ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
俺たちはとりあえず最寄りの町に駆け込んだ。クリアム公国最初の町である。
浮かれてヒャッハーと舞い上がる三人は門兵に凄く不審な目で見られ、普段より念入りに積み荷をチェックされて。
まぁ所持をしていて捕まるような物は無いので、どうぞどうぞという感じだ。けれども俺は魔女の横顔に若干の違和感を覚えた。
(そりゃ何かいけない物を……)
「あーあー聞こえなーい」
無事に門を通過することが出来たので、気のせいだろうと自分に言い聞かせる。馬車に不審物なんて無いのだ。当然だね。
「くっそー。町に入るだけで金が掛かるとかワケ分かんねーよ」
「はは。そういえばベルモアやエルフの町だと無かった風習だね」
一方でリュカは入門料に不満そうだった。10日で小銀貨1枚ならかなり安いのだけど、有料という事が気に入らないのか。それとも通貨の価値に納得が出来ないのか。
どうにもベルモアの硬貨は不純物が多いらしく価値が低いそうだ。ベルモア硬貨の支払いだと小銀貨3枚を取られていた。頑張って貯めたお小遣いの価値が下落した狼少女は世を嘆く。
ただ、それが大森林を抜けてきたという法螺話に信憑性を与えたようで、笑い話から一転、門兵のお兄さんはマジかと頬を引き攣らせていた。ゆっくり休んでねと応援してくれた。
「ふーん。人間の町はこんな感じかー」
「そんなに変わらないでしょ」
「そうだな。人が多くてちょっと煩いけどな」
馬車の荷台から物珍し気に町を見渡すリュカ。この町はルスキニアと言うらしいが、煉瓦で組まれた家がどっしりと座っている。どこか古くて趣きのある街並みだった。
違いといってまず思うのは人口の多さか。馬車が忙しなく行き交い、店の呼び込みや子供の声が響く。この賑やかさはエルフの町には無かったので、少しばかり懐かしい気持ちになる。
「ねえイグニス。この町、今までと何か違う気がするんだけど、なんだろう」
「うーん。細かい事を言えば沢山あるんだけど。外見で一番大きいのは屋根じゃないかな」
手綱を握るイグニスに声を掛けると、そう返される。言われて注目し、はーんと得心がいった。少しばかり屋根の角度が急なのだ。
こういう工夫は聞いたことがあった。家が雪の重みで潰れないように、積ると滑り落ちる様になっている。つまり。
「こっちは雪が降るんだ?」
「いや、この辺りはそこまで降らないはず。ただクリアム公国というのは、北にあるハウネーヴェ帝国の影響が大きいんだよ」
「ふーん」
北国の建築方式の名残があると言う事だろう。なるほどねと頷いている間にも目指していた宿屋に着いたようだ。部屋を取れるか確認してくると突撃したイグニスは、すぐさまに扉から顔を出して指で丸を作る。良かった空いていたらしい。
◆
部屋に荷物をぶん投げて、すぐさま食事処に移動した俺たち。今日の寝床も確保し、やっと一息吐ける心地だ。
来たのはメニューのあるちょっとお高めの店。品書きを眺めるも文字の読めないリュカは早々に諦めて、代わりにどれどれと俺が眺める。海蛇のソテー、蛸烏賊の檸檬焼き、鋼殻貝の香草蒸し。へえ意外や魚介が豊富だ。
それでもリュカは肉が食いたいというので選ぶのだけど。店員を呼びつけたお嬢様は横紙破りにこう言った。
「ここから、ここまで全部くれ。ああ、それぞれの量は少なめでいい」
「すげえ。やる奴本当に居るんだ」
(そこに痺れる、憧れぬぅー!)
