ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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370 無敵は剥がれた

 

 

 上級妖精は質量と物量で圧殺する遠距離攻撃を止めて、手に武器を持ち攻撃の質を高めて来た。六本腕に剣を構えるその形相はさながら阿修羅の如くである。

 

 一瞬で間合いを詰められ、繰り広げられる連打。それはまぁ、チームワークで何とか凌いで見せたのだけど。

 

「げぇ、この形態でも魔法使うのー!?」

 

(なんで使えんと思ったよ)

 

 魔法の連射は既に一度イグニスが破ってみせた。だが壁で防ぐというのは距離があったからこそ用いれた手段である。

 

 更に言えば、敵の前進が止まらない。俺とリュカは迫る六本腕の追撃から逃げる事が出来ないのだ。そうする間にも阿修羅の背後にある手は魔法の輝きを強くしていく。

 

 遠くのイグニスから逃げろと叫び声が上がった。出来たらやってるよ。

 魔力防御で凌げるだろうか。いや、リュカだけでも投げ飛ばして逃がすか。目の前で時限爆弾のカウントが始まったような焦燥に駆られる。

 

「二人とも、こっちだ!」

 

 突然にグイと腰を捕まれて攫われた。セレシエさんだった。それから一拍、奇妙な間が空き、ズドドドと魔法による掃射が始まって。

 

 おや、と耳を疑う。阿修羅はどうにも見当違いの方向を。先ほどまで俺たちが居た空間を狙って攻撃しているようだった。

 

 気付けば地表には深い霧が漂っている。エルフは白い靄に身を潜めて移動しているので居場所を見失ったのだろう。

 

「でもセレシエさん、これじゃあ!」

 

 駄目なのだ。元より広範囲を殲滅する用途の技。やはり相手はガトリング銃でも連射するように、徐々に射角を横にスライドさせて来た。地面を薙ぎ払う音が近づく。逆巻く風が身を潜める霧を飛ばす。俺は秒毎に心音が高まる。

 

 しかしエルフは冷静に弓に矢を番えていた。この霞の中で一体何を射るのかと思えば、矢は明後日の方向に飛んで行き。まさかそんなもので騙せるわけが。そう思うのだけど、敵の攻撃は予想に反し逸れていく。

 

「なんで?」

 

 濃霧は腰の高さほど。頭をそうっと持ち上げれば阿修羅の様子が見て取れた。こちらを完全に見失ったようで、もう魔法は撃っていない。

 

 同時、なるほどと感心をする。矢が突き刺さっていたのは一本の木だ。それは食獣植物で、リュカが密林に入ってすぐに襲われた種類のもの。

 

 衝撃が加わると頭上から三角コーンのような触手が襲ってくるのだが、見事に仕掛けが作動していた。どうやら阿修羅は樹木の動く気配に釣られたらしい。

 

「セレシエの姉ちゃんすげぇな!」

 

 間一髪を救われたリュカは、セレシエさんに感謝を言いながら抱き着く。本人は隠れているのだからと慌てて少女の口を塞ぎ、小声で言った。

 

「私達はこういう戦い方が得意なんだよ」

 

 ゲリラ戦法。少数のエルフが大森林を守り抜くには、自然を味方に付けて戦うしか無かったようだ。森では絶対に相手をしたくないね。でもと、セレシエさんは非常に申し訳なさそうな顔をして続ける。

 

「同じ手はもう通用しないだろう。力不足ですまない」

 

「いやいや。その一度が大きいんですよ」

 

 俺は形態変化を見誤っていた。あれは別に近距離モードなどでは無い。強いて言うならば、ジグルベインの言葉を借りて第二形態。元の遠距離攻撃の上から近接戦闘に対応していたのだ。

 

 霧はもう晴れていて、阿修羅は見つけたとばかりコチラを見ている。さてどうしたものかね。特に対抗策も思いつかないまま、剣だけは構えて応戦の意思を見せる。

 

