ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
俺達が連れて来られたのは浅瀬の海岸だった。
海岸と言っても砂浜ではなく岩場。こういうのを磯と呼ぶのだろう。岩の隙間には波が紛れ込んだり、水溜まりが出来ていたりと、海と陸が共存しているような雰囲気である。
これがプライベートであれば、高い岩によじ登ったり、岩から岩へと飛び渡って遊びたいところ。しかし残念かな、今日は冒険者としてのお仕事なのであった。
「そういえばリュカは海始めてだっけ。来れて良かったね」
「そうだな。もう嫌いになりそうだけどな」
おや意外。てっきりこの犬系少女ならば、テンションを上げて波打ち際を走るかと思った。けれどリュカは予想とは正反対に物憂げな表情だ。
「オレ、知ってるぞ。こういうのを奴隷って言うんだろ?」
「滅多な事は口にするなよ。これは賃金の発生する合法的なお仕事だ」
(むしろ合法だから質が悪いのだと思うぞ)
まぁ、それはあるね。人攫い共が仲介料を払ってまで冒険者ギルドを通すのは、ずばり国営だからだ。暴れる連中が居ると即座に怖いお兄さんが鎮圧に来る。魔力使いも安心して扱き使えるのであった。
この場所では貝などの海産物を集めているらしい。大きな籠を背負った人達が小さな熊手片手に、ガリガリと岩や水中を穿っている。
これだけならば簡単そうに思うかも知れないが、もう季節は冬だ。潮風に晒されるだけでも寒いのに、獲物の多くは水の中。冒険者は仕方なく手足を水に漬けて、聞いているこちらまで冷たくなる叫び声を響かせていた。
冷たそうだなぁ。嫌だなぁ。
「しょうがない、じゃあ俺も……」
リュカを巻き込んだ以上は率先して働かなければなるまい。籠をいっぱいにするにはやはり海中が効率良さそうなので、覚悟を決めて靴を脱ぎ捨てて。
「ああ、待て待て。お前はこっちだ」
「え!?」
まさかの俺だけ別コース。ガシリと首を抑え込まれた。
この時点で嫌な予感しかせず、友達が居るからと狼少女に助けを求める。リュカはざまあみろとばかりに黒い笑みを浮かべて手を振りやがった。
「おま、覚えてやがれ!」
「ベーだ」
(カカカ。なんて醜い足の引っ張り合いじゃ)
そして連れて来られた場所は磯の端だった。どうやら積まれた岩が防波堤になり穏やかな水場を作っていたらしい。
だが逆を言えば防波堤には荒波がザパンと押し寄せていて、そこには褌一丁で銛を担ぐ屈強な漢達が並んでいた。
奴らは一体何をしているのだろう。そう思っていると、一斉に銛を海に投げつけるのだ。
するとジワリと血が滲む海面。銛にはロープが括り付けられていて、すぐ様に綱引きが始まり。
ああ、二人水面に落とされた。それでも男達は諦めずに綱を引き続け、やがて2メートルはあろう魔魚が暴れながら浮上してくる。なんてワイルドな漁だろう。
「確かに、この中に女の子を混ぜるのは酷か」
主に絵面が。親方はそういう事だと頷きながら、爽やかな顔で裸を強要してきた。
服を着ていると水中に引き込まれた時に溺れるからだろうが、真冬だぞ外道め。俺はガチガチと震えながら、パンツ姿でマッチョ共と並ぶ。
「おいおい、魔力使いでもこんな細い奴で大丈夫かー?」
「まぁあんまり無理はするなよ!」
「ども。今日はよろしくお願いします」
まぁ冒険者への期待は薄いのだろう。せいぜい頑張ってくれよという生暖かい視線を受ける。だが、それも一投目まで。投擲は得意なのだ。銛は海面を回遊する魚の頭をぶち抜き、そのままグイと片手で獲物を回収した。
瞬間、これは凄い奴が来たと沸く。無事に海の男共に受け入れられてしまい、本格的な筋肉の狂宴に巻き込まれた。
◆
「ぶえっくしょーい!」
「よお、そっちも大変そうだな」
「まぁな。リュカは順調?」
小休憩で火に当たっていると狼少女が姿を見せる。手足の裾を捲っているので、やはり水には触れていたのだろう。唇を紫にしながら、火でも起こせそうなくらいに手を擦り合わせていた。
甲斐あってと言うべきか、リュカの持つ籠はもう満杯に近い。みれば貝以外にも小魚や蟹なども入っている。少しばかり楽しそうだ。
「真面目にやってるみたいだね」
「そりゃ仕事だし、いっぱい採ればその分金くれるらしいからな」
手足を火にかざして表情を蕩けさせる少女。ベルモアでは配達屋をやっていたと聞いたし、仕事にはちゃんと取り組む性分らしい。
