ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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347 世界樹のもとへ

 

 

 シシアさん達と行動を共にして、もう6日が経った。荷車を牽いているのでペースが遅いとは言え、まだ目的地には到着していない。同じ森の中と油断したが想像以上の広さのようだ。ここが大森林と呼ばれる由縁を思い知った心地である。

 

 今向かっているのは世界樹があるというシシアさんの隠れ里。送るという名目で遊びに行かせて貰う事になっている。どうやら魔族やら妖精等、沢山の種族を匿っているようで、あの赤鬼もが滞在をしていた場所の様だ。

 

「どれだけ深いんだろうね、この森」

 

「これでまだ半分にも到達してないからね。けど、目的地はもうすぐだよ」

 

 御者台に座り、頬杖を突きながらトロトロと進んでいた。セレシエさんの先行もあり道中は平和なものだ。思わずまだ着かないのかなと愚痴が漏れると、何故かイグニスがもうすぐだと答えてくれる。目的地も知らないはずなのに何を根拠に言うのだろうか。

 

「どうして分かるのさ?」

 

「いや、どうって。もう世界樹が見えているじゃないか」

 

(で、あるな)

 

 魔女が呆れた声で言いながら、肩越しにホラと指を突き出した。そんな馬鹿なと思いつつ、少女が示す先を目で追うと、葉の天幕の隙間から、まるで天に届くと思う程に巨大な樹の存在に気付く。俺はホアッと間抜けな声を上げながら、見間違いでは無いかと目を擦った。

 

「カッカ。認識阻害の魔法だよ。こっちの嬢ちゃんが昨晩から調子悪いのは、感覚が敏感過ぎんだい」

 

「今は呪術と呼ばれる魔法体系だね。ほら、デルグラッド城にも似たようなものがあっただろう」

 

 言われ頷く。確かに廃城には隠匿のまじないという魔法が刻まれていた。意識からの除外という簡単な隠匿効果と聴いているけれど、世界樹もなんと魔法を使い隠していたのである。

 

(というか、魔法を使わんと隠せんわな)

 

「まぁそうか」

 

 ジグルベインの呟きに同意だ。遠目からでは山の輪郭にしか見えないソレは、あまりにも巨大すぎるのである。たぶんスカイツリーより全然大きい。木を隠すなら森の中というが、どうだ。世界樹と比べたら、普通の木がまるで雑草の様ではないか。

 

 俺はラウトゥーラの森でも馬鹿げた大きさの樹木を見てきた。枝の上を大人が歩ける高さ100メートル越えの木々。更にその倍ある人面樹。だが、この樹は。そのどれとも比較にならない程に太くて高い。眺めていると、まるで名前の通りに世界を支えているのではと感じてしまう。

 

 物理的に隠すのは不可能。魔法でだってこれだけ巨大ならば完璧とはいくまい。つまり大森林とは存在自体が世界樹から人を遠ざける防護森なのである。俺は天を衝く樹を見ながら、様々なスケールの大きさに呆れるばかりだった。

 

「この気持ち悪いのは……あそこに行けば収まるのか?」

 

「おお。結界があるのは付近の森だけだ。麓まで行けば落ち着くだろうよ」

 

 悪心に苦しむリュカがシシアさんに背中を撫でて貰っていた。その様子だけ見ると、まるで孫と祖父のようだ。ここ数日接して分かったが、シシアさんはとても落ち着いて優しい人である。その人柄を表すようにセレシエさんが、ひいてはエルフが長老と慕っているのだろう。

 

「イグニス、魔法が原因だと近づいたらリュカはもっと酷い事にならない?」

 

「軽い乗り物酔いみたいなものだよ。まぁ薬では効果が薄いから放置しているわけだが」

 

 魔女も暇なのもので、俺の背に張り付く様にして呪術というものを語る。曰く、魔力で霊脈の調子を狂わせるものだそうだ。どうにもピンと来ない例えなのだけど、身体強化を暴走させるイメージと聞いて、なんとなく理解をする。

 

 つまり五感が狂わされる様なものだ。現在のリュカは無意識に微弱な魔力が体を奔り、その影響で感覚が合わずに酔っているのだろう。

 

「そうだね。体感からすると、この術式は地面に意識を向けさせるものだ」

 

 下に注意を向ける事で、上の世界樹から目を逸らさせているとの事。そんな事が可能なのかと思ったが、いままで俺は何気なく地面を蹴る駝鳥の足を眺めていて、言われるまで世界樹の存在に気付けなかったのだった。

