ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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350 フェアリーラプソディー

 

 

「うはは、楽しいなコレ!」

 

「おい、遊んでないで手伝えよ」

 

 リュカは大きなキノコをトランポリンのようにしてバスバスと飛び跳ねていた。無邪気な笑顔で遊ぶ様は微笑ましくあるのだが、キノコの笠が揺れるたびに黄色い胞子が散るのでややウザい。なので働けと促すと、魔王と魔女は同時に反応をした。

 

(お前さんが最初にやった癖に)

 

「どの口で言うんだ。君も手を動かせ」

 

「はーい」

 

 でも乗れそうなキノコがあったらそりゃ乗るよね。俺は気を取り直し、しゃがみ込んで山菜を探す。昨日は貴重な肉を分けて貰ったので、お返しにシシアさん達へ昼食を振る舞おうと思うのだ。

 

 ちなみに天ぷらを作る。話を通せば、シシアさんとセレシエさんが野菜を提供してくれるらしい。なので俺達は町の中で食材集めという訳だ。

 

「よし、だいぶ集まったね。これだけあれば十分だろう」

 

「そうだね。こういう時はイグニスが居ると心強いよ」

 

「ふふん。もっと褒めるといい」

 

 籠にはキノコを含め、どっさりと食べられる野草が積まれている。旅をしていると野草にはそれなりに詳しくなるけれど、それでも半分も名前を答えられないものばかりだ。肝心の味はどうかと疑問に思うが、食べてみてのお楽しみにしよう。

 

「あれ、リュカは何処行ったんだろ?」

 

「さぁ」

 

(上じゃ)

 

 上と聞きと視線を持ち上げる。そこには世界樹によじ登り、高所から手を振る狼少女の姿があった。耳を澄ませば聞こえてくるのは「助けて」との声。どうやら高い位置まで登り過ぎて降りるのが怖くなったらしい。子猫かよ。

 

「じゃあ戻ろうかイグニス」

 

「……ああ。山菜を食べるの楽しみだな」

 

「待てよ、聞こえてるんだろ! なぁ!」

 

 身体強化を使えば降りられるさ。リュカの集めた具材を担ぎ、俺たちはシシアさんの家へと先に戻った。おかえりと迎えてくれるのは桜色の髪をしたエルフ。畑で収穫したばかりの瑞々しい野菜を抱えている。

 

 それはいいのだけれど、どうしてこんな事にと、セレシエさんへ問う。シシアさんの家の周りには人垣が出来ていた。誰もが手に食料を持参している。まるでこれからパーティーでも始まるかのような賑わいぶりだった。

 

「いやー畑で収穫しているのを妖精に見つかってな。君たちが外国の料理を振舞ってくれるのがバレてしまったんだ」

 

「妖精……」

 

 野菜を持ち込めば料理を食べられると勘違いした妖精が皆に言い触らしたらしい。小さな集落なので話が広まるのは一瞬だったそうだ。

 

 私も手伝うからとすまなそうな顔で言われると俺としても断れなくて。セレシエさんにはお世話になっているからと笑顔で受け入れる。

 

「何作るのー?」

 

 早速準備を始めた俺達の付近をヒラヒラと飛び回る小さな種族が居た。精霊のような不定形な発行体ではなく、小さな人型で背には蝶の様な綺麗な羽が生えている。妖精(フェアリー)族。まるで絵物語からそのまま出てきた様な可愛らしい姿だ。

 

「天ぷらって言ってね、俺の故郷の料理なんだよ」

 

「楽しみー!」

 

 すぐに出来るから待っていてねと言うと、キャッキャッと笑いながらエルフの子供達の所へ飛んでいった。魔王は何をしたのか一向に吐こうとしないが、とても胸の痛む心地だった。

 

「さて、私達は何をすればいいんだい?」

 

「ええと、イグニスは火加減の調整で、セレシエさんには野菜を洗って切って貰おうかな」

 

 魔女は頷き、急遽借りてきた大鍋に油をドプドプと注ぎ始める。薪では火力に不安があるが、この少女に任せれば不足はあり得まい。俺はエルフにカットの見本を作り、粉打ちするところまでをお願いした。

 

 さて、天ぷらを生かすも殺すも、やはり衣しだいだろう。簡単な料理故に実は何度も挑んだ事があるのだけど、サクサクの衣を作るのは実に難しい。何せ天ぷら粉が無いのである。

 

「ふぅん。野菜をその液につけて揚げるんだな。見た感じ、水と卵と小麦粉だけか?」

 

「そうですね。簡単でしょ」

 

 コツはと言えば、よく冷やしながら作業して、小麦粉はあまり混ぜない事か。せっかくだし異世界味を足したかったのだけど、シンプルな料理だけにどれも邪魔だった。創意工夫をするなら揚げるネタの方だと結論を出している。

 

「あー音が食欲を刺激するね」

 

(儂も食いたーい)

 

 火力調整に勤しむ魔女は、黄金色の風呂で泳ぐ野菜を見ながら言った。つまみ食いは作る者の特権だろう。出来立ての天ぷらの油を切り、あーんと口に近づけて。イグニスは躊躇う事もなく噛り付くと、これはと表情を綻ばせる。彼女の口から漏れだすザクザクという音が料理の成功を告げていた。

 

「ツカサ。わ、私も食べたい!」

 

「オレもオレもー!」

 

