ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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374 お前はすでに死んでいる

 

 

 ジグルベインとシシアさんは、暫し茫然と大花に映る死体を眺めた。

 それはそうだ。因縁の決着を付けてやる位のテンションで敵の本丸に突撃すれば、相手は既に息切れていたのだ。俺なんて言葉も出ない。

 

 振り上げた拳の落とし所と事件の不気味さに、二人はただただ困惑する。あ、ジグめ、八つ当たりでシシアさんを蹴りやがった。

 

「ま、まあ? どのみち世界樹ごと吹き飛ばすつもりだったし、変わらん変わらん。カカカ!」

 

「うーん。俺は気持ち悪いですよ。何だ。妖精共の共有幻想が変な方向に作用したか?」

 

 この辺が性格の差なのだろう。全てを壊して無かった事にしようとする魔王に対し、老エルフは台所に沸いた虫を見つけた様な顔で理由を考え込んでいる。

 

 共有幻想。魔王と同系統の現実浸食能力。確かに展開されたこの花園密林が、妖精に残る王女の怨念を再現したというならば、死後であろうと開放を夢見て抗うのだろうか。

 

 けれど。

 

(順序が違うよね)

 

 花園密林が出来て妖精が狂ったのではない。妖精が狂って花園密林が出来たのだ。

 ならば最初のきっかけは何だったのか。その事実を語れる者は誰も居なく、事実は永遠に闇の中である。

 

 俺はそう結論付けようとしたのだけど、ちょうどその時、ビタンと。まるでガラスを手のひらで叩いた様な音が周囲に鳴る。

 

 ジグが嫌々に物音がした方へ顔を向けた。大花の中心で虚無の様子を映している部分に手形が付いていた。

 

 皆からヒィーと声が漏れるや、徐々にビタンビタンと手の跡が増え始める。まるで何かが虚無の向こうから出せ出せと藻掻いているようであった。

 

(あれってもしかして上級妖精に纏わりついていた黒い靄?)

 

「で、であるな。あるいはこれも肉体の凌駕か。妖精なんて、元々が自然の疑似人格。死して感情だけが残ったのやも知れぬ」

 

「人はそれを恨みって言うんですけどね」

 

 ジグはエンガチョと言いながら、出てくる前に早く壊そうと提案をする。

 実に魔王らしい雑な解決法なのだが、今ばかりはシシアさんも全力で頷いていた。そりゃあオバケが這い出てくる前に何とかしたいよね。

 

 どのみち世界樹から魔力を吸う大花は排除が必要だ。今回はその暴走列車に運転手が居なかったという珍事なのだけど、結果だけを見るならば変更は無い。やっちゃえジグルベイン。

 

(でもさぁジグ。壊すって言ったって、どうするつもり?)

 

 そこで気になるのが破壊の方法。ジグルベインは気軽に壊すと言うけれど、世界樹の大きさはスカイツリーを超えるセカイツリーだ。

 

 果てしなく高く、限りなく太い。この隠れ里すら、根と根の間にすっぽり収まっている位に巨大なのだった。

 

「ふふん。おいシシア。ツカサが儂に世界樹を壊せるのか疑っておる。言ったってくれ」

 

(いや、別に疑ってるわけじゃ……)

 

「カッカ。そりゃ安心しなよ。ココにはあるだろう、デッカイ魔力を生み出す樹がよ」

 

 そういう事と魔王はニタリと不敵に笑った。なるほど。彼女が実力を出し切れないのは、いつだって魔力不足の事情のせい。

 

 けれどその不足を補う魔力が確かにココには存在するのだ。ならばジグルベインは魔王の称号に恥じぬ暴力を見せるのだろう。

 

(そっか世界樹の魔力で世界樹を壊すのか!)

 

 老エルフは語る。地脈魔法、星辰魔法、人類は大きな魔力を扱う方法を模索し続けて来たが、世界樹の魔力リソースはまた別格なのだと。

 

 何せ(いにしえ)にたった一本で星に魔力を根張らせた聖樹。まだ若いこの樹でも、地脈程度とは比較にならない魔力を秘めているそうだ。

 

 自身が守り抜いてきたからか、エルフの性か。本当に誇らしげに世界樹を見上げ、まるで黙祷を捧げる様に、最後を看取る様に、そっと目を伏せた。

 

「という訳だ。さて、シシアよ。【死黒生白相克葬(しこくせいはくそうこくそう)】を唱える。ちゃんと付いて参れ」

 

「……は?」

 

 シシアさんはジグが一人でやると思っていたようで、手伝えと言われて場にそぐわぬ間抜けな声を上げる。

 

「栄誉をやると言ったろう。相唱(そうしょう)を許そう。よもや力不足とは言うまいな?」

 

「まさか大魔法の相唱をお許し頂けるとは。へへ、キチンと成長をお見せしなけりゃいけませんね!」

 

 母さんに自慢出来ると、鼻を啜りながら緊張に顔を強張らせるシシアさん。ジグルベインは無言に彼の背をバシリと張る。

 

 相唱。たぶんイグニスの授業では二重詠唱と教わった技術だ。大規模だったり複雑だったりする魔法は数人で分担をする事もあるらしい。

 

