ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
処刑場は現在、混沌の最中にある。王命により俺を処刑しようという兵力と、殴り込みを仕掛けた猫親分一派がぶつかっているのだ。
この争いの焦点はずばりツカサ・サガミの生死。最強の獣闘士ヴォルフガングが逃げる事に目を瞑ってくれた今、これ以上場に留まる理由は無く。主犯である黒豹さんはさぁ行くぞと背中を押して来た。
「リュカ」
けれど、俺は灰褐色の髪の少女を見つけてしまい足が止まった。そうだ。リュカの性格を考えるならば、あの子は無茶でも必ず現場に現れるではないか。何せ単独でこの大都まで乗り込んでくる様な考え無しなのだから。
そして狼少女は俺の元に駆けつけて、隣に立ち並ぶソイツを見つけてしまっていた。ハイエナの爺の言葉が頭の中で反響する。リュカは英雄ヴォルフガングの子であり、その存在を恥だと思われていると。
やはり本能なのだろうか。父親の顔も名すらも知らないはずのリュカは、その男を視認した瞬間に立ち止まり。声を震わせながら精一杯の言葉を投げる。
「もしかして……オレのお父さんですか?」
「「!?」」
余りにも場にそぐわぬ問いかけに狼は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。同時、リュカの声を聴いて猫親分が彼女の存在に気付く。
「リュカや、今はそんな場合じゃ無かろうが!」
「リュカ? おいおい、まさかあの時の。ルーの子供だとでも?」
ルーというのはリュカの母親の名前なのだろう。その単語が狼男の口から出た瞬間に、少女は分かり易く表情を明らめて。その通りだと一歩前に踏み出した。
ズボンのポケットをゴソゴソと探り、取り出すのはいつか仕留めた獅子犬の牙。リュカは己の成果物を見せながら、立派な戦士になりましたと報告をする。その様子は、まるで投げたボールを取って返ってきた子犬の様だった。
「クハハ。なんて面白い冗談だ。健気にも戦士に成れば俺が認めるとでも? 生憎だがもう跡取り息子が居るんだ。たとえ本当に血が繋がっていようと、今更お前を娘と認める気は無い」
そもそもお前の母親は逃げ出したではないか。英雄はなんとも悲しげな表情を見せながら告げる。
瞬間、俺にはこの家族に大きなすれ違いがある事に気付く。犯人はあの爺だろう。アイツがリュカに人狼の血が流れている事を知り、事情を何も伝えぬままに母親を隔離したのだ。
「失せろ。そしてもう二度と姿を見せるな」
「あ……」
狼男はリュカの差し出す牙を手で弾き、明確な拒絶を見せた。カランコロンと地面で虚しく音を立てるリュカの努力。少女は痛む手を胸に抱き、けれど泣いてならぬと唇を噛みしめて。それでも溢れる悲しみが、瞳からボロボロと滴り落ちる。
「ワシの娘に何しとんじゃわりゃー!!」
「おいゴルベ!」
黒豹さんが悲鳴を上げた。猫親分はせっかく見逃してくれる雰囲気になっていた狼男の顔面へと拳を叩き込んだのである。
確かに狼男は敵に回したら厄介だ。しかし俺は喝采をしたい。大猫は己の娘を守る為、一切の躊躇無く、最強に喧嘩を売りつけたのだった。
「そうか、ゴルベ。お前が辺境でこの娘を匿っていたのか」
「だったらなんじゃい。リュカはワシが娘として育てた。勘違いをするな。父親面する資格が無いのはテメェだ!」
狼と山猫の戦いが始まり、黒豹は何故こんな事にと、この世の終わりの様な顔をした。追い打ちを掛けるようですまないが俺は逃げる足を止めて、膝から崩れる少女を支えに走った。
「ツカサぁ。オレは……」
「何も言うなよ」
震える肩をギュッと抱きしめる。肉親に会いたい。家族に認めて貰いたいという彼女の気持ちが俺には痛いほど良く分かった。
母親から聞いて育った強い父親。大都という手の届く場所に居て、しかも今のリュカには手土産もあった。今ならば認めてくれるのでは。そんな淡い期待を抱かない方が嘘だろう。