「リュカ、生きていたのか!?」

 

 天つゆは無いのだけど、塩で食べるのも衣と素材の味が生きて中々いけるもので。完成を楽しみにしていた妖精ちゃんから「美味しい」とお墨付きが出るや、裏方の俺達には揚げ物地獄が始まった。

 

「ねえイグニス、この串の味どう思う?」

 

「んー。カリッとした衣の中に、弾力のある皮と胡桃に似た香ばしいクリーム。うん、なかなかイケるね」

 

 俺達が取ってきた分は五人分程度しか想定していなかったので、キノコと山菜は一瞬で無くなる。なので代用として作ったのがコレだった。

 

「ちなみ何?」

 

「さぁ。なんかの幼虫」

 

(鬼かお前さん)

 

 尻に強烈な蹴りが放たれるがしょうがない。村人が持ち寄った食材にあったんだもん。もう何でも揚げてやれの精神だ。こうしてリュカに取りに行かせた材料でザリガニ天や蜘蛛天という奇天烈料理が誕生するのだけど、意外とウケは良かった。

 

 

「いやぁ美味い料理を食わせて頂いて感謝しますよ」

 

「であろう、ツカサの料理は……最近は食える物を出す」

 

(素人だから余り期待しないでよ)

 

 廃城では不味い飯も沢山食わせたもんね。まぁ料理を披露するとなれば、この魔王が騒がない訳が無かった。台所では既に町の奥さん達が交代しながら天ぷらを作っていて、ジグルベインも温かいうちに食べる事が出来る。

 

 俺は一人で隠れて食べろと言ったのだけど、そんな便所飯の様な真似は出来ないと、シシアさんの私室に強引に押しかけていた。居るかと扉を蹴破られたシシアさんは実に迷惑そうな顔であった。

 

「まぁ別れが寂しいなんて理由ではなく、儂も聞いておきたい事があったのだ。神酒があったらツカサに分けて欲しいと思ってな」

 

「なるほど、神酒か。そんな古いもんすっかり忘れてました。まだあるとは思うけど、飲んで大丈夫かなぁ。しかし大将もツカサには随分甘いようだ」

 

「カカカ。お前にだって儂は優しかったろう」

 

「嘘つけ」

 

 物置を少し見てみようと腰を上げる老エルフ。ジグはうむと頷きながら天ぷらに夢中なのだけど。聞いた覚えのある名前にはてと思考を飛ばす。

 

(神酒って何処かで聞いたような……)

 

「だろうよ。お前さんが異世界に来た当日に本当は飲ませたかったのだ」

 

 そこで、ああと思い出す。どうやら紛失していた様だけど、隠していた取って置きという奴だ。右も左も分からない俺に最初に飲ませようとしたアイテムである。

 

「神酒は世界樹の花の蜜から作るのよ。機会は必然的に千年に一度。出来る量はごく僅かでな」

 

 しかし驚くべきはその効能で、飲んだものの魔力を覚醒させるそうだ。魔力使いでも瞬間的に能力は倍増するし、特に俺は闘気を使うので魔力が体に馴染むだろうと。なんだその神効果は。欲しかった。

 

(ええ、これまでの努力は一体……)

 

「カカカ。運が悪かったな。だが本当にクリアが持ち出していたのならば、アイツは何に使う気だか。すでに神の座に至る者が飲んでも効果は薄かろうに」

 

 ジグルベインはフォークでぐさりとかき揚げを刺すと、考え込みながら口に放り込んだ。

 そして皿が空な事に気が付き、おかわりはまだか。ついでに酒は無いかと、相変わらずな自由ぶりを披露する。

 

「ぬ……」

 

 空皿片手に振り返った魔王。そこで見たものは、沢山の目だった。

 ジグが壊した扉はシシアさんが部屋を出た拍子に僅かにズレたのだろう。やや傾いた扉の奥に、びっしりと瞳が浮かんでいるのである。

 

「見た?」

 

「「「「見た見た見た見た見た見た見た!!」」」」

 

 次の瞬間、ズドンと部屋の扉ごと壁が破られた。目標はやはりジグルベインなのか、鋭い丸太の様な物が飛んで来る。これはもしや木の根だろうか。魔王は座ったまま、手にしていた食器を突き刺して止めていた。

 

「やれやれ、飯くらいゆっくり食いたいもんじゃ」

 

(だから隠れて食えって言ったのにさー!)

 

 一人一人なら小さい可愛い妖精さん。けれどどうでしょう。崩れた壁の代わりをするように、一面が妖精で埋め尽くされていたら、無数の瞳で殺意を訴えてきたら。俺の口からはもう可愛いとは言えなかった。

 

(というか、町にこんなに居たか?)

 

「いや、増えてるな。カカカ」

 

 この期に及んでまだ笑う魔王。なに笑ってんねんという俺の気持ちを代弁する様に、壁の外からヤバイと大声が聞こえる。そして入口を陣取る妖精を追い払いながら部屋に飛び込んでくる人影があった。シシアさんである。

 

「油断した。後をつけられて残りの神酒を全部奪われました。妖精がここまで騒ぐなら、こりゃあ間違いなくアイツが見てますよ」

 

「女王か。やれやれ執念深いのぅ。ちょっと妖精の世界を潰してヴァニタスの素材にしただけなのに」

 

(なにしたって!?)

 

 

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