ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
「お初お目に掛かりますロノラック殿下。ランデレシア王国より参上しました、エルツィオーネ家が長女イグニスと申します」
白いドレスを纏った少女は、さながら百合の花の様に清楚に可憐で。その流れるような所作から行われる挨拶に、若い男はほうと唸った。
ランデレシアの流儀は右手を胸に当て、左手でスカートを持ち上げるという簡単な動作だ。しかし、だからこそ透けて見える格。媚びず気負わぬ態度からは明確に上流階級の空気が滲み出ている。
(いつ見ても詐欺じゃの)
「だよね。おっと」
イグニスに見惚れて僅かに間が遅れ、俺も慌てて頭を下げた。仮にこの場に狼少女がいたならば、驚愕に目を張りながら「アイツは誰だ」と問うてきた事だろう。そのくらい普段の酒瓶を抱えた姿とはかけ離れている絵面であった。
「にしても、なるほど。勇者一行か。道理で……な」
こちらをチラリと一瞥し、含みあることを呟く黄緑髪の男。ロノラック・ケルストミ大公子。立場的には王子に値する高貴な身分の方だった。
でも俺だけは知っている。コイツの正体が、昨日巷を賑わせた全裸のズタ袋野郎なのだと。言うんじゃねえぞという副音声が聞こえるご機嫌な笑みに、テメェもなとニコリと笑って返す。
「そなた等の名声はこの国にも届いているぞ。伯爵同様、我も歓迎しよう」
「ありがたき幸せ」
俺たちはこの屋敷に来てまず伯爵に挨拶をした。面会の約束をしているのは伯爵なのだから当然だろう。けれどこちらが勇者一行と知れるや、紹介したい人物が居ると言われ。応接間に入ってきたのが彼だった。
どうにも俺たちは有名らしいのだ。理由は言わずと知れた英雄歌である。
最初はこんな場所まで広まっているのかと驚いたが、よく考えればシュバールとクリアム公国は地図上ではお隣さん。もしかしたら大公子はディオンの戴冠式にも参列していたのかも知れない。
「してお二方。この時期の訪問という事は、やはり浮遊島の見学だろうか」
全員の挨拶が済んだところで太っちょな伯爵が質問をしてくる。何気ない会話の振りなのだろうが、現地に行きたいこちらとしては大本命。魔女は俺にしか分からない程度に、眉間に力を込めた。
「はい。空に浮かぶ島を目撃した時は目を疑ってしまいました」
ジャブ。興味ありますと伯爵の話題に乗りつつ、もう調査は行っているのかと話しを膨らませる。やはりそうかと気を良くしたオッサンは、国内から冒険家を募っている最中だよと教えてくれた。
イグニスの想像通り、浮遊島にはもう人が住んで居ないらしい。しかし今回の島は当たりのようで、使者の報告だと神殿などの文明の名残があるそうだった。俺でさえ聞くだけで心の弾む話だ。隣の少女は内心で踊っているのではなかろうか。
「ほう。それは歴史的な価値が大きそうですね。殿下が視察においでなさったのも、成果にご関心が?」
「まぁな。ただ観光気分で来てしまった事には反省をしている」
更にジャブ。魔女は上位者にも忘れずに話を投げかけて距離を測る。
なるほど。市中が随分賑やかだと思えば、大公子は使者が乗る空馬車に同行して来たそうだ。
俺もランデレシアで一度だけ見たことがあるが、あんな目立つ物でやって来たのならば、お偉いさんが来ているという情報は隠せまい。いいなぁ。乗ってみたいなぁ。そう考えている間にもイグニスは伯爵の顔面に右ストレートを叩き込んだ。
「そうですよね。私も非常に興味があります。仮に冒険家として参加したいと言ったら、伯爵はお許し頂けますか?」
「それは……」
思い切ったものだと俺は考える。計画では今日のところは滞在届を出すに止め。パーティーに参加して知り合いを増やすなどの根回しをすると言っていたはずだ。
