ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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「むぐぐ~!」

 

 セレシエさんは頬をカエルの様に膨らませ、顔を真っ赤にして力んでいた。年上にこういうのもなんだが可愛い絵面だ。いや、シシアさんに骨を返したら、そういえばと地下室から弓を持って来たんだよね。

 

 なんでもシエルさんの愛用していた品で、世界樹から作られた名弓だそうだ。若い頃はシシアさんも使っていたのだけど、左腕を欠損したためお蔵入りしていたのだとか。

 

「セレシエにはまだ早かったか」

 

「いえ、大丈夫です!」

 

 それを使えるなら譲るよと渡されたのがセレシエさん。桜色の髪をしたエルフはいいのですかと満面の笑みで受け取るのだが、いざ構えてみれば弦はピクリとも動かなかったのだった。

 

 まぁそうだろうなと思う。なにせ俺は最初アレが弓だとは思わなかったくらいだ。なんというかほぼ真っ直ぐで、弓は弓でもバイオリンを奏でるのに使いそうな外見だった。きっととんでもない強弓なのだろう。以降セレシエさんは弦を引くのに躍起になっている。

 

「やっとコイツの出番か……」

 

 一方リュカは愛槍を布でキュッキュッと磨いていた。1メートル程の短槍で、矛先には彼女が自分で仕留めた魔獣の牙が付いている。訓練では振り回していたが、何気に初の実戦投入か。やってやるぜと意気込む狼少女は、しかし緊張もあるのか普段より口数が少ない。

 

「……」

 

 俺はすっかり戦士の表情をする横顔を眺めながら、猫親分に見せてやりたいものだと考える。この窮地で腹を括ったのだろう。出会った当時の様な尖った雰囲気が懐かしかった。

 

「さてツカサ。こっちも会議を始めるよ」

 

「うん」

 

 空気はすっかり戦前。こっちはイグニスとシシアさんを交え、上級妖精攻略に向けての最終打ち合わせだ。千手蜘蛛の戦闘スタイルが混沌四天王に近いというヒントから、勝ち筋を手繰り寄せるのである。

 

「よし、ちと古いが地図があるから見てくれ」

 

 老エルフは床に羊皮紙をクルクルと広げた。片手で器用に開くものだから感心するが、大事なのは中身。俺とイグニスは膝を突き合わせて、どれどれと覗き込む。地図と聞いて里のものだと思ったのだが、それは半分だけ正解だった。

 

 正確にはこれは設計図になるのではないか。里の地形の上に魔法陣が書き込まれている。内容までは理解出来ないけれど、その緻密な作りにはどれほどの労力が掛かったのかと溜息が出る程だ。

 

「え、もしかして他の町も地下にこんな魔法陣があるの?」

 

「そうだね、あるよ。だいたいの町は地脈の上に作っているからね」

 

 例外的なのはベルレトル領のリーリャのように不本意に発展してしまったところなのだとか。町作りって大変なんだね。まぁそんな事はどうでもよくて。イグニスは俺と雑談をしながらも魔法陣を指でなぞりながら魔力の流れを把握しようとする。

 

「ちょっと待ってねジグ」

 

(ん? いや、儂じゃないぞ)

 

 俺も分からないなりに理解をしようとするのだが、出鼻を挫くように右肩をトントンと叩かれた。今集中してるからと雑に肩を払うのだけど、瞬間、俺は目を見開いて蒼褪める。

 

 そうだ。ジグルベインが触れられるはずが無い。だというのに彼女と勘違いをしたのには理由がある。四人全員が視界に収まっているのだ。じゃあ叩いたのは一体誰なのさ。俺は顔を恐怖に引き攣らせながら振り返り。

 

「ブエー」

 

 世界が真っ暗になった。そして生暖かく、生臭い。大きなクチバシに頭を齧られていた。

 グスリと涙ぐむ。けれどこれは歓喜のもの。よもや俺が愛鳥の声を間違えようものか。長い首へ腕を回し抱きしめれば手はフワフワの羽毛に沈み込んだ。

 

「ボコ、お前生きていたのか~!!」

 

「ああ、そういえば言ってなかった。ツカサ達のシュトラオスは無事だったぞ。私の馬と一緒に木に引っ掛かっていたよ」

 

 セレシエさんがなんでもない様に教えてくれる。てっきり樹波に飲み込まれたと思ったのだが、厩舎の前に置いた馬車が緩衝材になったのだろうという事だ。俺は運が良い奴めと愛鳥を撫でくり回した。

 

 どうにも帰って来てすぐに着替えに行ったから教えてくれるタイミングが無かったようだ。なんて嬉しいサプライズだろう。

 

「よしよし、足も手に入ったか。これは幸先いいぞ」

 

