ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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338 男の意地

 

 

 夜空に高く投げ飛ばされた俺。火照る体に秋の寒風が心地良く。満天の星に少しばかり近づいた事で今ならば手も届きそうだと腕を伸ばす。そして、渾身の力で月を掴み、拳を固めた。

 

「ねえジグ、家族って何だろうね」

 

(カカカ、それを儂に聞くか)

 

 そういえばジグルベインも家族関係は最悪であったか。生まれてすぐに化物だと捨てられて、自らの手で街を滅ぼしたと聞いていた。優しい両親を持つ俺は、それでも幸せを築けなかった自分を蔑む様に目を細める。

 

(だが、そう。お前さんも家族に含めるならば、儂はこう思う)

 

 魔王はなんとも照れ臭そうに言った。いってらっしゃいと送り出され、ただいまと帰る場所。家族とは血の繋がりではなく、自分が居られる所なのだろうと。意外とまともな意見に虚を突かれた思いになるが、そうだねと微笑んで。

 

「行ってきます!」

 

(うむ。行ってらっしゃいな)

 

 下では俺を投げ飛ばしてくれた狼男が魔力を溜めていた。偽り無しに全力で仕留めようというのだろう。この戦いの決着を感じ、もう一踏ん張りするかと気合を込める。

 

 やがて跳躍をするヴォルフガング。処刑場の壁を越えようとしていただけあり、その脚力凄まじく。さながら月を目指さんとばかりにグングンと距離を詰めて来る。

 

「楽しい時間だった、礼を言うぞ!」

 

「もう勝った気でいるんじゃねえよ!」

 

 接敵が近い。交差の一瞬に全力の暴力で迎え撃ってやる。そう力むのだが、奴は逸る俺の気持ちを嘲笑う様に頭上を飛び越えて行く。

 

「え?」

 

 意味が分からなかった。これではお互いにただ落ちるだけではないか。目は自然と相手を追ってクルリと体が反転する。

 

 目撃したのは馬鹿らしくなる光景であった。狼男が渾身の力で殴りつけたのは空である。拳圧により風が逆巻き空気が爆ぜる。せっかく近づいた星がまた離れたかと思う様な激烈な一撃だ。

 

「ガルゥァアア!」

 

 そして反動により宙に居ながら方向転換してくる狼。上空からの奇襲、これを成す為だけに大技を使い捨てたというのか。

 

「今の技を俺に当てていたら消し飛んでいただろ」

 

「そんなつまらん真似を誰がするか」

 

 あくまで決着は直接打撃でつけると。獣闘士の王者という自負と矜持が飛び道具を許さなかったらしい。だが完全にしてやられた。下から向かってくる相手を迎撃するならば、落下の勢いも相まってまだ威力の乗る攻撃が出来たのだ。

 

 しかし落ちながら上に攻撃するのは無理である。何せ踏ん張る事が出来ないのだから、パンチもただ腕を伸ばしただけになってしまうのだった。

 

「くっ!」

 

 かと言って何もしない訳にもいかない。効果は薄いと分かっていながら精一杯の反撃に拳を突き出す。やはりというか、頬を叩いても痛がる様子すら見せてはくれなかった。

 

「決着なんだよ。アリスじゃあるまいし、流石に千切れば死ぬだろう?」

 

「千切る気なの!?」

 

 やめてよ死んじゃう。せめて嫌だ嫌だと藻掻くのだけど、ここは空中。既にまな板の上の魚だった。奴は両手で俺の首と腰を抑えて思い切りに反らせる。背骨が限界まで伸ばされて、橋の様に弧を描く。

 

 このままへし折る気だろうか。俺は全力で抗いながら、チラリと相手の姿を見る。見てしまう。

 

 右足を振り上げ、左足を振り下げている。まるでハサミ。いや、獣の顎そのもの。まさしく獲物を食い千切ろうと、狼は巨大な口をガバリと開けていた。

 

 なるほど。両手両足を使う大掛かりな技だから空中を舞台に選んだのだ。威力は考えるまでもない。こんなもの即死技に等しかろう。

 

 何か、何か出来る事は無いのか。俺は必死に知恵を使い、あばよと両足が閉じられる刹那に僅かばかりの悪足掻きに出た。

 

「は、ハニーフラーッシュ!!」

 

「うぉ!?」

 

 光式は魔力を体内で光属性に変換している。だから魔力を解き放つ事で、全身が眩い輝きを纏った。目眩まし。単純だが赤鬼にも効いた技である。

 

 ほんの僅かに緩む拘束の力。俺はしめたと回転する事で相手の手から逃れようとする。結果といえば、間一髪というところで回避が間に合った。散々流れた血が上手く潤滑剤として機能してくれたようだ。

 

