ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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385 出会いは空から

 

 

 そこは薄暗く、煉瓦の壁に挟まれた道で、人がギリギリすれ違えるかどうかの狭い場所だった。一体何が起こったのだろう。いつの間にやら人気の無い路地裏に倒れていたようだ。

 

 朦朧とする頭に、ガヤガヤと通行人の声や馬車の車輪の音が届く。マズイ、表通りが近い。俺は咄嗟に、日差しから遠ざかるように建物の影に身を潜めた。

 

 何故ならば、今の俺は一糸纏わぬ姿だったから。

 

 付近を見渡すが何も落ちてはいない。財布どころかパンツや靴まで盗られてしまっている。現金はたいして持ち歩いていなかったのが幸いだが、一番痛いのが実績証だ。

 

 勇者一行の印や、エルツィオーネの家印、大切な思い出の数々。おのれ、絶対に取り返えさなければ。

 

(お前さん、何があったか覚えておるか?)

 

「あー待って。今思い出すよ」

 

 逃げた先は建物の裏口だろうか。袋小路の空間には扉が一つあった。人目に付かない場所だけに飾り気は無い。石畳の地面はそれなりに埃を被っていて、使用頻度の少なさが伺えた。ここならば暫く居ても大丈夫だろう。

 

 突き当りに空の木箱や子樽が積まれていたので、一つを椅子代わりに拝借。よいせと尻を下した樽の上で、額に手を当てて記憶を探る。

 

 えっと、俺は冒険者ギルドで用事を済ませて、宿に帰っていた途中のはずだ。

 そこで誰かに声を掛けられた。甘ったるい女性の声だったと思う。振り向いた俺は建物の隙間から手を振る姿を見つけ、誘われる様に近づいて。

 

「犯人はあの女か!」

 

(うむ。また貧乏臭い奴かと文句を言いながらパンツを剥ぎ取っていたわ)

 

 なんとなく思い出してくる。そうだ、ここにはオッパイの大きな美人が居た。もう冬だというのに、やたらと薄着で。青紫の瞳に上目遣いで覗き込まれた時、谷間の深さに生唾を飲んだ。

 

 肝心なのは会話の内容。まだ朝っぱらなのに、お姉さんはなんと宿に誘って来たのだ。だがそんな誘惑に負ける俺では無い。鋼の理性を発揮し毅然とした態度で断っている。

 

(俺は童貞をやめるぞジグー! と叫んでおったが……)

 

「おや?」

 

 ああ。断ったら、お兄さんならサービスしちゃうのになぁと。お姉さんは俺の指を咥えて来たのだ。口内の温もりと巧みな舌使いは、知能を飴の様に溶かしていって。このままだと食べられちゃうーと、期待と不安で心臓はバクバクで。

 

(そこで儂は言った。大人の階段を登るなら、背後で精一杯に声を出し応援をしてやるぞと)

 

「俺にトラウマを刻む気か!」

 

 ふざけやがって魔王め。保護者同伴はあまりにキツイよ。

 だがこの時、お陰で思考は冷静さを取り戻した。それでも不思議と胸の高鳴りは異様に高まっていき。興奮のあまりに倒れたのである。

 

 はて。それはそれで不可解だな。

 

「あのお姉さんに何かされたのかな?」

 

(魅了の魔眼だな。恐らくは淫魔の類か)

 

 聞いた感じ、呪術に似た魔法のようだ。やはり平素の思考では無かったらしい。異常を感じたならば教えてくれと文句をぶつければ、ジグは何とも言い辛そうに平常運転だと思ったと告げた。どういう意味だおい。

 

「キャー! 変態よー!」

 

「しまった。見つかったか」

 

(んん?)

 

 回想に耽る俺を現実に引き戻すように頭上から女性の悲鳴が上がる。油断した、上かよ。確かにそちらは無警戒だったね。

 

 俺は声の出所を確認する前に、慌てて座っていた子樽を頭から被り、顔だけでも隠した。するとすぐにドンガラガッシャンと大きな音が。

 

 脇に積んであった木箱が崩れたようだ。しかし樽を被った俺の視界は真っ暗闇。何かを投げられたかな。

 

(そ、空から人が降ってきおったわ)

 

「なんで人が!?」 

 

 大変じゃないか。叫び声の主だろうか。しかし全裸な今、顔を晒すのも気が引ける。なので俺は樽に指を突き立て視界を確保した。

 

 なるほど人だ。崩れた木箱の上にはズタ袋で顔を隠した全裸男が、股間をおっぴろげて倒れていた。汚いものを見せつけられた俺は思わず声を出し。それに気付いた男も同時に言った。

 

「「へ、変態だー!!」」

 

(どっちもじゃい!)