なにせ分が悪いのである。
自己責任とはいえ、他国の貴族令嬢に何かあれば面倒で。しかし成果を挙げられても面子が立たない。つまり参加させるメリットが無いというのが彼女の読みだった。
「頼むよロノさん……」
「我は……良いと思うが!?」
であるならば、大公子が居る今を狙い勝負を掛けたのだろう。俺はサポートをすべく本当に小さな声でボソリと囁いた。効果はてきめんで、伯爵は驚きながらも大公子がおしゃるならばと同意する。よっしゃ、言質取ったぞ。
「だが、そうだな。許可はするので、成果物は全て国に提出して貰おう。無論見合った報酬は出すぞ」
「それは……」
横暴だろうという言葉をギリギリで飲み込む魔女。つまりお宝や世紀の大発見をしても成果は全て公国に帰属するという契約か。これでは本当に行くのが許されただけだな。
けれども俺はイグニスを押さえつけて、分かりましたと頷く。なにせこんな事を言い出したからだ。
「どうでもいいのだが、先日この屋敷に露出狂が忍び込んでな。股間を見せつけられた女中は心に深い傷を負ったようだ」
「ああ、その噂は聞きました。こんなに寒いのに物好きが居るものですよね」
俺と大公子はバチバチと視線をぶつけながら、フハハと笑いあう。
そう、これは戦友としての情では無い。むしろ、その真逆。お互いに急所を握り合っている故に、いつでも潰せるのだぞとけん制し合っているのだ。
(なんて醜い争いじゃ)
「ま、まぁ殿下が許可を出すならば、私としても異論は無い。ちょうど冒険家達の懇親会を開く予定だから、良かったら君たちも参加してみてはどうかな」
「これはご親切痛み入ります。当日を楽しみに待たせて頂きましょう」
とりあえず第一目標を乗り越えたイグニス。言葉に嘘は無いようで。さながら純真な乙女の様に明るい笑顔を見せている。その表情を見ていると、こちらまで気が晴れる思いだった。
「コ……ツカサよ。その席には我も出る。次に会うときは、勇者一行の印を見せて欲しいものだ。貴様ならばさぞ似合うのであろうよ」
事情を知らぬ伯爵は確かにと手を叩くが、これは彼なりの宿題と言ったところか。なにせロノさんは、俺が実績証を取られた事を知っているのだから。
「はい。お望みならば、その通りに」
手はもう打ってあると力強く頷けば、大公子はそうかと目を細めた。もしかして、彼も何か行動してくれていたのだろうか。
ともあれ今頃はもう効果が出ているはず。今は天使のような笑顔を浮かべるイグニスちゃんだが、しょせん根は外道よ。俺に授けてくれた案は実に酷いものだった。
「まさか、仲間と逸れたことにしちゃうなんてねぇ」
(カカカ。なりふり構わん女よな)
実は、今朝冒険者ギルドに向かうリュカに頼み事をした。一枚の紙を掲示板に張ってきて欲しいとである。
その内容は「私たち勇者一行は、仲間と逸れてしまいました。どうか皆さん探してください。報酬は出します」という。実質の賞金首だった。
正規のルートでお尋ね者にするには相応の罪が居る。つまり被害者がいなければならない。だが俺とロノさんは全裸徘徊した愚か者。告訴なんて出来るはずもなく。
けれどこの方法ならばどうだ。人の善意を利用して合法的に探せた。
更には勇者一行が滞在しているよと、貴族に向けての売名行為まで同時に行っている。市中が賑わう今だからこそ話題は一瞬で町に広がるのである。
(きっと、お前さんがこの変態と出会ってなくてもイグニスには勝算あったのだろうな)
「それは間違い無いね」
◆
そんなこんなで、無事にこの国の貴族とのファーストコンタクトを終えた俺たち。
はぁ疲れたと宿に戻れば、部屋の中には不機嫌な顔で槍を担ぐリュカと、床に座り泣きべそをかく薄緑の髪の女が居た。
「ごめんなさい! ほんの出来心だったんですぅー!!」