ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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355 知らなかったんだもん

 

 

 虚無剣ヴァニタス。全長約1メートル、幅約4センチ。光を飲み込む様な漆黒の色が特徴の、剣と呼ぶには余りにも飾り気の無い凶器。ドワーフの名工でさえ素材の判断すら付かなかった謎の物体だ。

 

 しかし今、シシアさんの口からハッキリと素材が明言される。妖精界という場所を物理的に圧縮したものであると。一つの小世界そのものなのだと。

 

「嘘だと言って欲しかった……」

 

(カカカ。現実見よな?)

 

 それはジグが先ほどポツリと漏らしていた事だ。出来れば空耳だと思いたかったのだけど駄目らしい。俺は目も当てられぬ事実に顔を両手で覆い隠した。

 

 何せ、頑丈だからと雑に扱った記憶があるわあるわ。

 引っこ抜いては投げ飛ばし、便利な刃物だと鉈や包丁代わりに扱って。串焼きの串にした事だってあったね。

 

(儂は大切に扱えとず~っと言ってきたからな)

 

「だって、だって知らなかったんだもん!」

 

 魔王が金色の瞳でジトリと圧を掛けてきた。思わずごめんなさいと口に出そうになるのだが、よく考えたら謝るのはお前じゃい。

 

 そして俺の膝に居座るイグニスも動揺を隠せないようだ。シシアさんに向かい、前のめりになって詳しい説明を求めている。

 

「妖精界だと? そんなの伝説上のものだろう」

 

「いや、在ったんだよ。正確には今も在るにはある。世界まるごとと言ったが、妖精の女王が住まう城だけは被害を免れていてな」

 

 もう出入り口が無いから、永遠に閉ざされた虚無の空間だけど。そう付け加えるシシアさんの声は同情する様な湿ったものだった。

 

 今の現状が見えてくる。

 妖精は全て繋がっていると聞いたので、里の妖精を通してジグルベインの存在が女王にバレたのだろう。そりゃ殺意全開で来るわけだ。

 

(まぁそんな感じだろうな。飛び回ってる妖精は自我を奪われ、もはや奴のラジコンみたいなもんよ)

 

「……その女王様とやらの怒りはヴァニタスを返せば収まってくれますかね?」

 

「どうかね。いまさら妖精界が復元出来る訳じゃない。それでも欲しはするだろうがな」

 

 俺は自然に虚空を握りしめていた。いまや当然のように扱う愛剣だ。別れるとなると寂しさと名残惜しさを感じるのだが、この話を聞いては妖精に返却をしなければならないのだろう。

 

(いやいやお前さん。それ儂のじゃから! 勝手に返さないでくれい!)

 

「うるせえ。お前がそんなだからこんな事態になったんだろう、魔王この野郎!」

 

「話の途中ですまない。返すで思い出したんだが……」

 

 イグニスとシシアさんの休憩がてらに話し込んでいた俺たち。そこに周囲を警戒してくれていたセレシエが、邪魔してごめんよと寄ってくる。

 

 なんだいと愛想よく返事をする魔女と老エルフ。だが俺はしまったと顔を逸らした。

 もしあの件ならば、全力で逃げなければなるまい。だがこういう時に限ってイグニスは背をもたれ体重を預けて来ていた。

 

 心の中で予想よ外れろと祈る。だが今日は少しばかり運が悪いようだ。桜色の髪をしたエルフはズボンのポケットから白い布を取り出す。ハンカチのような上品な物では無く、それは靴下だった。

 

「それは私のかい?」

 

「ああ、どうやらイグニスのらしい」

 

 ありがとうと受け取るも何故靴下と首を捻る魔女。もう俺の心臓は鼓動が高まりバクンバクンと破裂寸前で。

 

 しかし神は居る。セレシエさんは入手の経緯を伝えずに去ってくれた。彼女を女神と崇めようと思った瞬間だった。

 

「【構えるは城壁崩す弩が如く】【番えるは騎士を貫く重長(おもなが)槍を】」

 

「イグニスさん?」

 

「これは君に渡した洗濯物だよなぁ。なにしようとしたんだ、あん?」

 

 魔女の顔はこれからゴキブリでも叩き潰す覚悟を決めたようなものだった。赤い瞳には嫌悪と同時に確殺の意思が燃えている。

 

「せいぜい愉快な言い訳を聞かせてくれ」

 

「洗濯籠に入れようと手に取ったらさ、まだイグニスの体温が残ってたんだ。湿ってたんだ」

 