「まさかあの状況から逃れるとは。本当に楽しませてくれる奴だ」

 

「……っ」

 

 俺はその技の威力に慄くばかりだった。もし直撃していれば今頃は胴体が消え失せていたのだろうと、掠っただけで抉れた脇腹を触り思う。

 

 無傷では済まなかった。光式まで剥がされた。だが生き残った。であるならば、やる事は一つ。

 

「今度はこっちの番だー!」

 

 もはや決着が生死でしか着かない以上、残り火を燃え上がらせるのだ。暴力を見せてやると、闘気を漲らせる。

 

「受けて立とうじゃないか!」

 

 二人して(もつ)れる様に地面に落ちていた。そんな状況で俺の頭にあるのは決定打を叩き込む事のみ。吠えながら、思考より先に身体が動く。

 

 気づけば相手を足蹴にしていた。空中で力が出ないのは踏ん張るものが無いから。ならばと狼男を踏み、その反力と勢いで顔面に膝蹴りをお見舞いする。

 

「これが、カオスドライバーだぁ~~!!」

 

 仰け反る相手に今度はこちらが組み付いた。相手の両脇に足を置き、逆に俺は奴の脚を抱え込む。これによりヴァルフガングは脳天から地面に刺さるしかない。衝撃にはささやかながら、落下の勢いと俺の体重も加算されてた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 ズドンと揺れる吊り下げ舞台。モクモクと上がる土埃を払えば、目の前には逆さになった狼男が地面に首まで埋めて直立している。

 

 俺はそんな相手を眺めながら、尻餅をついてこう考えた。立つな。もう立たないでくれと。フラグだなとは思いつつ、考えない事は出来なかった。

 

「まじかー」

 

(やはりフラグは立てちゃいかんのだよ)

 

 ゆらりと立ち上がるヴォルフガング。俺はその姿に不屈の赤鬼を被らせる。これだけやって起きられたら、そりゃあ誰もが最強だと認める事だろう。呆れるほどのタフさだ。

 

「フフ。なるほど、俺にも人狼の血が流れているというのは本当らしい」

 

 狼男は切なげな笑顔で満月を眺めて言った。力が溢れるようだと。見れば筋肉が膨れ上がり、多少大柄になっている様にも思えた。リュカが感情の昂ぶりにより力を引き出した様に、この男も激しい闘争により血の力を覚醒させたらしい。

 

「…………」

 

「…………」

 

 静かな間だった。互いに一歩も動かず、一言も喋らず。時を見計らう様に視線だけでけん制をし合う。俺は深呼吸をしながら、過去最大級に集中力を高める。気分はまるで、西部劇のガンマンだ。

 

 相手もギリギリなのである。次の攻防が正真正銘の最後になると判断するからこそ、機を読みあい。

 

「ぬぁああ!」

 

 彼は最後の最後までチャンピオンであった。自分から前に出て。後の先を狙う様な、挑戦者の顔色を窺う行為はしない。

 

 まるで腕力でねじ伏せてやるとばかりの荒々しい殴打。しかして練られた技術の粋。心技体が揃い、この男の人生が透ける様な見事な拳。

 

「うぉおお!!」

 

 俺も負けてはいられぬと前に踏み込んで、狼は驚愕に目を見開いた。拳が頬を削りながら逸れたのである。魔力防御。ここに来て纏鱗が俺の身を守った。

 

 即ち、剛活性への到達。拳には牙を帯び、身には鎧纏い、足は迅く。それは下地。本領はその強度だからこそ、闘気の本領を引きずり出す事が可能になる。

 

 だがメキョリと拳を胸にめり込ませ、体を大きく仰け反らせながらも、英雄は一歩も退かなかった。

 

「この戦いで進化をしたのか。すでに攻撃力だけなら俺に並ぶな!」

 

「だったらさっさと倒れやがれー!」

 

 こっちはもうとっくに足が動かない。既に意地で立っているだけだ。それは相手も同じなのか、ボカボカと子供の様に殴り合って。何発殴ったか。何発殴られたか。やがて意識が遠退いてきて、本当の本当にこれが最後だなと拳を振りかぶって。

 

「もう止めろよ! ツカサも父さんも死んじゃうよ!」

 

 目の前には月光色に髪を染めた少女が立ち塞がっていた。あるいはこの少女だけがこの戦いを止める権利を持ち。もうお父さんを殴らないでとその口で言われたら、俺はごめんねとしか言えない。

 

 拳を振り下げようとして、リュカの胸元に倒れこんだ。緊張が解けたか、まるで両脚が消え失せたかのようにズルズルと体が足元から崩れていく。

 

「ふざけるなー!?」

 

 最後に耳に聞こえたのは、そんな狼の遠吠えである。

 

 

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