ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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 ズズン、ズズンと、大地を揺るがす不気味な振動が続いた。イグニス達の推測が正しければ、これは上級妖精という怪物の足音である。かなりサイズが大きいのだろう。密林の木を薙ぎ倒しながら進んでいるようだ。

 

 ジグ曰く、森の化身。ナイスミドルな老エルフがなりふりも構わずに、母ちゃん助けてと言い出すレベルのヤバイ奴。

 

 なので俺たちはまだ出会っても居ない相手から必死に逃げていたのだが。

 

「ところで、これ何処に向かっているんだ?」

 

「……?」

 

 俺はリュカの何気ない一言でピタリと足を止める。

 剣で邪魔な植物を薙いで進む都合、いつの間にか先頭に居たのだけど。はて、何処にだろうね。距離を取る事しか考えていなかった。もっと言えば、流れとノリで駆け出していた。

 

 返事に詰まっていると、中性的な雰囲気を持つ少女は端正な顔を驚愕に歪めた。

 言葉にはしないが、その表情は馬鹿かお前とでも言いたそうだ。よせやい、いくら俺でもパニックになる時くらいはあるさ。

 

「何処に向かうかって? 決まってるだろ……明日だよ」

 

「お、おお。なんか頭良さそうな答えだ」

 

(カカカ。このアホ共が)

 

 するとイグニスが後ろから口を挟んで来る。そもそも今の俺たちが目指せる場所はシシアさんの家くらいしか無いと。何故か呆れた声だ。

 

 なるほど、確かに。狼少女の嗅覚のお陰で進めてはいるが、この鬱蒼(うっそう)とした密林のせいで方角すら曖昧なのだった。行き先が一つしかないのは理解をする。だが、その上で疑問に思った。

 

「でもさイグニス。シシアさんの家に向かって、何か解決する?」

 

 俺の質問で今度は魔女が押し黙った。厩舎の駝鳥の様子こそ気になるが、それはそれ。化け物の対策にはならないのだ。里の奪還が最終目的である以上、いつまでも鬼ごっこをしているわけにはいかないだろう。

 

「しない。しないけれど、今は策も無いんだ。せめて迎い打てる状況くらいは作らなければね」

 

「イグニスの言う通りだな。急な出来事で手ぶらな者が多い。武器でも何でもあれば役には立つさ」

 

 民家で弓をパクッた。いや、拝借してきたセレシエさんが言う。今はとにかくプラスを作るのだと。それは時間だったり、武器だったり、作戦だったりだ。

 

 流石は警護部隊の人。彼女も立派に戦闘のプロである。戦力の不足は知恵で補えと方針を示されて、俺とリュカは了解と力強く頷いた。

 

「ならコッチだな。匂いからして、結構近いと思うぜ」

 

「おっと危ねえ。迷子になるところだったな」

 

 シシアさんがボソリと呟き、俺は恥ずかしさで赤面をする。リュカが行き先を疑問に思ったのは匂いの方角とズレていたからなのだろう。訂正が入ってみれば、その差は約90度もあった。いや、確認しなかったこっちも悪いんだけど、もっと早く言えや。

 

 

 例により、密林に紛れる食獣植物の妨害はあった。けれど意外や妖精の邪魔が無かったので、気分的にはスムーズに進めた方だ。

 

「こりゃ酷い」

 

 そして匂いの元に辿り着いたのだけど、目の前には血みどろの光景が広がっていた。

 思えば狼少女が嗅ぎ分けたのは血の匂い。それも花の匂いに埋もれない濃い香りだ。少なからず凄惨な状況を予見しておくのだったと反省をする。

 

「まぁ、こうなったのが人じゃなくて良かったと思うべきなんだろうな」

 

 家畜の飼い主であるシシアさんは、樹上を見上げながらやるせなく言う。とても悲しいはずなのだが、溢れる感情を飲み込んでいるのだ。一歩間違えば里のみんながこうなって居たという考えは、俺の背にズシンと圧し掛かる。

 

 樹波に攫われた山羊の群れは、何かの儀式の様に持ち上げられて枝からぶら下がっていた。足元には今もピチョンピチョンと赤黒い雫が落ちていて。まるで早く見つけてくれ、降ろしてくれと訴えているようだった。

 

「苦しかったろうね。ごめんよ」

 

 周りの状況から、身体に絡まった木が成長したのだろうと推測が付く。山羊の死因は圧死だろう。強靭なワイヤーの束に挟まれるように木の枝に飲み込まれていて、口元からはみ出た内臓が加わった衝撃を生々しく物語ってくる。

 

 俺はせめて土に埋めてあげようと思い、枝を切り裂いて遺体を降ろした。

 

「なんというか、ツカサは優しいというより甘いよな。オレはたまにお前が分からないよ」

 

「リュカが野性的過ぎるんだろ。俺は紳士と名高い男だぞ」

 

「紳士は女性の靴下を盗むのか? あ?」

 

 イグニスが赤い瞳でジトーと圧を掛けてきた。どうしてこのお嬢様は人を睨む姿が堂に入る。けれど、口では文句を言いながらも手伝ってくれるのを知っていた。

 

 時間が貴重だというのは重々承知で埋葬したいとお願いしたのである。シシアさんは、数が居るから後ででいいと言った。けれど俺は、仮にボコがこんな姿で見つかったらと考えたら我慢が出来なかった。

 

 やはり飼い主として愛情はあったようで。老エルフは時間の無駄と言い訳しながら、誰よりも早く手を動かしていた。

 