 

 恐らくは屋根から足を滑らせたといった所か。つまり先ほど女性に叫ばれたのはコイツだったのである。紛らわしい奴め。

 

 しかし思うところはあった。タイミングを見るに、この男も淫魔の被害者なのではと。気乗りはしないが、話を聞くべく大丈夫かと手を差し伸べて。

 

「ひっ!?」

 

 ギイと裏口の扉が少し開く。大きな音がしたから様子を見に来たのだろう。だが顔を覗かせた少年は俺たちを見た瞬間に慌てて扉を閉めてしまう。ご丁寧にカコンと(かんぬき)をする音まで聞こえた。

 

(全裸男が二人も居たら当然の反応よな)

 

「くう。せめて話を聞いて欲しかった」

 

 出来れば服も貸して欲しかった。まぁ仕方ない。ならばコチラと話すかと、俺は全裸マンの方を向く。

 

「もしかして、貴方も女性の罠に引っかかったんですか?」

 

「ぬぅ。という事は、そちらもか。道理で我たちは同じ格好をしているはずだ」

 

 全裸をペアルックみたいに言うんじゃねえ。ともあれ同一人物の犯行というのは間違いなさそうだ。話から女性は薄緑の髪と青紫の瞳という共通の外見が浮上する。

 

「人気の無い道を歩いていたら、妙に甘ったるい声で誘われてな。情けないが、気付けばこの様よ。しかし……見事な乳であった」

 

「ふむ。確かに」

 

 適度に相槌を打ちながら、ズタさんの経緯を聞いていく。どうにも時間的には先に彼が襲われたようだ。しかし金目の物を持たなかったので、服を剥ぎ取られ、次の獲物として俺に白羽の矢が立ったらしい。

 

 屋根に居たのは苦肉の策。表通りは浮遊島のせいで人が多いから、見つからないように屋根伝いの移動を考えたと。けれど運悪く、洗濯物を干そうとする婦人にバッチリと目撃されてしまった訳だ。

 

「経緯は大体同じようだな。では問題は、この窮地からどう脱するか、か。コダルよ、何か案は無いか?」

 

「いやぁどうにも……」

 

 実は俺だけならばジグと交代する事でしれっと宿まで戻れる。けれどズタさんと合流したせいで迂闊に出来なくなってしまったのだった。

 

 ちなみに“コダル”と“ズタさん”というのは、コードネームである。顔は隠すが股間は隠さないこの男は、恐らく貴族だ。名前も明かさないのは立場がある故に素性だけは死守するつもりなのだろう。

 

 考えてみれば俺も同じだった。勇者一行の名に恥じを塗るし、浮遊島に行く為にこれからスポンサー探しをする。意地でも顔と名前を隠し通さなければならない。

 

「困ったな。騒ぎにして兵士の世話になることだけは避けなければならんが」

 

「服が無ければ人前にも出れませんね……」

 

(儂が先行してもこの人通りではな)

 

 途方に暮れるとはこの事だ。変身が封じられた今、誰にも見つからずに宿まで帰るのは不可能だろう。パンツまで脱がすの意味は足止めも含まれていたのかも知れない。

 

 二人+1で知恵を絞っていると、ズタさんはへっくしと大きなクシャミをして膝を擦っていた。まだ若いようで、絞られた良い肉体なのだけど、寒いものは寒いのだろう。全裸だもんね。

 

「くう。暗くなってから移動も考えたが、これではその前に凍死してしまうな。……貴様は寒くないのか?」

 

「この前、寒中水泳させられたばかりなんで」

 

 まだ全然耐えられますね。遠い目で語れば、ズタさんは過酷な経験をしてきたのだなと涙ながらに同情してくれた。良い人だ。

 

「冒険者ギルドに通うという事は他所の町の者か。皮肉なものだ、すまんな」

 

「なにがです?」

 

「これも余所者の仕業ということだ。我はそもそも、治安が乱れていると聴き、お忍びで視察をしていた」

 

 ははん。俺は仕事を貰うなら冒険者ギルドでと思っていた。だが如何せん重労働、そして過酷。なので勝手に仕事を取ったり、犯罪に走る者も少なからずと。

 

 他所者は嫌われると聞いた事があるけれど、真面目にやっている身としては迷惑な話だ。今日も労働する狼少女を考えながら、そう思う。

 

「こりゃあちょっと、お灸を据えてやる必要があるかな」

 

 どのみち実績証も取り返さないといけないのだ。あの女も冒険者ギルドに堕としてやるかと、ベキバキと拳を鳴らす。

 

「衛兵さん、こっちです!」

 

「「げえっ!!」」

 

 先ほどの子供が兵士を呼んできやがった。バンと開かれた勝手口からぞろぞろと湧いてくる強面の男たちを見て、俺とズタさんはすかさず逃げ出す。都合、表通りに真っ裸で飛び出す事になるのだが、捕まるよりましだろう。

 

 

 

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