ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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373 樹怨

 

 

 ジグルベインは密林に右手を向けるやムンと力む。

 するとどうだ。放出された魔力は衝撃波となり、目の前の植物を軒並み消し飛ばしてしまう。

 

 どうやらチマチマと草を薙いで進むのを嫌ったらしい。世界樹への道が一直線に開き、ではと灯りを持つシシアさんが先導する。

 

「それにしてもあれじゃな。徒歩での出陣とは締まらんな。おい馬持って来い、馬」

 

「無いの知ってるくせに文句言わないで欲しいですねぇ!」

 

 王様からの無茶振りに、昔を懐かしむような若い笑顔を浮かべるシシアさん。

 だが、二人の会話はそれっきり。ジグは風にそよぐ長髪を片手で抑えながら、何も言わずに老エルフの背中を眺めていた。

 

 パキリポキリと散らばる枝を踏みぬく音だけが響く。交代中は五感こそ共有しているものの、心までは覗けない。ジグは一体どんな感情でシシアさんを目で追うのだろう。

 

(ジグ、何か話さなくていいの?)

 

「カカカ。400年分の話を聞くなんて面倒だし、いまさら思い出話をしてもなぁ」

 

 成長。それは生きる者の特権で。記憶の中の幼いシシアさんと比べ、すっかり円熟した彼の姿は、幾百の言葉を重ねるよりも雄弁に歴史を物語っていると。

 

 俺はそうかと相槌を打った。

 きっと話したいことは沢山あっただろうに、あり過ぎて何から話せばいいか分からないのではないか。

 

 それほどに変わり果てたシシアさんの姿。どんな時間を過ごしたかなど、気軽に詮索はできまい。だからジグは想像をする。噛み締めるように味わう。

 

「それで満足よ。本来は知ることが出来なかったことだ。儂にすれば、今の一分一秒が奇跡のようなものさ」

 

 もうこの唇は吐息をしないから。その言葉は、俺の心をグサリと抉った。そうだ。ずっと一緒だと思っていたけれど、どこにそんな保障があるだろう。

 

 俺が子供の時の様に、唐突に消えてしまう可能性だってある。今の魔王は、まさに夢か幻。一夜の夢のような儚い存在なのだ。

 

(そんなこと、言わないで)

 

「カカカ。気を病むなよ、お前さん。つまり死人には一秒とて、まる儲けということさ」

 

 だから決着つけようか。魔王は両腕を組んで頭上を見上げた。

 気づけば世界樹に到達していたらしく、目の前には天を塞ぐ壁の様にそびえる大樹の姿が。

 

 その外見は以前見たときと打って変わり、全体に野太い蔦が絡みついていた。花と葉で飾られた世界樹はどこかクリスマスツリーを連想させるが、アレはそんな可愛らしいものでは無いのだろう。

 

 印象は邪悪。這い伸びる触手は世界樹に強く食い込んでいて、まるで絞め殺し丸呑みにする蛇の食事シーンを想起する。そしてふんだんに奪った魔力を栄養に、花弁を開く一輪の蕾が。

 

 鮮血の様に赤い花びらは貴人の纏うドレスの様で、振りまく香気は濃く甘い。ただの花だというのに、さながら妖艶な女性を眺めているような心地になった。

 

(あれが元凶?)

 

「で、あるな。本来はその辺りの小さな花の妖精か。下っ端はどこも苦労するのう!」

 

「……本当ですよ」

 

 カカカとジグの笑い声が響くや、共鳴するように密林が震える。里を埋める全ての植物が葉を揺らす。千手蜘蛛の叫びを思わせる緑の合唱は、怨嗟の深さを伝えるように長く続き。うるさいと耳をほじる魔王は、花を見上げながら呟いた。

 

「今回の件で教訓があるとすれば、滅ぼすならば徹底的に、じゃの。儂反省」

 

(最悪だ。お前ちっとも懲りて無いな!?)

 

 シシアさんは隣に立ち視線を投げてきた。恐らくは攻撃の許可を求めているのか。それに気付いたジグは、まぁ焦るなとエルフを諫める。

 

「って、ありゃ。そういえばお前さん、ヴァニタスは?」

 

(あー。リュカに押し倒された時に危ないから手放した)

 

「管理が雑ぅ! そっちだって懲りて無いではないかい」

 

 いつでも手元にあると言う特性は便利過ぎるのだった。だが、つまりジグも何時でも引き寄せられるという事だ。何を躊躇うのだろうと考えると、ピンと一つの答えが浮かぶ。

 

 俺が前回、黒剣を引き抜いた時。この場が妖精界に近づきつつあるせいで、剣に付属して女王の腕が飛び出て来たのだ。だいぶ驚いていたようだし、再び襲われるのを嫌がっているのではないか。

 

(へいへい、魔王ビビってる~?)