いや、少し違うか。リュカは去年母親を失っている。親分を頼りながらも、一人で食べていくしか無かったのだ。幼いながらにその精神は俺よりもよほど自立しているのである。
「そっちはどうなんだ?」
「こっちは……酷い」
(カカカ。自業自得じゃ)
俺は海に引きずり込まれたので頭までずぶ濡れである。
調子に乗り2~3メートル級を乱獲していたら海面はすっかり赤に染まっていて。濃い血の匂いが大物を誘き寄せたのだろう。
仕留めた魚を引いている時に、それを餌だと思って食いついてしまったようだ。
バシャバシャと藻掻くのは海蛇。水面から姿が見えるだけでも20メートル以上はあった。流石にこの大きさになると俺でもキツく、見事にドポンだ。
「そ、それで?」
「捕ったよ。親方は今、運び屋呼びに行ってる」
「相変わらずすげえな」
ははぁと感心されるが結構ギリギリだった。闘気まで使い、全員でなんとか浅瀬に引き寄せて。最後は剣で仕留めている。どうやらこの辺りの主だろうとの事で、場は大盛り上がりだ。勢いにのり漁はさらに白熱した。
「まぁ少しは食料事情に貢献出来たかな……」
昨日入った酒場では海の幸が豊富だったけれど、それは少し違うらしい。単純に肉不足なのだ。原因は言わずもがな魔獣暴走。大森林の魔獣が一斉に消え失せた事である。
牧場は魔獣を管理するという都合であまり大きく出来ない。つまり自給率が低いのだった。この町は海があるだけマシらしく、山間部に住む人達は本当に苦しんでいるという。
「エルフも虫を食べてるくらいだもんなぁ」
「なんでだ。虫は美味いだろう」
リュカの戯言は置いておき、ここで採った海の幸がエルフなどにも届けられていると聞けば、張り切らない訳には行かなかった。スープも貰い、少しは体が温まったので第二ラウンド行くか。
……。
◆
「「お疲れ様でしたー!!」」
まだ日は高いのだけど随分と早い解散となった。
狩場にしていた磯は満潮になると水に沈むらしい。だからその前にさくりと引き上げるのだとか。
大変な仕事に連れて行かれたものだが、出来高だけあり報酬はかなり高かった。帰りの馬車では皆ホクホク顔で硬貨を握りしめている。
リュカは小銀貨を5枚。俺はなんと金貨を10枚。やはり主が高かったか。競売で値段が付けばもっとくれると言ってくれたけれど正直満足だった。
「そういえば、他の冒険者から浮遊島の話を聞いたぞ」
「へえ。なんだって?」
俺はマッチョ共に囲まれていたが、リュカは採取しながら冒険者達と話しをしていたようだ。どうやら10日以上も前に流れて来て、暫くはラシアスという都市の上空に滞在していたらしい。
山に引っ掛かった今でも一目見ようと観光客が訪れているそうだ。人が集めれば商売が生まれる。人手の需要を狙って冒険者も移動をしたそうな。
「ちなみにそのおっちゃんはラシアスから来たらしい。やっぱり若い奴が多いと、仕事に溢れるらしいな」
「へぇ。やっぱり旅してると情報通だね。ラシアスか。じゃあ次に目指すのはその町だ」
俺がよく攫われるのは魔力使いというのもあるが、若くて健康な男という側面も大きい。
リュカが話したのはきっと年配の方なのだろう。仕事が無くなる前に機を見て移動したのだと思う。どちらにせよ役立つ情報を聞いてくれたものだ。
「俺は帰りに市場に寄ってくけど、リュカはどうする?」
「行く行く。腹減ってんだ。何か食ってこうぜ!」
「イグニスが復活していたら食事に行くんだから、食いすぎないようにな」
とはいえ小腹が空いたのは事実。小遣いを得た俺たちは屋台で買い食いをしながら帰路についた。
子犬の様に走り回るリュカだが、途中、両手に息を吐きかける姿が目に入る。ずっと水に浸していたのでまだ手が冷えるようだ。
そんな時にちょうど露店に並ぶ防寒具を見つける。最近は冷えてきたから需要も高いのだろう。俺はへーと眺め、その中から実用的そうな手袋を見繕いプレゼントすることに。女の子に贈るにはどうかと思うゴツイ皮製の物だ。
「ツカサ、どうしてお前はすぐに居なくなるんだよ!」
「ごめんごめん」
良かったらコレを使ってと茶色い手袋を渡す。灰褐色の髪の少女は、同情ならば要らないぞと突っぱねて来る。懐いても甘えはしない、リュカらしい反応だった。
「そう言わないでよ。これから大変だと思うけど、頑張れ」
「……」
だからこそ応援したくなるもので。ささやかなプレゼントだが、受け取って欲しいと伝える。リュカはどこか不機嫌そうに手袋をはめて。
「暖かい」
一言だけそう漏らした。