「イグニスはボコに愛着とかないの?」

 

「あるから喜んでいるだろう?」

 

 俺とイグニスの「生きてて良かった」の意味は本当に同じなのだろうか。すでに地図に目を落としている横顔を見ながら首を捻った。

 

「ふぅん。この里の魔力の流れは大方分かったよ。それにしても私にこんな物を見せてしまって良かったのかい。土地に刻む魔法なんて極秘事項だろうに。その気になればこの里を潰せるぞ」

 

 魔女は顔持ち上げて老エルフを見る。赤い瞳は挑発的な色を帯びているのだが、シシアさんはハッと鼻で笑うや、何を今さらと口を開いた。

 

「お前たちに助けてもらわなきゃどの道終わりさ。そっちこそ良かったのかい、エルツィオーネが魔王軍の手助けなんてしちまってよ」

 

 命を懸ける義理は無いだろう。言語外にそう言われた気がした。

 思えば彼はバチバチに時の勇者一行と争っていたのだ。時代を跨ぎ共闘する関係に奇妙な縁を感じるものである。

 

「……私は貴方に何もされていないから恨みなんてない。だから魔王軍の残党としてではなく、侵略者から土地を守る領主に手助けをしているんだ」

 

 シシアさんはイグニスの真面目な態度に面を食らったらしい。隻腕でぶっきらぼうに頭を掻きながら、作戦を続けるぞと床を見た。

 

 意外と思うだろうが、乱暴で性格の悪いイグニスちゃんは、けれど高潔で気高い精神も持ち合わせている。証拠に樹波が襲った時は真っ先に矢面に立ち、住民の避難を促した。変わらない在り方に俺は内心でフフッとほくそ笑む。

 

「じゃあまず、私の案を聞いてくれ。世界樹を燃やそう。そうすれば相手は魔力源を失い簡単に無効化出来る!」

 

「なるほど、そうすりゃ一発で解決だな! エルフと戦争する準備は出来てるかエルツィオーネこの野郎!」

 

「えー、でも現実的で一番楽だぞ。ぶっちゃけ私も一度はあのデッカイ木を倒してみたい」

 

(お前さん、高潔で……なんじゃっけ?)

 

「ごめん。取り消していいかな」

 

 ある意味は問題解決の最善手なのかもしれない。だがシシアさんが世界樹を後世に残す為に頑張ったことを知っているのだから発想が悪魔すぎた。

 

(カカカ。しかしまぁ、確かに時は進んでおるよな。変わらぬのは死人だけよ)

 

 ジグルベインはああだこうだと揉め合いながら作戦を立案する、賢者の子孫と魔王軍の残党を眺めていた。ちなみに俺には話が難しすぎて交じれなかった。

 

 

「よっしゃ、いくぞ。【展開】【弓より早く】【槍より重く】【貫き燃やせ】!」

 

「「応!」」

 

 魔女から放たれる火炎槍が、シシアさんの家を覆い隠していた土壁を吹き飛ばす。モクモクと上がる土煙の中、二頭の駝鳥と馬が競う様に駆け出していく。

 

 ボコの手綱は俺が握り、後ろにはイグニスが乗る。馬の方はリュカが操り、背後にエルフの二人がしがみついていた。

 

「のああー。おいツカサなんかいっぱい居るぞ!?」

 

「俺達を探し回っていたみたいだね」

 

 虚無となる黒剣を奪い返したせいだろう。密林には下級妖精が飛び回り、木人形がゾロゾロと蠢いている。もう少し時間を掛けていたら居場所がバレて襲撃されていたかも。

 

 だが今回はこちらが一歩早かった。駝鳥と馬の脚力は、存在が把握されようと簡単には

追いつけまい。ただしそれは速度が乗ればの話。歩くのにも不自由する密林ではすぐさまに道に詰まり、歩みは止まる。

 

「いいぜ、嬢ちゃん!」

 

「よし来た。はは、燃えろ燃えろ!」

 

 妖精はシシアさんの家から樹波を発生させている。それが出来たのは地下室の魔鉱石を維持する為に直接世界樹から魔力を引っ張っていたからだ。

 

 上手く利用されてしまった事になるけれど、ならばこちらも使えばいい。家の魔法陣は既に塗り替えた。後は魔女の火属性の魔力を、地脈の操作に長けたシシアさんが無理やり地面に流し込めば。

 

「うわぁ、魔法使いってすげえな」

 

「いやぁイグニスの発想が怖いんだと思うよ」

 

 地面から荒れ狂う炎が噴き出して密林を焼いていく。その炎の道は地脈を辿り、世界樹まで文字通りのホットラインを作り出していた。さぁ勝負と行こうか妖精さん。

 

 

 

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