ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
勇者一行は無事にヴェルグ火山のある島、ヴェルグ島へ上陸することが出来ました。やはり何事も経験ですね。私達は船の本場シュバール国で魔導船の操縦を習っています。その時に学んだ事が上手く生きたのでしょう。
「うーん。調子が良いとどうも怖いな」
タルグルント湖では順調だからと気を抜き大変な目に会いました。カノンが桟橋に船を繋ぐ間、私はそれを教訓に周囲の警戒を強めます。
「そうかしら。何度か魔獣に襲われたり、座礁しかけたけど……」
「そ、それを含めてだよ」
恰好をつけていたら、横からティアに突っ込まれちゃった。告白すれば何度か危ない事はあったんですよね。
この島付近の海底は溶岩が積もっているので浅深の差がとても激しいかったのです。
それは水中に障害物が沢山あるようなもので。きっと初めての操縦なら船を沈めていたでしょう。そういう意味でも経験が役に立ちました。無事に着けて良かったよ。
「外は暑っちいなオイ」
船内から荷物を運び出すヴァンが、外に出るや早々に吠えました。気持ちは分かります。まだ入り口だと言うのに、想像以上の暑さですから。
また船の室内には空調の魔道具が搭載されていたのです。その温度に慣れていると外気に触れるや、太陽に焼き殺されるのではと思うほどの熱が襲ってくるのでした。なのでみな第一声は同じです。
「残念だけど、多分まだまだ序の口だよ」
「うへぇまじかー」
「過酷な環境なのは確かなのだわ」
それは目の前に広がる光景が物語っていました。
ヴェルグ島はアリファン諸島でも一番大きな面積の土地を持ちます。だと言うのに無人なのは、人がもう暮らせないと見捨てたからなのでしょう。
桟橋が存在するように、入り江の付近には文明の名残があり。この場所には町があったのかな。元は家と思わしき、石や煉瓦の壁が傾斜に沿って立ち並んでいました。
けれどそれはどこか不自然で。まるで岩から生えているように立っているのです。度重なる大噴火で溶岩に沈んだのだろうと想像すると胸が痛いですね。
足元には、まるで雪の様に降り積もった火山灰。いまや踏む者も居ない大地は灰色の布団に覆われ、町の残骸が静かに眠っていました。
「そろそろ少し進んで見ましょう」
「あいあい。確かに止まって居ても何にもならないわね」
滅びた町を眺めて、少し感傷的な気持ちになっていたようでした。ただ立っているだけでも額から汗が噴き出す気温です。とっくに準備万端な仲間に向かい、私は前進の号令を掛けます。
やはり灰の層は厚く、踏みしめればジャリジャリと音が。さながら砂浜を歩いている気分です。私が先頭を歩き地面に足跡を残すや、背後では三つの足音が続きました。
「うおっ、靴底が煙立ててやがる」
「熱っつ! やだ灰が靴の中に入っちゃった!」
……やはりここから本番のようですね。前途は多難そう。って、私の靴にも灰が入っちゃった!熱い!