 緻密な魔力操作が必要なので相応に高い技術が求められるそうだけど、魔王はその相方に老エルフを指名したのである。魔王軍として生き残った彼にとって、これほど気合の入る事はあるまい。

 

 粋な計らいに稀には王様らしい事をすると褒めれば、ジグは照れ隠しでもするように破壊の言葉を謳い始める。

 

「【白章】【生まれし全てに祝福を】【芽吹き萌える命が地を満たす】【賢者も愚者も等しく一魂】」

 

 ジグはシシアさんに向けて両手を掲げる。生まれる魔力の流れは、周囲から力をかき集めるているのか、まるで勢力を強める台風のように白い光の渦が生まれて行く。

 

「【黒章】【朽ちし全てに寿ぎを】【足掻き燃える命や天へ召せ】【王も奴隷も等しく一生】

 

 今度はシシアさんが黒い光の渦を作り出す。二人は二つの渦を押し付け合い、やがて歯車が噛み合う様に、一つの渦へ。

 

 回転する白と黒の螺旋が、チカリチカリと視界を点滅させる。凄まじきはその魔力量。相反する属性の魔力は、磁石が反発するように互いを押し合う。高まる回転が中心に高密度のエネルギーを溜め込んで行く。

 

「【生の輝きは人の輝き】【泥に眠る者、杯を煽る者】【かくも不平等に歩みし人の命】」

 

「【死の嘆きは人の定め】【赤子や逝った、翁も逝った】【かくも平等に訪れし人の終】

 

「【ならば謳歌せよ、踏破せよ、蹂躙せよ】【与えられし一つの命を燃やし、終焉の時まで駆け抜けろ】

 

「【故に安堵せよ、静穏に静寂に受け入れよ】【定めの時は来たり、次代の礎に眠れ】」

 

 三つの腕に持ち上げられながら、相克する白と黒。まるでヘリコプターのプロペラの様に、激しく風を巻き上げながら回転音を鳴らし。

 

(ってギャー! ジグーなんか来てるよ、ジグー!?)

 

「見えとるわい。お前さんの視界は儂の視界じゃぞ。これシシア。力が足りんわ、もちっと根性出せい。そんなだから四天王にも入れんのよ!」

 

「くぅ。相変わらず化け物みたいな魔力。だがその煽りは俺に効きますねぇ!!」

 

 女王の最後の足掻きか。世界樹に絡みついていた大花は、その触手を解き巨大な腕へと姿を変える。虚無の彼方より、さながら、お前もこっちに来いとばかりに手が伸びる。

 

「「【生がもっとも平等にして不平等ならば】【死はもっとも不平等にして平等なり】【白から黒へ、黒から白へ】【生命よ流転し螺旋を築け】」」

 

 こちらはまさに正念場。老エルフはこれでどうだとばかり、鬼の形相で渾身の魔力を込める。同調していた白と黒の回転は、みるみるうちに黒の勢力が増す。

 

 魔王は五感を共にする俺にしか分からないくらいに、ほんのわずか頬を持ち上げて。

 勢い付く黒にピタリと白が合わせる。まぁ頑張ったほうかのという捨てセリフには、余裕と貫禄と、そして親しみが含まれていた。

 

「じゃあの、女王。儂が言う事でも無いが、あまり迷うでないぞ。お前はすでに死んでいる!」

 

(ブフッ)

 

 あんまりな決め台詞に噴き出してしまった。しかし、ふざけた言動とは裏腹に魔王の暴力は本物だ。

 

 二人が回転する白と黒の車輪を押し出すと、極光の円は螺旋になり飛び出して一瞬のうちに晴れる視界。先には満点の星空が覗き、阻む一切合切を消し飛ばしたのだと教えてくれる。

 

 巨腕も、大花もあっけなく。それどころか、宣言通りに世界樹すらぶち貫く超威力。

 この魔法を世界樹の生み出す魔力だけで賄うのだから、争いの火種にもなるのだろう。何もかもが規格外の光景であった。

 

「いや、この魔法はまだ終わらん」

 

(え?)

 

 見れば、根本が折れた世界樹が倒れ込んで来ていた。まるで世界に蓋をされたならば、こんな風景になるだろうか。とにかくデカすぎて、空が消え失せた様な圧迫感を感じる。

 

 しかし降って来ない。白と黒の螺旋はいまだ空に残り、逆巻く風と共に光を振り撒き続ける。なんという事だ。巨大な世界樹がさながらシュレッダーにでも掛けられているように回転に飲まれて行く。

 

 そして最後はミキサーにでも飛び込んだように粉々になり。光の粒子として、星屑のように舞いながら夜空を彩った。

 

(あれ、この光ってもしかして?)

 

「ああ。これは生と死の螺旋。壊した物体の魔力を周囲にばら撒き再生を促す。まぁ気休め程度だが、少しは魔力の豊富な土地になるだろうさ」

 

 そうすれば、妖精もまた土地に宿るかも知れないと。

 降り注ぐ光に、俺は蛍に囲まれたかの様な気分になりつつ。そうだと良いねと相槌を打った。

 

 時期はもう冬の初め。少々季節外れの怪談ではあったが、騒動はこれにて落着。長い長い一夜がやっと終わる。

 

 

 

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