ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
隣からフンフンと上機嫌な鼻歌が聞こえて来る。
お気に入りの赤いドレスを着込んだイグニスは、その見惚れるほどに美しい横顔を、薄気味の悪い笑顔に歪めていて。予定は順調なのだなと、楽しそうな姿を見て思う。
今は馬車に乗って移動中だった。向かう先は貴族街。今日は町長主催の懇親会に参加するのである。いよいよ他の冒険家達との顔合わせという事で、リュカやフェミナさんも含めた4人での行動だ。
「だー。こんな堅っ苦しい服よく着てられるな」
「素直にワンピースにしておけば良かったのにさ」
首をブンブンと振るい、なんとか襟元に隙間を作ろうとする姿は、さながら犬が首輪から逃げ出そうとしているようであった。
社交デビューという事でリュカも正装をしている。新しく仕立てる時間が無かったから中古品なのだけど、彼女はスカートなんか履けるかと言ってズボンタイプでビシリと決めた。
元から中性的な顔立ちの子だ。男装風の装いを男以上に着こなしていて、少々妬ける程に似合っている。魔女の手により整髪と化粧を施された姿を見て、俺は思わず「やだイケメン」と溢してしまったくらいである。
「でもあれだな。大森林だとこういうのに置いて行かれてたから、仲間みたいでちょっと嬉しい」
「……そっか」
にししと歯を見せて笑う少女に笑い返す。確かに、シシアさんとの大事な話などにはリュカを置いていく事が多かった。あまり表には出さないが、少なからず疎外感を覚えていたのだろう。
信用を預かるほどに圧し掛かる、嘘つきの重さ。いつかはリュカにも、いや勇者一行の皆に。ちゃんと地球やジグルベインの事を打ち明けたいものである。
「私は全然置いて行ってくれて構わなかったのよ~?」
(こいつ、さては反省しとらんな)
そして斜向かいに座る薄緑髪の女性は絶望をしていた。なんというか、フェミナさんの前にはイグニスが居るだけに、そこだけ天国と地獄が出来ていて面白い。
盗難の一件だが。牢屋か空かの二択を迫られた盗人は、断腸の思いで浮遊島への同行を選んだ。逃げたら即通報という約束なので、今日も彼女は渋々と。本当に嫌そうに、集合場所に顔を出していた。
「そもそも私なんて連れて行ったって役に立たないわよ!」
「「「知ってる」」」
図らずも全員の声が被る。それはそれでへこむと表情を曇らせるのだから面倒くさいな。
実際のところ、古代文字が書かれた手帳があろうと、本人が僅かにしか扱えないので本当に役に立たない。
では何故こちらがリスクを負ってまで冒険に連れていくか、だが。フェミナさんにもすぐに理由が分かることだろう。「見えて来たね」と。魔女の耳触りの良い声が会場への到着を告げた。
◆
着いたのは伯爵家では無かった。舞踏会のように見合った場所を借りたのだろう。使用人に招待状を見せて門を潜り、長い廊下を案内されて、ようこそと重々しい観音扉が開かれる。
「おお、コ……ツカサよ。良く来たではないか」
広いホールにはすでに結構な人数が集まっていた。けれどロノラック殿下は会場に踏み入る俺たちを目敏く見つけたらしい。ようと手を上げ、気さくに近づいて来た。
気分的にはやっほと手を上げて返したい所。でも公式の場でその様な対応が許されるはずもなくペコリと頭を下げて迎える。
「うむ。今日はちゃんと勇者一行の証を付けているようだな」
「そういう約束でしたからね」
ロノさんは俺の首元で輝く虹色の石に満足気に頷いていた。やはり気にしてくれていたのだろう。軽く挨拶を交わしていると腕の裾がちょんちょんと引かれて。
フェミナさんが「どういう事だ」と蒼褪めた顔で固まっていた。どうもこうもと肩を竦め。薄緑の髪の女性にこちら大公子ですと紹介する。
「お、お、お初お目に掛かりますわ殿下……」
「これはこれは。