◆
どれくらい進んだでしょうか。恐らく、町の半分ほどまで来たと思います。
この島の地形は居たって単純で、真ん中にドドンとそびえるヴェルグ火山を中心に、皿のように陸地が広がっているようです。
なので私達は町の残骸の中を歩きながら、ただひたすらに山の中央を目指していました。
視界は緑のほぼない黒一色。溶岩が固まり岩となり。雨風に晒され、石や砂となり。そんな足場がずっと続いています。
なんとも殺風景な景色だなと感じました。今の所は魔獣も見当たりません。餌が少ないせいでしょう。体力を奪い取ってくる灼熱の暑さだけが敵ですね。
「あら、木があるわね。少し休まないかしら……」
「そうだね。こまめに休憩を挟まないと参っちゃうね、これは」
ティアが見つけたのは、キノコのような形をした木でした。
場違いに一本だけ生えていたので木陰に飛び込み休憩の指示を出します。日差しが遮られるだけでも一息つけた心地です。
「ぷはっ。やっぱり影に入るだけでも多少違うね。ここで水分と塩分を補給しましょう」
火傷防止の為に長袖を着ているので、とにかく汗を欠くんですよね。服の中は蒸れに蒸れ、少々はしたないのですが胸元をパタパタして籠る熱気を抜いちゃいます。
「あれ、どうしたのカノン?」
「あーうん。これなんだけど」
カノンが発見したのは木の根元にある小さな祠でした。
タルグルント湖でも水精と沈んだ町を祀る祠がありましたが、同じように火精と共に眠る町を慰めているのでしょうか。
「あまり埃を被ってないから、あの領主様がこまめに来てるんでしょうね」
「そうだね。私達もお祈りしとこう。少しだけ、お邪魔しますね」
魔王の爪痕ならば破壊できる勇者ですが、大自然の前では無力な人間にすぎません。
大いなる力を敬い、犠牲となった人達へ祈りを。
私が目を開けた時、ティアも神妙な顔で木を眺めていました。そしてヴァンがこちらを一瞥するや、そそくさと席を外すのも見えます。
用件は察したので背中を無言で見送り。さて、と気持ちを切り替えます。ただの休憩で時間を終わらせるなんて勿体無いですね。私は野菜の塩漬けをカリコリと齧りながら方針の相談をしました。
「みんな、体力はどうかな。まだ道は険しくないし、あまり辛いのなら日が暮れてから行動してもいいよ」
恐らく、この島は夜になっても気温の変化は少ないでしょう。流れる小川は沸騰し、時折蒸気も噴出していたので、土地自体が熱を放っているように思います。
それでも強い日差しは気力も体力も奪いました。ならば本格的な山岳地帯に踏み込むまでは、夜間の行動の方が楽ではあるのです。急ぐ旅ではあるけれど、安全と引き換えにするほどではありません。
「んー。ティア次第じゃない? 私はなんとか平気よ」
さすが体力お化けのカノン。頭から水を掛けて、まだまだ余裕と笑みを見せます。ではと一番体力無い少女を見れば、ティアはヘロヘロな顔をしながらも降参だけはしないという強い眼差しをしていました。
「少し時間を頂戴。きっと役に立つ物が作れるのだわ」
体力で劣るなら知力で勝負。そう言い、少女は握った草を見せつけて来ます。どうやら祠の隣に生えていたようで、これは火炎草だと得意顔で説明をしてくれました。
「火炎草は火の属性がとても強いの。だからそれを反転させて冷の属性にしてみるわ」
そうすれば冷感材が作れるだろうと。つまり魔法薬を作るのですね。とても魔法使いらしく、とても頼もしい発想でした。私がよろしくと頷くや、ティアははにかみながら作業に取り掛かります。
「なるほど、回復薬みたいなやつね。そういえばイグニスも子供の頃は爆弾とかよく作ってくれたわー」
「あの子は何を作ってるの!?」
「いや、結構簡単らしいのよ。スライムの体液と木炭とかを混ぜ合わせてちょちょいなんだって」
私は作り方なんて聞いてないよね。お前らはそれで何を吹き飛ばしてたんだよ。
ティアも時間が欲しいと言うので、カノン達の昔話を会話の種にしてみようと思った時でした。
「ほぉげぇええ~~!?」
「えっ、ヴァンくん?」
「っ!!」
聞いているコチラが切なくなるような叫び声でした。あの果敢な戦士に何があったらこんな声を上げるのか。私は瞬時に剣を引き抜き、悲鳴のした方へ駆け出します。
「こ、これは……」
「ああっ……あぁ……」