 脱ぎたてほやほやだと理解した瞬間、手が放してくれなかった。それだけなのだ。イグニスには分からないだろうねと肩を竦めると、ちっとも分からんと躊躇無く爆炎槍は放たれた。俺は死んだ。

 

「オイオイ、霊脈の休憩中に魔法を使うなよ」

 

「フン。私が全快じゃなかった事に感謝するんだな」

 

「すびば……せん……」

 

 ほらジグ、やっぱり人の物を盗るのは良くないよ。魔王は一緒にするなと凄く不快そうだった。

 

 

 それから小一時間程経ったか。シシアさんが、そろそろ行こうと皆に声を掛ける。方針はガンガン行こうぜだ。休憩中に判明したのだけど、この森はまだ成長をしている。というよりは、大規模に破壊されると修復してくる事が分かった。

 

 火円で焼く程度なら問題無かったが、爆炎槍で吹き飛ばした分はたちまちに直されてしまったのだ。

 

 根本を解決するには、やはり妖精を世界樹と切り離さなければならないのだろう。時間を掛ければ花の匂いに虫も集ってくるからと先に急ぐ事を決めた。今はまだ日暮れ前。頑張って日が変わる前には決着を付けたい所である。

 

「ちぇ、火炎槍で樹を薙ぎ払いながら進めば早いと思ってたんだけどなぁ」

 

「やめろやめろ。樹の下には里があるんだぞ。住めなくなる!」

 

 魔女は最短ルートで進もうとしたがセレシエさんに怒られていた。住処を壊されそうになればそりゃ怒るだろう。……怒るよねぇ。俺は妖精への申し訳なさで一杯だ。

 

「何もお前さんがそんな顔する事は無いよ。悪いのはどう考えてもウチの大将だ」

 

(せやせや)

 

「でも終わった話を蒸し返してるのは俺ですからね」

 

「カッカ。大将と違って真面目だな」

 

 悪い魔王が死んだ。戦後の処理にシエルさんが苦労したという話も聞いたが、一度はそれで終わりを告げる。

 

 けれどもどうだ。ここは異世界。ジグの死から400年経っても、当時から生きる人が居る。その人達から見れば、俺はまさに悪夢の再来なのだろう。

 

(たわけ。儂の罪は儂のものよ。共に時代を駆けた奴らの為に、それはお前さんにでもくれてやれん)

 

「それでもさ、無関係じゃ居たくないんだよ」

 

 ベルモアでのリュカの一件で、偶像ではない等身大の家族と向き合いたいと思ったものだ。勿論そこにはジグルベインも含まれている。彼女の代わりに償うとまで大きな事は言えないけれど、俺はちゃんと魔王だった彼女とも向き合わないといけないのではないか。

 

 黒剣を含め、魔王の力をあまりに無自覚に使ってきたのだ。あまつさえ、蘇らせたいと願うのだ。力の責任が俺にもあるはずだった。

 

 草を薙ぎ前進しながら、聞かせてくれよと囁きかける。世界を潰して剣にする。いくらジグでも突拍子もない行動だ。理由があったのだろうと、言い訳を求める様に聞く。

 

(ノリが半分だが、ヴァニタスを作ったのには理由もあるにはあった)

 

「あったんだね!」

 

(お前さんも大魔王を知ってしまったから白状するがの、星の化身である妖精は世界を作る能力があったのだよ)

 

 それこそが妖精界。彼らには現実と虚構の間に住まう場所があったのだと。

 大魔王の居場所を探るジグルベインは、その隙間に逃げる特性にこそ、大魔王への道のヒントがあると考えたようだ。

 

(と、いうよりもだ。原初の敵は、世界樹の妖精という線を疑った。世界樹に付いてくるのではなく、アレも世界樹なのだと)

 

「……どうだったの?」

 

(分からん。如何せん生態が違いすぎる。まぁ世界樹が燃えても原初の敵は死なんかったな)

 

 妖精界の出来事はそのついでの出来事だと語られた。ついでにしては被害が大きいね。

 少々ジグルベインとの会話に夢中になっていたようで、リュカにオイと肩を揺すられてハッとする。

 

「どうしたの?」

 

「アレ助けてやってくんねえかな」

 

「アレ?」

 

 狼少女の示す先を見れば、頭上では赤髪の少女が逆さまになって吊られていた。確か吊るし木。根を踏むと獲物を吊るす植物だったか。

 

 イグニスは昼食時の恰好なので探索に似合わないブラウスにロングスカートといった格好だ。そのため両手で必死になり下着を隠していた。

 

「決定的瞬間を見逃したか」

 

(惜しいな。儂も指さして笑ろうてやりたかった)

 

 

 

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