ここでやっと自分のやらかした事を理解するフェミナさん。頭には死刑の二文字が過ったか、ガチガチと奥歯が鳴り出した。
そう、俺が許そうとも被害者は一人では無い。実績証を取り戻せという宿題があったからこそ、あまり手出しはされなかったけれど。もし今日首に実績が無ければ、本格的にフェミナさんの捜査が始まっていたのではないか。
「して、その女をこの場に連れて来てどうするつもりだ?」
「はい。これは相談なんですけど……」
殿下は彼女を訴える気があるかと、イグニスに言われた通りの文句を口にする。賢い男は、それだけで大まかな意図を汲み取ってくれようで、顎を擦りながら成程と頷いた。
「空で殺すのだな」
「ちゃうわボケ」
(カカカのカ)
全裸疾走事件は俺たちにとって脛の傷。確かに秘密を守るだけならば殺してしまうのが一番楽だけど、何事にも建前は必要で。この大公子は冒険中の事故死というシナリオを想像したらしい。
「古語に覚えがあるそうで、浮遊島に同行すると申し出て来ました」
「イキマスイキマス」
コクコクと全力で首を縦に振るフェミナさん。俺たちの成果はどの道クリアム公国に帰属するのだ、事件を無かった事にする代わりに無料奉仕をさせるというのが魔女の用意した落とし所だった。
「そうか。貴様がそれで良いなら、我は何も言うまいよ」
「ありがとう」
今度こそロノさんは本当に察してくれたようだ。なんとか温情をくれるらしい。
フェミナさんは初っ端で胃をやられたか、もう帰りたいと嘆くが。残念、パーティーは始まったばっかりである。これに懲りて盗みからは足を洗って貰いたいものだね。
「今日は我からも紹介したい者が居てな。おい、セリュー」
「げえ」
ロノさんが振り返り手を掲げると、待ったを解かれた犬の様に駆け寄ってくる一人の若者。背が高く、紺色の長い髪をした仏頂面なのだが。何よりも印象的なのは、左頬に出来た、まるで誰かに殴られたかのような青タンコブだった。
「我が名はセリュー・ブライトと申します」
「先日は紹介をする機会が無かったのだが、浮遊島の調査に参加する騎士の一人だ。よしなに」
紹介をされて握手をするのだけど、しかめっ面なので感情がいまいち読めない相手だった。恐る恐る、その顔はどうしたのですかと聞く。犯人は俺なのだが、活性を使えばとっくに治っているはずの怪我だったからだ。
「これは……戒めなのです」
相手をただの露出狂だと思い返り討ちにあった。これが賊であったならば、騎士の敗北は主の命に直結すると。だからパーティーで笑われ者になるのも覚悟で怪我を残しているそうだ。
ロノさんは真面目な奴だろうと笑っているが、こっちは笑えないよね。覚悟が重い。それ故に彼にはもう油断が無いのだろう。交わす手から強敵の気配をビンビンと感じ取った。
「緊張させてしまったなら、ご無礼を。我らは敵では御座いません。ただ、同じ調査隊として、良き競争相手になれたらと思います」
「ですね。お互いに頑張りましょう」
「うむ。そのための懇親会だ」
話では、このセリューという騎士は国直属の調査部隊のようだ。他には領で雇った冒険家が2組居て。俺たちを含めれば計4組のチームが浮遊島に行くらしい。
中でも飛び入りの勇者一行は注目を集めているようで、周囲からはギラギラとした視線が突き刺さって来るではないか。
「ちょっと、勇者一行だかなんだか知らないけどねぇ。他所の国の人間があまり出しゃばるんじゃ無いわよ!」
目立つイグニスなどは早速絡まれたようで。響く金切り声に目を向けてみれば、赤髪の少女の前には金髪の少女が立ち塞がって居た。
足を肩幅に開き、腕を組みながら目一杯に背を反らす、堂々たる立ち振る舞いだ。
「おうおう、てめえどこ中よ」そんな副音声が聞こえて来そうな、貴族令嬢の模範的ガン飛ばしを挨拶に。頭髪は盛れば盛るだけ偉いのだろうと言わんばかりの、節度や慎みをぶっちぎった縦ロールを装備している。
「あれは……」
(金髪ドリルじゃー!!)