ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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349 質問タイム

 

 

「可能性があるとするならば、やはり始獣か?」

 

 顎に手を当てた魔女が、誰に言うでもなくポツリと呟いた。長話に飽き気味だったリュカは知る単語に反応をしたのだろう。欠伸で大きく口を開きながら、あの化け物がどうしたと聞く。

 

「これ、アリスの話? アイツ結局何なんだ?」

 

「そうか。君らは実物を見てきたのだったね。私が知る限り、世界で確認されている始獣は3体居る。どれもこの星に来た時期はバラバラだ」

 

 時期のバラツキは世界樹の種が散るタイミングなのだろう。1000年に一度で、しかも限りなき平行世界に飛ぶのであれば、むしろ3回も来た事に驚くべきだ。俺はほほうと相槌を打ちながら、イグニスに続きを促した。

 

「その内の1匹は太古に来た。それが魔族や魔獣の始祖になるわけだが」

 

 死なずの怪物は人類が登場するまでに、あらゆる進化を繰り返し、もはや絶望的なまでの強大な存在に成っていたという。

 

 俺は蛇馬魚鬼の姿を思い出して苦い顔をした。アレが野に放たれたならば、そうなるのは時間の問題だと思うからだ。

 

 その点ベルモアは上手く管理をしている。月に一度殺すのであれば、俺が見た個体は常に生後一か月。進化を抑えると共に無駄な知恵を付けさせないのである。

 

「同時に初代の魔王なんだ。世界法則の塗り替えは、奴の環境適応能力が生み出した最悪の結果だね」

 

 なるほど、それは世界の敵だ。始獣はただの強い魔獣から、明確な侵略者に進化をしてしまったと。それから長い年月を掛けて、やっと討伐したのが初代勇者なのだという。

 

 説明好きの魔女は舌が調子に乗って来たか、ちなみにと指を立てて教えてくれた。

 初代勇者一行のパーティーこそ、今は三柱と信仰されるマーレ、ダングス、フェヌアその人らしい。

 

 壮大な話だ。勇者一行の意思は現在にも続き、特に勇者の力は我らがフィーネちゃんに宿っているのである。そしてもう一つ理解をする。フェヌアさんって絶対に武闘家だったよね。

 

「大魔王の正体が始獣。それには同意する。過去のアイツは原点で頂点だ。それに人類史以降ならば、何かしら記録が残っていてもおかしくないからな」

 

 隙はそこしか無いが証明するような物はエルフにも残っていないと、シシアさんは隻腕で肩を竦めた。だが大魔王が存在するならば、どの様に世界規模で法則を塗り替え、今は何処にいるのか。ジグルベインの侵略はそれを明らかにする為のものだったと言う。

 

(まぁそうなるな。ふふん、見直したかお前さん)

 

「つまりジグは、世界を正そうとしていた?」

 

「いや、大将がそこまで考えるか。裏で踏ん反り返っている奴が気に食わなかっただけだ」

 

「そうだぞ。混沌の能力が伝承通りならば、アイツが天下を取れば世界は最悪な事になる」

 

(言うなー!)

 

 ふぅんとジグを眺めると、魔王様は俺の視線から逃れる様に床に沈んでいった。俺たちの茶番を脇目に、イグニスはシシアさんの言葉から何かを読み取ったようで。なるほどとジグの居ない天井を。いや、これはその先を見据えているのだろうか。

 

「混沌軍が探していたのは、残りの世界樹だな?」

 

「ご名答。魔大陸のエルフ里にあった1本。ベルモアから奪い、ここにある一本。始獣の数と合わせるならば、世界の何処かにまだあるはずだ」

 

 それこそが初代魔王が乗って来た種。太古から星に魔力を供給し続けた最大級の世界樹。何より大魔王の本丸だと老エルフは断言をした。

 

 ほえーと感心をする余所で、魔女は梅干しでも食べたかの様な酸っぱい顔をしている。どうしたのと聞けば、この情報はシエルさんでもジグルベインでも知っていたはずと愚痴った。確かに大事な情報を隠しすぎな二人だね。

 

 まぁジグは分かる。俺を危険から遠ざけようとしていたのだ。大魔王などに関わって欲しく無かったのだ。子供の手を引くような魔王の親心に、ふっと表情が緩んだ。

 

「俺が教えてやれるのは、このくらいかね。他に質問は」

 

