ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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387 変態が出たらしい

 

 

「お母さーん、いま裸の人が空飛んでたよー?」 

 

「こら。見ちゃだめ!」

 

 下を見れば、指さす男の子の目を親が塞いでいた。お騒がせしてすみませんね。睨んでくるお母さんにペコリと頭を下げる。

 

 今は人目を避けて屋根の上を進んでいるのだが、やはり完全に目撃されないのは難しいようだ。特に大通りは危険がいっぱいである。

 

 それでも安全度は地上より幾らか高いのだろう。自主規制の謎の光が裏目に出て、少しばかり騒ぎが大きくなってしまい。増量した兵士に加えて、チラホラとフェヌア教まで巡回し始めていた。

 

 三教は盲点だった。彼らはなんだかんだと聖職者。最初から頼っていれば、事情も聞かずに服くらいは恵んでくれたのかも知れない。もはや完全に犯罪者扱いなので、時すでに遅しというやつだが。

 

 まぁそんな経緯で、最初のズタさんを見習い屋根に登った。たびたび目撃はされているのだけど、馬車も歩行者も居ないから俺達にとってはまるで高速道路。捜査の目と悲鳴を置き去りにガンガンと進み。

 

(お前さん、あそこを見ろ)

 

「あ……」

 

「どうした?」

 

 見覚えのある建物を見つけて足が止まった。そうか、もうこんな所まで逃げて来ていたのか。何事だと振り返るズタさんに、自分の泊っている宿だと告げる。

 

「やったではないか。ではこれでお別れだな。出来れば服を貸してくれると助かるのだが」

 

「いや、鍵が無いんですよ……」

 

 わざとらしく肩を落とすと、励ますようにポンと背を叩かれた。聡いこの男ならば、あるいは事情を察してくれたのかも知れない。

 

 窓と扉が閉まっていても部屋に戻る方法くらいあった。ブチ破ればいいのだ。それが出来ない理由はただ一つ。大きな音を立てれば隣の部屋のイグニスにバレてしまう。それだけは避けたかった。

 

 事情を説明すれば、なんだかんだ助けてくれるはずだけど、あまり彼女を失望させたくない。なにせ、預かっていた家紋を紛失した事だけは正直に伝えなければならないから。

 

「フハハ。ではしょうがないな、もう少し付いてくるといい」

 

 行くぞコダルと全裸の男は飛び跳ねてプリケツを揺らす。俺はその背を追いながら、後ろ髪を引かれるように宿の方を見た。

 

「ちゃんと服を着て戻ってくるからね」

 

(それ普通の事だからな?)

 

 

 しばらく進むと物理的な壁に行き当たった。高さ30メートル程の、分厚く堅牢な物である。これこそが市民と貴族を分ける壁。つまりこの中が貴族街である。俺が泊るのは高級宿だけに、割と近い場所にあったらしい。

 

 さて、どう攻略するかなと見上げているとクイと腕を引かれる。ズタさんがとにかく身を屈めろというので、屋根の傾斜に隠れるように伏せた。

 

「一旦降りて、下から門を潜るぞ」

 

「確かに高いですけど、頑張れば登れそうじゃないですか?」

 

「そういう問題じゃないのだ。いま防壁の上は魔導士団の警備が厳しい」

 

 原因は浮遊島の存在らしい。町の上からは移動したものの、いまだに警戒態勢なのだとか。高所を取られるというのは、それだけ相手に主導権があるのだそうだ。

 

 考えてみろと言われる。1000メートル上空から、石をばら撒かれるだけで地上はどうなると。確かに。なのに地上からでは反撃の手段が余りに少ない。戦いが始まれば一方的なものになるだろう。

 

 魔女が酒の席で絶対に使者を出していると宣告したが、浮遊島はクリアム公国にとってそれだけの大事なのである。

 

「なるほど。事情は分かりました。けど……」

 

「ううむ。そうだな……今考えている」

 

 上は駄目だと言うけれど、下もそれなりに難関だった。門は非常時に閉じられるように兵士が常駐している。

 

 町門と違い荷物検査などは軽いが、葉っぱ一枚しか身に着けぬ人間が通れる道理も無く。強行突破などすれば、騎士団を呼ばれることは確実だ。

 

(一回挑戦して欲しい。しれっと通れたりせん?)