庶民には無かった発想に慄くばかりだ。注文早々に酒とツマミが運ばれて来て、グラスには白く透き通った液体が注がれる。白ワインかな。一人ずつグラスを掲げ、まずはお疲れと3つの杯を合わせた。
「一つ言わせて欲しいんだが、お前ら本当にアレを目指すのか?」
初めての酒をチビチビと舐める様に飲むリュカが言う。アレ、とはこの町に着く前に発見した浮遊島の事だろう。当然目指す。これは決定事項だ。そして俺は島の中心で滅びの呪文を唱えよう。
「オレの記憶だと、勇者一行と合流するとか言ってた気がするけど?」
「うぐっ!」
謎の使命感に目覚めたリュカが強い。寄り道してていいのかと正論を持ち出して来やがった。大森林でも結構時間的なロスは大きい。更に空にまで行っていたら時間は足りないかも知れなかった。
この狼少女は冒険にロマンではなく強敵を求めている。だからこそ、あんな魅力的な物件に価値を感じないのだろう。
俺は反論を失いぐぬぬと唸る。すると落ち着けと、赤髪の少女は不敵な笑みを浮かべていた。言ってやって下さいよ先生。
「簡単な事なんだよ。合流に遅れたら怒られる。だが、怒られても浮遊島には行けない。どちらを選ぶかなんて悩むまでも無いだろ」
「オレはお前の発想が恐ろしいよ……」
「お父さんは、こんな娘に苦労してきたんだろうなぁ」
イグニスはすでに僧侶の鉄拳を受け入れる覚悟をしていた。今を逃せば次の機会は無いと。その意気込みも仕方あるまい。なにせ浮遊島はこの冒険野郎の行ってみたいリストに入っている場所だからだ。
呆れるリュカだが、そんな彼女を黙らせるように料理が届きだす。元から軽い注意だったので興味は一瞬で料理に移ったらしい。よしよし。
「実際、時間的にはどうなの?」
「行くならば確実に遅れる。なにせここはもうクリアム公国だ。いくら勇者一行とはいえ、冒険家として正当な手続きをしなければね」
俺も料理が冷めないうちにと食事を採りながらイグニスの話に耳を傾ける。おお、10センチはありそうな分厚い焼きイカだ。噛めば顎に弾力を感じつつ歯ではサクリと切れて。絶妙な歯ごたえにレモン風味のソースが絡みとても美味しい。
「まず、この国がどう動くかだけど。使者を出す。これは絶対」
イグニスは貝を頬張りながら言う、浮遊島は国の領域を犯しているのだと。なるほど、この国の視点では現状空から敵が攻めて来たのと変らないのか。なので使者。対話を成立せる為に目的と要求を聞き、受け入れられないなら排除すると。
「が、それは建前だ。まず文明は滅びている。だから国としての最低限の礼儀だね」
流れとしては、一応使者は出しましたよ。けど滅びちゃってるので、こっちで勝手に調査しますね。そんな流れで、今頃冒険家の選抜が行われているそうだった。
「にゃー、こっちも構えよー」
「げっリュカ、もう酔ったの!?」
(カカカ。駄犬め、犬としての誇りも捨てたか)
狼少女が猫撫で声で抱き着いてきた。静かだと思えばすっかり出来上がっていたのである。意外や甘え上戸だったのか、イグニスとばかり会話をするなと腹で爪とぎをしてきていた。まぁ今は大事な話なので無視するけどね。
「滅びているっていう事は、イグニスはあの島のこと知ってるんだ」
「まぁね。実は昔は空島も珍しい話では無かったからさ」
(であるなー。儂も知ってる)
ジグが生きている当時から存在したようだ。特異点の力で浮遊しているのだが、浮いている故に勇者でも破壊出来なかったらしい。そりゃ浮力が無くなれば落ちるだけだもんね。
「面白いことに、浮力は一定らしい。だからもっと島が大きい時は、今よりずっと低い位置を彷徨っていたそうだ」
そして流れる島は、今のように岩や山にぶつかり削れていって。土地が軽くなるに従い、交流が出来ぬ程に高度を上げていった。ランデレシアにある記録では国としてはかなり早い段階で終息したらしい。
今回見つけたのはあくまで切れ端。文明の残りがあるかどうかのレベルだとか。
俺は酒を傾けながらふんふんと頷き、行く為の方法を問う。現在と過去の話を聞いたので、今度は視点を未来に持っていく。
結局のところ、肝心なのはここだろう。切り込むや俺のイカちゃんに手を伸ばす魔女は言った。
「ああ、まずは後ろ盾を見つけよう。そして冒険家の枠にねじ込んで貰う。うへへ、楽しいお宝争奪戦に名乗りを上げようじゃないか」
実際にお宝があるかはともかく、冒険家は危険な地に行くだけに成果を求められる。ならば同業は選りすぐりが集まるはずだと。そんな連中と、空を浮かぶ島を舞台に探検し尽くす。まさしくロマンであった。
「いいね、やる気出てきた」