 シシアさんが俺たちを片目で見渡すと、ずっと黙って聞いていたセレシエさんがスッと手を挙げる。私が聞いてもいいのだろうかと不安気な表情であるが、老エルフはどうしたと優しく声を掛けていた。

 

「詳しく事情を知らないのですが、シエル様は世界樹を破棄しようとしたのですよね?何故その様な暴挙に……」

 

「ああ、それが決定的な別れになったな」

 

 シエルさんは世界樹を重荷と見なした。狙われるし、逃げられない。だからこそ、拘らないように破壊しようとしたそうだ。若い頃のシシアさんとエルフの一族は、それはとんでもない事だと拒絶したそうな。

 

「シュバールに特異点が出来たせいで敵対関係は有耶無耶になったが、今になって思えば、あの時正しかったのは母さんだな」

 

「そんな……シシア様は立派に我々を導いて下さりました!」

 

「ただの偶然だよ。それにキトから聞いた。あの人は戦争後に、随分後片付けに走ったそうだ。間接的に敵を減らしてくれていたのさ」

 

 果たしてエルフを守ったのはどちらだろうね。シシアさんはそう言い、過ぎた年月を後悔するように囲炉裏の火を見つめた。若いエルフの前でも恰好をつける事なく、昔の自分は意固地で間違っていたと漏らす。

 

 尊敬する人が見せる懺悔の姿。質問をしたセレシエさんは、失言をしたとキュッと形の良い唇を噛みこんだ。

 

「いや、いいのさ。今はラルキルド領に居るんだって? ディルスさんの娘が治めてるってんなら丁度いい。今度顔でも出してみるさ」

 

「その時は、是非ご一緒させて下さい!」

 

「それはいいですね……」

 

 流石は精神年齢が外見の種族。シシアさんはこちらから歩み寄って見ると、くしゃりと顔を歪ませる。そこでギュッとズボンの裾を握られたのに気が付いた。親との縁を修復しようとする姿に、家出したばかりの狼少女が反応がしたらしい。きっと無意識なのだろう。

 

「眠かったら寝ちゃいな」

 

「……うん」

 

 リュカは既に半分夢の中だった。夜も更けたが、お腹一杯になった後の難しい話はきつかったようだ。少女はコテリと敷物に倒れる。お子様だなと頭を撫でると、その髪はなんともべた付いていた。そういえば風呂に入って無かったか。

 

「私からも一つ聞きたい。その、なんだ。世界樹の魔力を使えば、異世界に飛ぶ事は可能だと思うか?」

 

「なんだそりゃ。始獣みたいに種に飛び付こうってなら、何処に飛ぶかは知れないだろう」

 

「やはりそうだよな」

 

 シシアさんは世界樹はあくまで地脈より大きな魔力源だと説明する。使い方は人次第だけど、だからこそ魔法の腕と知識が問われるようだ。正攻法で帰るには時空間魔法を完成させる必要があるのだろう。

 

「そうだね。魔力は万能だけど、それを扱う人間は万能では無い。実力不足が悔しいよ」

 

「カッカ。同じ魔法使いとして耳が痛いね。ん……大きな魔力と言えば、そろそろアレが近いか」

 

(話終わったかの?)

 

 シシアさんが何か言おうとした所で囲炉裏から生首が生えてきた。俺にしか見えない幽霊の登場に、密かに小便を漏らしそうになる。なんだジグかと暴れる心臓を宥めていたら、ふと道中の事を思い出した。ちょうど質問タイムをしてくれているので、便乗しハイと手を挙げる。

 

「シシアさんは、ヴァニタスを知ってますか?」

 

「あるのか!? しまった、そいつはいけねえ!」

 

 瞬間、老エルフは驚きに目を見開き、飛び掛かろうとでもしたか腰を浮かせていた。彼はふぅーと深呼吸をしながら、漆喰のような黒い髪を雑に掻き混ぜる。

 

「そうか。一緒に戻ってきちまったか。いいかツカサ、ここに居る間は取り出すな。名前も二度と口にするな。妖精にバレたら森の奥に浚われて早く殺せと懇願するような責め苦を味あわされるだろうや」

 

「なにそれ怖い」

 

(ほれー儂の忠告通りじゃろ)

 

 偉そうに言うが、この魔王は何をしたのか。虚無剣はシエルさんが失われた秘宝と称したように、本来ジグルベインの死と共にこの世から消滅した物体。しかし何の因果か、いま虚無は俺の手の内にあった。

 

 

 

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