大森林では自身が魔力を使えない事を嘆いていたけれど、違うんだね。親から魔力を貰いたいのではない。ちゃんと魔力を目覚めさせる事で、自分の親だと証明して欲しかったのである。
「けどさ、親分をちゃんと見てあげなよ」
血の繋がる親と、育ての親。大切なのはどっちか。そんな話がしたいのでは無い。両親の揃う俺には結論も出せぬ事だった。
俺に言える事は一つ。血が繋がらなくても家族にはなれる。ジグルベインを見ながら、あの大猫はお前の父親であろうとしていると伝えた。
「そりゃあ分かるよ。親分もマオも家族だよ。でも猫じゃん!」
「たし……かに……」
(うーむ。疑いようもなく猫じゃな)
オレは狼なんだと主張する少女に種族という壁を見た。そればかりはどうにもならないね。いいじゃん猫でも。こっちなんて魔王だよ。
「ぐふっ」
「馬鹿猫が。思い上がるなよ」
「そうなるに決まっている。ツカサ・サガミ、君は行け」
やはり狼男は強かった。勇ましく飛び掛かった大猫ではあるが、僅かな時間で地面に転がされてしまう。それを見た黒豹は俺の逃げる時間を稼ぐと、親分の加勢に向かって行った。
このまま居ても邪魔になる。まずは脱出してからだ。俺はリュカの手を取り、牢屋の方へ走ろうとして。その異変に気付いた。
「おいリュカ?」
「なんか、さっきから胸が熱くて……」
(あ~。そうか、条件が整い過ぎておったか)
ジグはそう言い、夜空で蒼く輝く丸い月を眺めていた。魔王曰く、人狼は夜に力を増す種族なのであると。つまり今リュカを襲う身の異変は、魔力の覚醒か。
魔力は誰しもに眠る力だ。御霊分けは両親の魔力を通して己の魔力を自覚する行為に過ぎない。なので後天的に覚醒する事は十分あり得るのだった。
「ツカサ。苦しいよ」
「回せ。熱を循環させるんだ。血の流れの様に、全身に行き渡らせろ」
魔力使いの先輩としてアドバイスをする。なんて皮肉もあったものだ。きっとリュカの激情が目覚めさせたのだろうけれど。父親に拒絶された今に、母親の血が目覚める。それはまるで、一人ではないと大きな愛に抱きしめられているようではないか。
「ワォーン!!」
その様子を見たジグはカカカと満月に笑い狂った。身に奔る衝動のままに月に吠える少女は、髪色を月光に染めて、頭頂よりピョコンと二つの三角耳を伸ばし、尻からはフサフサな尻尾を揺らしている。もう、誰がどう見ても言い訳の通じない姿である。
「リュカ……!?」
「馬鹿な、ルーの娘が人狼!?」
遠吠えが原因で衝撃は会場中に走る。何せ人狼という疑惑だけでこの国は俺を処刑しようとした。ならば本物が人狼が。正当なる復讐者が現れたならばどうなるのか。そんな事は簡単だった。
「貴様らー傾聴せよ!」
ドスンと処刑場に何かが降ってくる。人狼の登場により、争っていた兵士や獣闘士達は困惑で手を止めていて。その最中の出来事であった。
土埃が晴れて、姿を現すのは一匹の犬族だった。というかバスガス・バークンハーツだった。遠目からでも脂肪で膨れた姿が目立つ男は、近くで見ると想像より一回り大きい。
背丈だけならば猫の親分にも負けないなと思っていると、なんという事でしょう。ムンと力めば、伸びていた皮が筋肉でパンパンになった。脂肪はむしろ体を膨らませる詰め物の様にブルドックを巨大に見せた。
「目を覚ますがよい獣闘士共。役目を思い出せ。ウテリアは我らの自由なる翼であろう」
「「「うぉお~!!」」」
俺に誤解があった。何故力が正義と呼ばれるこの国で、君臨している王をただの肥満デブだと思ったのだろう。現役は過ぎたのかも知れないが、コイツはバリバリの実力者だ。
そんな強者の言葉だからこそ、民は安心をし、兵は燃える。人狼狩りだと叫びを上げれば、協力してくれていた獣闘士達までもが目の色を変えた。だって、そう。あくまで俺を助けに集まった戦力だったから。
「どうしたらいいんだ、こりゃ」