 

「しないしない」

 

 俺たちは屋根の影から門を睨んで、うむむと頭を捻る。何か無いかと人通りを観察し、一台の馬車が門を潜っていく様子を見て閃いた。

 

「ズタさん、馬車に潜り込むのはどう?」

 

 それだと指を鳴らす覆面の男。荷台の中だと逃げ場が無いので、車体の下に隠れる方針で話を詰めていく。

 

 大事なのは馬車の選定だ。人を運搬する用の物は不可。荷車を牽く幌型の物が好ましい。ついでにズタさんの家の方角に向かうならなお良し。機を図り好条件の物件を待っていると、隣の男が反応をした。

 

「しめた。あの馬車はナークト商会だな。そういえば今日屋敷に来ると耳に挟んだか」

 

「ではアレを狙いますか」

 

 紋章から察するに服飾関係の店だろうか。俺は話を聞きながら、いまさらに謎の覆面の身分を考えた。警備の状況も知っていたし、かなり上級の生まれなのではと。

 

 少なくとも商人が家に販売にくる程度には裕福な家庭のようだ。まぁそうでも無ければ、必死に顔と名前を隠そうとはしないか。

 

「よし、では作戦通りにいくぞ!」

 

「はい!」

 

 チャンスは一回だ。俺たちは屋根から飛び降り、建物の死角で馬車を待ち受ける。

 迂闊に車体に近づいては周囲に気付かれるかも知れない。なので確実性をとり一計を案じた。

 

「【展開】【奔流捻じれ、逆巻き荒れろ】」

 

「うおっ、吹き抜けか?」

 

「くそっ埃が目に入った……」

 

 目抜き通りに突然の強風が吹き付ける。あくまで自然現象を装った魔法は、路面の埃や落ち葉を一斉に舞い上げて。周囲の意識がほんの少しの間だけ顔を叩く塵に向く。

 

 俺たちはその隙にカサコソと路面を這いながら、馬車の車輪の間に身を投げ込んだ。馬車の下は意外とスカスカで身を隠す物があまり無い。ただ高さは人の膝ほど。覗き込まれなければバレはしないだろう。

 

 息を潜めて待つ緊張の時間が訪れる。車輪は順調にガラゴロと回り、止めに来る者も居ない。やがて門に辿り着き、通過して。無事に貴族街に入れたことに、互いの手を打ち合い喜んだ。

 

 

 密航は順調そのものだった。兵士たちもまさか貴族街に忍び込んでいるとは思わないようで、ここは平穏な時が流れている。

 

 馬車は予想の通りにズタさんの家の方角を目指しているらしい。俺たちは内心でしめしめと思いながら、ぶら下がっていて。

 

 だが誤算があったとすれば、商人の馬車だったという事か。高級住宅地に入ってからは自宅訪問を繰り返していた。これは特急ではなく各駅停車だったのである。

 

「ぐぬぬぅう」

 

「頑張れズタさん。あと少しだよ!」

 

 そして限界が来てしまったのだ、筋肉に。身体強化をしていても姿勢を維持出来なくなったズタさん。尻位置がじょじょに下がり、石畳の路面へと近づいていく。

 

「ほあっ!」

 

 地面の接触と共に短い悲鳴が出た。もはやこれまでか。このままでは家に着く前に彼の尻肉がミンチなってしまう。俺はリスクがあるが、走って行こうと提案をした。もうかなり近い場所まで来ているはずなのだ。

 

 だがズタさんは震える体で首を横に振る。限界まで辛抱するさ。無用な騒ぎは起こさない方がいいだろうと。

 

「くぅ、アンタ漢だぜ」

 

(ご近所トラブルを避けてるだけじゃろ)

 

 かくして男は尻を削りながらも見事に耐えきった。どうやら馬車はズタさんの屋敷の前まで来たらしい。ジグに見張りを頼み、積み下ろしの隙を突いて馬車から離れて。

 

