ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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344 エルフの長老

 

 

「ふぅー寒くなって来たな」

 

(そうなのか?)

 

「うん」

 

 見てよと、温度を感じないジグから共感を得るべく白い吐息を両手に吐き出す。ベルモアから帰って来てみれば、大森林では早くも冬の気配を感じさせていた。獣の国に滞在した2週間近くは、その大半を生死が掛かった極限状態で過ごしたので、季節にまで思考を割く余裕が無かったのだろう。

 

「よそ見してんじゃあ、ねーよ!」

 

「いや、お前なぁ」

 

 リュカがこっちを見ろと言わんばかりに木の棒で突きを放ってきた。右足を軸に半身になって避ければフォンと小気味良い風切り音が鳴り、その鋭い攻撃はすっかり色づいた落ち葉を綺麗に貫いている。当たったら痛そう。

 

 現在は朝練中になるのだろうか。こうも寒いとやる気まで冷え込むのだけど、元気いっぱいの狼少女はジグルベインよりも早く起こしに来て、問答無用で俺を外に引っ張り出したのだ。

 

 目覚めにせめて温かい珈琲くらい飲みたい所であった。まぁそれだけ一緒の鍛錬を楽しみにしていてくれたのだろう。怪我を知っているリュカは遠慮してくれていた訳だが、完治を知った途端にこれである。

 

「まだまだ行くぜー!」

 

「準備運動くらいさせてよぉ」

 

 まだ活性にも至っていないが魔力を手にした狼少女。元より高かった身体能力に拍車が掛かり、力強い踏み込みは足元の土や落ち葉を巻き上げる。低い姿勢から飛び出す姿は獣のようで、その戦闘スタイルも本能に従う喧嘩殺法だ。

 

 振り回す棒からの攻撃の合間には拳や蹴りが織り交ぜられていた。それをヒョヒョイと防ぎながら、改めてリュカのセンスの良さを感じ取る。動きの根底に獣闘士の自由さが見えたのだ。きっと親分や母親に技を習ったのであろう。この少女にも獣人の牙はしっかり受け継がれているのだなと実感をする。

 

「ああ、やっと温まって来た」

 

 ついでに目も醒めた。じゃあこっちも本気を出すかと身体の芯へと力を込めて。バチバチと急激に増える魔力の流量。活性を超え大活性にまで拡張し。まだまだ。大事なのは密度だ。霊脈に流れる魔力の濃さだけで纏が可能なくらいにまで圧縮をしろ。

 

「うおおぉお」

 

「へっ!?」

 

 リュカから間抜けな声が漏れた。気張る俺の肩口に向けて隙ありと棒を振り下ろしたのである。さながら変身シーンに攻撃するかの様な蛮行だ。しかし濃縮された魔力により生まれた防御膜は逆に木の棒を粉砕していた。

 

「これが剛活性であーる。じゃあ次こっちの番な」

 

「ち、ちょっと待った。武器が折れ……ぎゃー!!」

 

(カカカ。駄犬め、勝負に待ったがあるか)

 

 その通りだね。リュカには悪いがこちらも鍛錬なので剛活性の試運転に付き合って貰った。少女がもう無理とへばる頃にはジトリと肌を伝う水気を感じる。呼吸を整えながら身体強化を解けば等身大の自分に早戻り。その落差は重力さえも重くなった様な気がした。

 

「でも、ちゃんと強くなってるな俺」

 

「オレはむしろ自信を失ったよ」

 

 獣闘士との戦いは無駄では無かったと手を握り込む。すると超人への入り口に立ったリュカは、全てが遠いと嘆いていた。果たしてその瞳が目指すのは誰の背中なのやら。知らぬ振りをしながら、頑張ろうぜと声を掛けた。

 

「そろそろご飯にしよう。動いたらお腹空いちゃったよ」

 

「おう、そうだな。ごはん、ごはん~!!」

 

 

「ねえイグニス。正直に言って欲しいんだけどさぁ、まだ怒ってる?」

 

「突然どうしたんだい。私は何もしていないだろう」

 

 俺はウフフと笑いながら、そうかなと答えると、魔女はアハハと笑いながら、そうさと言った。赤髪の少女は朝食のパンを千切りながら、私は何も知りませんという顔で食事を進めていく。

 

「なんだよツカサ。食わないのか?」

 

「あ、うん。いや……」

 

