ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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354 知る権利

 

 

 何の変哲もない樹木が突如に意思を持ち動き始めた。どういう原理か、妖精は植物を着ぐるみの様に着込んで自由に動かせるらしい。

 

「そういうのは先に言ってよねもう」

 

 頭上では枝が投網の様に広がって葉がワサワサと揺れている。下に居ては捕まりそうだなと、危険を予知して反射的に後退しようとするのだが。

 

「おっと」

 

 なんて事でしょう。すでに右足が捕まっていた。どうやら上はブラフであり、本命は根の攻撃だったようだ。足首に絡みついたのを皮切りに、根が地面を裂きながら一斉に持ち上がって、まるで蛇の群れの様に襲って来る。

 

 だがこの程度ならば闘気も必要無い。俺は脚にグルグルと巻き付く根を力任せに引き千切り。同時、黒剣を縦横無尽に奔らせた。

 

 手応えは想像よりも幾分固い。妖精が操る事で若干強化されているのだろう。それでも刃が駆け抜ける度に、根だろうが枝だろうが触れるもの全てを両断して行く。

 

 最初こそ千手観音でも相手にしている気分だったけれど、剣を軽く振るうだけでバサバサと斬れるので触手は割とあっさりと数を減らした。まだ数本が蛸の腕の様に俺を狙っているが、もう脅威は知れている。

 

「ごめんよ」

 

 踊る枝を掻い潜り、根本まで間合いを詰める。そして間髪入れずに横一閃。直径60センチ程の幹は両断されズズンと崩れ落ちた。

 

 終わったかなと倒れた木を眺めれば、なんと上半分はまだグニグニと稼働していた。まるで頭を無くしても動く昆虫でも見ている気分だ。戦闘中に再生もしないので斬って終わりかと思ったのだけど、植物の死とは何かを考えさせられる光景だった。

 

「ねえジグ、これどうしたらいいのかな?」

 

(妖精を殺せ。いいか、逃がすなよ)

 

 あっという間と言うのはこの事なのだろう。説明を聞いていたら、まさにその妖精さんが逃げ出していた。俺の倒した木を捨てて隣の木へ。するとどうだ、またや木が動き出したのだ。

 

 マジかと呆れながらに剣を担ぐ。ここは密林だ。植物の数が敵の残機であれば、それはもう自然を敵に回したも同じではないか。

 

「あっ、この野郎。セレシエの姉ちゃんを放せ!」

 

「げえ……」

 

 騒ぎで目立ったか追加の妖精が来たようだ。セレシエさんは俺たちの為に灯りの魔法を使っているので反撃をする事も出来ず、絡まる植物に体を捩り抵抗していた。

 

 リュカが鉈を振り回して必死に救助をしようとするけれど手が足りない。彼女の刃物と身体能力では少し太い枝になると一撃では破壊出来ないのだ。

 

(くっ、このままではエルフがエロ同人のような目に!)

 

「なるかな……いやならないな!」

 

 一瞬でも期待した自分が恥ずかしい。エルフの細い肢体へと巻き付く触手は、服を剥ぎ取る前に彼女を絞殺するはずだ。俺は目の前の動木を無視して狼少女の元へと駆け付ける。

 

 二人で協力をすれば植物を跳ね除けるのにさして時間は掛からなかった。解放したセレシエさんに背を預けながら、リュカは悔しそうな顔で言う。

 

「もしかしてオレって足手纏いか?」

 

「そんな事は無いよ。リュカの案内のお陰でここまで来れたんだし」

 

「けれどこれは参ったな。一気に魔法で方をつけたい所だが……」

 

 既に灯りの魔法を使うエルフは歯噛みした。確かに状況は良くない。周囲の妖精の数は5匹、手数で圧倒的に不利だった。

 

 魔法で纏めて薙ぎ払えれば楽なのだけど、詠唱の数秒だろうと真っ暗では勝負にならない。かと言って俺が照明役を代わるとなると前衛がリュカだけになる。

 

「魔剣技で光りながら戦うって手もあるんだけど」

 

 込める魔力量で照度が変動するので味方の目を潰す可能性の方が高かった。それに何より格好悪い。やはりあれだ。魔法は魔法使いに頼むべきだろう。

 

 俺は植物に埋もれたシシアさんの結界へ向けて、預かっていた爆弾をブンと放り投げる。爆風は絡みつく蔦を吹き飛ばし、その下の半透明な壁を露わにした。中には力なく横たわる二人の姿が。良かった、大きな怪我は無さそうだ。

 

「君は助けに来てくれたんじゃないのか?」

 

「ごめんね、助けて」

 

「まったく。こっちも魔法を連発してへとへとだと言うのに」

 