ヴァンは家屋の壁に隠れた位置に居ました。ただその恰好が、お尻を突き出し四つん這いで。更にズボンまで下げているんですよね。こう、色々と丸見えです。あまりに酷い光景に目を伏せたくなりました。本当になにがあったの。
「あら~大惨事のようね」
「あ、カノン。ティアは?」
「忙しそうだったから置いてきたけど、正解だったかしら」
でしょうね。こんな情けない姿はお互いに見せたくないでしょう。
とりあえず大丈夫かとヴァンに近寄るのですが、手に握る物を見て、私は全てが繋がってしまいました。理解してしまいました。
「どうしたのかしら。尻でも蛇に噛まれた?」
「違う。そんな、そんな生易しい問題じゃない!」
ヴァンが持っていたのは火炎草だったのです。ティアが発見したように、この付近にちょうど生えていたのでしょう。そして彼は、運悪くその葉でお尻を拭いてしまったのですね。
火炎草には強い辛味があり香辛料としても使われます。なら今のヴァンは、肛門という敏感な粘膜に劇薬に近い香辛料を塗りたくったに等しいのです。これはツカサくん風に言うならば、まさに肛門直撃でした。
「くぅバカヴァン。無茶しやがって!」
カノンは急いでお尻に駆け寄って、水で洗い流します。それだけで多少痛みが引いたのか、ヴァンの表情は昇天でもするかのように和らぎました。
ですが私は汚い絵面を前にしながらも、顎に手を当て考えます。これはけして笑い話などでは無いなと。何故なら。
「逆だったかも知れない……」
犠牲者を前にしながら、忌みしくも自分ではなくて良かったと考えました。
女の子だって食べれば出るのです。それは清純派を気取っているスティーリアとて例外ではありません。
ならば拭くもの。とても大事ですね。私だってティアの話を聞かなければ、知らずに使っていた可能性は0では無いでしょう。
カノンも状況を理解したか真面目な顔で唾を飲み込みます。そりゃあお尻に香辛料を塗りたくって自爆したくはありませんよね。尻丸出しで悶絶するなど乙女の沽券に関わります。実質死亡です。
「やばいのは、あの草だけなのかしらね」
「問題はそこだよね……」
こと未知の土地では知識は武器です。私も皆を率いる者として勉強は欠かしませんが、海外までとなると中々追いつかないものでして。この様な独自の生態系だと全てが怪しく見えました。
よもやお尻を拭くもので悩む日が来るとは。焼けた地面に倒れるヴァンを見ながら思いました。君の犠牲は無駄にしないよ。
「くそぉ。こういうのはツカサの役回りじゃねえのかよ」
「尻丸出しで文句言ってんじゃないわよ」
「あはは。まぁツカサくんもやりそうだよね」
瞬間、脳裏に写るツカサくんの顔。そして黒髪の少年は蕩けるような声で囁いて来ます。「フィーネちゃん、これを俺だと思って使ってよ」
思い出しました。そう。あの時渡された魔道具の名前は、
温水での優しい洗浄機能。温風での爽やかな乾燥機能。つまりは非接触にして清潔。いままさに私の望む全ての機能が集約された一品だったのです。
「ありがとう……ツカサくん、ありがとう!」
「うーむ。まさかあんな物が役に立つ日が来るとはね」
「……どうでもいいけど、ティアにだけは本当に秘密にしてくれ」
この日、ウォシュくんは勇者一行の装備として正式採用されたのでした。
◆
まぁそんなこんながありながらも、私達は前に進み続けました。
ティアの作ってくれた冷感材も素晴らしく、肌に塗れば少し薄寒いくらいの感覚をもたらしてくれます。
暑さえ克服出来ればただの登山。休憩を挟みながらも日が傾くまで、火山を目指したのです。そして日が落ち、今日はここまでかと判断した時でした。
山頂が紅に染まり、再び夕日が姿を現しました。いえ、そんなはずが無く。
立ち上るのは火柱。太陽と見間違う程の熱量が夜空を赤で塗り潰しました。
「なになに!? まさか溶岩が噴き出したのかしら!?」
「いや、違う。あれは……火竜!!」
山頂には燃え盛る巨大な両翼が見えました。火の精が荒ぶり咆哮を上げれば、付近の岩が溶けてドロリと赤く輝く液体が流れ。
戦闘をしているのだと直感をします。けど何と。
入り江に積もる灰は、足跡の一つも残していなかったはず。だからこそ、先客が居るなどとは考えもしなかったのです。
「しまった。空か!」
火竜が照らした空には、遠目ながらに翼をはためかせる存在が確認出来ました。