ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
頭部を破壊されても起き上がる人形を見て、俺はやれやれと肩を竦めた。どうにも静かだと思えば妖精達は戦闘用の体を作っていたのである。
確かに幾ら植物を操る能力があろうと、やはり植物。地面に根を張り育つ以上は移動には向かない。ならばこの木人形はどうだ。走る為の足、殴る為の腕。人を模す事で弱点を克服してきた。絶対に逃がさないという強い意志を感じるではないか。
「しょうがないな」
もはや家の中も休憩所にはなりえない。植物から離れていようと安全は無くなったという事だった。俺は「行ってくる」と抱き抱えていたイグニスを離す。
「もう戦えるのかい?」
「うん。別に怪我したわけじゃないからね」
十分に寄りかからせて貰った。妖精の殺意の強さとは、即ちジグルベインへの恨みの強さである。だがそれを承知で抗わなければ。
奴は初手でイグニスを狙いやがった。単純に近かったのだろうが、俺のやる気に火を付けるのには十分だった。
「来いよ。暴力を見せてやる」
玄関から一人で外に躍り出て、木人形へと黒剣を突きつける。頭の無い相手に向かって視認という言葉は変なのだろうが、相手はヴァニタスを認識した瞬間に確かに反応を見せた。
「――!!」
妖精は喋っていたはずだが、植物に憑依をしている内は発声が出来ないようだ。言葉の代わりに滾る殺意を放つ。
具体的には両腕から葉っぱがニョキニョキと生えて。それが腕ごと高速回転を始める。まるで工作機械。葉だと油断して触れたらコチラの肉片が飛ぶ事になるのだろう。
「ええ……ありかよそんなの」
木人形どころか、もはや殺戮人形である。妖精怖いようと思っている内には、大きく手を振りながら駆け出して来て。負けじと俺も前に出る。
目前に迫る異形と、ミキサーのようにブンブンと唸る回転音。直撃でなくても擦っただけで大ダメージな両腕は視覚的な圧迫感が強い。そんな凶器を相手は遠慮もせずに振り回して来た。
「そうか」
(うむ。しょせんは急造の体。操作になど慣れているはずも無し)
ベルモアの獣闘士達に比べれば、なんともお粗末な拳だ。人形自体の性能は高そうだが、妖精には戦闘の経験が無いのだろうと伺える。
「そこはもう俺の間合いだよ」
拳が届く距離ならば、剣が届かない道理はない。敵の攻撃が振り切られる前に、黒剣は弧を描き相手の胴を両断した。ズルンと崩れ落ちる人形の上半身。回転する腕は俺に当たる事なく地面に落ちてバリバリと土を弾く。
やはり人形。厄介な事に真っ二つにしても動きを止める事はしなかった。俺は危ない両腕を切り落として完全に無効化をする。するとようやく諦めたか、木人形からは勢いよく妖精が飛び出して来た。
「我らの世界を……返せ~!!」
今まで見て来た10センチ程度の姿とは違い、人間の子供くらいはある妖精だった。けれど白目を剥き、顔の下には浮き出す血管のように這いずる植物が見える。完全に自我を乗っ取られているらしい。
ごめん。心の中で叫びながら剣で胸を貫いた。命を奪う感覚というのは、いつになっても良いものではない。まして言語を喋る相手となれば尚更だ。
(お前さん。儂の不始末じゃ。辛ければ代わるが)
「いいんだよ。ジグが斬るのも俺が斬るのも同じさ」
それに、俺は殺してないから悪くない、という理屈こそ最悪だ。脳裏に過るのは、かの剣鬼から忠告。正義で斬るな。これは俺が受け止めなければならない重さだった。
「中級妖精を一撃で破壊か。ツカサが剣を振るう姿は、どうにも大将と被って見えて懐かしい気分になるな」
「まぁ直伝ですからね。カカカ流」
(儂、その流派の名前まだ認めとらんよ?)
