ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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386 子樽とズタ袋

 

 

 動揺、困惑、嫌悪。昼下がりの平和な市街に、色とりどりの悲鳴が響き渡った。

 犯人は全裸の男二人組だ。子樽とズタ袋で顔だけを隠した奴らが人込みを駆け抜けているのである。まぁ俺たちの事なんですけどね。

 

 こちらは追い剥ぎにあい困り果てていた善良市民だというのに、あろうことか通報されてしまったのだ。

 

 本来ならば事情を説明して助けて貰いたい所。しかし立場を考えると、顔と名を知られては社会的な死が待っているので、ご迷惑を承知で逃走中だった。

 

「ズタさん、俺は町門に向かおうと思う。実績証を取り戻さなきゃ」

 

「町門……なるほど、影市か」

 

 フルチンの不審者は中々に頭の回転が速く、一言で俺の意図を察したらしい。

 服をお金に換えるのは簡単だ。けれど実績証は違う。あれは信用の証。お金で売買出来る物ではなかった。

 

 あの女が裏のルートを持っている可能性もあるが、余所者ならば、まだこの町に深い人脈は無いはずで。だからこその影市場。なんでも売買出来る治外法権の場所に行くと俺は読んだ。

 

「止めておけ。コダルよ、少し勘違いをしている。影市は何も無法ではないぞ。倫理が緩みやすい場だけに監視の目は厳しいのだ。違法取引は出来ない」

 

「……先日ぼったくられたばかりなんですが」

 

「それは買う貴様が悪い。だいたい既に町の外に逃げられていたとしたら、追うのは厳しいだろう」

 

(ふむ。一理あるな)

 

 外は相手のゴール。実に冷静な意見だった。根無し草の冒険者だからこそ、追跡は難しいのである。今町の外に出ても戻れなくなるだけと言われ、俺はそんなと肩を落とす。

 

 だが、悲しむ余裕も無いのか、前からも兵士が迫って来ていた。

 騒ぎを聞き駆け付けたか、あるいは先回りをしたのだろう。土地勘が無いだけに鬼ごっこはコチラが不利らしい。

 

「ジグ、頼む」

 

(あー北にもそれっぽい奴らが居るな。このままだと追い込まれるぞ)

 

 魔力を使えば振り切るのは容易だ。しかし兵士は俺たちをただの露出狂だと思うから油断しているのである。魔力使いだとばれたら騎士団が出てきてしまうだろう。なので俺はジグに俯瞰してもらって逃げ道を探した。

 

「ズタさん、こっちです」

 

「気のせいか、ずいぶん逃げ慣れてないか貴様?」

 

 犯罪者ではあるまいなとズタ袋越しに睨まれた。えへへ。ベルモアでも獣人に追われたからね。人生なんの経験が役に立つかなんて分からないものである。

 

 兵士の包囲網を掻い潜って再び路地裏に身を隠した俺たち。息を潜め、変態共はどこだと荒ぶる声が過ぎ去るのを待ち。やっと静かになったところで、ほっと胸を撫で下ろす。

 

「これからどうしましょうか……」

 

「我の直感では女はまだ町に居ると思う。むしろコダルの持っていた実績証こそが奴を追い詰める手掛かりになるやもしれん」

 

 自分ならば、そんな足が付きやすい物に手は出さない。それでも盗ったのは、金や宝石に目が眩んだからで。あの女が実績の売買が禁止と知らなかったのだとすれば、今頃は捨ても出来ずに持て余しているだろうと。

 

「なるほど。なら最後に取る手段は……」

 

「ああ、身分の偽装に使うはず。貴族に近づく為の手段になるからな」

 

 それはあり得る。なにせ魅了なんて厄介な能力の持ち主だ。案外この町に来たのも、有力貴族が集まっているという情報を得たからかも知れない。その線で考えれば売り払われる心配は少ないか。

 

 では何故、追い剥ぎなんて大して金にならない事をしたのか。そう考え、ぼんやりと答えが浮かびあがる。

 

「ズタさんの言う通り、まだ町に居るかも」

 

「ほう?」

 

 似たような事例が無ければ、俺たちは最初の被害者だと思う。なら、あの女が町に来たのは近日の事ではないか。

 

 そこで疑問に思うのが宿だ。俺が着いた時には一般の部屋はどこも満室。仕方なく高級宿を取ることになった。もし似た行動をしているならば、相手は金欠になっても不思議ではないだろう。

