ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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356 妖精の狙い

 

 

「ぶっはー、いちいち相手にしてたら切が無いな」

 

「すまないなツカサ。代わりたいんだが私はあまり剣が得意じゃなくて」

 

 連戦が続き愚痴が零れた。するとセレシエさんが困り顔をするもので、いえいえと言いながら黒剣に付着した水分を飛ばす。今斬ったのは食獣花とでも言おうか。バラの様に棘の付いた蔦を鞭の様に振るい絡みついてくる植物である。

 

 野生でも魔獣を捕食している恐ろしい生態。それを妖精が更に強化して操って来ると

なると中々に厄介であった。

 

「痛てて、早く解いてくれ!」

 

(この駄犬ぶりよ)

 

 どれくらいかと言えば、身体強化を覚えたてのリュカだと刃物を使っても切断が出来ないくらいに頑丈だ。狼少女は敵の接近にいち早く気付くも返り討ちにあい、あれよあれよとグルグル巻きにされてしまったのだった。

 

 細切れになった食獣花から妖精が慌てて逃げ出す。だが、シシアさんはすかさず魔法を放ち、次の植物に入る前にバラバラになった。お人形さんに羽が生えたような可愛らしい外見だけに、ちょっぴり心が痛む光景だ。

 

「リュカさぁ、あんまり考えなしに飛び込むなよ」

 

「オレだって戦士だ。ずっとツカサの後ろになんて隠れていられるか」

 

「地面に寝転びながら強がるなって」

 

 一応考えは理解出来る。高い火力を誇る魔女とて詠唱中は無防備に近い。なのでリュカなりに前に出て後衛の盾になろうとしているのだ。先ほどイグニスが宙吊りになったばかりだものね。

 

「まぁ気持ちは分かるんだけどさ」

 

 俺はそう口にしながら、簀巻きにされ身動きが取れないリュカに近寄る。そしてブチブチと素手で蔦を引き裂いた。

 

 鋭い棘に巻かれていた狼少女の身体には痛々しい赤い線が幾つも残っている。思わずうわぁと声が出た。どうして他人の怪我ってこう痛そうに見えるのだろう。

 

「……大丈夫?」

 

「このくらい問題ねえよ」

 

 傷口に手を伸ばすと、灰褐色の髪をした少女は恥ずかしそうに怪我を隠す。同じ戦士として心意気には共感出来るので、そうかと心配の言葉は飲み込んだ。

 

「「……」」

 

 俺とリュカの間に、やや気まずい沈黙が訪れる。きっと彼女は実力不足を嘆いているのだろう。ベルモアに行く前は魔力があればと自分を誤魔化していたけれど、今や立派な魔力使いだ。

 

 けれど皆が苦も無く倒す植物に一人てこずり。こんなはずではとプライドに傷が付いたのだと思う。

 

 はて、こんな時はなんて励ましたらいいのやら。上手い言葉が見つからず、考えあぐねてイグニスに頼る。察しの良い女は俺の顔を見ただけで言いたい事を把握し、やれやれと肩を竦めた。

 

「君は自分の事があまり見えないようだね。私からすれば強くなったものだと感慨深いけれど、リュカは今の強いツカサしか知らないんだよ」

 

「ああ、そうか。アイツ、ベルモアでの強くて格好良い俺しか見てないのか」

 

「別に格好良いとは言っていないが」

 

(獣人とプロレスで戯れていただけじゃろ)

 

 俺はいつだってヒーヒー言っている。いくら強くなっても、いつだって上には上が居て。文字通りに血反吐を吐きながら戦い抜いて来た。

 

 その結果か、特攻野郎と不名誉な渾名も付けらたけれど、そんな無茶が出来るのは背後にジグルベインが控えているからに他ならない。いや、イグニスがフィーネちゃんが。頼りになる仲間が、弱い俺を支えてくれていたのだ。

 

「リュカ。俺だって最初から強かったわけじゃないよ。今のお前の方がよほど強い時期もあった」

 

「でも、オレはもっと強くなりてえ」

 

「うん。後ろに引っ込んでいろなんて言わないからさ、勝てない相手には一緒に戦おう」

 

「……おう」

 

 少女が目指すのは、あの狼男の背。難儀なものを目標にしたものだと思う。だからこそ頑張れという気持ちが湧いて来た。

 

 ジグルベインは、いつもこんな気持ちで俺の無茶を眺めているのだろうか。俺も支える側になりつつあるのだなと自身の成長を実感する。

 

(お前さんは確かに成長してるのだが、なぜか全然安心出来んのよなぁ)

 

「不思議だね」

 

