ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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368 対四天王対策

 

 

 地面から炎が噴き出し世界樹までの道を作った。

 さすがに大きな木は一瞬では燃え尽きないけれど、茂る草や邪魔な蔦はメラメラと灰になって崩れていって。

 

「よっしゃ、行くぞボコー!」

 

「ブエー!」

 

 悪路ではあるが、これなら駝鳥を走らせるには十分だ。パチパチと火を残す密林の中を2頭は全力で駆け出す。

 

 背後からはゾンビの様に群がる木人形が無言に迫っていた。速い。相手はデッサン人形の様なシンプルな外見だが、その戦闘能力は本物である。シュトラオスの脚力でさえ振り切れない速度で追従して来るとは驚きだ。

 

「【番える矢は一つ】【されど千を穿て】【夜空の星さえ墜としきれ】」

 

 だが、この状況は想定済み。その為に魔法使い達を後ろに乗せていた。

 イグニスは大きく後ろを振り向き右腕を突き出す。掌には大きな火球が生み出されていて、火種を分ける様に無数の火矢がばら撒かれていく。

 

「うわー。なんか、こう。自信無くすなぁ」

 

 セレシエさんは魔女が打ち漏らした敵を弓で仕留めながら言った。前衛では俺に負け、魔法でもイグニスに敵わないと。どうやらシシアさんから貰った弓を引けなくて自信を喪失しているらしい。

 

「カッカ。じゃあこれから活躍しねえとな。そうれ次が来るぞ」

 

「おっしゃ、オレも頑張るぜ!」

 

 今回は包囲をされる前に突破したので後続は少なかったようだ。割とあっさりと背後の木人形から距離が開いていく。

 

 まぁ深追いはしないだろう。なにせ妖精にはネットワークがあり、全ての個体が繋がっているのだ。一匹に見つかればたちまち全体に居場所が知れてしまうのである。監視社会は生き辛いね。

 

「うぉりゃーどけどけー!」

 

「ヒュー。やるじゃんリュカ!」

 

 だから敵は回り込んで来た。流石に急では数が集まらないのか疎らだが、行く手を阻む様に通せんぼをしてくる。そうなると活躍するのはリーチの長い槍だった。

 

 リュカの実力は人狼形態でやっと木人形1体を倒せるかどうかだろう。しかし、馬で走る今ならば先に一撃を当てればいい。痛みも感じぬ人形だろうと倒れれば最後、次にはもう追いつけない距離が出来るのだ。

 

「負けてられないな!」

 

 襲い来る敵を槍でバンバンと薙いでいく狼少女。その姿に落ち込むエルフが奮起した。中距離攻撃ならばこちらも得意だとばかり、走る馬上から見事に相手を射抜いて見せる。

 

「この調子なら行けるかな」

 

 俺はやや希望を持ち呟いた。密林の攻略に手間取っていたのは、妖精の妨害も大きいけれど樹木の密度により方向すら分からなかった事に尽きる。

 

 でも里自体はけして広くないのだ。だから直線路が出来て、走るのが駝鳥の足であれば、目的の世界樹はあっという間だろうと。

 

(カカカ。そう上手くばかりは運ばんようだぞ)

 

「げっ!」

 

 言った矢先のことである。世界樹はもう目前だと言うのに到達をする為の道が消え失せてしまった。頭上より腕の形をした樹木が雨の様に降り注ぎ、分厚い壁を形成していくのだ。

 

 一体どこから攻撃をしているのか。腕を手繰るように視線を動かしていくと、側面の木の上には、まるで本物の蜘蛛の様に張り付く千手蜘蛛の姿が確認出来た。まぁコチラの動きを把握しているなら出てこないはず無いよね。

 

「くそ、さっそく道を閉ざされたか。こっちは樹波対策で地脈を一本潰したってのによ」

 

「近づけた方だろ。じゃあ作戦開始と行こうか」

 

 イグニスの言葉に応じるようにリュカとセレシエさんの二人は馬から飛び降りた。残るシシアさんが手綱を握り、一度強く頷いてから走り去っていく。

 

「うわぁ、あれが上級妖精ってやつか。本当に蜘蛛みたいだな」

 

「そうかなぁ。私には蛸のように見えるけど」

 

 まだ遠いからか、初遭遇の二人は呑気に千手蜘蛛の感想を言い合っていた。だが、相手が電飾の様に魔力の光を纏うと表情は一瞬の内に恐怖で塗り替わる。

 

 そうだね。情報は共有しているから、何をしようとしているのかは容易に想像がついたと思う。けれど初手で殲滅とはまた殺意が高いこと。もしかして女王はヴァニタスを奪い返す時に腕を切ったの怒っているかな。

 

「ふはは、馬鹿め。そう何度も同じ手が通用すると思うなよ!」

 

「こらツカサ。それは私を盾にして言う事じゃない」

 

 相手は前回と同様、千手を孔雀の羽の様に広げて薄闇をピカピカと魔法の光で染め上げた。

 