 こうなれば勝手知ったるという奴か、ズタさんはこっちだと塀を乗り越えて庭に入っていく。俺も後を追うのだけど、やはりかなり大きなお屋敷だった。

 

「ふう、ここまで来れば安心だろう。待っていろ、部屋に戻り着替えを取ってくる」

 

(いや、そうもいかんらしいぞ)

 

 彼の部屋は三階の奥らしく、窓が開いているのでそこから入るとのこと。使用人の目を避けて植木の影を進んでいくのだけど、魔王からの忠告が。少し間を置き、刃のように鋭い声が背後から刺さった。

 

「待て、不審者共。ここが誰の屋敷か知っての狼藉か」

 

「しまった、セリュー!」

 

「……知り合いですか?」

 

 まぁなと呟くズタさんは、相手が公都から来ている騎士団のエリートだと教えてくれる。さしずめ件の浮遊島調査にでも選ばれたという所か。やはり魔女の読み通りに状況は動いているようだ。

 

「覚悟!」

 

「っ問答無用かよ!」 

 

 敷地に踏み込んだ時点で言い訳を聞く気も無いらしい。紺色の髪をした男は、身を屈めるや滑らかに鞘から剣を引き抜き。迅足を用いて一呼吸で間合いを踏みつぶして来る。

 

 ズタさんが「待て」と叫びながら俺を庇おうとした。そんな彼を逆に手で制し、二人諸共に両断しようとする刃を掴む。

 

「なん……だとっ!?」

 

「貴方の敗因は一つ。俺をただの変態だと思った事だ!」

 

 鋭くはあったが全力の剣では無かった。相手は攻撃を受け止められて呆然と間抜け面を晒し。その隙だらけの顔面に帯牙の拳を叩き込む。

 

 綺麗に入ったもので一撃で戦闘不能に出来たらしい。鼻血を垂らし伸びる男の上で、ズタさんは「あーあ。やってしまったなぁ」と、宣う。いや、貴方の尻から流れる血を追って来たんだと思うよ。

 

「まぁソイツは捨てておいて構わん。コダルよ、最後まで世話になってしまったな」

 

「それはお互い様ですね」

 

 名前を。そんな言葉が喉まで来たが飲み込む。それはズタさんも同じだったようで、無粋だなと笑いながら壁をよじ登っていった。

 

 俺は倒れた騎士を引き摺りながら、木の陰で服の到着を待つのだけど。そこに箒を持ったメイドさんが現れた。掃除にでも来たのだろう。

 

「不味い」

 

 身を隠して過ごす気だったが、気付いてしまう。影だ。地面には壁を登る男の姿がハッキリと映し出されてしまっていた。

 

 気づくなよと念を送るのだけど、掃く都合でどうしても視線は下を向く。やがて動く影に違和感を覚えたのだろう。何かあるのかと確認するように、首が持ち上がっていき。

 

「フォー!!」

 

 これは貸しだぜズタさん。俺は奇声を上げながらメイドの前に姿を晒す。大丈夫です。自主規制により大事な所は見えていません。

 

「ひぃー。だ、誰か来てー!? やだやだ怖いよぉ」

 

 飛び出す変質者に女性はガチ怯えしていた。本当にごめんなさいね。

 チラリと頭上を見れば、そこにはもう彼の姿は無く、開いた窓からカーテンがそよいでいる。俺はよしと頷き、救援が来る前に塀を乗り越えて逃げ出す。

 

(お前さん、後ろ)

 

「え、まさか追ってが!?」

 

 くるりと振り向くと、バフリと顔に何かが当たる。見れば、目のくり貫かれたズタ袋であった。

 

 その中にはパンパンに服や靴が入っていて。慌てて詰め込んだのが分かる統一性の無いものだった。俺は有難く服を着させてもらい。不要になった子樽を投げ捨てた。

 

「今日さ、町を全裸で走る変態が出たらしいぜ」

 

 夕食時にリュカがそんな話を始め。「ふーん」と遠い目をして聞いた。

 

 

 

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