ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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334 人はそれを愚かと嘆き

 

 

 蛇馬魚鬼の献身的な助けもあり、何とか処刑場の扉の前にまで到達した俺たち。あと一歩で脱出だと思った矢先の事、そこには狼男が立ち塞がった。

 

 行われる親と子の問答。不出来な子は要らぬと、絆をバッサリ切り捨てる親狼に、子狼はただ認めて欲しかっただけなのにと心からの叫びを見せて。

 

「そうさ」

 

 結局のところ、俺たちは親に幻想を抱いていただけなのだ。血という繋がりに縋り、どんな自分でも受け入れてくれる優しい両親。都合のいい偶像だって分かってる。

 

 それでも、愛して欲しい。ただ一つの本音は、子供の言う子供の様な理屈だからこそ響く時もある。

 

「リュカは殺させないぞ、ヴォルフガング」

 

「俺から守れると思っているなら大した自信だな」

 

「まぁな。そもそも、この場所に到着した時点で俺の勝ちだぜ」

 

 自分の行動を正当化する様に俺はリュカに肩入れをした。親分の頼みもあるが、それ以上に親の手で子供が死ぬ姿なんて見たくなかった。

 

 狼男は自身の実力に揺るぎない信用がある。確かに俺が挑もうと秒殺される事だろう。しかし勘違いをしてはいけない。この勝負の勝利条件はリュカの生存であり、英雄の撃破では無いことを。

 

「リュカ、舌噛むんじゃないぞ!」

 

「え、ちょっツカサ!? ひぁあ~~~↑」

 

「何だ?」

 

 闘気を纏った腕力による全力投擲。狼少女はさながら発射されたロケットの様に、その身を宙高くへと舞い上げる。

 

 狼男はその様子をポカンと眺め、俺はしてやったりと笑ってやった。処刑場は入る者を逃がさぬ為に高い壁に囲まれるが、逆に乗り越えてしまえば後を追うのは困難だった。

 

 特に今は戦力が処刑場に集中をしている。兵士も獣闘士も、始獣と人狼を討つ為に降りて来ているのだ。更にこちらには。

 

「「リュカ、こっちだ掴まれ!」」

 

「……まだ仲間が居たか」

 

 そういう事だ。観客席にはリュカと行動をしていた馬鹿コンビが待機していた。彼らの存在により暴投がロングパスへと変化をする。これが友情パワーというものなのだよ。

 

「どうでもいいが、あの軌道で届くのか?」

 

(儂もそう思った……)

 

「へ?」

 

 リュカは我ながらよく投げたと思う程の勢いで飛んで行った。気分的には壁を越えて観客席にだって届いた。絶対ホームランでしょこれ。

 

 しかし現実はどうか。狼少女の勢いは当然ながら上空に行くほど弱まり、あともう少しで柵だという所でほぼ止まる。上からはリュカを受け止めようと馬が身を乗り出し手を伸ばすのだけど、絶妙に届かない。

 

「う、嘘だろぉ。ひぁあ~~~↓」

 

「「リュカー!?」」

 

 ああ無常。翼の無い少女には1メートルだろうと10センチだろうと同じこと。リュカは何も掴めなかった腕を伸ばしながら、徐々に地上に近づいて来ていた。下から見ていると投げた悲鳴が返って来た様にも思える。ロケットの打ち上げは失敗したようだ。

 

(いや待て、あれは!)

 

「鳥か?……違う、熊だ!」

 

 後は落ちてくるだけだと思った少女だが、そんな彼女に空中で近づく影があった。大きな毛玉のようなその姿は熊の獣人だ。

 

 一体どうやってあの高さまで飛んだのだと地上を見ると、長い鼻を振り回しながらグルングルンと惰性で回転する象さんの姿。ジャイアントスイングで射出したのだろう。

 

 ボールはまだ生きている。熊さんは空中でリュカを受け止めるや、バレーボールのトスを上げるが如く、もう一度空に打ち上げて。今度は余裕で観客席にまでリュカを届かせた。

 

「どうだー、これが絆の力だー!!」

 

 失敗を誤魔化す様に高笑いを浮かべると、上から「馬鹿野郎」とか罵声が降ってくるのだけど俺の耳には届かなかった。文句を言っている暇があるなら早く逃げろというのだ。熊さんの「俺を受け止めるやつは居ないのか!?」という断末魔の方がよほど心に響いたね。

 

 ズシンと頭から地面に刺さる熊さんを他所に俺は勝利を確信する。リュカさえこの場から離れてしまえば猫族の撤退が可能だ。早く親分に伝えなければ。そんな思考をしている時に、見てしまう。

 

「ふん。くだらん策だ」

 

「お前……なにを」

 

 狼男は壁の上を見据えながら、ぐっと屈みこんだのだ。意味は理解出来る。バネを縮るかの様な予備動作は跳躍の前兆だろう。しかし向かうは絶壁で、その高さは20メートル程。ビルの5~6階分にも相当した。

 

 まさかと思う自分と、奴なら飛ぶと直感する自分が居た。ならば最善手は行動をさせない事。リュカを追わせはしないとヴォルフガングを止めようとする。だが、俺を押しのけ彼の腰にしがみ付いたのは意外な人物であった。

 

