ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

366 / 611
366 勝ち筋

 

 

「シシアさん、大切な物を忘れてましたよ」

 

 俺とイグニスは地下室から出て、皆の集まる居間へと向かった。顔を出すや着替えに時間を掛けすぎだとリュカから文句が聞こえたが、まあまあと宥める。俺は何より先にシシアさんの手に子供の骨を返してあげたかったのだ。

 

 老エルフは突然手の平に乗せられた小さく白い物体に目を丸くする。しかしソレが何なのか理解が追いつくや、慌てて首元を確認した。

 

「しまった、落としていたのか。……よくコレが俺のだと分かったな」

 

「はい、その。地下室で見つけて……」

 

 シシアさんはその一言で全てを察した様らしい。恥ずかしい物を見られたなと困り顔で顔を伏せる。結局誰の骨かは分からず仕舞いだが、俺は持ち主の元にちゃんと戻って良かったと思った。

 

 まぁ、落とし物と推測したのはイグニスだ。人骨という如何にも大事そうなものが、雑に旗に引っ掛かっていた。そしてシシアさんは部屋の扉を閉める余裕もなく駆け出している。以上から、意図せず手放したのだろうとの事である。

 

 魔女の観察眼に怖い怖いと慄くも、彼女はもう一つ推論を聞かせてくれた。

 もしシシアさんが絶望で自傷を続けたならば、彼を生かしたのは、この小骨なのではないかと。散った命の重みがシシア・ストレーガを今日まで奮い立たせたのだ。

 

 俺は骨を握る老エルフの手を、更に両手で覆って言った。

 

「勝って、早く平穏を取り戻しましょう」

 

「……ああ!」

 

 ヴァニタスの来歴を聞いて俺は少し迷っていた。世界を潰された恨み。その罪は一体どれほど重く、俺はどうやって償えばいいかのと。けれど、なんという思い上がり。混沌の魔王の死後、今を作る為に多くの人達が必死に戦い続けて来た。

 

 ならば彼らの守り抜いた現在こそ見るべきではないか。少なくとも俺は、大森林はエルフの物で、それは妖精にだって侵す権利は無いと考える。

 

「そうだ、ヴァニタス取られてたんだっけ」

 

 黒剣は俺の唯一のメインウエポン。アレが無ければ戦いにすらならない。皆とは無事に合流出来たし、そろそろ取り戻しておくかと虚無を握った。

 

 いつも通りに虚空からゾルゾルと姿を現す漆黒の凶器。だが、釣りで反応があった時のようにクイッと妙な手応えを柄に感じ。次の瞬間、黒剣を這うように細い手が伸びて腕を掴んでくる。

 

「ギャー!? なにこれー!?」

 

(ギャー!? なにそれー!?)

 

「ツカサ、ヴァニタスを放すなよ!」

 

 隣に居たシシアさんが即座に反応し、鉈で腕を両断した。俺は綱引きの相手が居なくなりドシンと後ろに尻餅をつく。あまりの驚きに呼吸荒く腕を見れば、右手には樹木で出来た腕が付いたままだった。

 

「も、漏らすかと思った」

 

(流石に儂も、ちと驚いたわい)

 

 心地的には呪いのビデオから怨念が這い出てきたようなもの。しかし実態は、檻の前で囚人に腕を掴まれた感じか。ともあれ着々とこの花園密林が妖精の楽園に塗り替えられているのは間違いないらしい。

 

「まずいな。あまり残された時間は無いかも知れねえ。世界樹が完全に乗っ取られたら大森林ごと支配されちまう」

 

「そうだね。魔力さえ手に入れれば、あとは妖精の数の問題だ。共有幻想が完成するまでこの密林の規模を広げるだけだな」

 

 被害を広げる前に止めなければならない。だが、その為には大きな障害があった。千手蜘蛛こと上級妖精の存在だ。なので魔女はリベンジに燃える顔で作戦会議を提案する。

 

「負けは許されない。次は勝つぞ。知恵を貸してくれ」

 

 

「いや、無理じゃね?」

 

 愛槍を手にし意気揚々と決戦の準備をしていたリュカ。けれどイグニスがどんな存在だったかを語れば、いとも簡単に手の平をクルリと返した。

 

「だから今、みんなで勝つ方法を考えてるんだよ!」

 

「やめっ、やめろ~」

 

 俺は狼少女の頭を腋で挟み、頭頂から生える犬耳をコリコリと撫でまわしてやった。笑い転げた少女はバタリと床に倒れる。弱気は成敗だ。

 

