ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
黒剣による重斬撃は上級妖精の胴体を両断した。
蜘蛛の足の様に根をワシャワシャと動かす下半身。枝を千手観音像の如くに振り回す上半身。それが見事に斬り別れて地へと転がる。
「ドヤァ」
と俺は得意顔を浮かべるも、効果が薄いことは理解をしているつもりだ。
なにせこの千手蜘蛛の姿はしょせん人形。いくら壊したところで本体にダメージは無く、むしろ修復してくるのは経験済み。
だが対策は嵌った。相手が混沌四天王の一人を戦闘モデルにするならば、こちらにはその戦闘方法を知り尽くした魔王達が居るのだった。逃げることしか出来なかった前回と違い、十分に活路が見出せている。
(おや、倒した下半身の様子が?)
上半身は既に無数の腕で身体を起こしてニョキニョキと下半身を復元していた。こちらが上級妖精の宿る本体と見ていいだろう。俺は無理して追撃をせず、一旦退いて距離を取る。
問題は下半身君だ。前回も腕なら沢山壊している。だから破壊した部位はもう動かないはずであった。けれどもどうだ、落ちたばかりのトカゲの尻尾の様にいまだビチビチと元気に跳ね回っているではないか。
「ツカサ、離れろ!」
イグニスも後方から違和感を覚えたらしい。せっかく編み出した攻略法。想定外の行動をされる前にと爆炎槍を放つ。
だからどうして味方を巻き込む攻撃を平気で実行するのか。目の前でチュドンとミサイルでも打ち込んだような大規模な爆発が起こる。俺は‘闇式’で自重が増加しているに関わらず、熱風に煽られて数メートルはゴロゴロと後ろに転がった。
「痛てて。覚えてろよイグニスめ。で、どうなった?」
(ギリギリで上に飛んだのが見えた。直撃はしてないぞ)
ジグの言葉通りプスプスと煙を立てながらも無事な触脚が落ちてくる。そしてソレは虫の様にガサガサと地を這いながら世界樹の方へ駆け出してしまう。
まさかシシアさんを狙いに。敵の狙いが頭を過り、すぐさま止めようとするのだけど、そうはさせんとすっかり復元した千手蜘蛛が立ちはだかった。
「セレシエ、これはどういう事だ。上級妖精は分身までするのか?」
「違う。違うよイグニス。ああ、女王め。なんて惨いことを」
魔女は聞いてない行動パターンをエルフに問う。するとセレシエさんは、今にも涙しそうな表情で現状の憶測をする。
「――BBBAHHHH!!」
「あれは、苦しむ叫び声だったんだ」
まだ妖精界として完成していないこの里で、女王が上級妖精を呼び出せた理由。それは呼び出したのではなく、作り出したのだろうとの事だ。
千手蜘蛛は、制御の容易い下級妖精という存在を一つの入れ物に詰め込んで詰め込んで、無理やり格だけを拡張した存在。無数の命を団子のように固めた集合体なのだと。
分身もするはず。そもそも今まで倒してきた木人形達すら、この千手蜘蛛から切り分けた存在ではと言うのだ。俺は想像し吐き気すら催した。
「……ふざけた事をしやがって」
イグニスの赤い瞳に炎が宿るのが見える。領主一族の彼女なら民をゴミの様に使い捨てる相手に嫌悪を覚えるのは当然だった。その反応が少し嬉しい。
同様に俺も一つ疑問を解決する。この里では妖精と共存をしていた。エルフは植物を愛し、大森林を育んだ。なのにどうして自然は彼らに牙を剥くのか不思議に思っていたが、全ては女王という独裁者による復讐劇か。
「で、どうすんだ。シシアのおっちゃんの所に誰か向かうか?」
リュカが槍を構えながら判断を問う。その疑問は至極正しい。なにせシシアさんこそ作戦の要だ。彼が失敗しては、俺たちだけで千手蜘蛛を倒すのは至難だろう。どう判断したものかとチラリと騎乗する魔女を伺う。
「いや、最悪は私達がここで倒れることだ。本体だけは通してはいけない」
「イグニスの言う通りさ。シシア様は分け身程度に負けるほど弱い人じゃないぞ」
イグニスとセレシエさんの二人に信じろと言われて、俺とリュカは頷いた。まずは自分の役目を。ここで千手蜘蛛を食い止めようじゃないか。
(第二形態が来るな。千手の姿は言わば殲滅形態。遠距離からの攻撃に特化した姿じゃった)
「じゃあ今度は近、中距離ってとこかな」
蜘蛛のように蠢く下半身はそのままに、無駄とも思えた腕の数を絞ってきた。六本の腕が背後に控える腕を剣の様に引き抜き構える。
その姿は千手観音を改め、まるで阿修羅像。しかしどうして様になっている。漂う雰囲気から、これがコケ脅しではないのが伝わってきた。
当たり前か。妖精は本来、戦い慣れていない。それは木人形を相手にして理解出来た。だからこそ、女王は魔王軍の幹部を務めるほどに戦闘に特化した個体のデータを参照にしているのだ。
(まぁ儂への意趣返しもありそうじゃがな)
「速っ!?」
蜘蛛の多足が生みだす瞬発力は、俺の想像を遥かに超える速度だった。一瞬にして目前に現れる巨体。振り被られる剣。
セレシエさんは反射に近かったのだろう。引き絞る弦を離して矢が飛んだ。だが無情に響くカキンという音。やはり千手の時より随分小回りが利くようで、軽々と剣で矢を打ち落とし。
それでも奴にはまだ五本の剣がある。ブンブンブンと太鼓でも叩くように巨大な腕が振られた。そう。人間を殺すのに腕は千本も要らない。一撃だろうと致命であれば事足りる。
(こういう時は下、右下、右+Pー!)
