ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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351 妖精パニック

 

 

 俺の聞き間違いでなければジグルベインはとても最低な事を言った。その真意を問い質すべく、オイと声を掛けるのだけど状況は切迫している。悠長に会話をする余裕は無さそうだった。

 

「くっ、こりゃあヤバイねぇ。里の連中は無事か?」

 

 部屋の入口には大増殖した妖精がワラワラと募っている。老エルフが侵入させまいと扉を抑えて抵抗をするが、そうしている間にも木の槍が壁や床から次々と生えて来ていて。

 

「ぬ。奴ら早速に神酒を使ったな。デカい魔力が押し寄せとる」

 

 ジグルベインはシシアさんの首根っこをむんずと掴んで引き寄せた。抑え役が居なくなった入口からは当然に小さな妖精の群れが雪崩れ込んで来る。

 

 その様子を見て、俺はヒッと悲鳴が漏れた。どの子も皆、目が虚ろなのだ。半分白目を剥いていて、大きく開いた口からはワシャワシャと、まるでタコの足のように蠢く植物がはみ出していた。

 

(妖精ってなんなの!?)

 

「残念だがお勉強しとる暇は無さそうじゃ。もう魔力が無いからお前さんに任すぞ」

 

(あ、そうか。ちくしょう)

 

 食事の予定だけだったのでジグにはほとんど魔力を渡していない。この魔王は最悪の状況を作るだけ作って霊体に戻ってしまうのだ。ふざけやがって。

 

 あとヨローと気軽に言いながら彼女は最後に壁を破壊する。木板の壁を蹴破って出来た大穴からは家畜が放牧される庭が覗く。逃げ道は確保してくれたらしい。

 

「よし、動く」

 

 俺は身体が戻るや庭に出るべく駆け出そうとした。外からは既に悲鳴が聞こえて来る。異常は中だけの出来事ではないようだ。運が悪い事に今は立食パーティーの最中。大勢の人が集まってしまっているではないか。被害が気になるところだった。

 

「ええっ!?」

 

「こいつは!」

 

 だが一歩を踏み出す前に、ソレは溢れ出してきた。

 最初は爆発が起こったのだと思った。一瞬の内にしてシシアさんの自宅が崩壊をした。壁を吹き飛ばし、柱をへし折り、屋根が崩れ始める。

 

 イグニスの仕業かと勘繰るけれど、どうやら違うらしい。屋敷の奥から、まるで間欠泉でも噴き出す様に植物が湧き出しているのだ。

 

 増殖する緑と茶色。まるでうねり狂う蛇を思わせる速度で成長していて、その勢いは木の一本一本が生命を宿していると感じる程に劇的だった。

 

 そんなものが突如にして家内から吹きだしたならどうなるか。俺とシシアさんは、津波にでも攫われるように緑の奔流に飲み込まれる。

 

 水なら溺れるが、この木の波では生き埋めだ。いまだ成長を続ける樹木は、三つ編みのおさげでも作るかの様に、芽吹いては伸びて絡み合い、爆発的な速度で巨大化をしていた。

 

「ひぃええ」

 

「物置の方からだなこりゃ」

 

 そんな濁流に飲まれて何故無事なのかと言えば、単に運が良かったのだろう。

 入口で妖精を抑えていたシシアさんはジグに引っ張られても、そのまま扉を掴んでいた。俺たちは、その戸板を足場に樹波でサーフィンをしているのである。

 

「イグニス、無事!?」

 

「ツカサか! おい、今度は何をした!」

 

 再会早々に酷い言い草であった。木に押し出される形で建物から飛び出したが、お陰で周囲の状況を確認出来たのだ。

 

 多くは既にシシアさんの家から離れて避難しているようだった。台所で調理をしていたイグニスやセレシエさんが無事ならば、まだ巻き込まれた者は居ないと考えていいだろう。とりあえずは一安心といった心地だった。

 

「シシア様、何事ですか!?」

 

「ああ、妖精が暴走をしている。何処まで膨れるか分からねえから、全員なるべく里から離れろ!」

 

 老エルフは流石はリーダーである。状況を簡潔に説明して避難を促した。まぁ植物が家を一瞬で飲み込む異常事態。誰もが言われる前に逃げ出しているが。

 

 そして合流先が見えたならば話も早い。木に持ち上げられていて少々高いが、俺はシシアさんを抱えて地面へと飛び降りた。

 

「おっし、ありがとよツカサ【連結】【陸牢(りくろう)】【山灰(さんはい)】【弾けや飛沫】」

 

 シシアさんは着地するや、膨れる木に向かいジャラリと複数の魔石を投げた。石が落ちた先では土が棘の様に隆起し、植物の侵略から住民を守る。俺は足を止めずにへぇとその手腕に見惚れる。

 

 この世界の魔法は使用者から放つのが基本。それがどうだ、遠隔操作。特殊な技法なのだろうが、シシアさんの並々ならぬ腕前を感じるものだった。

 

「まったく、なんで君と居るとこう問題ばかり起きるのやら」

 

「ごめん。でも、だいたい悪い魔王様のせいだよ」

 

(今回はちと否定出来んな。カカカ)

 

 避難する住民の最後尾に赤髪の少女は居た。わざわざ危険な位置に居る理由は明白、押し寄せる植物の進行を食い止める為だ。イグニスも魔法でみんなの逃げ道を確保してくれていたのである。

 

「セレシエ、避難の方はどうだ!」

 

「幸い多くが食事会に参加していたので順調です。しかしまだ自宅に居て騒ぎを知らない者もいるかと」

 