 一方リュカは蜘蛛の足を掴みながら豪快に身を齧っていた。端正な顔からは想像できない野性的な食べ方である。ゲテモノをガツガツと食らう姿はこちらの食欲が消え失せる程であった。

 

 そう。食卓には虫が並んでいる。きっと駆除で大量に仕留めるせいだろう。スタンピードの影響で魔獣が少ない今のこの森では肉が貴重なのである。それはそれとして、さながらタラバガニの様に盛られた蜘蛛は外見が強すぎる。

 

 机には他にも炒られたバッタや、何かの幼虫などが並んでいて。その中、自分だけ野菜や果物と普通の食事を食べるイグニスを疑うのは俺の心が汚れているのだろうか。

 

「ああ、イグニスは虫が苦手らしくてな。パンと野菜だけでいいそうだ。今はこんな物しかなくてすまない」

 

「いえそんな。嬉しいです」

 

(儂ならちゃぶ台返しをして料理人を殺す)

 

 俺には出来ねえ。イグニスの皿を見ながら俺もそっちがいいなぁとは思うが、せっかく作ってくれた料理を無碍になど扱えず、恐る恐るに蜘蛛の足を握る。

 

 ええい。初めてではないのだ。獣人の村でもラルキルド領でも俺は食べてきたではないか。そう自分を励まして、目を瞑りながら頬張った。

 

「こ、これは!」

 

 プリップリやんけ。下味で付けられた仄かな塩味と、歯触りの良い繊維の解れる感触。まるで蟹シャブでも食べているようであった。まぁ風味は蟹とは程遠いが、どこかナッツのような香ばしさが口に広がる。これはこれでアリだ。……蜘蛛でなければ。

 

「ツカサ、食事が終わったら汗を流して来なさい。シシアの所に行くんだろ」

 

「あーそうだね。ちょっと時間頂戴」

 

「おや、長老様に会いに行くのか。じゃあ私が伝えてこよう」

 

 虫料理の美味しさに複雑な感情を抱いていると、イグニスから偉い人に会うのだから身なりを整えろと忠告をされた。これは礼服を出す必要があるだろうか。エルフの文化は知らないが、まずは自分達の文化で相手に敬意を払わなければね。

 

 そして先触れはセレシエさんが行ってくれるという。それというのも、シシアさんはこの町にある彼女の実家に逗留しているそうなのだ。

 

「あれ、なんでセレシエさんの実家に?」

 

「私の家系はこの町の代表だからね。親はラメールに行っていたんだが、君が居ない間に帰って来ている。勇者一行の話も聞いたよ」

 

 キトとの戦いや特異点の破壊の事でお礼を言われた。食料不足の中でも俺たちを快く迎えてくれるのは勇者一行としての功績が大きいのだろう。フィーネちゃんは離れていても俺を助けてくれるのだなとベルモアの件も含めて感謝をする。いっそうに彼女に恥ずかしくない生き方を心掛けねば。

 

「よっしゃ、ツカサ風呂入ろうぜー」

 

「……い、いいの!?」

 

「いいわけあるか!」

 

 狼少女は魔女に捕まって淑女のなんたるかを説かれていた。混浴は親子でも5歳までだそうだ。そういえばリュカは13歳らしい。俺はふむと頷き、こちらは構わない旨を伝えると、イグニスは何か言ったかと、虫料理にすら向けなかった嫌悪の視線で睨まれた。ちぇ。

 

 

 まぁそんな事をしながら、俺達は長老ことシシアさんの元へ訪れる準備をした。俺はお姫様に貰った礼服を着て、イグニスは黒いワンピース姿だ。狼少女も行くと騒いだが無関係のアイツは当然お留守番である。

 

「イグニス、今日は危険物は持って、いや仕掛けていないだろうな」

 

「やだなあセレシエ。脅しで一発爆発させただけだろう、それも空き地だった」

 

「それでも大騒ぎだったよ!」

 

 魔女が昨日言っていた爆弾発言は、どうやら誇張ではなく本当に実行した事らしい。シシアさんはよく再び会おうと考えたものだ。

 

 駝鳥の牽く馬車に乗り、コトコトと運ばれて来たのは、町の中央付近になるのだろうか。ここだとエルフは馬車を止めて、ついて来なさいと案内をしてくれる。

 

「シシア様、勇者一行をお連れしました」

 

「応、通してくれや」

 

 そうして開かれる扉。奥には揺り椅子に浅く腰掛ける男性の姿あり。俺はおやと、この人が本当にシシアさんなのか疑問に思った。

 

 

 

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