 対抗するは炎の壁。イグニスはぐぬぬと歯噛みするほどに魔力を練り上げて、地面からマグマの様に噴き出す炎岩を生成する。俺たちは駝鳥ごと壁の影に身を隠し。

 

「おいおいツカサ、この壁大丈夫なんだろうなぁ!?」

 

「駄目なら全滅だからイグニスを信じろ!」

 

 リュカは身を丸めてプルプルと尻尾を震わせていた。気持ちは分かる。まるで暴風雨の中を薄いビニール傘で耐えているような気分だった。

 

 激しい衝突音が絶え間なく壁をノックする。飛んで来るのは土塊に風礫に水球。恐ろしい数の魔法は周囲の木々をなぎ倒し、地面を抉る。壁に隠れていても、横からは土砂がビチビチと降りかかって来る。

 

 魔法はあと何秒続く。壁はあと何秒保つ。強い音と衝撃は、先に心を壊すのではないかと思うほどに不安を駆り立てた。

 

「うおー、どうだ耐えたぞ! シシアめ、後でぶん殴ってやる!」

 

 かくしてイグニスはやり遂げる。老エルフ曰く、多重魔法は数こそ多いけれど、操るのは下級妖精なので威力はそれなりとの事。伝授された対策はずばり正面突破だった。本当に耐えられるのか半信半疑だったが何とかなるものだ。

 

「よし。じゃあ俺も気張るとするかね。ジグ、魔力くれ!」

 

(うむ。アドバイスは儂に任せろ)

 

 俺は愛鳥から飛び降り、魔王の魔力を纏う。千手蜘蛛はこちらの行く手を阻んでいる気のようだが、実は逆なのだ。最初からここで奴を食い止めるのが作戦である。

 

 戦いの舞台に選んだ場所は炎の道の跡だった。地脈が吹き飛んだ為に、復元の樹波はもう起きない。密林の草木に邪魔される事なく思う存分戦えた。

 

「とはいえ、シシアが戻るまで無茶はするなよ。今は削るだけ無駄だ」

 

「分かってるよ。それよりイグニスはあと何回くらい多重魔法を防げそう?」

 

「正直もう疲れたから、次はセレシエに任せる」

 

「ええ!? わ、私か。ああ壁くらい作れる。頑張るよ」

 

 千手蜘蛛は木の上から魔法を耐え抜いた俺たちを眺めていた。すぐに動かないのは、何かを考えているのか。

 

 いっぱいあるだろう。耐え抜いた方法。荒地のまま復元しない地面。見当たらぬ老エルフ。けれど掛かって来いと黒剣を突きつければ、怨念が上回ったか異形の怪物がドシンと降って来る。

 

 それはまるで憎しみの強さを表現するように。潰れろ。潰れてしまえと。一本の呪木は全ての枝を握り拳に変えて怨敵を滅多打つ。

 

「まったく、これに時間稼ぎとか無茶言うよね」

 

(カカカ。前回は秒で逃げたものな)

 

 うん。けれどこれが最終決戦。今回ばかりは逃げられない。

 闘気“闇式”はもともと赤鬼をぶった切る為に考案したスタイルだ。他の3人は蜘蛛の子を散らすように攻撃を避けるが、俺だけは正面から前に出る。

 

 上面から隕石の様に降り注ぐ樹木の拳。なんぞこれしきと迎え撃ち、手応えに険しい表情をした。なるほど、まるで鋼。イグニスの火炎槍でも辛うじての破壊だったのが伺える強度だ。

 

「だから、どうしたー!」

 

 闇を纏う斬撃は第一波を悉くに両断する。そして僅かに生まれる隙に思いきり地面を蹴りつければ、相手の攻撃は背後に向かい落ち続けた。

 

(うむ。数が脅威ではあるが、腕が長い時は懐に入れば攻撃は緩む。だが気を抜くな、アレは全身凶器。武器など幾らでも作れるぞ)

 

 灯台下暗し、とはいかないようだ。千の手を掻い潜り本体に近づいてみれば、ジグの言う通りに新たな武器を携えて来る。

 

 さながら肋骨が飛び出したかの様に胴体から射出される数十本の木槍。慌てて迎撃しようと剣で身構えれば、しかし矛先はカカンと軽快な音を立てて自然に逸れた。

 

 セレシエさんからの矢の援護。そうだ、俺は一人で戦っているのではない。僅かに口元が緩むのを自覚しながら、黒剣を本体に叩き込む。

 

 さながら金属同士をぶつけ合ったような衝突音が密林に木霊し、下半身と切り分かれた上部はズシンと地に倒れた。シシアさんの用意した対四天王対策はかなり有効らしい。

 

 今はどうせ修復してしまうのだろうが、前回尻尾を巻いて逃げ出しているので、ざまぁとばかり見下ろしながら言ってやった。

 

「ドヤァ!」

 

 

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