「うーむ。しかし本当に恐ろしいな。まるで個でありながら軍隊だ。それに加え回復能力まであるとは」

 

「回復というよりは命の数に近いが、まぁセレシエの言う通り、そこを攻略しなければ勝ち目は無いだろうね」

 

「ならばリュカの言う通り、戦わないという選択肢もありではないか? 世界樹さえ奪還してしまえば、妖精も魔力が足りず何も出来ないだろう」

 

「ふむ。確かに倒す事が目的じゃないしね。けれど必ず邪魔はある。なら先ずは誘き寄せたりしなければ……」

 

 桜色の髪をしたエルフは魔女と向き合って戦術の討論をしている。だが、意外や要のシシアさんは顎を擦りながら物思いに更けていた。

 

「あの、何か気になる事でもありましたか?」

 

「ああ、いや。少しな」

 

「少しな、じゃない。思いついた事は全部言え、ツカサもだ!」

 

 イグニスちゃんは元気にガオーと吠えた。それほど再戦に意気込んでいるのだろう。シシアさんはそれもそうだと頷きながら、考えていた事を口にする。

 

「その上級妖精の戦い方がな、似てるんだ。混沌四天王の一人に」

 

(むう。シシアもそう思うたか)

 

 混沌四天王。魔王ジグルベインに仕えた4人の最大戦力だ。確か【影縫い】【堕天】【黒妖】、そして最後の一人は……【千手】だったか。この話題は魔女の興味を引いたようで、どういう事だと続きを促された。

 

「確かに有り得ない話ではないんだが。なにせ【千手】は上級妖精だったからな。奴らが戦い方を真似るのは分かる」

 

 俺はおやと思った。ジグが妖精界を潰すという悪行を行っているのに、まさかその部下に妖精が居たと発覚したからだ。

 

「混沌と妖精って仲が悪かったんじゃないんですか?」

 

「最悪と言っていいが、【千手】ベルヒラハだけは別だった。王を失い調子に乗った妃に操られている所を開放した恩があったんだ」

 

「んん~!?」

 

 どんどん出てくる新情報にイグニスは額に手を当てながら唸っていた。俺が取り分け気になるのは王が失われたという件か。黒剣についてきた植物の腕を振りながら、この人の事ですかと聞いてみる。

 

「違う違う。今の女王は植物の化身でな。それとは別に、この星の化身たる王が居た」

 

 言われてみて違和感に気づいた。妖精が自然の化身という割に、密林で襲ってきたのは全て植物だったのである。妃は星の花嫁として嫁いだ事で、自然として受け入れられているのだと言う。

 

「だが妖精王は、その現身を精霊王に譲っている。空いた王座に座ったのが今の女王さ」

 

「それって、まさか……」

 

「ああ。勇者ファルスの剣、クエント・デ・アダスは星という概念を太陽の力で形成した物だ。きっとアイツも大魔王の存在を知っていたのだろうな。でなければ、妖精王と精霊王が力を貸す事は無い」

 

 俺はうむむと唸りながら、話を整理する。

 つまり今戦っている女王という存在は、王の後釜に座った元妃。そのあと魔王への刺客として上級妖精を放つも、返り討ちにあって虚無に閉じ込められたという所か。

 

(まぁかねがね合っとる)

 

「ええ、じゃあなんか逆恨みくさくない?」

 

(カカカ。であろうとも恨みだけは本物じゃ。儂は滅ぼしたものとして、ソレを否定するつもりはない)

 

 イグニスは話は分かったと区切った。内容に興味はあるのだが、対策とズレ始めていると。老エルフは思い出話に興が乗っていたようで、ンンと咳払いをして襟元を正す。

 

「まさか身内に妖精が居たとはね。道理で詳しいはずだ。なら奴らとの戦い方も心得ているんじゃないのか?」

 

「ああ。あの人の戦い方は物量で圧し潰す。だから魔力の消費が馬鹿デカイんだ。本人は大地と同化して魔力を補っていたが、敵の上級妖精は恐らく世界樹依存の魔力だろう」

 

 シシアさんの説明では、相手は格が大きすぎる故にまだ存在を世界樹の魔力で後押ししているというのだ。

 

 ならば魔力の補給源を断ってしまえば自分の出力で自滅する。無敵とも思われた大森林の化身だが、なんとか勝ち筋が見えてきたじゃないか。心境は同じか、魔女もニチャリと暗黒の笑みを浮かべて見せた。

 

 

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