 

「た、たわけ。儂は常に恐れられる側ぞ」

 

 見とれと、魔王は宙を親指と人差し指で摘まんだ。そしてスルスルと。さながら積み木を崩さぬ様に慎重に、丁寧に黒剣を引き抜きドヤった。ビビってるじゃーん。

 

 ジグルベインは黒剣をすちゃりと逆手に構えるや間髪入れずに投擲をする。刃が飛来する先は世界樹に咲く大花のど真ん中。とても剣を投げただけとは思えないズドンという音が響き、衝撃はビリビリと花びらを震わせた。

 

「な、なにやってるんですか。よりによってヴァニタスを!」

 

「カカカ。儂も反省したと言ったろう」

 

 ヴァニタスは妖精界の成れの果て。虚無に幽閉される妖精女王が鍵として求めてやまない代物だ。ジグは敢えて敵に鍵を手渡してしまったのである。

 

 この場合、どうなるのだろう。まだ疑似妖精界として完成していない花園密林。イグニスの予想では魔力がとても足りないとか。

 

 けれど世界樹から魔力を吸う花だけは、たっぷりと力を蓄えている。その証拠にあまつさえ黒剣を通し現実に干渉さえして来ていた。

 

「まぁあの花が扉であるのならば言葉くらいは通じるのではないか?」

 

 ジグは心底ウンザリした声で続ける。虚無は辛いと。それは霊体を体験している彼女ならではの意見だった。

 

「世界の何処にも居ないのだ。誰も見てくれない、声も届かない。己の存在証明が何処にも無い。儂とて、ツカサが見つけてくれるまでは地獄であったよ」

 

 本当に辛かったのだろう。肩を落とす魔王の姿にシシアさんは驚愕の表情を浮かべる。何というか、やっと反省が出来るようになったのかと、芸を覚えた動物を見るような目だった。

 

「あの大将がまさか反省をするなんて。一度死んでみるもんですね」

 

 ホロリと涙を浮かべる老エルフの尻を蹴っ飛ばし、ジグルベインはだから次はちゃんと殺してやると凶悪な笑みを見せる。

 

 大花に刺さった黒剣は、まるで虚無に沈み込む様にゾルゾルと刀身を隠していった。するとどうだ、花の中心が水面の様に揺らぎ、何処かを映す。

 

 まさか本当に別次元と繋がったのだろうか。さながら壁に穴でも開いたかのように、花を通して違う空間が覗いていた。

 

(けど、あれは!)

 

「……っ!?」

 

「これは一体、どういう事じゃ……」

 

 映し出されたのは何処かの王座であった。其処には噂の女王らしき人が鎮座をしている。右手を失っている事から、ほぼ間違いは無いのだろう。

 

 だが――とうに朽ち果てていた。

 

 体は植物と見間違える程に枯れ細りミイラ化している。何も無い虚無の城の中、己の死に場所を王座にしたのは最後の矜持か。もはや物言わぬ死体となって王の君臨する場所に鎮座していた。

 

 三人共にその光景に息を飲んだまま言葉が出てこない。

 だってそうだろう。彼女は、この妖精騒ぎの元凶のはず。虚無から腕だって伸ばして来たではないか。王女が死んでいたならば、俺たちは一体何と戦っていたと言うんだ。

 

「あーシシア。よくよく考えれば、虚無空間って生きていけるのかの?」

 

「……人類は絶対無理でしょうが、妖精はどうでしょうね。奴ら食事は別に要らないし」

 

 でも隔絶空間で魔力の繋がりさえ途絶えていたならば、生きている方がおかしいのかも。老エルフは蒼褪めた顔でそう進言する。

 

「じ、じゃあなんじゃい。この騒ぎは死人の儂への恨みだけで起こったとでも言うのか」

 

「いやーそれは何とも」

 

 シシアさんは、今起こる現象に無理やりにでも理由を付けようと頑張った。

 曰く、妖精は無意識化で繋がっているので、王女の残留思念が暴走させたではないかと。

 

 だが、虚無から伸びて来た腕はどう説明すると問われ、言葉を飲む。

 そう。あれだけは、女王の死体が動いたとしか考えられない案件なのだった。

 

(こっわーー!!)

 

 まさかまさかの怪談落ち。魔法もある世界でも説明の付かない怪奇現象は、冬の空気以上に背筋に冷たさを覚えさせた。

 

 

 

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