ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

342 / 611
342 閑話 詩人はかくして筆を取る

 

 

「はぁ。見苦しい所を見せたねエーニイ」

 

「いえいえ、シャルラ様こそお疲れ様でした」

 

 外見が私と同い年くらいの女の子は、けれど領地経営という重責をたった一人で背負っていました。「うん、疲れた」そう言って机に突っ伏す姿からは、まるで抜け殻になってしまったかの様に生気を感じません。

 

 普段ならば侍女のトルシュさんが透かさず「はしたないですよ」と忠告をする所でしょう。でも今ばかりはお目こぼしがあるようで。そっとシャルラ様の後ろに控える女性の顔も、悲しさを堪える痛々しいものでした。

 

「ほっほ。シャルラ様、領主がそれではいけませぬよ。今なお状況は動いております、対策をしない事には悪化をしかねません」

 

「……そうだな。すまないベラート。ここが踏ん張り時なのだろうな」

 

 筆頭執事のベラートさんは、それでも動けと声を掛けます。すると頬に机の跡を残しながら、シャルラ様はゆっくりと顔を上げました。負けてなるものかと前を向く紫の瞳には、強い意志が宿り、それは美しい宝石の様に輝いています。

 

「エーニイは危ないから此処でゆっくりしていてくれ。トルシェ、ルーランを呼んで欲しい。後は店の代表も一緒に連れて来い。会議をしよう」

 

「かしこまりました」

 

 客間に一人取り残されて。どうしてこんな事にと、竪琴の弦を指で弾きます。静かな部屋にポロンと響く音は、町の喧騒に吸い込まれる様に消えて行きました。

 

 私エーニイは、貴族の皆様と一緒にシャルラ様主催のお茶会に招かれました。実質にはラルキルド領のお披露目も兼ねた交流会ですね。様々な種族が集い、独特な文化が残る町の景色にとても感動をしたのを鮮明に覚えています。

 

 あの日から6日が経ちました。私は現在、シャルラ様の食客として館に招かれております。きっかけは吟遊詩人の真似事をして街中で歌った事。僭越ながらも素晴らしいとお褒めを頂いたのです。

 

 商店街の一角で披露した芸は、とても住民の皆様に興味を持って頂けたようで。お茶会が終わった後に、名残惜しむ声やまだ聴いていないと引き留める声があったそうでした。

 

 最初は困ったものですが、シャルラ様がいつかまた来てくれるからと人々を窘める姿に心が痛みました。私は貴族でも無ければ吟遊詩人でも無いので、次を約束出来なかったのです。

 

 そこで私はラルキルド領に少しばかり残り、皆様に歌を届けたいなと考えました。伯爵は衣食住や帰りの足を約束してくれましたし、私も次回作の構想に悩んでいたので、得難い経験だと思っています。

 

「エーニイ、泣いてるの?」

 

「あ、ごめんね。皆頑張っていたから、少し悲しくて」

 

 窓から発光する塊がフワリと飛んで来ました。彼らは下級精霊というらしく、魔力の澄んだ場所に宿る、自我のある魔力だそうです。

 

 おいでとお茶請けの焼き菓子で手のひらに誘います。すると喜んで手の上に乗ってくれました。小さな口でポリポリと齧る姿は小動物の様でとても愛くるしいです。

 

「外は落ち着いたのかな?」

 

「うん。けどお客さんは宿に引き籠っちゃって通りはガラガラだよ……」

 

「そっか。お願い、人間を嫌いにならないで」

 

 ラルキルド領は、貴族の皆様にお披露目が済んだ後、いよいよ町の出入りを解禁したのです。いえ、これは正確ではありませんね。元から人間が訪れなかっただけです。

 

 正しくは、エルツィオーネ領とラルキルド領を結ぶ道の開通を発表しました。まだ工事は完全には終了していませんが、もう馬車が通れるので少しは需要があるのではないかと。外部との交流に慣れるには最初は客が少ない方が良いという発想だったようです。

 

 しかし、そこは利に目敏い商人達。少しでも近道になる可能性があるならばと、シャルラ様の予想を裏切り行列が出来ました。全員が寄ってくれる訳ではないのですが、それでも町には初めてと言える程大勢の人間が訪れます。

 

「僕らはツカサもルーランも、エーニイだって大好きだよ」

 

「ありがとう」

 

 町の皆は外の人間に好意的でした。ツカサくんやルーランさんが頑張って信用を築いていたからです。良く来てくれたね。ゆっくり休んで行って。出来る精一杯でもてなそうとしました。