「そうか。なら俺が少しここで食い止める。その内に頼むわ」

 

 シシアさんの家は里でも奥の方だ。発生源であるココで時間を稼げば、間に合うだろうと足を止めた。イグニスはそういう事なら手伝おう。そう言ってクルリと反転するや、雪崩のように迫る樹木を火炎槍で吹き飛ばす。

 

 俺は大丈夫なのだなと魔女と目を合わせた。赤い瞳が任せろと雄弁に語っていたので、無言に頷き避難の手伝いをする事した。

 

「いけませんシシア様。私が残りますので、どうかお先に」

 

「バカ言っちゃいけねえよ。若いの置いて行けるかってんだ」

 

 セレシエさんはリーダーを置いて行く事に躊躇いを見せる。だが、「行け」と声を張られ悔し気に駆け出した。

 

 桜色の髪をした女性は瞳に涙を溜めて、最後にその光景を眺める。世界樹。シシアさんが守り、隠しぬいて来たもの。天まで届く威風の大樹。

 

 それが今や、朝顔を育てる為の支柱の様に成り果てていた。まるで早送りの定点カメラを見ている様に、巨大な蔦に巻かれて行くのだ。

 

「セレシエさん、行きましょう」

 

「……すまない。行こう」

 

「ああ、ツカサ。困ったらコレを使うといい。扱いには気を付けるように」

 

 イグニスが餞別と言わんばかりに小さな鞄を投げて来た。俺はなんだろうと首を傾げながらも有り難く受け取り、セレシエさんと共に駆け出した。

 

 

「もう、ウザいな木!」

 

「そろそろここも危険だな。だが、おかげで想定よりも早く避難は進んでいるよ」

 

 それから俺たちは出口を目指す組と捜索隊に分かれた。小さな里なので食事会に不在の者の特定が早かったのである。なので身体強化を使える人間が家を訪問する事になった。

 

 俺もセレシエさんも当然に捜索隊。既に5人ほど避難の列に送り届けている。発端はウチの魔王なので構いやしないが、家を留守にされた場合が厄介だった。もう付近で大声を上げて探すしか無いのである。

 

「あと一人なんですけどね」

 

「ああ。なんとしても見つけなければ」

 

 捜索に手間取り、残された時間は少なそうだ。シシアさんとイグニスが食い止めてくれているとは言え、植物は波状に広がり、もはや里を飲み込む勢いだった。地表だけではなく地中からも襲ってくるのが面倒である。

 

 俺はこうなったらと遠慮なく黒剣を引き抜いて、茂る木々を薙ぎ払う。問題なく斬れはするのだが、しょせん焼け石に水か。斬った以上の大物量で押し返される。まるで本物の波でも相手にしている気分だ。

 

(お前さん、アレは!)

 

 罰として働かせているジグレーダーに反応があった。ターゲットを見つけたのだろうか。どれと注視していると、すぐに賑やかな声と土埃が見つかった。

 

「ギャー! ギャー!」

 

「あれはリュカか?」

 

「そうみたいですね」

 

 俺たちと同じように植物に追われる狼少女が居た。何をしているんだと呆れそうになるが、両腕には苗木の様な小さな木を抱えている。きっとトレントの子供だ。なにせ俺たちの最後の目標だった。

 

「リュカ、こっちだ!」

 

「ツカサー!」

 

 俺を見つけてニパリと表情を綻ばせる少女。もう助かった気になっている様だが、どうしたものか。考える時間も無いので、そうだとイグニスに預かった物を使って見る事に。

 

 投げろと言っていたので鞄の中の物体を一つリュカの背後に放った。育つ木に潰された筒はチュドンと弾け、草木を吹き飛ばす。音と爆風に背を煽られた少女は、何しやがると吠えていた。イグニスに言って欲しい。

 

「これ、爆弾の余りか……なんてもの持たせるんだよ」

 

「あの子、最初の一発しか爆弾は作っていないって言ったのに!」

 

(カカカ。アイツらしい)

 

 そうか、セレシエさんの町に仕掛けられたんでしたね。けして笑い話ではないのだけど、今は頼もしいのも事実。何が役に立つかは分からないものだ。

 

「リュカ、良く見つけてくれたな!」

 

「へへん、この子の父ちゃんに匂いを教えて貰った」

 

「なるほど鼻か」

 

 流石は狼。追跡能力は大したものだ。じゃあ最後くらいは俺も頑張るとしようか。剛活性に闘気を重ねて、セレシエさんとリュカをまとめて担ぐ。舌を噛むなよ二人共。

 

「行くぞー!!」

 

 すでに里を覆い尽くす直前の緑の侵略。そこから逃れるべく本気で地面を蹴った。柔らかな土は蹴りこみで吹き飛び、たった一歩の反動で身体は数10メートルの前進を果たす。

 

「ひぃー!!」

 

「なんて速度だ。これなら余裕で間に合う!」

 

 畑を超え、小川を超え、里の出入り口を目指した。途中でトレントの坊やを探してくれていた人達も見つけ、もう攫うように一緒に運ぶ。

 

 出入口は来る時も通った隠し通路だ。馬車がギリギリ通れるくらいのトンネルを明かりも無しに駆け抜けて。ふぃーと腰を下ろして一息吐く。通路を塞ぐ様に、ニョキリと木が生えてくるのは、それほど時間が掛からなかった。

 

「一応成長は止まったようだが……」

 

 心配そうに呟くセレシエさん。俺もきっと大丈夫だとは信じているが、中に残ったイグニスとシシアさんの事が気掛かりだった。

 

 

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