ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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337 喰い合い

 

 

 「良いのが入った!」「効いてる。あのヴォルフガングが苦しそうだ!」「「「うぉおお。行け、行けー!!」」」

 

「うるせえんだよテメエら!」

 

 空中舞台の下で盛り上がる観客共につい逆ギレをした。声援なんて欲しくない。この挑戦は勇気なんてものではなく、気に入らないと実に身勝手な理由で暴力を振るっているのだ。貶される事あれ、とても喝采されるべきではないはずである。

 

 まして。

 

「これからだっていうんだ。なぁ狼」

 

「ああ、やっと楽しくなってきたぜ。人間」

 

 手応えが伝えて来る。損傷を覚悟した限界突破の一撃でさえ、この男には致命的な威力ではないと。やっと同じ舞台に立てただけなのだ。一方的な処刑が、今ここに殺し合いへと発展をした。

 

「シェアー!!」

 

「う、速っ」

 

 狼は気分が乗って来たか後ろ回し蹴りを放った。俺はマゾではない。攻撃を受けきるなんて美学は持ち合わせていないので遠慮なく躱させて貰う。

 

 僅かに背を反らす。しなる鞭の様な脚が鼻先を掠めて、風切る音が追従する。獣闘士らしい派手目な技だった。だが英雄と呼ばれる程の身体能力は大振りな技にすら隙を作らないのか。

 

 光式の反応速度を持って僅かに遅れた。飛び散る鼻血を気にする間は無い。こちらが反撃に動く前に、狼男はもう次の攻撃に移っているからだ。

 

「食らうか!」

 

 飛んで来るのは第二の蹴り。空振りの勢いを利用し、空中で独楽の様に回ったのである。避けたと油断していたら頭を吹き飛ばされていただろうが、フェヌア教にも似た技があり対処は出来た。

 

 無防備に突き出される足を掴みとり力任せに腕を振るう。狼はさながら畑を耕す農具のように地面に突き刺さって……いない。土と接するのは片手のみ。それだけで今の衝撃を受け止めてしまったようだ。

 

「「ぬあああ!」」

 

 俺は低い位置にあるヴォルフガングの頭をサッカーボールでも蹴飛ばす様に蹴りつけた。メキョリと捻じれる首だが、相手は器用に片腕のままで倒立をして脚を振り落とす。後頭部に直撃する爪先。先ほど垂れた鼻血が今度は噴水の様に噴き出した。

 

「苦しそうだな?」

 

「まだ、まだぁ……」

 

 確かに辛い。泣いてしまいそうだ。鼻腔が血で埋まり呼吸が苦しい。もはや身体を動かすだけで全身が軋む。けれどそれは相手も同じだ。防がないというハンデを背負った狼とてダメージはあるはずだった。今入った蹴りでは下顎を血で濡らしている。

 

「「おおお!!」」

 

 合図も無く同時に動く。先に拳を届かせたのは俺で、脇腹に抉り込む様に刺さる左フックは狼の顔を歪めさせた。されど倒れない。お返しとばかり放たれる拳が小細工も無く真っ直ぐに胸元に向かう。

 

 悲しきかな。目では追えるのだけど、既に身体が追い付かなかった。出来るのは来るべき衝撃に備える事のみ。力み筋肉を固め。食いしばり闘志を奮い立たせ。魔力で覆い。やがて訪れる覚悟の時間。その威力をなんと例えよう。

 

「ぬうん!」

 

「ごぶぉあお!?」

 

(……)

 

 君臨者。王者。手強かった獣闘士達の中で最強を手にした者の一撃。誰もがこの拳に膝を折って来たのだなと感じる程に、強力なものであった。

 

「おえっ、ゴボッ、ボォエロエロ~」

 

 喉元を逆流する血反吐。陸に居ながらにして溺死をすると思った。俺はまるで土下座でもするかの様に頭の位置を低くして蹲り、吐けるだけの血液を足元にぶち撒ける。

 

「はぁはぁ。俺とここまで殴り合えた奴は久しぶりだぞ。だがもう限界のようだな。人間にしては良く粘ったさ」

 

「自惚れるなよ。この国じゃあ最強だろうが、俺の知る中じゃあ五本の指にも入らないぜ」

 

 だから恐くは無い。自分に言い聞かせて、嗚咽と共に零れ出た涙を拭う。立ち上がれ、立ち上がるのだ。痛みも損傷も気合で抑え込み、闘気により強制的に身体を駆動した。

 

 プルプルと、まるで生まれたての小鹿の様になりながらも、なんとか膝は地面から離れてくれる。俺の様子は異様だったのだろう。数多くの戦士を沈めて来た王者は、まだ立ち上がれるのかと驚愕に目を丸くする。

 

「本気で打ち抜いたんだがな。お前オカシイぞ。痛みが無いのか、恐怖を感じないのか。その闘志は一体どこからやって来るというのだ」

 

