ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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375 後日談

 

 

 世界樹を破壊し一応の収束を見せた妖精パニック。あの恐怖の日から3日が経った。

 

「おーい、ツカサ。セレシエの姉ちゃんがお茶淹れるから休憩しろってよ」

 

「分かった。じゃあ最後にもう一本切り倒して行こうかな」

 

「待って待って。私は人よ、もう!」

 

 なんと黒剣を振りかざせば木が命乞いをしてくるではないか。どうやら木材の回収に来た人木(トレント)さんのようだった。ビックリしたなぁもう。

 

 俺は慌てて凶器を消して謝罪をする。大丈夫よと口にしながら、枝でひょいと丸太を拾っていく彼の背を見ながら思った。人ってなんだろうね。

 

「ほい。お前はなんか本当に物好きだよな」

 

「ああ、ありがとう。まぁ出来る事はしないとね」

 

 狼少女が雑にタオルを投げてくる。それを掴むや、額に浮かぶ汗を拭って一息入れた。

 

 巨大花が消えて妖精の暴走は止まったのだが花園密林は残ったままなのだった。

 もう避難していた人達は里に帰って来ている。すると危険なのが食獣植物だ。密林に張られた罠のような存在なので、せめてもの謝罪として俺が切り倒して回っている。

 

 他の住人も手伝うと言ってくれたのだけど、彼らには家や畑の再建を優先して貰いたかった。大事だよね衣食住は。

 

(カー。里を取り戻したのだしチャラじゃろ。頭固いのー)

 

 リュカに腕を引っ張られながらシシアさんの家に向かっていると、ジグが呆れ顔で言ってくる。だからこちらも馬鹿を見る顔で言ってやる。

 

「知ってるか、それはマッチポンプって言うんだ」

 

 自分で火を点けて消しても偉くないんだよ。今回の事件は結局、妖精界を壊したジグルベインが全て悪い。どう足掻いてもこれは変わらない事実であった。

 

 俺は先日の魔女の言葉を思い出す。

 女王が既に死んでいたという顛末を知ったイグニスは自論をこう語った。「未練だね」と。生き物は死ねば、体は地へ魂は天へ還る。ならば、虚無空間という隔絶された場所で死んだ彼女はどうなったのだろうねと。

 

 そこで上がるのが悪魔という存在。その名を聞いた時、上級妖精を覆っていた黒い靄を思い出し、確かに似ていたと納得したものだ。

 

 意思を持った魔力としては精霊も居るのだが、違うところは悪魔というのは肉体を求める。それは大気に分解されずに残った死者の嘆きという説があるそうで。本当ならば女王は見事に発生条件を満たしていた事になるのだろう。

 

「どのみち、オカルトの域はでないけどね」

 

(じゃな。だから儂は考えるのを止めた)

 

「ジグは……未練とか無かったの?」

 

 オバケ怖いとは言うがコイツも立派な死人だ。もはや世界征服のような野望は抱いていないようだが、やはり己の率いた魔王軍というものには毎度感情を揺さぶられている様に見えた。

 

 ジグルベインは空を見上げながらカカカと豪快に一笑いした後、金色の月の様な瞳を俺に向けて来る。

 

(死ねば終わりよ。我が生涯に悔いなど無い)

 

「お前は世紀末覇王かよ」

 

(そうですがなにか?)

 

 そうだった。とても褒められた話では無いけれど、魔王として世界を蹂躙した者の矜持を見た気分だ。きっと、思うが儘に、我儘に大暴れをして。言い訳もせず敗北を受け入れたのだろう。

 

(が、だ。困った事に、儂は死んでから未練が出来ての)

 

 瞬間、白銀髪の女性は魔王という号が嘘の様に優しい顔をする。

 ジグは世界の命運なんかより、俺個人の心配をしてくれていた。どうにも三歳児の時より見てて不安になるらしいからね。

 

「じゃあもう少し見守っててね」

 

 

 他愛のない会話をしながら帰路を歩いていると、リュカが突然発火をした。

 熱ちちと地面を転がる狼少女。俺も上着で叩き消火を手伝うと、奥ではやっちまったとばかり犯人が顔を蒼褪めている。当然、赤髪赤眼の女であった。

 

「酷いよイグニス、リュカに一体なんの恨みが!」

 

「あ、いや。違うんだ。ちょっと魔法の練習をしてて……」

 

「つまり誰でも良かったの?」

 

「その言い方はやめなさい。反省してるって」

 

 どうにもイグニスは魔力収斂(しゅうれん)の指南をシシアさんに受けていたようだ。魔女の隣では切り株に座る老エルフがお腹を抱えて笑っている。

 

 ジグが世界樹を吹き飛ばし、この里も少し変わった。一番大きな変化といえば、日中に陽が差し込む様になった事か。そして陽だまりに腰を下ろすシシアさんの顔は、更に老け込んだように見えた。