 

「確かに良い宿であれば冒険者の稼ぎでは泊まれんか。なおかつ、消費したならば取り返そうとする。あの女が本格的に動くのはこれからという訳だ」

 

 俺はコクリと頷く。ぶっちゃけ宿など金が無ければ野宿すればいいのだが、相手は結構プライドが高いと思うのだ。

 

 そもそも彼女は男を誘惑こそすれ、身体を許す気などさらさら無かったと思う。なのに選んだ相手は俺とズタさん。金を持っていそうという判断基準の他に、どう考えても年齢や好みが含まれていた。

 

「となると、早いうちに手を打ちたいな。女を追うより、我が戻ることの方を優先せねば」

 

「まぁその方法に困ってるんですけどね」

 

「なに。行動指針が出来たのは良いことよ。やるではないかコダル」

 

 ズタさんはフハハと大声で笑うので慌てて声を絞らせた。とにもかくにも、今の俺たちに圧倒的に足りない物。それは服である。だが一文無しの身で如何に入手したものか。話の焦点はそこに合わされて。

 

「ふっ他愛なし。人間とは真心を持って向き合えば、必ず理解してくれるものだ。そう、貴様と友になれたようにな」

 

「はぁ」

 

 なんとズタさんは心を込めて真っ向勝負するらしい。行ってくるぜと、背中越しに手を掲げてみせた。不安をよそに通行人の前を通せんぼするように、変態は大の字で飛び出して。

 

「おいそこな者よ。我に服を寄越ッ……しぇえ!?」

 

(おー綺麗に入ったのう)

 

 悲鳴は二つ。男女の甲高いものだった。

 女性の振り上げられた足がズタさんの綺麗に股座にめり込んでいる。崩れ落ちる全裸男を見て、俺は惜しい人を亡くしたと悲しむが不思議と涙は出ない。

 

 残念ながら当然だろう。常識的に考えて女性はまずいよ。傍からみればまるで下着を脱げと脅迫しているように感じた。そして逃げる女性に代わり、にじり寄る複数の男。取り押さえ、素顔を曝そうというのだろう。

 

 しかしどうする。ここで俺が飛び出しても、彼の二の舞なのではないか。

 

「……なぁジグ。人はさぁ、なんでパンツを履くんだろうな?」

 

(そりゃ汚い物を見たくないからだろうさ)

 

 その通り。ならば逆説的に、全裸だろうと見えてなければ問題無いと言えるのではないか。俺は股間に神経を集中し、光属性の魔力を注ぎ込んでいく。

 

 こんな所に魔力を流すのは初めてなので不安だったが、狙いの通りに股の物体はぼんやりと発光をしてみせて。

 

「もっとだっ! もっと、もっと輝けぇぇっ!!」

 

(そ、それは!)

 

 謎の光。アニメなどで、大人の都合により発生する現象。画面に映すのに不適切な物を発光で覆い隠す、自主規制の一種である。

 

 それを再現してみた。どうだ、完璧ではないか。股間はとても直視出来ぬ光を放っている。俺はもはや全裸を克服してしまったかもしれない。

 

「やめてくれ。どうか俺たちの話を聞いて欲しい!」

 

(お前さん達に足りないのは、実は服ではく知恵なのでは)

 

 股間を光で覆い隠した俺は、あくまで謙虚に通りに出てみた。発光は目立つのか、ざわざわと注目を集め、ズタさんへの暴行もピタリと止まる。

 

「あの……」

 

「ひっ。くっ来るな、この変態野郎っ!」

 

 近くに居たお兄さんに声を掛けると、心無い謗りを叫びながら逃げ出した。それが呼び水になり、近場の人は化け物を見たように逃げ出す。

 

 近隣の店までもが関わりたくないとばかりに大慌てで閉められた。誰も居なくなった通りで、俺は少しばかりいじけた。

 

「ふっ、助かったぞコダル。しかしその姿は眩しすぎて直視を憚られるな」

 

 ズタ袋を被った男は、路面から何かを拾い上げて、「これで隠せ」と差し出してくる。それは大きな葉。あのパフェモドキにも使われていた物だろう。俺は無言で受け取り、葉っぱを装備する。

 

「絶対に正体をバレずに帰るぞ」

 

「そうですね」

 

 もはや後戻りは出来まい。兵士の居たぞという叫びを聞きながら、二人で無人の通りを駆け出した。俺たちの戦いはまだこれからだ。

 

 

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