「もう止めろヴォルフガング。リュカはまちぎゃーのう、おみゃーの子で、ルーの忘れ形見だ!」

 

「お爺ちゃん……」

 

「くっ、離れろ。この老いぼれが」

 

 全ては自分が悪いのだと懺悔のようにぶちまけながらハイエナは狼に張り付く。腕力で敵うはずもなく、雑に払われて。けれど、これだけは譲れない。そう言い何度でも食らいついた。

 

「ルーに人狼の血が流れとると知ったら、おみゃーは彼女を殺いてまうだろうで。俺が騙して二人を引き離いたんだ!」

 

「そんな過去の事は、もうどうでもいい!」

 

 既に別の妻子が居るという狼は常に他人行儀である。それに比べハイエナの爺さんは、悔いがある分か涙ながらに狼を止めようとしていた。

 

 リュカとその母親が、魔力を貰えば子と認めてくれるだろうと信じていたのは、お爺さんが隔離に使った方便らしい。

 

「バスガスはおみゃーに一つ真実を隠いとる!」

 

「……何?」

 

 人狼族の善悪は一先ず置いておき、お爺さんが語ったのは人狼を討った方法であった。以前に聞いたのは、女性が首領の時に妊娠中を狙ったという内容であったが。これはその補足の様なものだった。

 

 首領には、始獣を抑えるというお役目がある。しかし妊娠中で魔力の使えない当時、夫を代役に立てたらしいのだ。周囲は代役を不安に思ったが、その男性はパフォーマンスを織り交ぜ派手に戦う事で人気を得た。

 

 任期は1年だ。これなら大丈夫だろうと誰もが納得しかける中、こう思う者も居た。代役にお役目が務まるなら、もう人狼は要らない。悲運にも反逆の切っ掛けになったと。

 

「それがなんだと言う! 魔族の支配から逃れる為ならば仕方あるまい!」

 

「分からんのか!」

 

 俺には分かってしまった。妊婦が人質にされているという状況ながら、子供を無事に出産し、尚且つ逃げ延びている。

 

 つまり人狼には味方が居たのだ。そしてそれが誰かというのは、こんな話を知るハイエナ族しかありえまい。お爺さんがリュカを生かそうと抗うように、彼らは歴史の裏で狼に尽力してきたのだろう。

 

「犬族が真に恐れるのは、人狼族の発起だ。おみゃーにもまた、薄くも魔族の血が流れとるはずだ!」

 

「……!!」

 

(ああ。出会った時に思うたが、こやつも人狼じゃよ)

 

 人狼排除の折、犠牲になったのは夜に変身出来る本家の血筋だけだったそうだ。獣人に交じって暮らせる者達は、ひっそりとその身を隠し生き長らえて来たらしい。

 

「人狼と犬族の密約だ。本家は己が犠牲になる事で血族を守った。そんなおみゃーらが本家の血を途絶えさせるのだけはいかん!」

 

 恐らくは墓まで持って行く気であっただろう秘密。しかしリュカの血が覚醒してしまったが故に吐き出すしか無く。

 

 己の血の由来を知った英雄は、一度少女の消えた柵を見上げた後に視線を地面に落とした。やるせなく垂れる尻尾が、まるで彼の心境を表している様だった。

 

「そう言えば、今日は月夜祭だったな。俺にはアリスを殺す役目があった」

 

 ヴォルフガングは処刑場の外に出たのなら、後は知らんと踵を返す。事実上の見逃し宣言であり、お爺さんは大きく胸を撫で下ろした。

 

「ンゴロニャー!!」

 

 そんな時に勝ち名乗りが聞こえる。どうやら猫親分はブルドッグを倒したらしく、もう用事は済んだとばかりに撤退の号令を掛けていた。生き残った猫ちゃん達がドタドタとコッチに向かって来る。

 

「さぁ、今度は君の番だ。我々も逃げるぞ」

 

 前衛芸術の様になっていた黒豹さんが俺の手首を握る。無事だったかと安心する反面、この胸に沸く感情に申し訳なさが募る。体は自然と狼男に向き、その背に待てよと声を掛けていた。不思議そうに振り返るヴォルフガングとまたや絶叫する黒豹さん。

 

「止めろ。止めろ止めろ。君はとても愚かな事を考えている。もう退いていいんだ、アイツと戦う理由は無いだろう!?」

 

「そうですね」

 

 もうアイツとのしがらみは無い。リュカは無事に逃げた。猫族も撤退を始める。ならば俺がここに残る理由も無く、まして英雄と戦う必要性は何処にも無い。これはただ、無意味に虎の尾、いや狼の尾を踏みつける行為だった。

 

「ならば何故だ」

 

 今度は狼が問うて来た。せっかく見逃してやったのに、どんな愚かしい理由で自分に挑むのだと。俺は黒剣を放り捨てながら、理由を考える。

 

(カカカ。喧嘩をするのに、理由なんて一つで十分じゃろ)

 

 魔王の言い分は、ストンと心中に収まった。そうか、これは喧嘩なのだ。人や名誉を守る為などと大層な名目は要らず、ただ荒ぶる感情のままに暴力を振るう行為。なので俺は中指を立ててこう言ってやった。

 

「気に入らねえ!」

 

「気に入った!」

 

 牙を剥く狼を見て、黒豹はばかーんと泣き叫んだ。

 

 

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