 

 イグニスはそろそろ外気も理解出来る頃だろうと言って、実際に感じてみろと無茶振りをしてくる。大事なのはリラックスだよ。耳元で囁きながら、肩と首を揉み揉みされた。はぅん、やめて。そこは弱いの。

 

「あ」

 

(感じたか)

 

 静かに頷く。地面がまるで胎動でもしている様に、ズンズンと重い魔力の波がある。気付いてしまえば、それはもはや大地の気配といっても言いだろう。これがシシアさんの施した術式であるのだ。

 

「基本は風の流動と火の膨張だ。不思議なものでね、人は魔力使いで無くても無意識で魔力を把握しているんだよ」

 

「へぇ。それで意識を下に取られていたのか。魔法って本当に色んな事が出来るんだね」

 

「まさに先達の研鑽と努力の積み重ねさ。特にエルフは地脈を使った魔法が得意なんだけどね」

 

 色々勉強するといいとイグニス先生はニヤリと笑った。久しぶりに授業が出来て嬉しいのだろう。頑張りますと生返事をする俺なのだが、偶々。そう、本当に偶々、俺の視線は少女の目から首元に下がった。

 

 魔女は御者台に座る俺と話す為に、かなり前のめりになっていて。服装は胸元が緩いわけではないがワンピース。そして何より彼女は貧乳だった。結果、白い胸帯とささやかな谷間がバッチリ見えてしまったのである。

 

「なんで突然蹲るんだい?」

 

「いや、問題無い」

 

(なるほど、下半身が剛活性してしまったのだな)

 

 その言い方は止めろジグ。しかしここぞとばかりに凝視していた為に、イグニスにも胸元を覗き込んでいたのが発覚した。少女は飛び退き、両腕で胸を隠しながら「このケダモノ」と非難する。

 

「どうした、一体何事だ!?」

 

 魔獣が現れたと勘違いし駆け付けたセレシエさん。俺の活性の件が知れるや「ツカサも男の子だものな」と、それは生暖かい視線を向けてきて。これならいっそ責められた方が楽だった。顔を上げるのも恥ずかしくなり、しばらく地面と睨めっこをしていた。

 

「くそう呪術めぇ」

 

「酷え言い掛かりがあったもんだな。俺が悪いみたいに言わないでくれ」

 

(カカカのカ)

 

 

 そんなこんなで特に何事も無く世界樹の麓にまで到着をした。大森林は広大と言えど、エルフの土地。道中の森は丁寧に間引きをされ、何処でも木漏れ日が差し込む心地よい空間であった。

 

 だが目的地に近づくに連れ、まるで頭上に暗雲が立ち込めたかの様に日が途切れ、闇が深さを増していく。変わりの無い景色のはずなのに、静かな森は夜に迷い込んだかの如く不気味さを放っていた。

 

「こっちだ」

 

 流石にセレシエさんは慣れたものか、ランタンを掲げながら戸惑う事なく進んで行った。

逸れぬように少し速足でボコを歩かせて。どれだけ時間が経っただろう。気付けば絶壁に阻まれ、道がそこで途絶えていた。

 

 よもや道を違えたのだろうか。そう感じたのは魔女も同様だったようで、オイと馬車の中の老エルフへ疑問を投げ掛ける。

 

「合ってるよ。黙って見てな」

 

(なんじゃ、そういう事か)

 

 一足先に魔王が答えに辿り着いたらしい。そして俺もおやと首を捻る。気配に敏感なシュトラオスが怯えているのだ。どうしたのだと、御者台から飛び降り頭を撫でてあげると、セレシエさんは賢い子だなと褒めてくれた。

 

「おいデンドロン、シシア様がお戻りだ。道を開けてくれ」

 

「ん……なんだセレシエじゃないか。随分大きくなったね」

 

「「ええ……」」

 

 魔女と困惑する声が被った。珍しい事もあるものだ。けれどもしょうがないだろう。だって、木がヨッコラショとまるでおっさんの様な掛け声で立ち上がるのだもの。

 

 はいどうぞと丁寧に道を譲られ、俺はどうもと会釈をした。なんと彼が座っていた場所の下には、馬車も通れそうな大穴が隠れていたのである。覗き込んであらびっくり、奥には明るい空間が見えるではないか。こんな仕掛けに一体誰が気付けるだろう。

 

「そういう事ねー」

 

「カッカ。そういうこった。ようこそ我らの隠れ家へ」

 

 

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