ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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372 死者の許し

 

 

(ええい、大人しく体を寄越すんじゃ~!)

 

 魔王が悪霊の様な事を叫びながら周囲を飛び回っていた。やたら戦闘中に代われ代われと言ってくると思えば何やら思惑があったようである。

 

 俺は千手蜘蛛討伐の余韻も吹き飛び、しかめっ面を晒す。気のせいでなければジグルベインは世界樹を壊すと宣言したのだ。シシアさんがどんな気持ちで世界樹を守り通したのかは地下室で見てきたというのに。

 

「お前なにを……」

 

 考えているんだ、と。真意を聞き出そうと思えば視界の端に影が飛んで来る。というか狼少女が腕を広げてダイブしてきていた。慌てて受け止めるのだけど、俺は尻餅をついた姿勢。勢いに負けて後ろに押し倒されてしまう。

 

「んげふ」

 

「おいオレもちゃんと戦ったぞ」

 

 褒めろとばかり尻尾を振る姿は、狼というより、もはや犬であった。まったく子供かと呆れるのだけど、文句の言葉は喉まで出掛かり飲み下す。

 

 リュカの外見は傷だらけであった。顔も腕も、肌の見える場所は、どこも切り傷や擦り傷が沢山ある。

 

 思えば千手蜘蛛との決戦は、一度も木人形に邪魔をされなかったではないか。かなりの数が居たというのにだ。俺達を集中させる為に、リュカとセレシエさんは本当に必死になり頑張ってくれたのだと思う。

 

「ありがとう。リュカのおかげで助かったよ」

 

「へへ。いいんだ、ツカサが勝って良かった」

 

 ナイスアパムゥ。俺はそう言って少女の狼耳と月光色の髪を撫で回した。リュカは止めろと口にしながらも、笑顔を深めるだけで抵抗はしない。何というか犬属性が強くなっているな。これも人狼化の影響だろうか。

 

 だがじゃれ合っていたのは少しの間だ。気づいてしまったのである。俺に跨る少女から若干漂うアンモニア臭に。そして僅かに湿ったズボンの股座に。

 

「……」

 

(カカカ。やはり駄犬じゃ)

 

 さてはこいつ漏らしたな。情けでツッコまないが無言で身体の上からリュカをどけた。まぁタイミングは大体想像がつく。恐らく千手蜘蛛の魔法掃射から逃げている時の事だろう。あれは俺も泣きたかったもん。

 

「さてと。とりあえず一回集まろうか」

 

「ん。分かった」

 

 それはジグルベインを見ながら言った。別に無視をしている訳ではないよと。交代をするならするでタイミングも大事だろう。

 

 ちょうど他の皆も集まっているようだ。二人のエルフが赤髪の少女を挟んでいる様子が伺える。鼻血を噴出したイグニスは地面に寝かされて、セレシエさんに顔を拭いて貰っていた。

 

「イグニスは大丈夫ですか?」

 

「体はな。ただし霊脈がズタズタだから、暫く魔法は控えるようだろう。まったく、呆れたもんだぜ。土壇場一発で魔力収斂(しゅうれん)を成功させるとは」

 

 老エルフは魔女の惨状を見ながら告げた。随分と無茶な魔力行使をしたものだと。

 やはり負担が大きい事をしていたようだ。すると気持ちが顔に出たか、イグニスは仕方のない奴だとばかり苦笑いを浮かべて。

 

「心配無いよ。君こそ相変わらず無茶な戦い方をするね」

 

 なんで毎度特攻をするんだとデコピンが飛んで来る。

 意外と元気そうな姿に安堵の息が漏れるも、額を弾いた手は痛々しくあちこちが裂けていた。俺は傷だらけの手をそっと撫でながら、お互い様だねと笑った。

 

 見れば、シシアさんもセレシエさんも傷だらけ。案外自分の怪我が一番軽いのではないだろうか。改めてギリギリの勝負だったのだと肝が冷える思いだ。

 

「シシア様、里の方はもう安全なのでしょうか?」

 

 皆で無事を喜び合う中、そう切り出したのは桜色の髪をしたエルフだった。そういえば目下の難敵であった千手蜘蛛を倒したけれど、それと花園密林の存在は別の話で。

 

 身内としての危機感か、早く安心をしたいのか。セレシエさんは勝利の後でも表情を緩めずに経過を聞く。問われたシシアさんは皆の視線を集めながら、それがと。実に言い辛そうに喋りだした。

 

「里の核になってる魔法陣は破棄してきたんだ。この密林への大きな魔力供給は止まったはず」

 

 けれど全部では無い。だから時間を置いたらまた上級妖精クラスの敵が沸いてくるかもと。俺は目を見開き、リュカは半べそを浮かべる。皆で絶句をした。ふぇぇもうあんなの無理だよぉ。そう誰しもが思ったことだろう。

 

 イグニスは火を噴くように老エルフへと文句を言った。中途半端な事をしやがってと。体力が余っていたら、本当に殴り掛かっていたのではないだろうか。

 

「しょうがないだろう。こっちだって大変だったんだ。木人形の他に、蜘蛛に似た根まで襲って来やがってよ!」

 

 馬もやられたと嘆くシシアさんを、セレシエさんが「た、大変だったのですね」と労う。しかしその表情には少しばかりの焦りが見えた。

 

 うん。十中八九、俺が両断した事で脱走した千手蜘蛛の片割れだった。俺達は存在を知りながら、シシアさんなら何とかするだろうと放置をしていたのである。俺は心の中で両手を合わせてごめんなさいと謝った。まさか増えるだなんて思わなかったんだ。

