ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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348 シシアの隠れ里

 

 

 俺は隠し通路の先に広がる光景を見て、その迫力におおと声が漏れた。やはり圧倒的な存在感を放つのは世界樹だろう。遠目からでも確認出来た超巨大樹は、根本から見ると、もはや天まで続く壁の如しであった。

 

 その頂を見るには首を伸ばしただけでは足りず、背を目一杯反らしても、まだ足りない。そんな化け物の様な大樹に寄り添う形で、小さなこの里は存在している。建物の数は、おおよそ30棟程。シシアさん以外にもエルフが住んでいるのが伺える。

 

 ここは世界樹の根の間に作られたようだ。深呼吸をすれば、肺は苔むす樹皮の緑の匂いで一杯になって、なんとも清々しい気分である。肥えた大地はやはり栄養も多いのか、至る所で作物が育てられていて、生える雑草を齧る家畜の姿も見受けられた。

 

「素敵な場所だ」

 

「よせやい。ただの辺境さ」

 

 シシアさんは馬車から飛び降りると、家に案内すると言って先導してくれた。折角なので俺も御者台を降りてボコの(くつわ)を引くことにする。風景を目に収めながら歩いていると、スゥーと何かが前を横切った。

 

「あ、なんか光ってる」

 

 一見では蛍の様に発光する飛行体であった。どうやら複数居たようで、緑や茶色と様々な色が確認出来る。眺めているととても綺麗だ。あれはラルキルド領でも見た浮遊霊の種族だろうか。

 

「精霊だね。君もウィンデーネを見ただろう。彼らは存在的にはアレと同じ、意思のある魔力なのさ」

 

「へぇー。不思議なもんだ」

 

「そうか、勇者一行は水精に会ったんだな。タルグルント湖には世界樹から零れた魔力が流れ込んでいるんだ」

 

 老エルフの話を聞き、馬車の中のイグニスはなるほどと唸った。確かにあの湖はエルフ領の中にあったはずだ。するとこの場所は聖地の源流とも言えるのだろう。その事実に納得出来るくらい、ここの空気には魔力が漲っている。

 

「ふぅん」

 

(あ、お前さんそれは)

 

 俺は道の脇に生えていた樹木のコブを何気なしに撫でたのだ。すると木がビクンと飛び上がり、予想外の反応にこちらまでギャアと飛び跳ねた。

 

「んもう、いきなりそんな所を撫でるなんて大胆ね」

 

「ご、ごめんなさい」

 

「ああ、すまない。彼らはシシア様の客人だ」

 

 セレシエさんが間に入ってくれて助かった。曰く、彼らは人木(トレント)という魔族であり、木に擬態するも一応は人なのだとか。

 

 手に残る感触は、まさに樹皮を触ったものなのだけど。彼と言われて、はて俺はどこを触ったのだろうと疑問が沸く。しかし答えを聞くのが怖くて、どうにも言い出せなかった。

 

「ここだ。嬢ちゃんを奥に寝かしてやんな」

 

 そうこうする間に家に着いたらしい。長老という身分にしては手狭な木造の平屋だ。俺は頷き、酔いに苦しむリュカを抱え上げた。

 

 留守にしていた家は芯から冷え込んでいて、シシアさんは暖が欲しいと囲炉裏に火を付ける。セレシエさんが馬と駝鳥を厩舎に移してくれているようで、手空きの魔女は俺の後ろから部屋を眺めていた。

 

「へぇ中はシュバールの草原の民風か。でも土足でいいんだよな?」

 

「ああ構わない。尻は敷物の上に適当に降ろせ」

 

 家主の許可もあり、イグニスは板張りの上をブーツでずかずかと進む。俺も倣い続いて、狼少女を囲炉裏の傍にそっと寝かせた。里の中は呪術の影響がないので、直に調子も良くなるだろう。そう考えていたら、早速リュカのお腹は元気にぐぅーと音を立てていた。

 

「すんすん。獣の匂いがする。なぁ、外の奴掻っ捌いて食っていいか?」

 

「ありゃあ乳用だ。食いやがったらてめぇを明日の晩飯にしてやるぞ」

 

 狼少女は撃沈した。中世的な顔立ちだけあり、物憂げな顔はとても様になる。それはそれとして発言が最低だった。まぁ気持ちも分かる。森はキトのせいで本当に獣が少なくて、誰しもが肉に焦がれているのである。

 

「心配しなくても食わせてやるよ。キトが滞在中、毎日の様にデカい魔獣を狩って来たからな。在庫がかなりあるのさ」

 

「やった!」

 

 言ってみるものだと喜ぶリュカ。その発言は外にまで聞こえていたのか、窓越しに見えるセレシエさんまでもがやったと反応していた。

 

 

「さて、何から話したもんかねぇ。まぁせっかくここまで来たんだ、世界樹の話からにしようか」 

 