「くそ、やっぱりこうなっちまったか」

 

「ごめんなさい!」

 

 シシアさんの声は恐らくみんなの声の代返か。気付けば足音が随分近くまで這い寄っていた。ともすれば次の瞬間にでも木々を薙ぎ払い、姿を見せてもおかしくはない。

 

「まぁしょうがないさ。この際だ、正体を見とくのも悪くは無い」

 

 一面に緊張が走るなか魔女はやれやれと肩を竦めた。ああ、大胆不敵。策が無いと言い切った少女は、ならば弱点を見つけてやると正体不明が潜む闇を睨んだのだ。

 

「ツカサ、君は当然付き合いなさい」

 

「勿論だよ」

 

「馬鹿な事はよしなさい! 危険過ぎる!」

 

「まぁ落ち着きなよセレシエ。ココはもうシシアの家に近いだろう。追われたら逃げ場が無くなる」

 

 イグニスは誰かが囮になるのは合理的だと判断したらしい。そしてシシアさんならば、時間を稼げば地脈魔法により結界が作れるはずだと。セレシエさんはその冷静な結論に息を呑む。

 

 結界と聞いて、俺は樹波から生還した時のイグニス達を思い出す。原理を知らないが、植物の浸食に負けない強固な壁に覆われていた。先に安全な場所を確保出来るのであれば、危険を冒すデメリットと正体を暴くメリットは天秤に乗るのかも知れない。

 

「やっぱり冒険好きだねイグニスは」

 

「君には負けるよ、特攻野郎」

 

 目が合い、フフッと笑いあった。行けとイグニスは叫ぶ。背にすまないと声を残し、3人は駆けていく。

 

 山羊の死体が見つかったという事はシシアさんの家はすぐ近く。ちょうど目の前の傾斜を登り切れば庭に出れるはずだ。稼ぐ時間はそこまで長くは要らないだろう。

 

「って俺が時間を無駄にしなければ、こんな事しなくて良かったんだけどね」

 

「いや。私はどうあれ誘う気だった。追いつかれるのは都合がいいと思って、埋葬を手伝ったんだよ」

 

「えっ」

 

(んん?)

 

 魔女は二人きりで話がしたかったのだと言った。内容はシシアさんをどこまで信じていいのか迷っているとの事だ。疑いなど微塵も覚えなかった俺には寝耳に水である。

 

「呆れたな。君はジグが事の発端だと思っているようだが、少し違うんだ。こうも大事になったのは、シシアが神酒を妖精に奪われたから。そうだろ」

 

(いや、だが。それは!)

 

 魔王はシシアさんには理由が無いと弁護した。だが反論が聞こえぬ魔女は自分の考えを言い続けた。誰かその場を見たのか。彼は力の無い下級妖精に隙をつかれる人物か。

 

 話を聞いた俺は、無いとは言い切れなかった。まったく、何というタイミングでの告発だろう。思考が疑惑と否定でグルグルと回る。

 

 けれど固まる事は許さぬと、木がミシミシと音を立てて倒れた。いよいよ上級妖精さんのお出ましらしい。

 

「ふはは、来たな。さて、どの位のものか。行くぞツカサ!」

 

「くそー、そうやっていつも俺の心を掻き乱しやがってー!」

 

(……シシア?)

 

 イグニスは木々の間から影が見えるや、挨拶代わりだと火炎槍を打ち込んだ。もはや魔女の通常攻撃。しかしながら中級妖精程度は一撃で灰にする高い火力がある。

 

 周囲を赤に染めながら走る炎の騎乗槍。さてどうなるものかと、結果を固唾を飲んで見守った。

 

「「これは……」」

 

 二人であんぐりと口を開いて馬鹿面を晒した。火炎槍は敵の胸元を僅かに穿ったが、すぐ様に修復される。これで分かった事は二つ。硬い、そして高度の回復能力がある。まるでラウトゥーラの森で出会った人面樹を思い出せる性能だ。

 

 なによりも呆気にとられたのが外見だった。飛び散る火の粉が影の姿を炙り出したのだが、とても形容に困る外見である。

 

「木になるのかな」

 

「君の木は随分と殺伐としているな」

 

 大きさは5メートルほど。それほど巨大ではないが、下半身はさながら巨大な蜘蛛のようで、木の根が多足となりワシャワシャと蠢いていた。

 

 上半身は幹ではあるが人型のような。なんとなく胴体らしき物があり、そこから巨大な腕が無数に生えている。まるで千手観音像だ。

 

 絶対に要らないと思うのだが、鹿の角の様に枝が伸びる天頂付近には顔らしきものもあった。造形には力を入れていないのか、(・_ゝ・)こんな感じのお粗末なもので。むしろコチラの神経を逆なでする。

 

 一応造形は樹木の範囲に収まるのだろうが、ただの木というには、あまりに可愛げが無い。これはもはや、木人形を発展させた殺戮兵器だ。

 

「――BBBAHHHH!!」

 

 葉を震わせて蜂の羽音の様な咆哮を上げる化け物。それが開戦の合図か、千手蜘蛛は本物の蜘蛛の様に密林を躍動し、暴風雨さえ可愛らしく見える拳の嵐を振り撒く。

 

 これを相手に俺たちは時間稼ぎを出来るのだろうか。隣の赤髪の少女を見るや、強気な彼女も無理だろと首を振っていた。だよねー。

 

 

 

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