 けれど、ジグがこうして見守ってくれているからコチラは頑張れる。お世話になっているぶん妖精との軋轢は俺が解決したい所だ。

 

 女王は妖精を操り、こんな無茶をして何を望むのか。聞き出さなければなるまい。その為にもこの花園密林を早く攻略しなければと、黒剣を握る手に力が籠った。

 

 

「ここはバムブさんの家か。嘘だろう、全然進んでいない」

 

 暫く進み、俺たちが密林の中で発見したのは家だった。今でこそ変わり果てた姿になってしまったが、元は里なのだからそれはあるだろう。

 

 木製の家は樹波で倒壊して跡形もなさそうだ。けれども石造りの家はなんとか耐えたらしい。まるで網に捕らえられたかのように外壁に根が這うも姿は健在だ。セレシエさんは建物から現在地を把握したようで、声から疲労が感じ取れた。

 

「今はどの辺りなんだい?」

 

「そうだなぁ。世界樹までだと、やっと半分を過ぎたくらいか」

 

 セレシエさんの回答を聞き、魔女はそんなと表情を曇らせた。俺もまったく同じ心境であり、何故だと嘆きたくなる。

 

 この集落は隠れ里だけあり規模は小さいものだ。通常ならば1時間もあれば一周出来てしまうのではないか。それがどうだ、歩くのにうんざりするほど進んだにも関わらず、まだ半分であった。

 

「当然だ。道を作りながらだから進行速度が遅いのもあるが、何も道標が無いんだぞ」

 

「ですよねー」

 

 シシアさんは良く進んだほうと捉えているようだ。鬱蒼と茂った密林の中をコンパスも持たずに歩くのだから平時と同じように真っすぐ進めるはずがない。太陽も見えないのでエルフ達の土地勘を頼りに何となくで行動している。確かにこれでも運は良いほうかも知れない。

 

「まぁそう考えると現在地を知れたのだからアリか。ついでに物資を少し拝借しよう。いいよな?」

 

「ああ非常時だしな。後で俺が補填しとくさ」

 

 長老の許可を得てイグニスは他人の家に押し入った。鍵が掛かっていたのか、扉が歪んでいたか。とにかく開かなかったので蹴っ飛ばして開けていた。ワイルドだ。

 

(お前さん、壺を割るチャンスではないか?)

 

「そんなチャンスは要らない。勿論タンスも漁らない。常識だ」

 

 くだらない会話をしながら俺もお邪魔しますと上がらせて貰う。中は床から木が突き出していたりと若干緑に侵食されてはいるが、思ったよりは無事そうだ。これは良い休憩所を見つけたかもしれない。

 

「ふぅん。あの植物はほとんどが地表を這っていたんだね。地中から生えている様に見えたのは高低差ではみ出たぶんか」

 

 魔女は性分なのか家内をキョロキョロと見渡しながら見分する。シシアさんも同意見で、この密林は里の上に被さる様に出来ているのだなと推察していた。たったそれだけの情報なのに二人は何かが引っ掛かるのか。ううむと顎に手を当てながら、家と外の植物達を観察しはじめる。

 

 俺は喉が渇いたので水瓶に向かう。なんと魔道具だった。みんなにお茶でも淹れよう。

 リュカは食材を嗅ぎ当てたのか食おうぜと干し肉や野菜を机に運んできて。セレシエさんは何か武器がないかと家探ししていた。

 

「なあシシア。妖精界というのを詳しく知りたい。過去の文献には記録もあるが、近年は確認出来ないとされて、ただの伝説扱いなんだよ」

 

「そりゃあ消滅したんだから確認なんて出来ないわな。妖精界は共有幻想の一つだ」

 

 それはさながら水面に移る世界。星の化身たる妖精女王が築いた妖精だけの楽園だったそうな。

 

 話を聞く限りではイメージはインターネットとでも言おうか。妖精は自然の意思が具現化したものだ。だからこそ星という大きな存在と繋がり、世界の隙間に出来た妖精界なるものにアクセス出来たらしい。

 

「なるほどね。共有幻想。三柱教と同じ原理か。要するに、妖精全員で妖精界という世界を維持していた訳だな」

 

 考え込んでいたイグニスは、それは不味いなと顔を上げた。俺の手にはヴァニタス。かつての妖精界そのもの。そしてこの里には世界樹という巨大な魔力源。

 

 魔女は妖精達の不可解な行動をこう読む。この場に疑似的な妖精界を作り出し、虚無空間に捕らわれている女王を開放する気なのではないかと。

 

「あり得る。いや、それしか無い。クソ、だから二つ揃った今に動き出したのか!」

 

 

 

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