 囲炉裏を囲みながら、皆で肉の串焼きを堪能していた。腹もそろそろ膨れたかなというタイミングを見計らい、いよいよシシアさんは話を切り出す。

 

「エルツィオーネは世界樹について何処まで知っている?」

 

「ウチには文献が残っているから、人より知識はあると思うがね」

 

 魔女は答える。魔力を生む樹。そして千年樹とも呼ばれ、千年に一度だけ花を咲かす。そしてエルフとは、この樹を育てる為に長生きする進化を遂げた種族であると。だが、いつものハキハキした態度は何処へやら、言い辛い事があるように少し口籠る。

 

「最大の特徴は、世界を跨ぐこと。魔力を生み出すのは霊的世界にすら干渉出来るからだ」

 

「本当に詳しいな。だが事実だ。実が弾け、種が飛ぶも、その種はこの世界に落ちて来ないらしい」

 

 ベルモアの隕石跡は、別世界のその場所に在ったからなのだろうとシシアさんは説明して。俺は思わず待ったと声を掛けていた。

 

 ジグルベインは言った。世界樹に始獣は付いて来たと。俺はてっきり宇宙から飛来したのだと思ったが、この話ではまるで異世界転移ではないか。

 

「そう言ったんだぜ。エルツィオーネの爺が世界樹を燃やした理由もそれだ。もし原初の敵がまた種に紛れ込めば、被害は世界を超えて増えていく事になるってな」

 

「イグニス……」

 

 その時、赤髪の少女は俺から目を伏せた。リュカやセレシエさんは、俺が怒っている理由に気付けないが、彼女だけは気付いているはずだった。前例はとっくにあったんじゃないか。

 

(たわけ。それを責めるな。地球への帰り方ではないのだから、お前さんに期待させるだけじゃろう)

 

「隠していた事は謝るよ。ついでに告白すれば、君は平行世界から来た可能性もある。地球に魔力が無いならば、基点は……」

 

 魔女が小声で耳打ちしてくる。つまりこの星は、世界樹が飛来し、魔力が存在する様になった地球だと。イグニスの推察は、ベルモアで俺が感じた違和感を溶かし、すぅと胸に馴染んだ。

 

「自由の女神でもあれば一目瞭然なんだけどなぁ」

 

(カカカ。そこはせめて富士山辺りの自然物じゃろ。まぁ大陸の位置からして大分ズレてるから在るか知らんが)

 

 平行世界。この星は俺が思っていたよりもずっと近く、そして遠い場所だった。思えばジグルベインが最初に迷い込めたのだ。そういう可能性も考慮するべきではないか。俺は姿勢を崩し、はぁ~と長い長い溜息を吐いた。旅路は長くなりそうだ。

 

「話、続けてもいいか?」

 

「あ、すみません。どうぞどうぞ」

 

 次にシシアさんが語ったのは世界樹の重要性である。無限に魔力を生み出す樹木は、どんな霊脈の一等地を抑えるよりも価値があると説く。

 

「こういう言い方はあれだが、六人も魔王が居て、なんで人類が存続出来ていると思う?」

 

「それは……」

 

 イグニスが口を開き言い淀む。魔王軍の幹部一人が見せた戦闘力。魔王軍が本気で動くならば、人間の国の一つや二つは簡単に落ちてしまう事だろう。歴史を振り返っても上手い答えが出てこなかったのではないか。

 

(魔王は……)

 

「俺もジグルベイン様に聞いただけだが。魔王の領域に到達した者は世界浸食能力を持つからこそ、大魔王の存在に勘付くそうだ」

 

 だからこそ優れた土地に陣取り地盤を固めるのだ。何故ならば魔王の魔力も無限では無い。奴らはジグルベインが人間を敵視していなかった様に、最初から上位存在と戦う為の準備に忙しいのである。

 

 そこでイグニスがスッと手を伸ばして老エルフの言葉を遮った。俺は話の合間に、次の串を頂こうと囲炉裏に手を伸ばすがリュカに食い尽くされていた。殴った。

 

「だいぶ刺激的な話だな。最初に世界を書き換えた者を警戒するのは正しいし、人間も考えないといけないのだと思う」

 

 その上でだと、魔女は赤い瞳をカッと見開いて、魔王軍を名乗るエルフに吠える。

 

「魔王が勝てば、次の大魔王はソイツだろう。そこに寄りによってジグルベインを推すとか正気か?」

 

「…………んん」

 

(どうした、シシアー。そこは大きな声で答えてやれー? カカカ)

 

「確かに屑さ。でも、あんなどうしようもない糞野郎でも恩があるし、うちらの大将だったんだよ……」

 

 一層老け込んだ顔で苦々と告げる男に、俺は耳打ちをした。ジグに全部聞こえてますよと。シシアさんは取り繕う笑顔で今の無しと撤回を求めるが、残念。魔王に待ったは搭載されていない。

 

(次に変身した時にはDDTじゃ、覚えとけ)

 

 

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