「――BBBAHHHH!!」

 

 肌を揺らす叫び声。同時、5メートルを超える巨体はガサガサと木の根を足に前進しだす。俺も第三ラウンドに向け飛び出そうとしたら、狼少女にいきなり首根っこを掴まれてしまった。

 

「もう、なにさ!」

 

「ヤバイかも」

 

 リュカは突然キョロキョロと首を回してヤバイを連呼する。いままさに、そのヤバイのが前から来てるんだけどね。このままだと潰されちゃうよ。

 

「囲まれてるんだよ!」

 

「っ!?」

 

 何に。とは聞くまでも無い。そうだ木人形。上級妖精のインパクトで忘れていたけれど、密林にはあいつらが数多く居たのだった。行きに躱した奴らが今更ながらに合流してきたというわけか。聴覚の鋭いリュカはいち早く気配を察知したのである。

 

「……じゃあセレシエさん、リュカと一緒にそっちを任せていいですか?」

 

「いやいや、馬鹿を言うな。ツカサ一人で上級妖精と戦わせることは出来ない」

 

「ああ。そこは大丈夫です」

 

 一人ではないから。

 阿修羅はすでに目前に迫り、二本の腕を左右に振りかぶっていた。だが攻撃が放たれる事はなく、火炎と共に大きく横に吹き飛んだ。

 

 代わりに駝鳥に乗ってトコトコと現れる少女。イグニスは俺の顔を見るや開口一番でこう告げる。

 

「不甲斐ない」

 

「ごめんなさい」

 

「なんで謝る。違うよ、君たちを守れなかった私にだ。ほとほと自分の無能に呆れるね」

 

 泣くように湿っぽく、けれど折れぬ芯のある声だった。魔女がいま何を思うかを察す。俺は隣に立って静かに頷いた。リュカやセレシエさんには伝わるまいが、俺たちにはそれで十分だった。

 

 つまるところ劣化四天王なんかに負けていられない。これから先、勇者と共に歩むのであれば、将来立ちはだかるのは、より強大な魔王達なのだ。俺たちは脳裏に蘇る敗北の記憶に反逆するように、やってやろうと拳をコツンとぶつけ合う。

 

(お前さん、来るぞ)

 

 爆炎槍の直撃で倒れていた阿修羅が起き上がる。右側面の腕が消し飛び、炭化した体はまだプスプスと火が燻っていた。やけにダメージが重そうだ。攻めるなら今か。リュカとセレシエさんによろしくと言い残し、俺と魔女は同時に駆け出す。

 

「イグニス、何か作戦はある?」

 

「……現状シシア待ちなのは変わらないが、後ろは任せない。君は安心して進むといい」

 

「うん。頼んだ」

 

 敵とはまだ距離を置いて先にイグニスがボコを止めた。まだ相手の剣の間合いでも無いのだが、背後にある無数の手を伸ばして来たのだ。やはりこの形態でも遠距離攻撃は可能らしい。

 

 樹腕が猛スピードで迫りくる。数はもはや数える気にもなれず、ただ膨大で。降り注ぐ掌の暴威はちっぽけな人間を殺すにはあまりに過剰だった。

 

「【その矛先、固く鋭く】【猛る火炎、熱く高ぶり】【弓より早く、槍より重く、貫き燃やせ】!」

 

 されど、それは人が手強いからこそ。大自然の殺意を迎え撃つべく、俺の頭上を魔法が走る。

 

 展開陣では無い、詠唱による火炎槍だった。俺はほんの一瞬だけ躊躇う。なにせ火炎槍は前回、腕の1本を破壊するので精一杯だったからだ。

 

 だが、そんな心配ごと粉砕するように、炎の槍は触れる腕を片っ端から破壊していく。気付けば豪雨の様な攻撃のなか、ポツンと台風の目のように道が切り開かれていた。

 

