ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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379 閑話 アリファン諸島3

 

 

「拠点は放棄。総員、即時戦闘態勢!」

 

「ちぇー。せっかく野営の準備したってのにさー」

 

「こっちなんて料理の仕込みを終えた所よ。間が悪い事この上無いのだわ」

 

「よっしゃ戦いか。ティアの飯は残念だが、こんなに暑いと寝れる気がしなかったんだ」

 

 まさに寝泊りの支度を済ませた直後だったので、返事にはやや不満の色がありました。クソ暑い火山地帯を一日中歩いたのです。私とて汗を拭うぐらいの事はしたかったですね。

 

 それでも否定の声は上がりません。それはそうでしょう。山頂で火竜が暴れるもので溶岩が零れて来ました。

 

 高さこそ無いですが、灼熱の流れが闇を燃やす様に赤く発光しながら押し迫っているのです。この状況で動きたくない、荷物がと文句を言う命知らずは居ません。

 

「ティア。みんなの防御をお願い」

 

「ええ。大丈夫よ。思い切りやっちゃって」

 

 私は無言に頷くや宝剣を構えます。お前らこっちを無視して好き勝手やってるんじゃねーぞ。

 

 解き放つ水精の力。斬撃は横薙ぎに走るや、込めた水属性の魔力が炸裂します。山間に居ながら突如に発生する津波。高圧の流水が岩肌を登り、迫りくる溶岩と衝突をしました。

 

「……っ!!」

 

 水分は溶岩に触れるや即座に蒸発して気体になり、膨れ上がる体積が大爆発を引き起こします。

 

 音に鼓膜が揺れます。高温の蒸気が吹き出し。炸裂により巻き上がった溶岩や石が、礫になって飛んできて。まぁ溶岩に大量の水分をぶつけたらこうなりますよね。海底の噴火も見てきたので結果は理解出来ていました。

 

「ひゅー、二人ともやるー」

 

「さすがティアだぜ」

 

 だからこその防御壁です。私と同じく水精の加護を持つティアは、四人を包む様に水の渦を発生させていました。衝撃も飛来物も、熱さえ絡めとって弾き飛ばしてしまいます。

 

 うん。上達してるね。純粋な水魔法であれば、彼女はもはや私より水精の力を使いこなしていると感じました。

 

「おやおやおや~!? もしや貴殿等が噂の勇者一行か!」

 

「そうだと言ったらどうする!」

 

 水蒸気爆発により相手はこちらの存在に気付きます。勿論その意図もありました。今から山頂を目指すより降りてきて貰った方が早いですから。

 

 予定の通り、ハーピーは私達の頭上まで滑空して来ました。離れていても目視出来た時点で気づくべきでしたが、想像よりもずっと大きいですね。両翼を含めれば20メトルにもなりそうな巨体が、バサリバサリと夜空を羽ばたきます。

 

「我が主は南の島の大魔王。その名偉大な【闇君(あんくん)】なり。王は魔大陸で待ち受けている。汝が真の勇者であるならば、死力を尽くして挑むがいい! 頑張れよ!」

 

「えっ。あっ、ハイ」

 

 こう、邪魔だから死ねという感じを予想していたのですが、応援されてしまいました。困った事に嘘の気配がありません。脳が状況を理解しかねます。

 

 【闇君】と言えば、【軍勢】と同じ三大魔王の一角で。椅子取り遊戯の様に六王の座を奪い合う中、長年席に座り続ける大物でした。

 

 そんな奴が魔大陸に居る。ならばもう、軍勢落としの魔王同盟に参加していると考えていいでしょう。迂闊でしたね。確かに南が拠点ならば、そのまま南下して魔大陸入り出来ます。世界はすでに思った以上に混沌として来ているのです。

 

「じゃあ魔王軍がこんな所で何をしてるのよ! フィーネの成長を邪魔しようってんじゃないの!」

 