老エルフが家から出てくると、セレシエも警護をするように後ろに続く。桜色の髪をしたお姉さんは、まだ警戒を解いていないのか言葉少なく弓を構えている。
「あんなのが居るなら屋内はむしろ危険だな。囲まれたら目も当てられないぞ」
「同感。私じゃ動きに反応が出来なかった」
木人形はとりわけ後衛の人間には強烈な印象だったようだ。確かに身体能力は正騎士に準ずる程に高かった。俺も開けた場所での勝負だから楽に戦えたけれど、この先は密林から襲ってくると考えると脅威度は跳ね上がるだろう。
今までも散々罠のような食獣植物が生息していたのだが、暗い植物の園が一層不気味に思えて来る。正直足が重い。
「固まって動くしか無いな。ちょっと並びを変えよう」
イグニスが隊列を提案する。俺を先頭に、最後尾をシシアさんが固めるというものだ。人形を吹き飛ばした力を見るに、老エルフは直接戦闘も強そうなので俺としては賛成である。
どうだいと相談する魔女だが、肝心のシシアさんは何か気掛かりでもあるのか、やや眉間に皺を寄せていた。
「何だよ。問題でもあるのか?」
「……ああ、いや。並びには賛成だ。ただ、ツカサの実力もあるんだろうが、随分あっさりしてやがったなと」
自分なら戦力の逐次投入なんてしない。居場所も人数も分かっているのだから全力で潰すだろう。シシアさんから、そんな戦争の経験者らしい意見が飛び出す。
魔女は嫌な事を言うなよと、面白いブラックジョークでも聞いたかの様にカラカラと笑い。次の瞬間には焦りの形相で森を焼き尽くす勢いの火円を展開した。
(お前さん)
「言うな……」
密林の暗闇を赤い炎が炙り出す様に照らした。木の影に紛れて確かに存在する人の形。その数は10か20か。いや、少なく見積もり30はあるだろう。俺たちはお化けでも見たように顔を蒼褪める。見たくない物を見たという点では同じだ。
「走れー!!」
声の掛け主はイグニスだったと思う。けれども全員が同じ心境だったのは疑いようも無く、声を合図にまるで徒競走の様に一斉に駆け出した。
「って、あれー! リュカ居なくない!?」
「なにしてるんだ、あのバカは!?」
イグニスは、まるで電車に乗る直前に行方不明の生徒が判明した教員の様に頭を抱えた。何せ俺たちが動き出すと同時に周囲の木人形も一斉に動き出したからだ。
幸いに魔法使いが3人に居る。接近戦になる前にと迎撃へ動き出すのだけど、少し場所が悪いか。密林の樹木はここでも障害物となり、みるみるうちに敵の接近を許す。
「くっ流石に不利か。動いて包囲を破りたいところだが……」
「短気になるなセレシエ。ここで逸れちゃ合流は出来ねえぞ!」
そうなのだ。リュカならばあるいは嗅覚で追跡も可能かも知れないが、誰か一人でも逸れたら合流は期待出来ない。ましてこの敵の数だ。一人になれば即座に圧殺される事だろう。
「ツカサ!」
掛け声一つ。主語も何もあったもんじゃないが、それがイグニスとなれば俺には通じた。
無言に頷き、前に出る。魔法を放つには敵が散りすぎているのだ。お嬢様は最大効率で仕留める為に誘導しろと仰っている。
(……何で通じるの?)
「これは通じないとアイツは一緒に爆破するからね!」
(もう友情ですら無いんじゃな)
木の影から襲い来る木人形を蹴飛ばす。すぐさま背後から新手が来て、縦に勝ち割る。やはりヴァニタスは妖精の敵意を集めるのか、釣りをするには最高の餌らしい。
ゾロゾロと俺に集う人形の数は6体。もう十分集めただろうという所で、俺はとってこいと黒剣を投げつける。
スコンと木に刃を埋める剣。そこに我先にと向かう木人形の姿は、ボールを取りに行く犬と言うよりは、餌に群がる鳩の様で。それは魔女の目の前だった。
「どうだい」
「いいね!」
赤い眼の少女はニタリと笑いながら拳を振り被った。彼女には詠唱も要らず即座に起動する魔法がある。その名も爆陣拳。魔法陣に叩き付けた魔力を、そのまま指向性のある爆撃へと変換する荒業だ。
今回はかなり魔力を込めたのだろう。チュドンと豪快に爆ぜ、目の前の空間を丸ごと吹き飛ばしていた。立ち込める土埃と共に、バラバラになった人形の破片がゴトゴトと地面に落ちて来る。
「よし」
本当に一撃で片づけてしまった。手軽さと威力があまりにも釣り合っていなのではなかろうか。ともあれ包囲の隙が出来たのも事実。纏めて相手をするのは面倒なのでココから突破したいところだ。
「リュカの奴何やってるんだ!?」
そんな時、ボトリと一体の人形がイグニスの目の前に落ちてきた。他の人形が盾になったか、右半分を失い半壊している。けれど全損しなければ駆動する殺戮機械は、ユラリと幽鬼の様に立ち上がり。
「悪い悪い。もう月が出始める時間だったみたいでさ」
狼の振るう鋭い爪が人型を木塊へと変えた。
狼少女の灰褐色の髪は、いつか見た月光色に染まったいた。そして頭部にはピョコリと三角形の耳が生え、お尻からはモフモフな尻尾がブンブン揺れる。どうやらリュカは人狼に変身していたらしい。
「なんだ良かった。心配したよ」
「良くないわ! 説明しろツカサー!!」