 

 きっとコチラは、肩の重荷が下りたのだろう。もはや執着心で守ってきた世界樹が無くなり、彼はいまにも消えてしまいそうな程に透明な笑顔をする。

 

「流石にあのエルツィオーネ。憎たらしい程に筋がいいや。この分ならすぐに俺なんか超えちまうだろうな」

 

「なんか、すみませんね。うちのが」

 

「カッカ。いいさ。あんなのでも一応恩人よ」

 

 視界には無詠唱で火球を飛ばす魔女の姿。ムン、ムンと力んでや炎を飛ばす姿はゲームの敵役で出てきそうだった。

 

「どうにもシエル様に対抗心を燃やしているらしいぞ」

 

「あ、セレシエさん。ありがとうございます」

 

 ハイとお茶を手渡され、お礼を告げる。私もあの光景は衝撃的だったと、桜色の髪をしたエルフは世界樹があった方角を見ていた。

 

 そこは地表が大きく抉れ、剥き出しの大地が長く続いていた。仕方が無いだろう。なにせ倒れる世界樹を余波で消し飛ばすほどの大魔法。影響は空ばかりか地上も襲っていた。

 

 しかして、その大魔法が実はシエルさんの必殺技で、ひいてはエルフ族の秘伝魔法だという事を知った魔女。これは負けていられないと傷つく体を無理やり動かしているらしい。

 

「まぁ母さんもエルフだ。括り的には一応人類だぜ」

 

 いつか追いつけるだろうとシシアさんが呑気に言う。俺はその理論だと、アルスさんも人類に含める事になるなと思い、苦い顔をした。

 

(なんでじゃ、あいつは人間じゃろ)

 

「いやぁ。俺はキトとの戦いぶり見てるからなぁ。あれで人類枠はちょっと」

 

「聞こえたぞ。次に会ったら言ってやろ」

 

「やめてよぉ……」

 

 イグニスも休憩をするようだ。わざわざ俺と同じ椅子に座るつもりか、切り株の小さな空間に無理やり尻をねじ込んできた。

 

「ここだけの話さ、本当は私が無理にでも世界樹を壊すつもりだった」

 

「……」

 

 それはただの趣味では無く。という意味なのだろう。小さな声でなんでと聞くと、ハスキーな声は耳元でボソリと告げる。

 

「君の世界に世界樹が飛ぶ確率を下げるためだ」

 

 彼女の言葉を聞き俺は想像をした。東京のど真ん中に隕石のように降り注ぐ巨大な世界樹の種。魔力を生みながら、同時に始獣という化け物が解き放たれる大災害。最悪の光景だった。

 

「そっか。それがあり得るのか」

 

「可能性の話だけどね。けれどこの妖精騒ぎ、因果が逆というのは、面白い結果だったと思うよ」

 

 魔女は声を潜めて続けた。世界樹にはそれぞれ始獣がついてきた。けれど生体を考えれば、あの魔獣は隔離されて然るべき生物。どうして、3本共に彼らは付いてきたのかと。

 

「……ええと。世界樹に付いてくるのではなく、始獣が世界樹を飛ばしているのではと?」

 

「さてね。そのほうがしっくり来るというだけの話だよ。中々千年に一度になんて立ち会えないからね」

 

 ボソリボソリと魔女と会話をするも、近くのシシアさんには聞こえていたか。そう言えばという声が挟まる。

 

 まぁこんな所で話す話題なので別に聞こえても問題は無く。イグニスがぶっきらぼうに、なんだよと聞き返す。

 

「この前言いそびれたんだが、そろそろ皆既日食があるのは知っているか?」

 

「知ってるけど、そんな事を言い溜めていたのか。今時は星辰魔法なんてまず使わないぞ。出力が日や時間で変わるから安定性が無いじゃないか」

 

 古臭いと言われ老エルフはガクンと肩を落とした。地脈魔法を愛用するシシアさんだ。きっと星の巡りもウキウキで数えていたのではないか。拗ねて子供の様に唇を尖らせるシシアさんを見ながら、魔王は呟く。

 

(これからは好きに生きろよ、馬鹿者め)

 

「くそ。年寄扱いしやがって。セレシエ。お前は星辰魔法を使うよな、な?」

 

「え! いやー親には習いましたが、使った事は……」

 

「ほら見ろー。技術を教えて貰う礼に現代魔法を教えてやろうか?」

 

「ちくしょう、エルツィオーネに魔法を教えるのなんてもう止めだ!」

 

 植物に覆われ、家すらも失われたエルフの隠れ里。けれど意外やアハハと陽気な笑い声がよく響く。暖かな日差しと人々の笑い声に誘われる様に、ヒラリと小さな蝶の羽が目の前を横切った。

 

 

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