 変わりにカノンが疑問をぶつけてくれました。そう、それ。時期を考えるのならば、勇者一行に先回り火精を潰しに来たと見るのが正常でしょう。

 

「馬鹿か貴様ら。火精を倒すならお前らを直接倒す方が、どう考えても簡単だろう?」

 

「くぅ。ぐうの音も出ない正論じゃない」

 

 ですがまさかの論破。そうですね。サラマンダーは神にも数えられる最強の炎です。どう考えても私達と戦う方が楽でした。ならば本当に何をしに来たのさ。困惑に困惑が重なります。

 

 そんな時でした。視界の端でチカリと眩い光が輝きます。火竜のやつ、私達ごと消し炭にする勢いで炎を吐き出したのです。

 

 ティアの魔法は間に合わない。私は死に物狂いで水の盾を作り出しました。

 なんてふざけた熱量でしょう。炎は触れるや一瞬で盾を蒸発させます。こちらはとにかく水を生成し続ける事で耐えるしかありませんでした。

 

「うぉおお!?」

 

「フィーネ!?」

 

 なんとか凌ぎましたが両腕が焼け爛れました。すかさずカノンが駆けつけて癒しを施してくれますが。熱い。なんていう熱さ。皮膚どころか霊脈ごと焼かれたように感じます。 

「ほう。今のを耐えるか。勇者も存外馬鹿に出来んな。そうそう、なぜ我がここに来たかだが……」

 

 こっちが炎を決死で防げば、宙でヒラリと躱したハーピーが言います。我も炎に自信あり、と。

 

「最強の炎と聞いては黙っておれん。ならば知らしめるまで、このフェニーチェ様の炎こそ世界一イィーーッとな!」

 

 最悪でした。何が最悪って、魔王軍が身内と同じ発想と行動をしてることです。

 同時ハッと自嘲する笑いが出ました。相手は私達など眼中に無い。それはそうか。頑張れって応援したくなる程度の小物ですから。

 

「おい、フィーネ。舐められてんぞ。どうすんだ?」

 

「どうもこうも無いよ。これ以上火竜を刺激されるのは困るからね。【闇君】の魔王軍フェニーチェ、まずはこの勇者一行が相手だ!」

 

「それもまた良し。王は勇者との闘いを楽しみにしているのだが、魔王に挑む資格があるのか我が見定めてやろう!」

 

 或いは火竜ならば、このまま敵を倒していたのでしょう。それでも私にも面目があります。掛かって来いと啖呵を切ると、しかし人鳥は降りてくるどころか、高度を増して行きました。

 

「くっ、貴様!」

 

「ははは。誰が高所の利を捨てるか。お前らは一方的に燃え尽きるがいい」

 

 そう、斬り合う気など一切無いのです。相手は剣の届かない上空から、魔法で蹂躙する気でした。

 

 私に代わり、ティアがさせるかと水刃を飛ばすのですが、どうして巨体に見合わず素早い動き。悠々と躱すや、夜空には多重の魔法陣が光ます。

 

 降り注いでくるのは火炎刃。燃え盛る剣が10程度、キラキラと輝きながら降り注ぎました。散開して避けるのですが、地面が大きく刻まれます。炎に自信があると言うだけあり、威力はかなり高いですね。

 

「卑怯だぞ、降りて来なさいよー!」

 

「ムカつく鳥野郎だな!」

 

 カノンが頭上に向かい石を投げていました。本当に戦士殺しの相手です。遠距離を攻撃する方法が無ければ、手も足も出ません。

 

「ほらほら、どうしたどうしたー!」

 

 ハーピーは高笑いを浮かべながら、鳥が糞でも落とす様に火球を撒いて来ます。

 地面に落ちても火水の様に燃焼し続けるそれは、辺りをあっという間に火の海に変えて、逃げ場と酸素を奪って行きました。

 

 ヴァンじゃないけれどムカつく鳥だ。私は袖で口元を覆いながら、皆に作戦の指示を飛ばします。

 

「んん?」

 