 結界が消えるや、叫ばれる【展開】という声。先ほど俺と戦っていた妖精が止めようと慌てて触手を伸ばすも時すでに遅く。逆巻く業火が瞬時に枝を灰へと変えた。

 

「アッチチ! あの野郎オレたちまで燃やす気か!?」

 

「イグニスはそういう事をする」

 

「しないで貰いたいな!」

 

 三人で慌てて魔女の傍に避難した。術者の近くは自傷を避ける為に割と安全なのだ。広範囲魔法の隙とも言えるだろうか。

 

 ともあれ効果は抜群で。猛る炎は瞬く間に周辺を焼き尽くし、妖精諸共、花園を焼け野原にしていた。流石はイグニス、剣でチマチマ切っていたのが馬鹿らしくなる威力である。

 

「シシア様、ご無事ですか!」

 

「おう、セレシエか。そっちも無事でなによりだ」

 

 一応の危険は去り、シシアさんの身を案じていたエルフは、いの一番に駆け寄った。

 疲弊する二人に水でも飲ませてあげたい所だが、魔道具を置いて来てしまった俺は無力である。しょんぼりしていると、水なら出せるから何か器を寄越せと魔女が言う。

 

「ツカサ、あの後はどうなった?」

 

「イグニスとシシアさんの頑張りのお陰で、里のみんなは無事だよ。ついでに爆弾も活躍した」

 

「そっか。それは良かった」

 

 里のみんなが逃げ切るまでの間、津波の様に押し寄せる樹木を押し留めていた二人。どうやら最後は勢いに負けてこの場所まで運ばれてしまったらしい。

 

 魔力も限界まで使い果たし、周囲には警戒する妖精の姿。だから派手な目印は控え、結界の中で救助を待っていたようだ。

 

「とは言え、あんまりのんびりは出来ねえな。世界樹を完全に乗っ取られる前に妖精から奪い返さねえと」

 

 困ったねと隻腕のエルフは頭を掻く。俺は手伝わせてくれと申し出て、ついでにジグルベインと妖精の確執を尋ねた。とんでもない暴挙に出た彼らであるが、戦う必要があるならば事情を知っておきたい。

 

「まぁツカサには知る権利があるな。体力を回復するのに時間は必要だし、その間に話そうか。ただし大将は嫌がると思うぜ?」

 

(そう思うなら話すな。儂の株が下落するじゃろボケい)

 

「気にしないで話せって言ってまーす」

 

 リュカとセレシエさんが周囲を見張る中、葉のコップで喉を湿らすシシアさん。そうだなぁと話の切り口を考えていると、横になって休んでいたイグニスまで面白そうだと輪に加わってきた。よりによって俺の膝に座り、背もたれにしてくる。

 

「邪魔なんだけど」

 

「まさか妖精の暴走がアイツのせいとはな。尻ぬぐいで大変だったなぁ」

 

「へへへ。お嬢様、肩凝ってますね。お揉みします」

 

 俺は媚びた。泣く泣く赤髪の女の家来をしていると、老エルフはとても悲しい目でこちらを見ていた。しかし話す内容が纏まったのか、まずは妖精の事を知っているかと尋ねてくる。

 

 俺は首を横に振った。だろうねと頷くイグニスは、シシアさんが答える前に説明をしてくれる。

 

「精霊が意思のある魔力だという説明はしたね。同じように、魔力を持った自然も意思を持つ事があるんだ。妖精はその分身と考えて貰えばいい」

 

「上手い纏め方だな。そう、妖精は自然の意思みたいなもんだ」

 

 ジグの話を聞く前にお勉強会が始まり、二人に妖精の知識を授けられる。

 花の精や木の精を始め、上位には山の精や湖の精が存在し。種類は多岐に渡るらしい。けれど、どの妖精も深い所で全員が繋がっているそうだ。

 

「何故なら、解釈を拡大していけば自然とは星だ。だから全ての妖精は星の精という巨大な存在の一部という事になるね。あーそこそこ。気持ちいい」

 

「だから気紛れで人前に姿を現す妖精をこう揶揄する事もある。『何処にでも居て、何処にも居ない』と」

 

 シシアさん言葉を聞いて、俺はイグニスの背中を指圧する手を止めた。まるで禅問答。けれどその表現は愛剣ヴァニタスの特性とそっくりだったから。

 

 もうジグルベインが妖精に酷い事をしたのは確定なのだろう。やや気が重くなりながら、話を進めてくれとお願いする。

 

「ああ。大将。いや、混沌の魔王は、そんな妖精共の世界を潰している。文字通りにぺしゃんこだよ。虚無剣ヴァニタスは妖精界の成れの果てってわけさ」

 

 

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