「……分からないよな」

 

 だからお前はリュカを何も知らないというのだ。コイツが雑に払った魔獣の牙。彼女がそれを取りに行く為には、どれだけの勇気が必要だった。

 

 共に浸かった湯では、父に拒絶されたら一人ぼっちになるかも知れないと嘆いていた。それでも、リュカは正面からお前にぶつかっただろう。愛して下さいと伝えただろう。

 

 あの子は望まないかも知れないが。行き場も無く零れたあの想い、あの涙を。俺には見なかった事には出来ないから。せめて代弁くらいはしてあげたくて。

 

「立つさ!」

 

 膝を伸ばし立ち上がる。動きはぎこちなく、カエルの様にピョンと浮き上がるが、それがかえって拳に勢いを付けた。顎に命中したパンチはヴォルフガングを大きく仰け反らせる。

 

「ぐっ、この期に及んでまだ威力が上がりやがる!?」

 

「いいかよく聞け。俺はツカサ・サガミ、男の子。痛みや恐怖じゃ退けない意地がある。子供の我儘で悪いんだが、俺はお前を許さない!」

 

「それを戦士と言うんだよ。いいぜ認める。ウテリアで仕留めるに値する男だ」

 

 男の闘法が変わった。顕著に現れるのは何と言っても姿勢だろう。今までは足を開き低重心だった。それもそのはず。俺も同じ理由で似た様な構えを取るからこそ、泥臭い殴り合いが続いている。

 

 足場の状況だ。対角にある二本のワイヤーで吊るされた舞台だが、重心がズレれば回転したりとかなり不安定だ。このギミックのせいで円形状の足場がありながら、その実、船のマストの上で戦っている気分にさせられる。

 

 しかもだ。恐らく残りのワイヤーの耐久性も危ない。何せ本来は4本で支えている床の荷重を半分の本数で吊るしている訳で。足場にこれ以上の負荷を掛けるのはヤバいのである。

 

 それを暗黙の了解としていたのに、どういう事か。やや爪先立ちで、腕を案山子の様に水平に上げている。フットワークを使いますと言っている様なものだ。

 

「ウテリアは、そう。もしかしたら俺の遠い先祖が開祖なのかもな。進化を続ける怪物に対抗するには、進化を続ける技術が必要だった」

 

 人狼という支えを失った獣達が始獣に対抗する為に編み出した技術体系。伝えられたものを残すのではなく、ショー形式により個々人が技を編み出し発展させていく、ある意味は自然淘汰にも似た進化論。

 

「自由闘法。積み重ねた歴史全てがウテリアであり、技は肉食獣も草食獣も平等にした。見ろ、これが我らの爪であり牙だ」

 

「っ!!」

 

 一歩後ろに下がり距離を開けたかと思えば。まるで自身を矢にしたかのような速く鋭いドロップキック。俺は避ける体力も無く、腕を十字にして飛び蹴りを防いだ。

 

 驚くのはこれから。狼男は空中でまるでドリルの様に回転をした。俺の腕に足を絡める事で防御を強引に解いて見せたのである。

 

「しまった!?」

 

 腕を畳まれる様に下げられた。これは変形だが関節技なのだ。だが所詮は腕に足が絡まっただけ、空中でそれ以上なにが出来ると思うだろうか。

 

 相手は指の力だけで軽々と倒立をする男である。その両手が地面を掴んだ時、宙に浮かべられているのはコチラであった。投げ技。絡まる脚で強引に空に弾き飛ばされた。おいおい自由すぎるぞ。

 

 浮遊感を覚えた時、全身で悪寒を感じる。なにせ空中殺法は獣闘士の得意とする所。そしてヴォルフガングはその頂点に位置していて――。

 

(違う! そいつは足場を壊さぬ為に空を舞台にしたのだ!)

 

 俺の喧嘩だからと黙って見守ってくれていたジグルベインが思わず叫ぶ。下では獲物を睨みながら牙を剥く狼の姿があった。その右手にはピリピリと大気が震える程の魔力が纏われている。

 

 そうか。スライムを吹き飛ばした大技。こちらの戦士は身体強化の一点振りしか見てこなかったので忘れがちだが、彼らも立派に魔力使いであるのだ。

 

「我らは魔闘技と呼ぶがな」

 

 喰らえ。獣はガァと咆哮しながら跳躍する。パンチ。いや、これだけの戦闘技術を持つ奴がそんな安易な選択をするだろうか。強化された動体視力と、今までの経験値が告げて来た。

 

「まぁ来てくれるのは助かるか」

 

 もう身体もあまり動かない。ここら辺で決着もありだ。

 奇遇だね狼。知らないだろうが、俺の流儀も自由を謳う。型なんて要らない。技術なんて力で捻じ伏せるべし。お前も味わえカカカ流。

 

「暴力を見せてやる!」

 

 

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