ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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390 現行犯

 

 

「おう、ツカサ。やっと帰ってきたか」

 

 宿に戻れば、俺の部屋の中にはリュカともう一人。啜り泣く薄緑の髪の女性が居た。

 帽子を被って印象を変えてはいるけれど、間違いなくハニートラップに嵌めてくれたあの窃盗犯だった。

 

 そんな彼女はグスグスと涙を溢しながら床に座らされていて。対する狼少女は槍を担ぎながらベッドの縁に腰を下ろしている。

 

「これどういう状況?」

 

「ああ、実はよ」

 

 もしかしてリュカが捕まえてくれたのかと思った。けれど事情を聞けば、それは当たりであり外れ。正確には、この部屋に忍び込んだところを捕まえてくれたらしい。

 

(あー)

 

 納得とばかり唸るジグと心境はまったく同じだった。確かに部屋の鍵も取られていたね。まだ昨日の事なので現在はスペアキーを借りている。つまり交換前なので普通に侵入出来てしまうのだ。

 

「とりあえずイグニスを呼んでくるよ」

 

 これは魅了とは関係無いのだろうが、どうにも潤んだ瞳で上目遣いをされると気持ちが揺さぶられる。端的に言えば許してしまいそうだ。正当な判断をする為にも別れたばかりの魔女を頼る事にする。

 

 ドレスの着替えに時間が掛かるそうなので、その間にニチク茶を人数分用意して。俺は沙汰を考えながらイグニスを待った。一応女性にも勧めるのだけど、今は何も喉を通らないのか無言に俯いていた。

 

「おやおや、やっと会えたね。我ら勇者一行の同志よ」

 

「うわぁなんて嫌味ったらしい挨拶だ」

 

 そういう設定で指名手配を掛けた黒幕はドスリと椅子に座った。頬杖を付きながら犯人を見下す姿は、まさにこの空間の支配者か。

 

 恐らくは心理的に圧力を掛けているのだろう。着替えたばかりの恰好は、部屋着ではなく一目で貴族と分かるような物である。

 

「えっと。とりあえず俺の実績証を返して欲しいんですけど」

 

「は、はい。もちろんです!」

 

 彼女の事情よりも大事な物だ。おずおずと差し出される首飾りを受け取り、不足が無いか一枚一枚確認をした。全てが揃っている事に安堵し、良かったと少しばかり肩の荷が下りる。

 

「良かったな。また今度一緒に冒険者ギルドへ行こうぜ」

 

「……ああ。そうだな」 

 

(嫌そうな顔よなー)

 

 首飾りが定位置に戻ると、お揃いのギルド証を持つ狼少女が言った。満面の笑みで答えたつもりなのだが内心が透けてしまったらしい。

 

 リュカはもう役目を果たしたと悟ったようで、槍を置いてベッドに倒れこんでいる。圧を出すイグニスとは対照的に、涅槃のポーズで成り行きを眺めていた。

 

「じゃあ衛兵呼ぼうか」

 

「お願い。待って待って~!!」

 

 そしてイグニスは初手で110番。反省しているからと懇願する女性を、罪は罪と切り捨てる。日頃の行いを知るとどの口でと思うが、この容赦の無さは頼もしい限りである。

 

「まぁでも。せっかく会えたんだ。俺は事情くらい聞いてもいいと思うよ」

 

「甘いね君は。死罪じゃないのだから全然有情だぞ」

 

 ニヤリと薄ら笑いを浮かべられた。規模にもよるが、通常は窃盗くらいでは死刑にはならない。だが、彼女は大きなミスを犯している。

 

 なにせ大公子を裸に引ん剥いて有り金を奪ったのだ。この事実が明るみに出れば確実に首が飛ぶだろう。

 

 魔女はその件を隠すと言っているのだけど、俺はいつ気付いたと戦々恐々とした。そりゃ伯爵の前で強気に出るはずだよ。

 

「うわ~ん。ありがとうございます~!」 

 

 言い分を聞くと言った俺に感謝しながら縋り付こうとする女性。だが体が接触する前に横で魔法陣が展開され、「動くな」という冷たい声が時間を止める様に彼女の動作を凍りつかせる。

 

「やはり魔眼自体の効果は薄そうだな。なら魅了の本命は肉体、あるいは体液の接触か?」

 

「え、ええ~。何を言ってるのかよく分かんないです~」

 

 巨乳のお姉さんは、やだなーと手を振って誤魔化すが。苦虫を噛み潰したような、心の舌打ちが聞こえる表情を一瞬だけ見せる。これは案外油断ならない相手だな。

 