 

 「釣りを間違えている、計算も出来ないのか」「安物しか無いじゃないか貧乏臭い」「不味い酒を飲ますのだから女くらいは用意しろ」

 

 しかし心の無い言葉も聞こえて来ます。色々な町を知っている商人や護衛の人には、どうしても劣っている部分が目に付くのでしょう。

 

 こちらは初めての経営、身内以外の初めての接客。流れ込んでくる人の勢いに、困惑し疲労します。そこに罵倒が飛んできては皆から笑顔が消えるのも仕方なくて。

 

 事件は私の目の前で起こりました。通りの様子を眺めながら、子供に強請られ演奏をしていた時の事です。お酒に酔った男性が、配膳をする人馬の女性の背に無理やり跨って。「魔族も金が欲しいんだな。やるからホラ走ってみろよ」そう馬鹿にしたのです。

 

 ラルキルド領の住民は怒りに狂い、男性を半殺しにしました。非があるのは明らかに向こうなのですが、他のお客さんにとっては魔族が暴力を振るったのも事実で。

 

 シャルラ様が騒ぎを聞きつけ止めてくれるまで、住民と護衛とで大喧嘩をしていました。きっとこの騒ぎは商人達の手で瞬く間に拡散されていく事でしょう。暗雲が立ち込める様な、なんとも前途多難な交流の幕開けでした。

 

「…………」

 

 私はどうにも顛末が気になり、隣の食堂から漏れる声に耳を傾けてしまいます。最初に暴力を振るった人豚さんが、申し訳ないと謝罪をしていました。けれどシャルラ様は逆に良くやったと褒めていて、自分なら殺していたと宣言をします。

 

 意外やルーランさんも異論は無い様子。店に家紋を掲げているのだから、貴族に喧嘩を売ったも同じ。明確な処罰対象だろうと。

 

「けど、殺してしまったらもう誰も来てくれなくなりますよ」

 

「舐められたら殺せだ。敬意を払わぬ相手に向ける慈悲は私には無いぞ」

 

「ご理解はしますが、特殊な経営体制です。せめて見せしめを上げ、周知を徹底させるくらいで許して頂けませんか」

 

 あまり私が聞いていい話でも無さそうでした。無意識にまた楽器を鳴らそうとして、その指を止めます。私が取るべきは、この竪琴では無いのではないでしょうか。

 

「レクシー。私がやりたい事、見つけたかも」

 

 この領に来たのは、ほんの興味程度だったのです。ツカサくんから頑張って町を立て直そうとするシャルラ様の存在を教えて貰いました。

 

 親友に魔族を書くなら聞きかじった程度の知識では駄目だと怒られて、確かにと反省をしていたら、何の縁か現地にお呼ばれまでしてしまい。

 

「今は知ってるもん」

 

 この6日間で沢山の場所で演奏をしました。色々な人と言葉を交わしました。下半身が蛇とか蜘蛛とか、怖い見た目の人もいるけれど、皆、私と同じささやかな日常を過ごしています。

 

 ラルキルド領は、様々な種族がお互いに助け合い、尊重しあって生きています。違う生活様式、違う文化、違う価値観。それを許せるのです。だからこそ、外の人達にも歩み寄る事が出来たのでしょう。

 

 この前、洞窟に住まう人蛇さんのお家に招かれました。年老いてもう碌に動けない大婆様に歌を聞かせて欲しいと頼まれたのです。その人は、毎朝南に向かい感謝の祈りを捧げているそうでした。

 

 南は元々、険しい山が在った場所で、更には魔王城の存在した古き故郷への方角だそうです。おばあ様は滅びてしまったその場所に向け、今日も生きていますと報告をするのだとか。

 

 逃げ遅れた仲間の為に。助けてくれた恩人の為に。繋いでくれた先祖の為に。

 そう聞いて私はやっと理解をしました。ここは魔族の隠れ里。歴史の表舞台から消された人たちが、息を潜めて生き永らえた土地なのだと。

 

 人間から見れば山奥の田舎で。でも彼らには楽園で。そんな大事な土地に、心を開き招いてくれたのだから。それがこんな結果なんて悲しすぎるじゃないですか。

 

 周知をしてもらう。知らないならば、知って欲しい。だったら書き綴ればいいじゃないですか。言葉は、互いの気持ちを伝える為にあるのですから。

 

 私は詩人だ、筆を取ろう。

 

「題名は、そう。ラルキルド領経営日記!」

 

 見ててねレクシー。私頑張るもん。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。