「はは、すげえや」

 

(むう、魔力収斂(しゅうれん)か)

 

 ジグルベインは火炎槍の威力向上の秘密を語る。魔法使いは活性の様に分かり易い強さの基準が無いのだと。確かに、魔法の階級というのは強さではなく難しさで判別されていた。

 

 ならば強い魔法とは何ぞや。単純明快な話、魔力(エネルギー)をどれだけ詰め込められるかだそうだ。

 

(つまり今のはメ〇でもメラ〇ーマを超えとる)

 

「まぁ分かり易い」

 

 気合入ってるようだね。じゃあ俺も負けてはいられない。

 千手を掻い潜り、剣を構える阿修羅に挑む。間合いに踏み込むや、上級妖精は6本の腕を使い、丸太のような大剣を乱舞させた。

 

 剣筋自体は俺の目からでもお粗末な物。有り余る膂力を活かし、手数で押してくる。厄介なのが見た目だ。人間の腕の姿に騙されるが、あくまで人形。関節の可動域が恐ろしく広い。

 

「けどしょせんお人形ごっこ」

 

 数に誤魔化されるな。ヴァンの二刀流と比べれば、奴はただ剣を六本使っているだけに過ぎない。一振りの攻撃は速くはあるがタイミングがバラバラだった。光式で高まる反応速度は切っ先が届くまでの微妙な誤差を確かに見抜く。

 

 横薙ぎ、袈裟斬り、逆袈裟。ほぼ同時に振るわれる3本の剣だが、横の攻撃を蹴りで弾き、斜めに振り下ろされる2本は黒剣で受け止める。

 

「どこぞの狼の方がよほど怖かったぜ!」

 

 ウラァと力めば、圧しかかる剣を跳ね返してしまった。正直、自分の力にびっくりだ。剛活性に達したことで闘気の出力がかなり向上しているのだろう。思えば全力で使うのはあの夜以来はじめてだった。

 

「――!?」

 

 もし声を発せるのならば、驚くくらいはしてくれただろうか。

 阿修羅はさながら恐怖するように。それ以上近づくなと言わんばかりに、再び背後の腕に魔力の発光を宿す。

 

「それはもう、三度見た」

 

「【仄光る暗雲、空割く焔、蒼き雷】【熱砂を舞わせ風狂い、静寂遠く荒れ狂う】【音を喰い膨れろ、光を飲み奪え】」

 

 あのイグニスが後ろは任せろと言ったのだ。心配などはしない。

 なにせコイツが接近戦を嫌がる傾向は顕著。必ず近づく敵を拒否するように、魔法で掃射をしていた。

 

 俺魔女がその傾向を見逃すはずも無く、綺麗にカウンターが決まる。使用したのは、大森林に入ったばかりの時にトンボの群れを撃ち落とした魔法だ。

 

 曰く、放電ならぬ放火。孔雀の羽のように広がった千の樹腕は、さながらアンテナのように炎を受信してしまう。雷属性を持つ炎は凄まじい裂帛音を立てながら、衝撃と共に樹腕を駆け巡る。

 

 千手の全てにバキベキとヒビが走り、内も外もが焼き焦がされて。阿修羅はまるで翼をもがれたかの様に地へと崩れ落ちた。

 

「フハハハハハ。どうだ見たか!」

 

「えげつない威力になってる……」

 

 けれど、どんなにダメージを与えても修復されてしまうのだろう。壊れた機械のようにギギと音を立て起き上がる阿修羅。やはり新芽が芽吹き、せっかくの破損をすぐさまに補っていた。

 

(ん? しかし千手の方は生えてこんな?)

 

「もしかして!」

 

 シシアさんが魔法陣の破壊に成功したのだろう。世界樹からの魔力が無くなれば、相手はいよいよ回復数にも限度が出来たはず。無敵は剥がれた。なら今度はこっちのターンだ!

 

 

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