「お前マジふざけんなよ……」
しかし悲しきかな。それは地球での有名なコマンド。意図だけは明確に伝わった。間に合ってくれよ。俺は両手を突き出し、纏う闇の魔力を全て射出する。
(はどうけん!)
いわばキトに使った魔拳の応用。吹き出す質量の波がブワリと敵を僅かに後退させた。
その僅かこそ明暗を分ける距離。致死の一撃は空を振り、扇風機のように皆の鼻先で風を巻き上げた。
「強いぞコイツ。ジグ、何か弱点は?」
(ふむ……代わろうか?)
「ないのー!?」
絶望的な答えを聞き、とりあえず散れと手を振った。慌ててイグニス達は距離を取る。しょうがない、俺が前衛として粘るしか無さそうか。
本当はジグルベインが勝ってくれるのであれば交代も悪くはない。けれど、今は攻撃したところで倒せないと読んでいる。コイツはいわば、条件を満たさない限り無敵のクソボスなのであった。
「シシアさん早くしてねー!」
花園密林は疑似妖精界。つまりは妖精の補充が幾らでも出来てしまう。だから彼は補給が出来ないように破壊工作を行っていた。
地脈が燃え尽きたこの場所で樹波が発生しない通り、女王はシシアさんの作った魔力の流れを乗っ取り使っている。それはもう確実だ。けれどそれが少し変らしい。地脈というのは、いわば星の霊脈であり血管。魔法に使えるのは、表層に浮き出た一部である。
世界樹があるこの土地は魔力の一等地。ならば直接地面から魔力を吸えばいい。いや、もっと言うならば、世界樹だって植物なのだから操ればいい。
出来ないのだ。何故だ。
世界樹は、異世界から飛来した異物。この星の自然体系に含まれていないからではないのか。
「つまり、世界樹を壊すまでもない。お前らの計画は魔法陣を破壊しただけで終るのさ!」
相手は黒剣を持つ俺を執拗に狙ってきた。闘気を光式に切り替え対応する。6本の剣が乱舞する様は、まるでヴァンを3人同時に相手しているようなプレッシャーがあった。歯を食いしばり来るべき時をただ耐え忍ぼうとして。
「無理をしなくていい」
飛来する火炎槍。阿修羅は振り向きざまに剣で迎撃をした。武器としていた腕剣は壊れ、背後からまた一本ゾルゾルと引き抜かれる。
「一人じゃねーんだろ」
その隙に側面から襲い掛かる狼少女。危険だから止めろと叫ぶのだけど、意外や相手の間合いギリギリに留まる事で上手く攻撃を避けていた。
正直嫉妬するほどの戦闘センス。しかし、リュカに手数を割いてくれれば、俺は断然動きやすくなり。
「うらぁー!」
迸る黒剣が腕を斬り飛ばす。ドシャリと落ちると同時、やはり腕はニョロニョロと生えて復元していく。的を絞ったことで確かに攻撃力は増しているのだが、戦闘経験は断然こちらが有利のようだ。
これならば少しは耐えられるか。俺たちの友情パワーを見せてやるぜ。そう思っていたら相手は鬱陶し気に背後に控える腕を光らせた。
「ええ、嘘~。その形態でもあの技使えるのー!?」