。奇襲の勢いが落ちれば猫族は数でも質でもやや劣勢に見えた。

 

「何で……」

 

「言っただろう。この国では強さは正義。君はちゃんと、示したじゃないか」

 

 パオンと像が手で鼻で兵士を薙ぎ倒していた。

 一方では遠目でも目立つ空中殺法で戦う集団が居る。先頭で大暴れするのは熊さんで、鮭でも掴み取りするように、ビチビチと被害者が続出して。

 

(あれは!)

 

 ジグが目を輝かせる方向を見れば、多種多様な関節技を仕掛ける集団が居た。流行は筋●バスターなのか、大勢が強制股裂きを実行し聞くに堪えたない悲鳴が木霊する。俺はそっと顔を伏せ見なかった事にした。

 

「みんな、助けに来てくれたんだ」

 

 獣闘士。俺と命賭けの試合を行い、人狼という色眼鏡を通さずに一人の戦士として見てくれた人達。どうやら猫族の発起を知り、ならばと力を貸してくれたそうだった。薄っすらもう駄目かなと頭を過っただけに、目が霞む程に嬉しい光景だ。

 

「坊主。よう生き残ったのう。もう大丈夫だから安心せいや」

 

 男が泣くのではないと猫親分に頭を撫でられる。黒豹は、これでもまだ止められるかと目の前の狼男を挑発した。

 

 処刑場では兵士と闘士による大乱闘が勃発していて、観客席は予想外の争いに動揺が走っている。周囲の様子をグルリと大きく見渡した狼は、これは無理だと大きく肩を竦めて見せた。

 

「行ってしまえ。バスガスは騒ぐだろうが、俺はそもそも人狼の疑惑が晴れた時点で、お前に興味は無い」

 

「それは良かった。俺も貴方とだけは戦わなくて良かったと思ってる」

 

 握手なんてしない。笑顔だって交わさない。狼との関係は終始、獲物と捕食者であった。気まぐれでプイと興味が削げた所を、親分にさぁ逃げるぞと誘われて。

 

「あ……」

 

 足を動かし始めた所で俺は一人の少女の存在に気付いた。武器と拳が入り混じる戦地にも似た環境で。けれど、ポツンと。まるで家の扉の前で、インターホンを鳴らすのを躊躇うかの様に立ち尽くすリュカの姿があった。

 

 

 

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