 

「なあそれってさぁ……」

 

「リュカ、しっ!」

 

 失言をしそうな狼少女を抑えつける。そして話題をすり替える様に、ではどうしたら事件は解決するのかと持ち出した。セレシエさんが同意するようにコクコクと頷く。

 

「ああ。さっき世界樹の様子を見てきたからな。目安は付いてる」

 

 ズバリ、世界樹に巻き付いてる花だなと。そんな物もありましたね。

 どうやらその花こそがシシアさんから神酒を奪った妖精だそうだ。神酒は世界樹の蜜から作るもの。直接接種した事で、妖精でも魔力が適合しているのだろうと。

 

 そこまで聞くとイグニスは全てを納得したように、はぁんと相槌を打つ。

 話を先回りして説明しようと言うのだろうが、せっかく決め顔を浮かべるも寝そべったままなので今一つ締まらない。

 

「その妖精の役目こそ、虚無と通じる扉に成ることってわけだな」

 

「ああ、そっか。結局最終目標はそこなんだよね」

 

 状況が大きいが、妖精達の目的はあくまで一つ。虚無空間に囚われた女王の開放だ。

 その為に花園密林とヴァニタスが必要だったというだけなのである。

 

 ならば扉を壊してしまえば目標の達成は不可能。事件は解決したと言ってもいいのだろう。まぁそれをさせない為の上級妖精だったのだろうが、もうその障壁も無い。

 

「なら、シシアさん。俺と二人でサクッと行ってきちゃいますか」

 

 世界樹に向かうのならば、丁度いい。俺は魔王の要求もあり、老エルフをデートに誘った。意図はすぐに察したようで、「ああ」と短い返事と共に隻眼は真剣な色を帯びる。

 

 イグニスも理解をしているらしく、付いていくと言い張るリュカとセレシエさんを足止めしてくれる。痛いよー動けないよーと泣きつかれては流石に無視出来ないようだ。ごめんね。

 

 

「まぁ、俺を指名するってことは、そういう事ですよね」

 

「カカカのカ。分かっていればいい」

 

 そうして俺たちは世界樹に向け密林に入り。もう視線も届かないだろうという所で立ち止まった。理由は勿論、魔王様と交代するため。

 

 色々あったが、元を正せば大体コイツが悪い。なので後始末は任せたよと。行って来いという気持ちで交代をした。その際に一つだけ条件を出している。それはちゃんとシシアさんに説明をしろというものだ。

 

「シシアよ。儂は決めたぞ。このまま世界樹をぶっ壊す」

 

「なっ、正気ですか!? 俺が一体何の為に守って来たと思って!」

 

「何の為じゃい」

 

 取り乱していたシシアさんだが、魔王に問われて言葉を失った。

 そうか。ジグルベインの為であるのならば、壊す権利は彼女が持つのだ。故人への忠義として守り抜いたものだが、よもや死人が喋る日が来るとは想像もしなかったに違いない。

 

「エルフにとって、世界樹が大事なものである事は当然知っておる」

 

「じゃあ、なんで!」

 

 魔王は思い出す様に語った。エルフは魔大陸でも世界樹を失っている。森を奪われ、故郷が無くなったから魔王軍に属して新天地を求めたらしい。

 

 そして出来たのが、この大森林。ベルモアで手に入れた世界樹の苗木を植え、シシアさん達はエルフの新たな楽園を築き上げた。

 

「だがな、あれはしょせん木だ。世界樹を守り続けて、お前に何が残った?」

 

 ジグルベインは目の前の男を見る。母親よりも老け込んでしまったエルフの長を。

 片目を失っていた。片腕を失っていた。家族を失っていた。仲間を失っていた。

 

 シシアさんは震えた声で、まるで弁明をするように世界樹があると言う。貴女に命じられ、全員で死に物狂いで守り抜いたものだと。今にも泣きだしそうな顔だった。

 

「この死に損ないめが。儂のせいにするでないわ」 

 

 魔王は追い込むように続ける。世界樹は再び争いを呼ぶだろうと。次は守り抜く事が出来るのかと。

 

(……確かに)

 

 妖精が少し悪用しただけでこの騒ぎ。世界樹の魔力というのは物凄い量があるのだろう。

 その存在を赤鬼は知っている。そして、かつての混沌軍である深淵も把握をしているはずだった。魔大陸で戦いが始まった時、この大森林が真っ先に狙われる可能性は高い。

 

「けど!」

 

「喧しい! お前の意見など聞いていない。壊せないだろうから壊してやると言っているのだ!」

 

 魔王は如何にも横暴に言い放ち、最後にポツリと本音を漏らした。「もう、好きに生きろ」と。その言葉を聞き、エルフの涙腺はいよいよに決壊をする。

 

 彼は多くを失い過ぎた。世界樹を守る事を贖罪の様にして今日まで生き延びたのだ。

 死者の許し。もういいじゃないかという声。ジグルベインは失った全ての者を代表して告げる。

 

 シシアさんは縋るように、呪うように、己に科していた使命から。やっと今解き放たれた。

 

「魔王軍の残党よ、一度だけ問う。来る気があるならば付いて参れ。身軽ゆえ褒美も出せんが、随伴するなら栄誉をくれてやろう!」

 

「まったく。相変わらずなんて身勝手な魔王なんだ。王を一人で行かせちゃ臣下の恥。しょうがねえ、このシシア・ストレーガ、気張ってお供させて頂きますよ!」

 

 

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