「私とても反省しているんです。なので今日は首飾りをお返ししようと思って……」

 

 この人の名前はフェミナ。19歳。やはり浮遊島の人気にあやかり訪れた冒険者のようだ。予想の通りに高い宿にしか泊まれなかったのもあるが、溢れかえる人で冒険者ギルドからすら仕事が貰えなくなった。現金収入が完全に途絶え、食うに困っての犯行だと言う。

 

「見てください。犯罪歴はありません。本当に出来心だったんですー!」

 

 そう言って見せつけれる左腕。犯罪で捕まった経歴があると焼き印を押されるものだが、彼女の腕は綺麗なものだった。なるほど、捕まった事は無いようだ。

 

「はっ。今朝になったら予想外に大事になっていたから、こっそり返しに来たってところだろ。ついでに現金でも狙ったか?」

 

「ち、ちがっ!」

 

「そうだぞ。ツカサが帰ってきたのかと思って部屋を開けたら、そいつ荷物を漁ってやがったんだ」

 

(お巡りさーん!)

 

 罪の意識で荷物を返しに来たと語ったフェミナさんだが、魔女に行動を読まれ、狼少女からは現行犯だと証言される。へぇと白い目を向ければ、都合の悪い現実から視線を逸らすようにフイと顔を背けられた。

 

「初犯なら焼き印と罰金で済むし、自首しましょ?」

 

「流浪の民にとって焼き印がどれだけ重いと思ってるのよ!」

 

 そして逆ギレである。彼女は人目も憚らずうわんうわんと泣き崩れて。今日は何処に行っても勇者一行ではと囲まれ、兵士の巡回も多くなっていたと嘆く。

 

 監視の視線に参り、このままお尋ね者にでもなったら生きていけないという恐怖から、俺の泊まる宿を突き止めて謝罪に来たらしい。

 

「むぅ……」

 

(いやいや、同情するなて。自業自得じゃ)

 

 ジグの言う通りではあると思う。けれど実績証が戻ってきた事もあり、今後一生責められるのも可哀そうだなと頭を過った。衛兵に突き出すか突き出さないかで悩んでいると、魔女が横から呆れ声で言う。

 

「おい、跳ねてみろよ」

 

「……!!」

 

 まるで昭和の不良のような脅し文句だ。しかし明らかに顔色を悪くする薄緑髪の女性。

 泣いた勢いでごまかそうとするのだが、やがて赤い瞳の圧に耐え切れなくなったか、揺する程度に体を動かした。

 

 俺の視線はプルンと揺れる胸に吸い込まれるのだが、「ふざけているのか?」とおかわりの要求があり。次はやけくそとばかりに飛び跳ねて。

 

「あ、コイツまだ隠し持ってやがったのか」 

 

 チャリンと硬貨が擦れると音がして、何枚かは床にばら撒かれる。リュカが慌てて拾ってくれるのだけど、俺は動けなかった。金貨が谷間から飛び出す瞬間を目撃してしまったのである。魅了の魔眼、恐るべし。

 

「許しても良い気がしてきた」

 

「黙れ!」 

 

 ひん。イグニスに怒鳴り散らされてしまう。不機嫌を隠さぬ少女は、ゴクゴクと喉を鳴らし、お茶を飲み干し。苛立ちをぶつける様にカップを机に叩きつける。

 

「もう弁明も要らないだろ。リュカの言った通り現行犯だ」

 

 兵士に突き出して終わり。そう宣言をすると、天井を見上げるフェミナさんは恐怖に震える体を抱きしめていた。

 

 帽子がズレて、サラサラと長い髪が背に落ちるが。印象的なのは頭頂部。コブより少し大きい程度の段差だが、まるで角でも生えているかの様に膨らんでいた。

 

「フェミナさんは……魔族なんですか?」

 

「いっそそうなら良かったのにね。中途半端に男を惹くしか能が無いし、それもこの頭を見たら気持ち悪いと言われてお終いだわ」

 

(いや、お前さん。注目するのはそっちではない)

 

 ジグがそこと机の下を指で示す。見れば古い手帳のような物が落ちていた。先ほど跳ねた時に、一緒に落ちたのだろうか。

 

 拾い上げて見ると、「あっ」とフェミナさんの間の抜けた声が上がる。返してと手が延ばされるのだが、それよりも早く俺の腕が抑えつけれらえた。魔女がさながら餌に食いついた魚のように釣れていた。

 

「これは古代文字。お前……本当は何をしにこの町に来た?」

 

 

 

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