 まずはティアが水魔法で足場の火を消しました。ああ、拠点の荷物が丸焦げ。覚えてろよ。水を掛けられた地面は、ジュウと音を当てながら白い煙を上げて私達の姿を一瞬覆い。

 

「おらー行けー!!」

 

 そこでカノンの投擲です。彼女の怪力により投げ飛ばすのはヴァン。流石の人鳥も、人が飛んで来るとは思わなかったようで、驚きながら避けていました。というかヴァンの協力もあるとはいえ届かせたぞ。怖いなフェヌア教の筋肉。

 

「まさか人を飛ばすとはな。だがそんな事で我を捕まえようなど……」

 

「そいつ、跳ぶよ?」

 

「ハハ。ああ、射程距離だぜ!」

 

 ヴァンの得意技は高速移動。風の属性変化を使用した走法は、短距離であれば水面だろうと空中だろうと蹴りつける事が可能です。

 

 シャラリと二本の剣を抜き放つ少年は、避けたハーピーになお追い付き斬撃をお見舞いしました。下からでも分かる会心の一撃。胸元と片翼を切り裂き、ブワリと血と羽が散るのが見えました。

 

「ぐぉお。貴様、我の羽をよくもー!?」

 

「へへ、痛かったか。そりゃ良かった」

 

 もつれあいながら落下する二人。空中はいまだ魔族の領分か、片翼で器用に姿勢を維持して。死ね。少年の目の前で魔法が炸裂しました。

 

 おそらくは火炎槍。直撃こそ剣で防いだようですが、ヴァンは炎に包まれ黒焦げになりながら地面に落ちます。ごめんね、もう少し。

 

「よくもヴァンくんを!」

 

 次に魔法を詠唱していたティアが動きます。放つのは巨大な水球でした。中は水が渦巻くようで、片翼になり自由を奪われた鳥は、水の激流に飲まれて囚われます。

 

 呼吸を奪われ水圧に潰されていく敵。ともすれば、決着かとも思ったのですが、相手も然る者。水中にありながら炎を纏い、ティアの魔法から脱出してみせました。

 

「げぼっごぼぉ。侮った。中々やるじゃないか勇者一行。もう生かしては返さぬぞ。翼を傷つけられ帰り道をどうしろと言うのだ」

 

「帰り道を心配する必要は無いですよ。貴方はこれで幕引きです」

 

 右腕でバチンと裂帛音が響きます。懐かしい音。おかえり私の雷。

 ええ。火竜は先ほどの炎で私に加護を与えてくれていました。なんとも雑な譲渡は、向こうも「くれてやるから早く消えろ」と憤っているのでしょうね。

 

 ともあれ、強力な水精の加護に匹敵する火属性。涼やかな水の魔力以外に、久しぶりに熱く昂る魔力を実感します。

 

 雷属性は鬼アルスの元で死ぬほど訓練した私の得意属性。そして今は破限と絶界の合わせ技もある。出力は過去の比ではありません。

 

「くはは。勝利宣言とは笑わせてくれる。ここからが本気だ。この姿の我を……!」

 

 捉える事が出来るかな。とでも言いたかったでしょうか。バリバリと電撃を纏う宝剣は、突きを放つや轟音と共に視界を白く染めます。

 

 ずぶ濡れなのが運の尽きですね。雷刃に穿たれた人鳥は胴体に風穴を開け失墜し。これにて終劇。どうだ勇者一行を舐めるなよ魔王軍。

 

「あっ」

 

 恰好を付けていたら、ハーピーの死体は空中で消し炭にされてしまいました。

 

『頼むから静かにしてくれ。もう馬鹿の相手は懲り懲りなんだ』

 

「「「「なんか本当にすみません!」」」」

 

 山頂からちゃぷちゃぷと溶岩風呂で遊ぶ火竜さん。目的が済んだならば早く帰ってくれないかとばかり迷惑そうに言われ、思わず勇者一行は全員で頭を下げました。

 

 ……帰ろう。

 

 

 

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